第26話◇飛び降り自殺のあと

文字数 2,953文字

 
 私の自室のテーブルの上に、種々様々なビンがある。ボゥイに言って、持ってこさせた。

 日本酒、バーボン、焼酎、ワイン、ウィスキー、スコッチ、テキーラ、ブランデー。
 いろいろ飲んでみたけれど、どれもこれも苦いし不味い。
 今は、わりと呑みやすいブランデーを飲んでいる。

 お酒を飲めば、気分が良くなり楽しくなれるかも、と不味いのを我慢して飲んでいる。

 気を効かせたボゥイがアルコール分解薬を用意しているから、アルコール中毒にはならないだろう。それに、急性アルコール中毒で死んでも、クローン再生すればいいし。

 楠静香が死んだことを、私、シズネがショックを受けることも、無いのかもしれないけれど。
 私と同じ遺伝子で、高校2年の始めまでは、同じ記憶を持っている。

 今の私は、過去のシズネのクローンに、楠静香の記憶をコピーペーストした個体だ。
 楠静香とシズネは、もう別人なんだ。
 それでも、同じ遺伝子、途中までは同じ記憶を、持っている。

 情報室で楠静香の記憶を覗いてから、ずっとイライラ、モヤモヤしている。枕を投げて、壁を殴って蹴って、それでもスッキリしなくて、今は、酒を飲んでいる。
 
 楠静香、死んでしまうとは、何をしているのだか。
 今の私から見れば、大学に入れなくても、死ぬことは無いだろう、と思う。
 就職先を探すとか、専門学校にでも行って、資格でもとるとか、いろいろあるのに。
 今の私よりは、選択肢があるだろうに。

 これで私の遺伝子標に、自殺回数がカウントされて、社会適応性の評価が下がる。
 自殺は、反社会的なので。
 あと、私自身が対トカゲ対ナメクジ戦闘を、それなりに上手くこなしたことで、私の遺伝子標の戦闘能力評価が、2級から1級に上がってしまった。

 和国が再生したとしても、私の遺伝子が未来に生まれる可能性は、どうやら無さそうだ。戦闘に適応しやすく、平和に適応しにくい、そんな評価になっていることだろう。

 ブランデーをコップに注いで、ぐいぐい飲む。けっこう飲んでいるはずだけど、楽しくもならないし、気分も良くはならない。それどころか、気持ち悪くなってきた。なんで人類はこんな飲み物を、有難がっていたのか解らない。

 楠静香。もうひとりの私。
 1度の転落、大学受験の不合格から、不安に囚われていた。あれが、鬱なのかな。不安神経症なのかな。
 視野が狭くなって、悪い方に考え過ぎて、人とコミュニケーションするのが、下手になった。
 あの高校のあのクラスでは、友達ができなくても仕方ない。監視が続く環境に耐えられなくて、転校したのも何人かいる。不登校になるのもいたし、ノイローゼのようになったのもいた。

 高校2年3年と、同じクラスで、監視もそのままだったし。

「ボゥイ、ブランデーをもう1本持ってきて」

 空になったビンを取りながら、ボゥイは言う。

「銘柄は何にしましょうか?」
「任せる。飲みやすいので」

 お酒の種類も銘柄も詳しく無いし。

 不安と心配に悩まされる楠静香には、大学合格以外の選択肢が見えなかった。それしか無いと、思い込んで、思い詰めてしまった。

 でもこれは、楠静香ひとりのせいじゃ無いし、楠静香ひとりだけの話でもない。その時代、その社会の中にいる人には、見えないし解らないことがいっぱいある。

 人類の歴史の果ての、灰色の景色を見てるから、解るんだけどね。
 ウキネの言ってた、『推理小説を後ろから読んでるようなもの』

 平成日本は、行き詰まっていた。貨幣経済のシステムが緩やかに破綻していた。自分達が便利だと信仰しているシステムに首を絞められていた。

 便利な生活水準を守るために、人ひとりが生きていくためのコストが、高くなりすぎただけなんだけど。

 電気、ガス、水道、通信、各種保険、年金、税金、エトセトラ。
 昭和では、夫の収入で妻と子供2、3人の家族が暮らしてたりした。それが、平成になると夫婦共働きで、子供ひとり育てるのがやっと、という有り様。

 夫婦共働きで、子供のめんどうがみれないから、保育園に預ける。保育園が足りない。保育園を造るために税金が増える。税金が増えて、生活が厳しい。生活が厳しくて、子供を育てるお金が無くて、少子高齢化の悪循環。

 父子家庭、母子家庭なら保育園、幼稚園も必要だろうけど。二親がいて、片方の収入で賄えるなら、残った片方が子供のめんどうをみれば、保育園の数もそんなに必要ないはずなんだけど。

 過去の人達は、人間らしい便利な生活を守ることを、生物として子孫を残すことより優先させた。だから滅亡したんじゃないの?

「おまたせしました」

 ボゥイが新しいブランデーを持ってきた。ついでにつまみも持ってきた。焼いたソーセージにチーズ各種。新しいブランデーを開けて、グラスに注ぎさらに飲む。

 過去の平成日本では、まじめに働いている人の給料が、生活保護で支給される金額よりも安くなってしまった。
 これは、働いて得られる給料では、国の定めた『最低限の人間らしい文化的な生活』が、無理ということなんだけど。

 それをおかしいと考えるひともいたのだけれど、すでにできあがったシステムは頑固に存在して、つくりかえることもできない。
 国粋主義者の原子力発電所爆破テロに、賛同した人達が多かったのも、このへんが原因にあるんだろうか。

 物が増えて、インターネットが発達して、いろいろな保険や年金が充実しても、それを維持できない現実。それから目を逸らして、システムを維持するために、百年前より貧しい生活を強いられている人達。

 そんな人達のために搾取される、発展途上国。膨れた恨み辛みで始まる新しいかたちの戦争。そして長い期間、戦争を忘れていたから、戦争の終わらせ方まで忘れてしまった人達。どこにも救いが無い。

 頭がいいふりをしてても、得られる食料と資源から逆算して、人口の調整もできなかったのなら、破綻して当たり前。

 社会に適応する、ということは、社会の欠点から目を逸らして、気がつかないことなのかもね。

 それでも、生まれてしまったなら、幸せに生きたいと願うのが人だから。幸せを求めて、望んで、その結果にできたシステムが、何故か人を苦しめる。

 頭の中がぐるぐるする。アルコールを飲めば、楽しくなるんじゃないの? ぜんぜん気持ちよくならない。逆に気持ち悪い。吐き気が込み上げる。

 よろけながらトイレに走って、吐く。げえげえ吐く。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
 どうも私にはアルコールは合わないらしい。飲んで気持ちよくならない。頭痛い。気持ち悪い。

 ボゥイの持ってきたアルコール分解薬を飲む。もう、寝よう。寝てしまおう。
 
 お酒を飲めば、気持ち良くなる。そう信じて飲んでいたら、なぜか気持ち悪くなった。
 こうすれば、幸せに生きられるはず。そう信じてやってたら、なぜか不幸になった。

 今の私は、自殺した楠静香と同じ。滅亡した、過去の人達と同じ。
 願って信じたものが、自分に合わないことに、気が付くのが遅かっただけ。


 
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登場人物紹介

シズネ。和国軍人として徴兵された少女。和国再生施設の防衛用人型兵器のパイロット。平成時代の日本人、高校二年生、楠静香。特技、お菓子作り。趣味、映画鑑賞。

ウキネ。和国軍人、乙一級。和国再生施設、軍司令。クローン再生を繰り返し三百年、軍人として務め続ける。シズネの上官。

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