第33話◇ひとりで戦争
文字数 3,695文字
ハンガーに向かって走る。まぶたを擦る。泣いている暇なんか無い。
「ハンガーまでの隔壁を全部上げろ! 急げ!」
走りながら現状を確認。
「クローン再生室はどうなってる?」
『こちらシロです。再生室はカプセル内部の廃棄は完了、電源を落として停止状態です。電脳のウイルス解析と対策ができるまで、再稼働はできません』
施設内部のウイルスをどうにかしないと、ウキネのクローン再生もできない。工作員があの女ひとりならいいけれど、他にもいたならどうすればいいのか。ボゥイが言う。
「施設副電脳が、報復装置を起動しました。侵入者による軍人殺害により、報復装置の発動が開始されました」
冗談じゃない。施設が自爆したなら、ウキネが再生できない。
「報復装置を停止させろ。できるか?」
「侵入者をウキネ様が排除したこと、まだ、和国国民シズネ様が存命であることで、停止理由として副電脳に伝えてあります。現在は報復装置は起動準備状態で……今、待機状態に移行しました」
「つまり、今は停止しているんだな」
「はい、ですが、この状態で外部からこの施設へと攻撃があれば、報復装置はすぐに起動します。すでにミサイルは発射準備を終えて、いつでも発射できる状態です。自爆装置も同様です」
ウキネをクローン再生するためには、施設を守らないといけない。今は、自走戦車も多脚砲台も使えない。自立思考の単純な下部電脳はウイルスの除染待ちだ。
私ひとりで、やるしかない。
「電脳、施設の再稼働を。ウイルスの除染が確認できた戦車、砲台をすぐに使えるようにしろ。シロ、施設内部に他の侵入者がいないか、徹底的に探しだせ。ボゥイは私のサポート、人型戦闘機の発進準備」
ハンガーに走りながら、Tシャツを脱いで捨てる。
「敵、いや、不明集団はどっちだ? 北か西か、その規模は?」
『北と西、両方です。どちらも過去には無い規模の多数集団です』
あぁ、決めるつもりの作戦だったんだ。トカゲもナメクジも共闘して、侵入者を使って、中と外から攻める予定だったのか。それとも内部からの乗っ取りが失敗したから、次善として施設がまともに稼働してない状態を落とすつもりなのか。
報復装置が稼働してしまえば、トカゲもナメクジも林檎も信仰集合体も、無事では済まないはずなのに。
ウイルスで報復装置を止める予定だったなら、それは失敗している。だけど、今、攻めてくる連中がそのことを知っているのか、知らないままに進行しているのか。
どちらにしても、1匹たりとてこの施設に近づけるわけにはいかない。
ハンガーに到着。下着も脱ぎ捨てて、全裸になり操縦席に寝転ぶ。
「ボゥイ」
「はい」
義手義足分離、ツヤ消しの黒い義手、肘の上の部分から外す。外した義手はボゥイの手で机の上のトレーに並べられる。手足を外すときの、神経を直接触られるような、気持ちの悪さにも、そして素っ裸で人形のように手足を外したり着けたりされることにも、回数をこなした分、もう慣れている。操縦席に腕の断面を繋ぐ。神経接続、調整開始。繋いだ神経から脳に信号が入って、眉をしかめる。
手足の接続と調整の間に聞いておこうか、
「ボゥイ、ショウノって、誰? 過去の軍人?」
ボゥイは私の右義足を両手で持ちながら、
「シロが詳しいでしょう。シロに聞いてみます」
『シロです。ショウノ様は、過去、この施設にいた軍人です。ウキネ様の次に長い任官期間で、52年軍人として勤められました』
「それが、なぜ、施設にいた?」
『見た目はショウノ様ですが、中身は違います。私への停止命令も、最初は英語でした。肉体はショウノ様のクローンですが、記憶と人格は林檎の工作員ではないかと推測します』
「敵はどうやって和国国民の遺伝子標を手に入れた? 過去の侵入者にデータを持ち逃げでもされたのか?」
『以前、ショウノ様はトカゲの罠にかかり、その破損機体をショウノ様の死体ごと、トカゲに回収されたことがあります。そのときの死体をもとにして、作られたクローン体ではないでしょうか』
軍人の死体を持ち帰って、それを解析されたのか。遺伝子標はそれで偽造して、こちらの退役軍人のデータを改ざんされたのか。
あのニセ軍人が電脳に詳しい専門家なのか、他に施設のデータを改ざんした別人が、まだこの施設内部にいるのか。
