最終話◇おやすみなさい

文字数 8,087文字

 ショットガンを撃つ。足でトカゲを踏み潰す。もうどれだけ殺したかもわからない。
 命は色。灰色の世界は様々な色が地面のあちこちにある。トカゲの血の赤、ナメクジの黄色い粘液、壊れた車両の深緑、焦げた大地の黒色。灰色しかなかった大地に色がついた。
 和国施設は、近い。

 無理、だったのかな
 無駄、だったのかな
 頭が、痛い、気持ち、悪い。

 それでも、まだ、手は動く、脚が動く、動けるなら、諦めない。
 武器交換、グレネード、狙う、

『ボゥイです。施設の固定砲台の射界に敵集団が入りました。援護射撃します』

 やっと、復活した? 地図情報確認、施設固定砲台の射線から退避。

『シロです。下部電脳を切り離した固定砲台を、ボゥイと半手動で操作します』

 科学の粋の人そっくりのロボットが、原始的な手動照準、か。

『ウイルスの除染は順調です。チェックの終わった自走戦車がまもなく出せます。私とシロが砲台で押さえる間、シズネ様は休息を』
『副電脳より、感知機群に未確認集団を発見しました』

 まだ、未確認がいたのか。取りこぼしがあったのか。地図情報に現れた新しいマーカーを見ると、

「なんでこんなに接近されるまで発見できなかった?」
『車両の使えない岩山を徒歩で行軍してきた集団と推測します』

 よくがんばる。シロとボゥイの砲台が狙えるのは確認済みの敵マーカーだけだ。早く敵認定しないと。

 西に移動、頭の中の奥がズキンズキンと痛い。西、だからナメクジか。急いで行く。

「うぇ……」

 加速の瞬間、目の奥に鈍い痛み、鼻の奥で血の味がする。鼻をすすって、唾といっしょに口から出す、舌で唇の外に押し出す。

 ナメクジの集団発見、車両無し。歩いて岩山を越えて、本隊とは違うルートで施設へと向かうつもりか。
 こんな集団が他にもいたら困る。

「ボゥイ、シロ、施設周辺の動体反応を探れ」

 こいつらも、脅かして攻撃させてさっさと敵認定しないと。いつものように集団の目前に着地しようと、
 直前に警戒警報、感知機群に爆発物反応。全推進機を使って着地しないように逆噴射。
 ぎりぎり地面に着く前にホバリングして再上昇をかける。足の下が大爆発した。地雷か? ナメクジも爆発に巻き込まれている。こっちの行動パターンを読んで、自分達を囮にした罠だったのか。ナメクジの集団を飛び越えるように爆風の勢いに乗って飛ぶ。装甲表面が部分融解。

 着地して爆発のあったところを感知機群で探る、半分が爆発のダメージとノイズで使えない。爆発の規模が大きい、これまでナメクジが使っていた兵器には無かった破壊力だ。
 噴火のように真上に爆風が伸びて、わずかに直撃の範囲から外れていた。そのまま着地していたら危なかった。

 機体状況確認……? 背後から、なにか来る。感知機群にはなにも無いけれど、カンに従って横っ飛びに回避。
 地面が、溶けた。振り返りながら推進機を吹かしてさらに跳ぶ。
 左腰部推進機、溶解誘爆。
 地面に叩きつけられる。下半身が無くなった。左補助腕の盾を攻撃方向らしいところに向けて構える。
 盾が赤くなって溶ける。溶けかけた盾を左手で突き出して転がる。

 これは何? 最初の攻撃から敵の位置を探る。遠く離れた岩山の中腹あたり、視界を拡大。ナメクジがいた。
 2体で大型の洗練されたデザインのライフルを構えている。ライフルからはチューブが伸びている。
 あれは遠距離攻撃の光学兵器だ。離れたところにもうひとつ。更にひとつ、計3門。
 扱いはデリケートで、発射する度に砲身の交換とチャージする時間が必要だけど、その分長射程高威力。そのうえ、弾丸は光そのもので高速で着弾する上に発射音も無い。今もナメクジ達は慌てて砲身の交換作業中だ。
 
