第32話◇侵入者
文字数 4,343文字
フォーーーーーン
フォーーーーーン
施設の中に警報が鳴り響く。いつもと違う。不明集団に調査出撃してください、のアナウンスに切り替わらない。
ウキネが左手の義手を操作して、本部電脳との通信を繋げる。
「耳障りだ、警報を止めろ。本部電脳、なにが起きたか説明しろ」
『施設本部に対しての電脳ウイルス攻撃を察知しました。本部電脳は汚染を警戒して施設との情報連結を切断、自閉状態に切り替わりました。現在、副電脳が施設を管理しています』
「どこから攻撃された」
『不明です』
「被害は」
『自走戦車格納庫内で自走戦車が暴走。すぐに停止させたので、被害はありません。多脚砲台、施設固定砲台等の下部電脳にウイルスの汚染を確認、電源を落として稼働停止しています』
「ぬるい、電源ケーブルを物理的に切り落とせ。ウイルスを調査、除染できるようになったら修理して再起動だ。それまで自走戦車と多脚砲台の格納庫は閉鎖しろ。人型は?」
『人型戦闘機はハンガー自体を独立してあります。ウイルスは確認していません』
「シズネ、施設内のカメラをチェックしてくれ」
「ん、わかった」
異常事態、か。とは言っても施設に対してのウイルス攻撃は、一応想定済み。本部電脳と人型のハンガーが汚染されなければ、まだなんとかなる。本部電脳と副電脳がウイルスを解析して除染できれば、施設は復活できる。人型が動かせれば、敵と戦える。
施設カメラで重要なところを順に見ていく。指揮室、情報室、再生室……ん?
クローン再生の設備のカプセルの中になにかある。映像拡大…………これ、胎児? 使ってない予備のカプセル、空っぽのはずの円筒の中に胎児がいる。予備カプセルの全部が稼働状態に、
「ウキネ! クローン再生室が稼働してる! 私とウキネの予備以外にクローンを作ろうとしてる!」
「電脳! クローン再生室を閉鎖! カプセルの中身を分解して廃棄しろ!」
『保存中の軍人予備体を廃棄すると、緊急時のクローン再生ができなくなります』
「かまわん、さっさと全部分解廃棄だ。私とシズネの予備体の脳に、林檎か信仰集団体の工作員の記憶を書き込まれる方が危険だ。シロ、聞こえるか? 監視映像への細工を警戒だ。直接、再生室に行きカプセルの中身を捨てろ。再生室の電源を落とせ」
『シロです! 異常を発見!』
「なにがあった?」
『軍人がいます。ウキネ様でもシズネ様でも無い……ですが、和国国民の遺伝子標、軍人認識標も確認……起動停止をその軍人に命令されて、動けません。いないはずの3人目の軍人が、施設内に、います。指揮系統の再設定を……』
「電脳、軍司令命令だ。私とシズネ以外の軍人は敵の工作員だ。私とシズネ以外の軍人指示を無視しろ。シロ、現状の起動停止命令は無視だ。私の指示に従え」
侵入者? この施設の中に?
「電脳の専門家の工作員か、又はプログラムを持ち込んできたか。どうやって侵入したのやら、どこまでこの施設を掌握しているのか」
「シズネ、どうしようか。こっちで通路の隔壁は閉めたけど」
映像を展開させて、施設の重要そうなとこから封鎖していく。そのニセ軍人の居場所が判れば封鎖して閉じ込めて、空気を抜いてしまえばいい。だけど施設内の電脳情報をどこまで書き換えられているかわからない。
今見ている通路の映像も、改変されたダミーかもしれない。
「なんで、電脳の専門家の軍人が居ないの? こんなとき必要じゃ無いの?」
「昔にはいたらしいが、施設を暴走自爆させようと反逆したことがあった。それ以来、電脳に詳しく無い軍人を選ぶようになった、という記録だ。情報室でも、そのテの知識は閲覧不可で、私達がプログラムを学ぶこともできないのは、軍人の反乱対策の一環だ」
なんだ。私が機械を信用してないのと同じくらい、機械の方も軍人を信頼してるわけじゃ無いのか。
「とにかくそのニセ軍人を見つけないと、施設内のカメラ映像を出して、足りないなら施設の中にカメラ蜂を、動体反応を見つけたら報告して」
展開される映像は、どこも無人で見つからない。この展望室に繋がる通路の隔壁を下ろそうとすると、
「シズネ、そこは開けておいてくれ」
「なんで? 最悪、この展望室を密閉して展望室以外の空気の流れを止めて、窒息させようと、駄目かな?」
「それをやると、私達が出撃できなくなる。やるなら私達がハンガーに移動して、ハンガーを密閉するべきだ」
「じゃあ移動しよう。ウキネは落ち着いてるね」
「施設への侵入は、これで3回目だからな」
ウキネはナイフをケースから出して右手で持つ。
「問題は今回の侵入者は、偽装した遺伝子標と軍人認識標で施設からは軍人と認識されていることか。和国国民の遺伝子標の管理は甘くないはずだが。この状況で私とシズネを殺して、そのニセ軍人が施設を乗っ取るのが目的か」
「どうするの? 前の2回はどうやったの?」
「殺される前に、見つけて殺す。いつもの軍人の仕事と変わらん。それは、相手も同じことだ」