「電脳、私以外の軍人の指示は無視しろ。階級不問で、私、軍司令代行の命令のみ受け付けるように」
『了解しました。緊急時として、軍司令代行権限所持者シズネ様以外の軍人は、工作員の疑い有りとして、拒否します。ウキネ様のクローン再生が終わるまで、またはシズネ様の直接指示があるまで、現状を維持します』
「軍司令命令、報復装置と施設自爆装置を完全停止させろ」
『軍司令命令でも、それはできません。電脳の根底仕様を変更することは、甲級政治権限3名以上の指示書が必要です』
まったく、機械は融通がきかない。そのくせ、いいように敵に弄られてこっちを攻撃したりとか、ほんとに馬鹿なんじゃないか。
――機械が馬鹿に見えるなら、それは造った人間が馬鹿なんだ――
そうだった。前にウキネがそんなことを言ってたっけ。そんな馬鹿が作った機械を動かすパーツに、私たちが必要だったんだ。
「電脳、自爆装置の作動条件は?」
『クローン再生室が復旧しない状態で、現状ただひとりの和国国民シズネ様が殺害されたとき、シズネ様が出撃中にこの施設が物理攻撃による被害を受けたとき、施設管理の副電脳が情報侵食されたとき、の3点です』
私が死なないように、施設が攻撃されないように。だけど、電脳への情報攻撃は、
「副電脳と施設は、ウイルスにどれだけやられている?」
『副電脳は防壁により、ウイルスの影響はありません。しかし、施設を管理する下部電脳はデータ、プログラムに改ざんの形跡があります。自走戦車、多脚砲台、固定砲台、情報室、再生室は起動停止しています』
ひどいもんだ。こちらの電脳が対処不可能な新型の情報攻撃か電脳ウイルスでもあれば、おしまいだ。
『現在はウイルス以外の情報攻撃は確認していません。ウイルスを除染できれば、施設の復旧は可能です。解析中のウイルスは24種類、内3種類を解析して修正プログラムを作成中です』
ありったけ突っ込んでかき回してくれてるわけだ。
ハンガーを情報攻撃対策で独立させておいたけど、人型はちゃんと使えるんだろうか。
心配しても、他には方法が無い。
「発進準備、急げ」
手足の接続終了。ヘッドセットが下りて、網膜投影の調整開始。操縦席の3重の蓋が閉まって、身体がシートに固定される。背中の接続器もシートに接続。脊髄に情報連結。
操縦席を人型戦闘機の胸部に挿入、接続。
私の身体感覚が人型戦闘機と同調する。人の形であっても、関節の駆動域は微妙に違うし、補助腕を入れると4本腕。それでも、いつの間にか腕4本動かせるようになった。慣れって怖い。
ヘッドセットと脳内部の機械が連動して、時間感覚加速。加速度は3倍。世界を置き去りにして、私だけが時間の進み方が変わる、速くなる。加速する瞬間の、世界の時間と切り離されるような奇妙な孤独感。これだけは、何回やっても慣れない、気持ち悪い。鎖骨の下の胸の中の肉を、キュッと絞められるような息苦しさ、生き苦しさ。
――ゆっくり息を吸って、少し溜めて、それからゆっくり息を吐き出せ――
初めて時間加速状態を体験してパニックになったときに、ウキネがアドバイスしてくれた。あのときと同じように、深呼吸を繰り返す。私ももう、新兵じゃない。
視界に投影される機体情報を確認。問題なし。遠距離高速移動用の補助推進機を装着。地図情報を参照。西より北の方がわずかに近い、北のトカゲを先に。
ハンガーから移動、外に出る。北に向けて出撃。補助推進機を作動して加速、全身を潰すような加速衝撃。
地図情報を確認、青い光点がいくつも施設に向かって走ってくる。ずいぶんと多い。
北だけで無く、西のナメクジも相手をしなければならない。こちらだけに集中するわけにはいかない。
どうしようか、もう、答えてくれるウキネはいない。
北のトカゲの先見隊らしい先頭の6集団をまず敵認定する。できれば、車両の足を止める。その後、ナメクジ側に移動。
私が敵認定さえしておけば、自走戦車や多脚砲台でも攻撃可能になる。施設が復旧すれば、だけど。
北と西を往復して、近づくものから叩いて潰す。もぐら叩きのように。そして、敵に攻撃させてマーカーを未確認の青色から敵の赤色にしていく。ひとつも施設に接近させない。
速く、とにかく速く。
人型を強引に反転させて逆噴射、減速、接近したトカゲの集団のひとつ、その目前に着陸体制。左手で盾を構え、右手のショットガンで車両を狙う。
さぁ、たったひとりで戦争をしよう。