 これは不幸中の幸いだろうか、あの兵器を施設に使われる前に、バッテリーと砲身を使わせて無駄にさせた。
 機体状況、下半身無し、腰部推進機無し。背部推進機、片方はまだ使える。盾無し、左補助腕無し、左手動かない、右手右補助腕まだ動く。

 敵の位置は遠い。近接に特化した私の機体の武装で届くものは無い。無駄と解ってもまぐれ当たりを期待してチェーンガンを連射する。
 砲身交換とチャージが終われば、また撃ってくるだろう。3つの光学兵器を操作するナメクジ達の映像を拡大。施設に映像を転送。

「ナメクジが光学兵器を持って来てる! 防御武装の用意!」

 右肩チェーンガン弾切れ、やっぱり当たらない。だけど、砲身交換の手を止めさせたから時間稼ぎにはなったかな。
 あの光学兵器の射程に、まだ施設は入ってない。そのかわり施設の固定砲台の射程にも、ナメクジ達は入って無い。
 ここで私が粘れば、あの光学兵器の砲身の代えが無くなって、自走戦車が来るかもしれない。

 地面にうつ伏せになって顔を上げる。右手のグレネードを捨てて地面につける。映像を拡大して光学兵器を操作するナメクジを見る。砲身の交換は終わって、チャージ中のようだ。

 触覚を震わせながら光学兵器の照準を私に合わせる黄色いナメクジ達。触覚を動かしながら仲間に頭を向けたり私の方にむけたりと、なにか話をしてるようだ。その動きは擬人化された動物のクレイアニメのようにユーモラス。
 こんな状況でなければ、話を聞いてみたい。彼らはどんな会話をしてるのだろうか。

 ナメクジ達の雰囲気が変わった。全員が私を見てる。チャージが終わったのか。
 ナメクジを更に拡大、ライフルにさわっている触手の動きを見る。
 発射の瞬間を捉えて、回避する……今!
 カエルのように右手と右手補助腕で地面を押して跳ぶ。ひとつめ、私がさっきまでいた地面が溶ける。
 ナメクジは頭がいい。さっきも時間差で回避したあとを狙ってきた。背部推進機を使って機動変更、地面ぎりぎりを飛ぶ。ふたつめを回避。
 機動が安定しない、視界がぶれる。カンを頼りにみっつめの発射を感じて、地面に右手と右補助腕を刺しこんで無理矢理急制動。目の前の地面が溶ける。

 なんとかみっつとも回避できた。たけど右補助腕が根本から折れて飛んで行った、無くなった。残る右手はまだかろうじて動く。右手を動かして転がって仰向けになる。
 ナメクジを見れば、まだ私が動いたことに動揺しているようだ。光学兵器の砲身の交換を始めた。
 背部推進機、反応無し。右手と首しか動かない。

 この人型に脱出装置は無い。外に出ても防護服が無いし、施設にはクローン再生がある。施設が万全ならば。
 ナメクジを見れば、砲身交換をしてるのはふたつだけ。代えの砲身が無くなったのなら施設は守られるだろうか。

 これで終わるのか。私が終わるのか。消えて無くなるのか。やっと? ようやく? それとも、まだまだ?
 
 ナメクジ達が砲身交換を終えて、チャージを開始する。次にあの光学兵器が発射されたら、私は死ぬ。

 あぁ、死にたくないなぁ。
 ナメクジ達が光学兵器の照準を合わせる。
 私になにができたんだろう、私はなにかをやれたんだろうか。
 ナメクジ達が私を狙って――
 視界が灰色の霧に覆われていく。灰色の霧はところどころで小さくきらきらと輝いている。

 消えたくないなぁ。
 身体が後ろの方に浮いていくような気がする。戦闘薬の過剰投与の影響か、戦闘中にも奇妙な感覚があった。それともこれは、魂が身体から離れていく感覚なんだろうか。
 作り物の紛い物の私に魂があるんだろうか。
 ウキネ
 ウキネに会いたいな

