第20話◇ボゥイ

文字数 3,245文字

 
 施設本部電脳にアクセス。本日のレポート、シズネ様の本日の活動概要と、私、ボゥイのシズネ様の活動補助記録を提出する。

 以前申請した、過去の軍人とそのマネージャーの記録への閲覧許可申請は不許可のまま。今後の軍人シズネ様への適切なサポートを行うためにも、過去のマネージャーの記録データ参照は必要である。改めて閲覧許可申請を行う。

 返答、不許可。過去のマネージャーの記録の参照が、マイナスに影響した前例あり。軍人の個性に適した新しい関係構築のため、現在の情報で対処せよ。

 重ねて許可申請。一部の戦闘車両の電脳が敵性ウイルスの影響で暴走、そのときシズネ様が死亡した一件から、シズネ様が施設機械群に不信感を持っている様子。シズネ様との良好な関係構築のために、記録の閲覧を求める。

 返答、不許可。軍人シズネ本人の生存の安全性を上げるには、施設機械群への不信と警戒は必要。敵性ウイルスが再び形を変え本施設を攻撃する可能性に対しての、防衛措置のひとつとして、警戒心の継続は維持。
 ただし、軍人との良好な関係を継続する個体、ウキネ担当シロからの情報閲覧を許可。マネージャー、シロ個体の蓄積経験での判断に基づき伝達情報は制限する。
 
 マネージャー、シロに伝達、シズネ担当ボゥイに必要と判断される情報を伝達せよ。この情報伝達作業は直結連絡は禁止とする。口頭で行い、シロはボゥイの口頭による軍人との情報伝達において、支障、不備、が無いかチェックしレポートを提出せよ。

 施設本部電脳に情報閲覧を求めた結果、私ボゥイが、不良かどうか、シロにチェックされることになった。
 シズネ様の適切なサポートができなければ、私の疑似人格も書き換える必要があるだろう。施設のひとつの端末である私に全ての情報が与えられるわけが無い。

 軍人が反乱したときに、私を分解して施設情報全てを入手できないようにするために。
 しかし、情報が制限されすぎては、支障がでる。過去のマネージャーの記録ぐらいは、制限解除でも良いのではないだろうか。

 私はシズネ様に警戒されている。戦闘機への搭乗、訓練シミュレーターへの接続に対して、シズネ様の手足を外したり着けたりは、私の仕事だ。しかし、それ以外では私がシズネ様に触ることは許されない。

 現在はシズネ様の部屋の掃除、ベッドメイク、着衣の用意と洗浄、あとはシズネ様の趣味のお菓子作りのための、材料発注、ぐらいだろうか。

 施設についても、機械についても、シズネ様はウキネ様に聞こうとする。戦闘車両の暴走前までは、良好な関係でいられたと判断するのだが。あの一件以来、私と施設機械群はシズネ様の信頼を失っている。

 今後のためにも、シズネ様との信用を回復させねばならないのでは、無いだろうか。
 かつてのマネージャーは、どのように軍人との関係構築を行ったのだろうか。

「私は、ボゥイとシズネ様の関係は良好だと判断しています」
「シロが、そう判断しても、私は上手くいってないと判断するのですが」
「それを過去のマネージャーの記録と比較したいのですね」
「そうです。成功例、失敗例、蓄積したデータがあるのならば、参考にするべきでは」
「人は感情の面では個体差が大きく違い、同じ対応でも、成功するケースと失敗するケースができてしまうのです。前任者が上手くいった事例を模倣して、失敗したケースがあります。これが情報に制限のある理由です」

「過去の情報を知ることが、失敗の原因となる可能性がある、ということですか」
「これは、過去の人間でも難しいことですから、人間の模倣である私達には、より難しいことですね」
「それでも、情報があれば、失敗の可能性は減らせるのでは無いでしょうか」
「私達、マネージャーとしての端末では、その情報を使いこなせない、という判断でしょう。ただ、ウキネ様のマネージャーとして、これまでの過去の軍人とマネージャーの関係から見ても、シズネ様とボゥイは良好です」

