第35話◇心の底に残るもの
文字数 4,195文字
あはははははははははははは
ショットガンでナメクジを撃つと黄色い粘液を撒き散らして、ぐちゃぐちゃになるよ。
あはははははははははははは
狙って撃つ。狙って撃つ。狙って撃つ。あはははは。もっと撃たないと。もっと殺さないと。もっともっと殺さないと。
あはははははははははははは
車両搭載型のミサイルポッドで私を狙うナメクジがいたから、そこにグレネードを撃ち込む。どかーーん。見た? ウキネ見た? ナメクジが大きな花火になったよ。
あはははははははははははは
まだ私を狙ってるナメクジがいるけど、車両を全部壊したから、早く次に行かないと。
忙しい、忙しい、あはははは。忙しいのはいいことだね、他になにも考えなくていいし。
暇で暇でぼーーっとしてるよりは、仕事があって忙しいほうがいいよね。あはははは。でも、ちょっと忙しすぎるんじゃないかなぁ。ねぇ、ウキネ。トカゲとナメクジを殺すだけの簡単な仕事だから、私でもできるけどさぁ。いひひ。でもでも、ウキネが出ないで私ひとりで戦果をあげたら、私の階級が上がってウキネを追い抜いちゃうよ。そしたら、私がウキネの上官になっちゃう。それは、嫌だなぁ。私がウキネの上に立つとか、横に並ぶとか、絶対無理だから。でも、ウキネの一番近いところにいたいなぁ。
ウキネがいろいろ教えてくれて、私の訓練の相手をしてくれたから、ほら見て、こんなに上手にナメクジを殺せるようになったよ。ずーっと戦ってるけど、まだ死なないで戦えているよ。
あはははははははははははは
ありがとうウキネ、ウキネありがとう。でも、なんで死んじゃったのウキネ? おかしいよね、おかしいよねウキネ?
戦闘適応特級、無秩序生存能力特級、そのウキネが、私を守って死ぬなんて、おかしいよね? ウキネなら私を囮にしたり、盾にしたりして生き延びるはずだよね? 木下優希ならそうしてたはず。なのに、私を助けた。私を助けて、あの女の見た目に気をとられて刺された。ショウノって誰? ウキネが自分の命を一瞬忘れるような、そんな人なの?
ねぇ、ウキネ。なんで私を助けて死んじゃったの? 他の誰とも比べられないくらい鋭い刃物のようなウキネ。それなのに、300年以上の時間でその切れ味が鈍くなってしまったの? 長い軍人生活で、ずっと下士官のめんどうをみてて、丸くなってしまったの?
ウキネが私を盾にして生き残ったほうが、今の状況だって、私より上手くどうにかできるはずなのに。それなのに。ねぇウキネ。
だから、聞かないと。もう一度ウキネに会って聞かないと。そのためにも、施設を守らないと。施設を守って、ウキネをクローン再生させないと。復活したウキネに、文句のひとつも言ってやらないと。
がんばってるのに、私がんばってるのに、私こんなにがんばってるのに、トカゲとナメクジはじりじりと近づいてくる。あとからあとから、湧いてくる。
「自走戦車はまだ復活しないのか!」
『未だ全てのウイルスの解析が終わってません。解析の終わったものから順次修復作業を進めています』
あぁ、あぁ、あぁ、まだまだ私の仕事は終わらない。軍人の仕事が終わらない。
ショットガンが弾切れして、左の補助腕と腰部推進機も無くなった。
「帰投して人型を交換する。栄養薬と戦闘薬を用意しろ!」
『すでに過剰投与です、これ以上は』
「うるさい!」
殺さないと、もっと殺さないと、もっともっと殺さないと、
ウキネに会えない。
再出撃、次はトカゲだ。殺す、殺す、殺す。
あぁ、なんで。
なんで、私は、死にたくないんだろう?
死んでしまえば終わるのに。死んで消えて無くなってしまえば終わるのに。全て終わるのに。
ほんの少し、回避を遅らせるだけでいいのに。なぜ、命汚くまだ生きていたいのだろう?
トカゲを殺して、ナメクジを殺して、ウキネを死なせて、それでも、まだ、生きていたい。まだ、死にたくない。生きて、いたい。消えたくない。
和国の最後の国民、もしかしたら、地上で最後の人間。だからこそ、しないといけないことがある。やらなきゃならないことがある。
地上の施設を、和国の施設の報復装置を止めないといけない。自爆させちゃいけない。人間の造ったもので、人類の負の遺産で、トカゲとナメクジを、新人類を全滅させちゃいけない。
せめて和国の施設を、できれば林檎と信仰集合体の施設を全て活動停止させて、地上を新人類に譲らないといけない。
いつまでも馬鹿な人間の迷惑で、他の生命の邪魔をしてはダメだ。もう、ここに人間は私しかいない。私しか人間がいないのだから。
だから、施設の報復装置を作動させない。
核ミサイルを、ABC兵器を撃たせない。
そのためには、トカゲとナメクジを施設に近づけさせちゃいけない。
トカゲとナメクジを全滅させないために、ここに向かって来るトカゲとナメクジを止めないといけない。
トカゲとナメクジに施設を攻撃させないために、近づいてくるトカゲとナメクジを殺さないといけない。
だから、殺す。トカゲを殺す。ナメクジを殺す。
新人類を全滅から守るために、新人類を殺さないと。
誰かを殺さないと、誰かを守れないの?
