第18話◇和国の歴史

文字数 3,313文字

 
 トカゲもナメクジも最近はおとなしい。出撃は少なくなった。代わりに訓練をこなして、階級が上がった。訓練もただの時間潰しでやっているだけなんだけど。

 何故、世界がこうなったか、人が滅んだ理由、荒廃の原因。ようやく過去の歴史についての閲覧許可が出た。

 階級を上げないと、歴史を閲覧できない理由を聞いてみた。ボゥイは、

『軍人として、先に覚えなければいけないことが多いからです』

 と答える。ウキネは、

『過去の人々がやったことを知ると、やる気を無くす軍人がいたからだ』

 たぶん、ウキネの言ってることが正解なんだろう。ボゥイもシロも嘘はつかないが、知らせたくないことは、口にしないで濁そうとする。なので、私はボゥイとはどう付き合っていけばいいのか解らない。

『人に仕えるロボットだ。人扱いしようとするから、ややこしくなる』

 ウキネはそう言うけど、ね。見た目は人間だから、外見に騙される。警戒すると邪険にしてしまう。いろいろ隠してるみたいだから、信頼もできない。だけど、ボゥイに頼らないとひとりで手足の脱着はできないし。

 さて、歴史の方は。年表やら数字やグラフでも説明されてるけれど、解る部分をまとめると。

 最後の世界大戦のきっかけは、日本の東京オリンピックだった。

 東京オリンピックそのものは、無事に終わり成功したものの、そのあと問題が出た。外国の東京オリンピック参加選手の女性、その人から生まれた赤ちゃんが白血病だった。

 福島の原発事故で日本は放射能に汚染され、日本政府は除染も終わってないのに、それを隠して東京オリンピックを開催。選手として日本に行ったために、放射線に被曝して、子供が白血病になったと日本政府を訴えた。

 また、東京オリンピックを観戦した人達の子供からも、甲状腺肥大の症状があらわれた。これをきっかけに、世界に嫌日ブームが到来した。

 日本の土壌は、ヨーロッパなどと比べて、土の中の金属物質が多い。そのために作物の安全基準値も海外に比べてかなり甘く設定されている。
 日本に旅行で来た外国人が、日本の農作物を食べて、後にアレルギーなどが発生。これも日本政府の安全基準がいいかげんなために健康被害を受けた、と訴えた。

 東京オリンピックを見に日本に来た外国人達が、放射線被曝と日本の食事で、健康を害した、子供の未来が奪われた、と日本政府を訴えるのが大流行した。福島の原発事故の後の処理について、世界中から日本に非難が集中した。

 この世界に広がる嫌日ブームにのって、過去の日本の戦争責任が再び問題にされた。日本の周辺国家から、日本政府に謝罪と賠償が要求される。

 国連もその要請を受け、日本政府に賠償を要求した。
 北海道はロシア領に、九州は中国領に、四国は韓国領に。これが国連の決定事項として、全世界に通達された。

 日本政府はこの要求を飲むつもりであったが、国民は不満の声を上げた。世界中の東京オリンピック観光者への賠償金のために、消費税は25%まで上がり、北海道、九州、四国に住む人々は住む土地を追われる。

 このことに日本国内の国粋主義者が、テロを起こす。
 海外に比べて、異常に原子力発電所の多い国、日本。
 よそに奪われるくらいなら、徹底的にやってやれ。どうせ外国からは、日本は2発の原爆と福島の原発事故で、放射能に汚染されている国と言われているのだから。

 国粋主義者達は、北海道、四国、九州の原子力発電所を爆発させ、放射能汚染を撒き散らした。その後インターネットを通じて犯行声明を出す。

『本州も奪うというのならば、奪ってもなんの価値も無いぐらいに、徹底的に汚染してやる。我々は、強奪した放射能廃棄物を大量に所持している』

 この事件が『セカンド・カミカゼ』と呼ばれ、世界中を震わせた。しかし、この一件が後の激動から日本をわずかな期間守ることができた。

 日本は国連から離脱、和国と改名し、東京オリンピック賠償金の支払いを拒絶。外国との貿易、交流の一切を禁じて鎖国する。外国が攻めてきたなら、国内の原発を全てメルトダウンさせると発表。

