第23話◇コーヒー
文字数 2,323文字
例え、もとの自分が死んでしまっていても、今の私がクローンで再生されたものであっても、生まれてしまったならば、私は私。
生まれて命があるならば、生きようとするのが生命というものだろうか。
過去のシズネが悪化する地上の環境で、どのような死を迎えても、過去世界のシミュレーターの中で、楠静香がどのように生きようとも、今の私の生活には、直接関係は無い。
軍人としての仕事にも慣れた。調査出撃は今のところ7日から10日に1回ぐらい。
北のトカゲと西のナメクジが同時に来ても、順番に効率良く対処できれば、私ひとりでも片づけられる。
夜中、寝てるときに呼び出されて出撃することもある。そんなときのために、寝ぼけた頭をしゃっきりさせる苦い錠剤も、ベッドの枕元に準備してある。
待遇改善を求めて、階級を上げたいとウキネに言ってからは、出撃を私に譲ってもらうことが多くなった。暇なときには訓練をするようにしてるので、過去の軍人から見てもかなりの早さで昇進してる、らしい。
甲乙丙丁の順番で、今の私の階級は丙二級だ。ウキネは乙一級。甲はかつてあった階級で、この施設は階級は乙一級までしかない。
なのでウキネが軍の最高指揮官で軍司令。と言っても、ふたりだけだからね。
私がこれから何年、もしかしたらウキネのように何百年と、この施設で生活するなら、なにか趣味か娯楽でも、あったほうがいいかな、と。ウキネの真似をして、タブレットで過去の情報を見てみたりする。
ウキネは昔の本をいろいろ読んでいる。理由を聞いてみると、
『多種多様な知識は、生き延びるのに役に立つ』
という、ウキネらしい答えがかえってきた。おもしろいとか楽しいとか、そんな感情は生存することとは、無関係なんだろうね。
我、思うゆえに、我あり、だっけ。思っても、思ったとおりにはならない。なにも思わなくても、生きてはいける。なにも思い煩わないほうが、生きやすい。思いを無くしたほうが、悩まなくていい。
それでも、思いは湧くように出てきたりする。この施設が、無くなったほうがトカゲとナメクジにはいいんだろうな、とか。
人間はさっさと滅んでいなくなったほうが、地球にはいいんじゃないかな、とか。
哲学とか、ちょっと興味が出てきたので、情報室から過去の書物のデータをあさる。初心者向けの、簡単そうなものをいくつかタブレットに転送する。
あとはお菓子のレシピ集。合成品だけど、材料はなんでも手にはいるから、いろいろ作れる。1日1品作ったとして、過去の人類のお菓子のレシピを全て再現して、食べてみる。
思い付きだけど、これを試したとしたら、何十年かかるんだろう?
過去の映画のデータを検索しようとしたら、左腕から音楽がなる。ウキネからの通信だ。左手首を右手の指でなぞって、通話する。
「今日は雲が薄い、地上の休憩室で星が見えるぞ」
「わかった。今から行くよ」
施設の地上部分。人型戦闘機や自走戦車のハッチ。その近くにある休憩室はドーム状の透明樹脂から外が見える。地上が再生したときの創造映像をそこで見たことがあるけど、あまりに今の風景とのギャップがひどくて、呆れてしまった。普通に外が見えるなら、星も見えるんだ。
休憩室では寝椅子でウキネがコーヒーを飲んでいた。上を見ると、星が少し見える。
灰色の濁った大気が、今日は薄くなってるのか、暗い灰色の大気の向こうに星が見える。
私も寝椅子に転がって、夜空を見上げる。
「ウキネは、星を見るのが好きなの?」
「昔、星を見るのが好きな軍人がいた。それにつきあってこうして見てたことがある。それを思い出した」
「ふうん」
「シズネが暇ならば、たまにはこんな天気の日もあることを、教えておこうかと、な」
「外の景色は全部、灰色だと思ってた。星も見ることはできるんだ。ウキネはその、昔の軍人と、こうして星を見てたんだ?」
「そいつが星をみながら、酒を飲んで話をするのを聞いていたな」
ウキネはそういってコーヒーを飲んでいる。
「ウキネはお酒は飲まないの?」
「酒とタバコとドラッグ、試してみたが体質に合わないようだ。私の悪癖はこれだけだな」
ウキネのカップに、シロがコーヒーを注いでいる。私にも1杯淹れてくれる。
「コーヒーって悪癖なんだ」
「カフェインは麻薬物質だ。和国では法律で禁止になった」
「コーヒーが、違法なんだ」
「鎖国してコーヒー豆の輸入ができないのもあるがな。カフェインの中毒性からコーヒーと紅茶は、麻薬として違法になった。なぜか緑茶と抹茶は、その歴史から合法ではある。ただし未成年には禁止だ」
「知らなかった。このコーヒーは大丈夫なの?」
「この施設では、軍人は特例だ。ストレスの多い仕事のかわりに、たいていのものは許可されている。中毒性を下げたドラッグもマネージャーに言えば、用意できるぞ」
「そうなんだ。じゃあ、ボゥイ、ブランデーと生クリーム持ってきて」
しばらくお待ち下さい、と言ってボゥイが通信をしてる。すぐに用意できるのかな。
「ブランデーに生クリーム?」
「うん。昔、というか平成日本のシミュレーター内の記憶だけど、アイリッシュコーヒーがおいしかったなぁって」
「アイリッシュコーヒーは、ウイスキーじゃなかったか?」
「そうだっけ? ブランデーだとおいしくならないかなぁ」
「試してみればいい」