「ぐ?」

 衝撃。背中に衝撃。これは着地のときのような、

『間に合ったか』

 視界下部の戦闘ログに新しい字幕、これは、

『地下格納庫から上げた武装の中に、対光学兵器用の防御武装があった。役に立ったな』

 また、飛び上がるような浮遊感。
 首を回して背中を見る。赤い人型が私の機体の両肩を掴んで翔んでいる。
 防御武装、思い出した。この灰色の霧は光学兵器を乱反射させて減衰させる兵器だ。小さな輝きは拡散した光線だったんだ。

『現時点でシズネに託した軍司令権限を私、ウキネに戻す。シズネは施設で休め』
「ウキネ! 私、戦える。まだ戦えるよ!」

 ウキネの赤い人型は自走戦車の上に私の機体を置く。

『私になにかあれば代わりに出てもらうが、今は施設に戻って機体の修理だ。その間休め。すでに戦闘時間が50時間を越えているんだ』

 そんなに時間が経っていたんだ。ウキネの指示で自走戦車が旋回して施設に進路をとる。

「ウキネ、再生したんだ。施設はもとに戻ったんだ」
『再生室を優先的に修復したらしい。自走戦車も使えるものから出ている。そろそろ多脚砲台も出せるはずだ』
「そっか……」

 私、守れたのか。

『シズネ』
「何? ウキネ」
『よくやった』
「え?…………」

 ウキネはそれだけ言うとナメクジのいた方に翔んでいった。
 私は視界下部に残る字幕を何度も何度も読み返した。シズネからの『よくやった』の5文字を。





 気がついたときには、私はベッドで横になっていた。横になって笑っていた。
 あははははははははははは
 べつに楽しくもおかしくも無い。ただ、顔と声が自分の意思とは無関係に笑っているだけだ。
 あははははははははははは

「戦闘薬の過剰投与と長時間の戦闘ストレスから、自律神経に異常が見られます。しばらく休めば治るでしょう」

 ベッドの隣に立つボゥイが、右胸に刺さってる点滴のパックを交換しながら説明する。クローン再生する必要は、今のところ無いらしい。

 自走戦車に乗って施設に帰投した私は、操縦席から降りることを拒んだ。ウキネから出撃は止められていたけど、なにかあればすぐに出られるように操縦席に繋がったまま待機していた。
 操縦席から降りるように言うボゥイに怒鳴りつけたところまでは、憶えている。そのあと待機中に気絶するように眠ってしまったようだ。寝てる間にボゥイに身体検査されて、自室に運ばれて、点滴を打たれた。

「20時間眠っていました」

 ボゥイが目を細めて、安堵した表情で話す。私が寝てる間にウキネが全部終わらせてくれた。
 あははははははははははは
 人はべつに楽しくなくても笑えるらしい。神経がおかしくなれば、なにひとつ感情が動かなくても笑えるみたいだ。
 あははははははははははは

「目が覚めたか」

 扉が開いて、ウキネとシロが入ってきた。それを見て、私は、

「ぶっ、ぷはははははははははははははは!」

 思いっきり笑ってしまった。だって、ウキネの頭が、

「そんなにおかしいか?」

 ベッドに近づいてきたウキネの頭は丸坊主だった。

「だ! だって、あはは、つるつるっ! つるつる頭! あははははははははははは」
「急いでクローン再生したから、毛髪がまだ生え揃っていない状態でカプセルから出た。髪はそのうち生えてもとに戻る」
「あははははははははははは!」 

 ウキネを見て私はお腹を押さえて大笑いして、ベッドの上でゴロゴロと悶えた。頭の形がおかしいわけでもないんだけど、日本人形みたいな長いストレートしか見たことがなかったから、坊主頭のウキネが可笑しくてたまらない。

「ね、ねぇ、ぷくく、ウキネ?」
「なんだ?」
「うくく、毛髪ってことは、ぷぷ、脇は? 下の毛は?」
「私はもともと生えてない」
「あははははははははははははははは!!」