『セカンド・カミカゼ』の一件が、世界中の民族主義者に火を着けた。
 もともとが大国、先進国に恨みをもつ者達。中国の領土拡張の犠牲となった少数民族が、強奪した化学兵器でテロを起こす。砂漠の唯一神信仰の過激派も勢いを増す。
 経済の破綻からEUも分裂。アメリカにもテロの嵐が訪れて、もともと州ごとに考え方やモラルが違うのに、アメリカとまとめられてテロの標的になりたくないと、独立する州が表れる。

 民主主義国家の中からも、個人として経済優先で他国を蔑ろにしてきた国のやり方に疑問を持った人々が、テロに参戦するなど、混迷の時代が始まった。

 ふたつの国が戦って、勝者と敗者が決まると終わる。そんな戦争は過去のものとなった。民族主義者は、ひとりでも生き残れば、恨みを伝え、呪いを伝える。インターネットを使って、世界に復讐を訴える。テロに怯える人々は、いつでもどこでも、だれが標的になってもおかしくない時代に身を竦める。恐怖と復讐のラリーは勢いを増して止まらない。

 放射線廃棄物、毒ガスなどを使った自爆テロ。世界中の使用済み核燃料は次々と強奪され、都市を汚染するテロに使われた。
 片方は生き残るために、敵を皆殺しにすべしと叫び、片方はどうせ生きられないなら、追い詰めた輩を一人でも多く道連れにしてやる、と吠える。

 そんな争いが従来のような決着などできる訳も無く、地球は放射線や毒ガス、光学兵器の大気汚染、ウイルス兵器、さまざまな新兵器で大気も土壌も変質するまで汚染され、地上は生物が生存できる環境では無くなった。
 東京オリンピックから八十年かけて、人々は地上を汚染し続けて、全滅した。

 全ての人々が死んでも、人の造った機械は人の命令に忠実に、まだ戦争を続けている。

 鎖国した和国は国民の遺伝子データを採集して、機械に和国再現を託す。
 地上を再地球化して、そこにクローンで新しい和国を再現する。
 その際、二度と戦いにならないように、他の国、他の民族の再現計画は、憲法の範囲内で妨害して、地上を和国一国支配にする。

 似たようなことは、他のところも考えていたようで、ここと同じような施設が他所にもある。

 企業の集合体『林檎』と唯一神信仰集合体の、ふたつの勢力が確認されている。

「だいたい解った、けど」

 地球再生、和国再生、それもいいけど。こんな人々が復活再生しても、また同じような歴史で滅ぶような、気がする。
 かつての軍人、私の先輩にあたる人々がやる気を無くすのも、解る気がする。
 潔く滅亡して、トカゲかナメクジに新しい文明と歴史を作ってもらったほうが、マシなんじゃないかなぁ。

「トカゲは、その背後には林檎がいるだろう。ナメクジは唯一神信仰集合体だろう。そいつらが造った地上適応生物かもな」
「トカゲもナメクジも、純粋に適応進化した生物じゃないの?」
「もとがそうでも、あいつらに武器やら車両を与えて、こっちにいやがらせしてるのは、林檎と信仰集団体だろう」

 いなくなったあとまで、他の生物を困らせるとか。

「今の地上を見れば、これが人間の歴史の結果と解るが。私達はその時代に生きてはいない。当時の人類を批判しても、現状は変わらん」
「それでも、なんとかならなかったのかと、考えちゃうんだけど」
「私達は推理小説を後ろから読んでるようなものだ。結果を先に知っている。当時の人間が、何を考え、何を悩んでたか、それは解らん。良くしようとした結果、逆効果だったのもよくある話だろう」
「そのせいで、私達は苦労しているんだけど」
「いつ、どこの時代でも、生きるには苦労がつきものだ」
「……馬鹿がやらかした、尻拭いも?」
「先祖がいるなら、それがない時代はあり得ない」

 かつての軍人達が、和国再生に意欲を持てず、退職消滅を選ぶのも、なんだか理解できたよ。

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登場人物紹介

シズネ。和国軍人として徴兵された少女。和国再生施設の防衛用人型兵器のパイロット。平成時代の日本人、高校二年生、楠静香。特技、お菓子作り。趣味、映画鑑賞。

ウキネ。和国軍人、乙一級。和国再生施設、軍司令。クローン再生を繰り返し三百年、軍人として務め続ける。シズネの上官。

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