誰かを守るためには、誰かを殺さないといけないの?
教えてよ、他にどんな方法があるっていうの?
チェーンガンでミサイルを迎撃する。爆風から盾で身を守る。まだ、攻撃してくる。あぁ。
トカゲを殺す。ナメクジを殺す。
トカゲを殺せ。ナメクジを殺せ。
トカゲは死ね。ナメクジは死ね。
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、
トカゲを殺せ、ナメクジを殺せ、
トカゲは死ね、ナメクジは死ね、
トカゲは死ね、ナメクジは死ね、
「トカゲは死ね!ナメクジは死ね!」
そして、なにより、
「私が! 死ねえぇぇぇぇぇぇ!」
誰よりも命汚く、みんな死んでしまった地上でまだ殺戮を続ける、私が、死んでしまえ!
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
「これ以上の投与は危険です」
「うるさい」
「身体が、脳が限界です。わずかでも休息を」
「そんな暇があるか、バカ。なに? ボゥイが代わりに戦ってくれるの?」
「それは……」
「だったら、早く栄養薬と戦闘薬を投与しろ。こうしている間にもあいつらは近づいてるんだ、早くしろ」
戦って、戦って、戦って、戦って
まだ、終わらない。まだ、攻めてくる。
まだ、終わらせない。まだ、施設には近づけさせない。
まだ、あいつらの武器の射程に、施設は入ってはいない。
私が戦っている。赤い人型戦闘機に乗った私が戦っている。戦いながら、泣いている。泣きながら、戦っている。グレネードを撃っている。爆発、飛び散るトカゲの頭、跳ねるナメクジの体液。爆炎を切り裂き赤い鋼の人形が飛ぶ。
頭頂部から首の骨まで、氷の柱が刺さったように、しんと冷えている。その氷の柱のまわりに、いろいろな映像がぐるぐると回っている。
ほとんどが戦いの映像だけど、それ以外の私の記憶もぐるぐると回っている。
走馬灯というものだろうか?
近くのものを見れば、男の人がいる。おとうさん、だ。私の手を握っている。隣にいるのはおかあさんだ。
これは、小さい頃に家族で遊園地に行ったときの記憶だ。私にはそんな幸せな過去もあったんだ。
その近くの映像は、男の子が杖を掲げて魔法を使っている。隣には弓子がいる。ふたりで映画を見ている。
ウキネがいる。エクレアを食べている。
木下優希がいる。高瀬翔子がいる。
学校の先生がいる。
予備校の講師がいる。
小学校の遠足。
中学校の修学旅行。
名前の思い出せない叔父。
小さい頃に遊んだいとこのお兄ちゃん。
ボゥイがツヤ消しの黒い義手を持っている。
シロがコーヒーを淹れている。
私はずいぶんといろいろな人と関わって生きてきたんだ。
だけど、これはいつのこと? どこの世界?
現実? それとも遺伝子標テストのために造られた情報世界?
楠静香は本当に生きていたの? シズネの遺伝子標テスト体として、電脳に造られた情報世界にいたデジタルデータ。それは生きているといえるの?
シズネってだれ? この私のもとになった、和国の遺伝子標のデータベースに登録された、もとのシズネ。
滅亡寸前の和国に生きていたはずの、和国国民のシズネ。ぐるぐると回る映像のどこにも、もとのシズネの記憶は無い。
私は和国に生きていたシズネの遺伝子から造られたクローン。私にある記憶は、電脳で偽造された平成日本の楠静香の記憶と、施設で再生されてからの、軍人の記憶。
私は、本物のシズネじゃない。だからその記憶は無い。
本物のシズネがどんなふうに生きて、誰と出会って、何をしたのか、どんな死にかたをしたのか、私は知らない。知ることはできない。
私は偽者。シズネの偽者。
本物はとっくに、300年以上前に死んでいる。
私は、私は、私は、私は、
「ぐ、うぅ」
左から来るミサイルに盾を投げつけて、右に跳ぶ。トカゲの集団の中に着地したところを狙われた。補助推進機を分離させてミサイルの爆発と補助推進機の誘爆範囲から逃げる。
敵認定したものからチェーンガンを撃ち込む。推進機を吹かして無理矢理の機動で敵の照準から逃げる。
「う、う、うぅぅぅ」
口から変な音が漏れる。口の中が苦甘い。何度も何度も吐いて、胃液が逆流していたときは、口の中は苦酸っぱい味だった。そのうち、少し甘みが追加された。腸液まで逆流してきたのかな。
「ううぅぅぅぅぅぅう」
真上に跳んで下にグレネードを撃って、反転。ナメクジのいる方向に加速。かなり施設に近づいてる。意識が飛びそうになる、千切れそうになる、砕けそうになる。バラバラになりそう、でも、まだやれる。やらなきゃ。私のほかには、軍人はいないんだから。
「うぅぅぅぁぁぁああああ!!」
ウキネ
ねぇ、ウキネ
私、がんばってるよ
私の全部を振り絞って
私、がんばったよ
だから、
ねぇ、ウキネ
私を、ほめて