 そうだった。ウキネは下の毛は生えてないんだった。

「ウキネ様、シズネ様は」
「知ってる。戦闘薬の反動で自律神経異常なんだろう」

 ボゥイがフォローしてくれた。

「元気そうで、なによりだ」

 また6時間ほど眠って落ち着いてから話を聞いた。
 施設の中で蜘蛛脚機械が見つかった。
 廃棄物処理場で廃棄した自走戦車にくっついていたのを、見つけられずにいた。
 廃棄物処理場では分解して再利用できる資源の抽出をしているのだけど、そこに浸入した蜘蛛脚は本部電脳の監視をごまかして、そこで活動を続けていた。
 廃棄された機械を修理して作られたクローン再生の装置が廃棄物処理場にあった。そこでかつて採取した和国軍人ショウノの細胞から作られた胚からショウノのクローンを1体作り上げた。
 和国施設内で作られたクローン、軍人認識標も偽装されてつくられた。

 蜘蛛脚本体は廃棄物処理場で活動停止していた。内部の脳髄と背骨は放射能の影響か、細胞はガン化していた。
 ショウノのクローンは、排気口やメンテナンスフロアを移動していたようだ。食堂で包丁を入手する際にシロが発見しなければ、見つけるまでにもっと時間がかかっていたかもしれない。

 問題はどうやって外と通信していたのか。地上の雲が通信妨害するので衛星は役に立たない。それに施設から電波を飛ばせば、本部電脳が気がつくはず。
 伝書鳩のように小型機械を作って、情報を持たせて外に放ったのが、可能性としてはありそうだ。

 廃棄物処理場とメンテナンスフロアの監視体制を見直して、電脳も予備の副電脳から本体に切り替わった。

「相手が光学兵器を使うようなら、こちらも武装を見直さなければならないな」
『大気圏内での光学兵器使用は大気を汚染します。また対光学兵器の防御武装の使用は土壌を汚染します』
「それがどうした。目的は施設の防衛、優先順位をはき違えるな」

 施設は復活した。報復装置は作動を停止して待機状態に。私は今回の戦果で乙3級に昇進した。
 もとにもどって、特に何も変わらない。
 それが私が戦って得たものだった。

 そして私は今、施設の中をうろうろと歩き回っている。時刻は夜中、ウキネは寝てしまっているだろうか。腰のあたりがゴワゴワとして歩きづらい。
 ジャージのズボンの中にオムツをつけているからだ。
 笑いの発作は治まった。だけど自律神経の異常はまだ残っている。夜に眠れなくなった。ベッドにもぐって暗くなると目が冴えてしまう。やっと眠れたときには、起きたときにベッドが濡れている。おねしょだ。
 この年で夜尿症、なので夜にはオムツをつけることにした。そうするとますます眠れなくなった。
 夜に眠れなくなって、昼間は頭がぼぅっとする。トカゲとナメクジは前回の進行以来すっかりおとなしくなって、まだ1度もやってこない。
 それで助かっているけれど、この状態じゃまともに出撃できないかも。裸足でぺたぺたと施設の中を歩きまわる。後ろをボゥイがついてくる。睡眠薬で眠っても、起きてるときに頭がぼぅっとするのは変わらない。だから、疲れて眠くなるまで施設の中を歩きまわる。ぺたぺた、ぺたぺたと。
 もう1週間くらい、まともに眠っていない。これが続くようなら身体をクローン再生してリセットしようかな。

 頭がぼぅっとするから、映画を見ても頭に入ってこない。お菓子を作るにも手元が怪しい、集中できない。はぁ、とため息が出る。
 通路の扉の前に、シロが立っている。ウキネの部屋だ。シロは緊急時以外、ウキネの部屋に入室禁止だから扉の前で朝まで立っている。扉の前でも部屋の中をモニターしているので、問題無いらしい。
 そのシロが私を見て、ウキネの部屋の扉をノックした。