ふたり並んで星を見る。あったかいコーヒーを飲みながら。昔、この椅子を使ってた軍人は、お酒を飲みながら、星を見ながら、何を思っていたんだろう。
生まれて命があるならば、生きようとするのが生命というものだろうか。
過去のシズネが悪化する地上の環境で、どのような死を迎えても、過去世界のシミュレーターの中で、楠静香がどのように生きようとも、今の私の生活には、直接関係は無い。
軍人としての仕事にも慣れた。調査出撃は今のところ7日から10日に1回ぐらい。
北のトカゲと西のナメクジが同時に来ても、順番に効率良く対処できれば、私ひとりでも片づけられる。
夜中、寝てるときに呼び出されて出撃することもある。そんなときのために、寝ぼけた頭をしゃっきりさせる苦い錠剤も、ベッドの枕元に準備してある。
待遇改善を求めて、階級を上げたいとウキネに言ってからは、出撃を私に譲ってもらうことが多くなった。暇なときには訓練をするようにしてるので、過去の軍人から見てもかなりの早さで昇進してる、らしい。
甲乙丙丁の順番で、今の私の階級は丙二級だ。ウキネは乙一級。甲はかつてあった階級で、この施設は階級は乙一級までしかない。
なのでウキネが軍の最高指揮官で軍司令。と言っても、ふたりだけだからね。
私がこれから何年、もしかしたらウキネのように何百年と、この施設で生活するなら、なにか趣味か娯楽でも、あったほうがいいかな、と。ウキネの真似をして、タブレットで過去の情報を見てみたりする。
ウキネは昔の本をいろいろ読んでいる。理由を聞いてみると、
『多種多様な知識は、生き延びるのに役に立つ』
という、ウキネらしい答えがかえってきた。おもしろいとか楽しいとか、そんな感情は生存することとは、無関係なんだろうね。
我、思うゆえに、我あり、だっけ。思っても、思ったとおりにはならない。なにも思わなくても、生きてはいける。なにも思い煩わないほうが、生きやすい。思いを無くしたほうが、悩まなくていい。
それでも、思いは湧くように出てきたりする。この施設が、無くなったほうがトカゲとナメクジにはいいんだろうな、とか。
人間はさっさと滅んでいなくなったほうが、地球にはいいんじゃないかな、とか。
哲学とか、ちょっと興味が出てきたので、情報室から過去の書物のデータをあさる。初心者向けの、簡単そうなものをいくつかタブレットに転送する。
あとはお菓子のレシピ集。合成品だけど、材料はなんでも手にはいるから、いろいろ作れる。1日1品作ったとして、過去の人類のお菓子のレシピを全て再現して、食べてみる。
思い付きだけど、これを試したとしたら、何十年かかるんだろう?
過去の映画のデータを検索しようとしたら、左腕から音楽がなる。ウキネからの通信だ。左手首を右手の指でなぞって、通話する。
「今日は雲が薄い、地上の休憩室で星が見えるぞ」
「わかった。今から行くよ」
施設の地上部分。人型戦闘機や自走戦車のハッチ。その近くにある休憩室はドーム状の透明樹脂から外が見える。地上が再生したときの創造映像をそこで見たことがあるけど、あまりに今の風景とのギャップがひどくて、呆れてしまった。普通に外が見えるなら、星も見えるんだ。
休憩室では寝椅子でウキネがコーヒーを飲んでいた。上を見ると、星が少し見える。
灰色の濁った大気が、今日は薄くなってるのか、暗い灰色の大気の向こうに星が見える。
私も寝椅子に転がって、夜空を見上げる。
「ウキネは、星を見るのが好きなの?」
「昔、星を見るのが好きな軍人がいた。それにつきあってこうして見てたことがある。それを思い出した」
「ふうん」
「シズネが暇ならば、たまにはこんな天気の日もあることを、教えておこうかと、な」
「外の景色は全部、灰色だと思ってた。星も見ることはできるんだ。ウキネはその、昔の軍人と、こうして星を見てたんだ?」
「そいつが星をみながら、酒を飲んで話をするのを聞いていたな」
ウキネはそういってコーヒーを飲んでいる。
「ウキネはお酒は飲まないの?」
「酒とタバコとドラッグ、試してみたが体質に合わないようだ。私の悪癖はこれだけだな」
ウキネのカップに、シロがコーヒーを注いでいる。私にも1杯淹れてくれる。
「コーヒーって悪癖なんだ」
「カフェインは麻薬物質だ。和国では法律で禁止になった」
「コーヒーが、違法なんだ」
「鎖国してコーヒー豆の輸入ができないのもあるがな。カフェインの中毒性からコーヒーと紅茶は、麻薬として違法になった。なぜか緑茶と抹茶は、その歴史から合法ではある。ただし未成年には禁止だ」
「知らなかった。このコーヒーは大丈夫なの?」
「この施設では、軍人は特例だ。ストレスの多い仕事のかわりに、たいていのものは許可されている。中毒性を下げたドラッグもマネージャーに言えば、用意できるぞ」
「そうなんだ。じゃあ、ボゥイ、ブランデーと生クリーム持ってきて」
しばらくお待ち下さい、と言ってボゥイが通信をしてる。すぐに用意できるのかな。
「ブランデーに生クリーム?」
「うん。昔、というか平成日本のシミュレーター内の記憶だけど、アイリッシュコーヒーがおいしかったなぁって」
「アイリッシュコーヒーは、ウイスキーじゃなかったか?」
「そうだっけ? ブランデーだとおいしくならないかなぁ」
「試してみればいい」
ふたり並んで星を見る。あったかいコーヒーを飲みながら。昔、この椅子を使ってた軍人は、お酒を飲みながら、星を見ながら、何を思っていたんだろう。