そこまで言って、ウキネはいきなり私を片手で突き飛ばした。倒れながら見たものは、立っていたままなら私の頭の位置を通過する軌道で飛んできたもの。壁に当たって、キィンと音を立てて床に落ちる。包丁だ。包丁が回転しながら私の頭を狙って飛んできた。
ウキネが私を助けてくれた。
「ウキネ!」
振り向いて私が見たものは、ウキネといつの間にか近づいてきた女が、ウキネの胸に額をぶつけるように突進した、あとだった。
「……ショウノ…………」
ウキネが小さく呟く。直後、ウキネが女のみぞおちに膝蹴りを入れて、蹴り剥がす。
「ぐ、」
ウキネのTシャツが赤く染まっていく。腹部に包丁が刺さっている。
「ぐ、ああぁぁぁ!」
倒れている女が叫ぶ。ウキネのサバイバルナイフが左脇腹に刺さっている。女は刺さったままのサバイバルナイフに手を当てて起き上がる。その顔は、高瀬翔子にそっくりだった。
私はウキネを助けようと、ウキネに近づこうとして、
「ウキネ!」
「来るな! ボゥイ、シズネを連れて展望室から出ろ。その後、展望室を閉鎖。軍司令命令だ」
ウキネはお腹に刺さった包丁の柄を握る。根本近くまで刺さっている包丁を両手で握り、ずる、ずる、と引っこ抜いて右手に持って構える。高瀬に似た女も、
「あああああ!」
吼えながら左脇腹に刺さってるサバイバルナイフを抜いて、同様に構える。
ウキネの足が、お腹から流れる血で赤く染まっていく。
助けないと。ウキネを助けないと。1秒でも早くあの女を片付けて、ウキネを治療しないと、
「失礼します!」
だけどボゥイが私を肩に担いで走り出す。
「なにをする? 下ろせ! ボゥイ、下ろせ!」
「軍司令命令が優先です。ここから退避します」
「ふざけるな! 下ろせ! ウキネー!」
ウキネはあの女と包丁で斬り合っている。2人ともお腹から血を流しながら、相手を殺そうと戦っている。
Tシャツ1枚で、他には下着も着けないいつもの姿のウキネ。でも、そのTシャツはお腹のところが血で真っ赤に。お腹の傷のせいか足元が覚束ないよう。
ツヤ消しの黒い義手がナイフを受け止め、黒い義足が蹴りを放つ。
高瀬翔子に似た女も、お腹から血を流しながら戦っている。
2人が遠ざかっていく。
「展望室を出ました! 隔壁下ろします!」
ボゥイが叫ぶ。ウキネに聞こえるように大声で。目の前で隔壁が下りる。ウキネは高瀬翔子に似た女のナイフを持った手首を掴み、高瀬翔子似た女は、ウキネの包丁を持った手首を掴んでいる。ふたりの姿が隔壁に遮られて、見えなくなる。
「ウキネ!」
どうしよう、どうすればいい。ボゥイの肩から落ちるように下りる。左手の義手を操作する。
「ウキネと通信を繋いで! 展望室の映像を出して!」
展望室の映像が展開される。ふたりは包丁とナイフで斬り合っている。ナイフの突きを包丁の背で捌きながら、ウキネが言う。
『電脳、展望室を分解、地上に晒せ』
待って、地上は死の世界。防護服無しで地上に出たら、死んでしまう。
『私ごと、この工作員を地上に廃棄しろ。シズネ、聞こえるか?』
「聞いてる! 聞こえてる!」
通信の中に金属の当たる音、包丁とナイフのぶつかる金属音も聞こえてくる。
『私が死んだら、私の軍司令権限をシズネに預ける。私がクローン再生されるまで、頼む』
「ウキネ!」
『難しく考えることは無い。好きにするといい。電脳、さっさと展望室を封鎖、廃棄しろ』
「待ってよウキネ! 私ひとりじゃ何もできないよ! ウキネ!」
『さぁ、ショウノ。地上をデートしようか、星が見えないのが残念だが』
「ウキネ? ウキネー!」
通信から返事は無い。隔壁の向こう側から、ズゥンと振動が伝わる。展望室の分解が始まった。
「シズネ様、外のカメラ蜂を展望室周囲に集めました。映像、出せます」
「すぐに出して!」
6つの画面が展開される。展望室は緊急解体が終わっていた。通路への連結部と柱に仕掛けられた爆薬が作動して、展望室は潰れて無くなっていた。
「ウキネを探して! あと敵も!」
展望室の残骸、その近く、灰色の地面の上に女が倒れている。高瀬翔子に似た女は、両目を大きく開いて、その喉に包丁が突き立てられている。首のあたりが赤い血溜まりに沈んでいる。動いてはいない、喉の傷から血も噴き出していないから、心臓も止まっているだろう。両手が胸をかきむしるような形で固まっている。
ウキネは、その女の近くに立っていた。両手を両膝に当てて、喘いでいる。その姿勢のまま、ウキネは口から大量の血を吐いた。
外は汚染されている。人類の化学の結晶のABC、原子力、生物、化学の三種の神器が荒れ狂う世界。外に出れば死ぬ。苦しんで死ねる。
ウキネは膝から手を離して身体を起こした。カメラ蜂を操作してウキネの正面に移動、ウキネの顔が見えた。
目から血が流れている。鼻の穴から血が流れている。口のまわりも赤く染まっている。全身の粘膜が破れて血を流している。
ウキネはカメラ蜂に向かって、挨拶するように片手を上げる。その後、膝から崩れるように倒れ、地に伏して、動かなくなった。
ウキネ、ウキネが死んだ。ウキネが死んでしまった。
『国境侵犯した集団を発見しました。繰り返します。国境侵犯した集団を発見しました』
施設の中に、アナウンスが響いた。