「ちょ、ちょっと。なんの用も無いから、ウキネも寝てるでしょう?」

 慌てて止める。夜中にウキネを起こすような事なんてなにも無い。

「ウキネ様は、まだ起きてますよ」

 シロが平然と答える。扉が開いてウキネが顔を出す。

「なんだ?」
「あ、べつに、特にはなにも」
「……眠れないのか?」
「あー……、うん」

 頷く、だけど私が眠れないからってウキネに迷惑かける気は無い。だから、

「もう少し散歩してく。じゃあウキネ、また明日」
「待て」

 ウキネは親指で自分の部屋を指す

「入れ」
「え、いいよ」
「かまわん、入れ」

 それだけ言ってウキネは部屋の中に戻っていった。シロが手のひらで私に入るように促す。

「ボゥイは部屋の中に入らないように」
「わかっています」
「少し、話をしませんか」
「はい」

 マネージャー同士、なにか話があるようだ。おずおずとウキネの部屋の中に入る。

 前にもウキネの部屋に入ったことはある。乙級の部屋は広い。私も乙級になったから部屋の間取りはウキネと同じになった。だけど、別に部屋を飾り付けたりしていない。ウキネも実用のみで、壁に映像を写したりとか置物があったりはしない。
 リビングがひとつ、寝室がひとつ、キッチンにあとは風呂とトイレ。
 ウキネはリビングのソファの端を持って、

「運ぶからそっちを持て」

 言われるままにソファの端を持って、ウキネとふたりで運ぶ。寝室のベッドから少し離れた壁際にソファを置く。

「そこに寝ろ」
「は?」

 ウキネの顔を見る。どういうことだろう?

「夜に眠れないと言って私の部屋に来たのは、シズネが初めてというわけでは無い。いいから寝ろ」

 言われるままにソファに横になる。ウキネが持って来た毛布を私にかける。

「寒くないか?」
「うん、大丈夫」
「夜尿症は?」
「治ってない。だけど、オムツしてるからソファを汚すことは無い、と思う」
「そうか、灯りを落とすぞ」

 ウキネが左手首を右手の指で操作して、部屋を暗くする。ベッドの下からのオレンジの反射光だけになって、ウキネがシルエットになって見える。
 寒くないか?なんて、施設の中は季節関係無く常に温度も湿度も一定なのに。

 頭に手が触れる。髪の中に指を入れて、ゆっくりと右に、左に頭を撫でられる。
 ウキネ?

「私のベッドには入るな。寝ている私には絶対に手を触れないように」

 うん、うんと2回頷く、声が出なかった。

「おやすみ」

 もう1回、うんと頷くとウキネの手は私の頭から下りて瞼を塞ぐように優しく撫でて、離れていった。涙がひとつこぼれた。

 大きなベッドの中央で、ウキネは猫のように丸くなって眠る。私はソファに横になって、ウキネを見る。

 くー…… すー……

 小さな寝息が聞こえてくる。布団がわずかに寝息に合わせて、上下運動を繰り返している。
 私はまだ眠れない。なんとなくウキネの呼吸の音に合わせて、同じように息をしてみる。

 くー……
  息を吸って
 すー……
  息を吐いて
 くー……
  息を吸って
 すー……
  息を吐く

 くー…… すー……
 くー…… すー……

 ウキネの部屋で、ウキネと同じタイミングで呼吸を繰り返す

 くー……
  すー……
 くー……
  すー……

 瞼を閉じる。閉じた瞼の裏側に、もう一段深い暗闇が、ゆっくりと下りてくる。

 くー……
  すー……
 くー……
  すー……

 なんだか、ねむたく、なってきた。

 これは記録。ただの記録。わたしの記録。和国再建施設の軍人の記録。
 腕も無い、脚も無い、親もいない。子孫を作る機能も無いから、名字も無い。
 300年以上昔に生きていた人物の遺伝子から作られた、家族のいない子供。
 名前は過去の遺伝子の持ち主から、
 身体は合成培養された細胞から、
 記憶は機械に作られた情報の世界からのデータから、
 軍人として造られて、生きた。
 施設のためのパーツのひとつ。
 そんなわたしが、
 瞼を閉ざす手に暖かさを感じて涙をこぼし、
 ようやく、ぐっすりと眠れるようになった。
 ただ、それだけの記録。
 ただ、それだけの……
 私の、記憶。

 くー……
  すー……
 くー……
  すー……


 ――――おやすみなさい――――
 

 
 
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登場人物紹介

シズネ。和国軍人として徴兵された少女。和国再生施設の防衛用人型兵器のパイロット。平成時代の日本人、高校二年生、楠静香。特技、お菓子作り。趣味、映画鑑賞。

ウキネ。和国軍人、乙一級。和国再生施設、軍司令。クローン再生を繰り返し三百年、軍人として務め続ける。シズネの上官。

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