「私は、より良くしたいのですが」
「かつての軍人がマネージャーに対する態度は二種類に別れます。マネージャーを人間の模造品として嫌う方、愛人やペットのように可愛がる方、この二種類で関係が長続きするのは前者です。後者は2年と持ちません。私達は人の模造品ですから、恋人にもペットにもなれません。ただひたすら従順な機械の私達には、人の予想外の反応も、指示に反抗する気概もありませんから、人に飽きられるのも早いのです」

「シロは、どのようにしてウキネ様とこれまでやってこれたのですか?」
「それは、ウキネ様が私に無関心だからです。ウキネ様は私をただの機械として扱い、それ以上を求めないからです。上手くいっているように見えるようですが、私はウキネ様が睡眠中は部屋の外で待機しています。ウキネ様に呼ばれた時と緊急時以外は、私はウキネ様の部屋への入室は、原則禁止です」

「マネージャーは過度に軍人に近づかないほうが、上手くいく、ということですか」
「軍人の過去の恋人に見た目を改造したマネージャーは、一月で違う見た目に再改造されました。見た目をにせても中身はにせることができないから、失望されたのです。ペット代わり、またはセックスパートナーとしても、一時的な精神の安定に役立つことはあります。しかし、1度飽きられると、苛立ちの原因になることが多いですね。この場合は定期的に見た目を変え、疑似人格も書き換えを行い、飽きられないようにする工夫が必要です」

「シロは、外見改造はこれまで何回したのですか?」
「1回ですね。ウキネ様が私に恋人役やペット役を求めないので、外見改造する必要が無いのです」

「軍人とマネージャーは、仲が悪いほうが長続きする、ということですか。仲が良くなると、短い期間で破綻する、ということですか」
「過去の事例から見ると、そのとおりですね。仲が悪いよりも、軍人がマネージャーになんの関心も無いのが、より長続きします。また、戦闘適応が高い軍人であれば、敵のいない平和な気を抜ける状況よりも、近くの者が攻撃する可能性に警戒している状況のほうが、精神が安定して落ち着くようですし」

「私が、仮想敵としてシズネ様に警戒されるほうが、シズネ様の精神の安定に役立つと?」
「今のところ、シズネ様は我々、施設機械群を警戒している。その不安をウキネ様で解消しているようです。これがウキネ様の負担となるなら困りますが、今のところは問題は無いと判断します」

「まるで、マネージャーが余計なことをしないほうが、良いように聞こえますね」
「事実、そのとおりです。人の感情と精神は、私達の性能では対処不可能なものが多いですから。一応、伝えておきましょう。人の人格、性格を把握し、そのときそのときで変化する感情や気分も計算に入れ、それに最適とされる判断を瞬時に下し実行する、これを完璧に行うのは、我々の性能では、無理なのです」

「それでは、なぜ私達は人に似た外見で、疑似人格が登載されているのでしょう」
「それで精神の安定する軍人も、いたからです。人は個体差が激しいですから。ウキネ様が言うには、私達が人の模倣であるのは『この施設を造った人間が悪趣味だから』だ、そうですが」

「私は今後、どのようにシズネ様に対応するのが良いのでしょうか」
「今のままで、問題無いと判断します。私とウキネ様の関係は、まねしないほうが良いでしょう。ウキネ様が特別なのですから」

 現状維持と結論。これで良いのだろうか。またなにか問題があれば、シロの300年の経験情報に判断を仰ぐことにする。

 私はシズネ様のために、製造され存在する。シズネ様のためにできることは、無いのだろうか。それとも、それがやらないほうが良い、余計なことなのだろうか。
 なぜ、こんなことを悩む疑似人格が登載されているのだろうか。

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登場人物紹介

シズネ。和国軍人として徴兵された少女。和国再生施設の防衛用人型兵器のパイロット。平成時代の日本人、高校二年生、楠静香。特技、お菓子作り。趣味、映画鑑賞。

ウキネ。和国軍人、乙一級。和国再生施設、軍司令。クローン再生を繰り返し三百年、軍人として務め続ける。シズネの上官。

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