第9話◇観戦

文字数 3,322文字

 
 オムレツと温野菜を美味しく食べた。あの3色ペーストから食事を改善するためには、階級を上げないといけないらしい。その後、青髪マネージャーの案内で指揮室に。

 指揮室、というからにはSF映画に出てくるような基地とか、宇宙船のブリッジを予想してたのだけど、その部屋は机と椅子が6セットあるだけのシンプルで味気ないものだった。

 私が椅子に座ると机の上に3つの画面が空中に表示された。マネージャーがその画面に手をあてると、部屋が暗くなり正面に一際大きな画面が表れた。ミニシアターのよう。上空からの俯瞰の映像。灰色の地上、草や花も無い、ただ薄い灰色と濃い灰色のコントラストだけの色味の無い世界。
 そこに深緑色の六台のトラックのような車両が走っている。上から下に向かって砂ぼこりをあげて走る車両、その進行方向に、画面下から現れた赤い点がある。

 正面画面の右に新しい画面が追加。赤い点の拡大映像で、赤い点は赤色の人型戦闘機。
 ウキネの搭乗するロボットだった。赤色の人型戦闘機の後方からは、無人の自走戦車群。V字の陣形で地図上方から来る6台の車両を囲むように移動している。

「シズネ様、よく見ておいてください。今後のシズネ様のためにも、参考になりますから」
「あの、車両をやっつければいいの?」
「国境を侵犯した集団の調査が任務となります。警告を与え、それで引き返すなら国境外まで監視を行います」

 すぐ戦闘ということでは無いみたい。6台の車両を拡大した画面が、正面左に追加される。

「この画面はどうやって映してるの? カメラがあるの?」
「蜂に似せた小型の索敵機の映像です」

 6台の車両は、その内4台が荷台に砲を積んでいる。

 ウキネの調査がどういうものか見学する。この見学も訓練の一環として評価対象になるという。いずれ私も同じことをするのだから、よく見ておかないと。しかも相手は武装している。そんなのを相手に調査とか警告をどうやるんだろう? 訓練は逃げたり身を守ったりでそんなことはしたこと無い。

 6台の車両が、更にウキネの赤い機体に近づいてゆく。ウキネの機体は背部、腰部、脚部の各推進機で上昇、国境侵犯不明集団の6台の車両の目前に急着陸した。先頭の車両が回避しようとして失敗、急な方向転回から横転した。残りの車両は急停止、荷台の砲身がウキネの機体に狙いを定める。
 なんで武器を持ってる相手の目の前にひとりで突っ込むんだろう、危ないんじゃないのかな。

 ウキネの機体めがけて砲撃が始まる。ウキネの機体は後方にジャンプした後、右に左にジグザグに移動して砲撃を回避している。地面に着弾したところで爆発がおきている。
 車両から降りて手持ちの武器でウキネの機体を攻撃しているのもいる。でもあれはなんだろう?
 黄色い、ナメクジ? 大きなナメクジに見える。頭?らしいところから2本の触覚が伸びている。その触覚は忙しなくあちこちに動いている。縦方向に身体を伸ばして立ち上がったようなナメクジ。その胴体中央から金属のライフルが見える。ウキネの機体を狙ってナメクジがライフルを撃っている。

「あれ、なに?」
「粘菌状の生命体です」
「……そんなのが車両を運転したり、銃を撃ったりしてるの?」
「それだけの知性があるようです」

 そんなのと戦うんだ。

 ウキネの機体は銃撃を回避しながら後退、替わりに自走戦車群が前進、30台以上の自走戦車が、粘菌状生命体?に砲撃を開始。
 爆発と土煙で粘菌も車両も見えなくなる。さらに6台の車両は炎を上げる。

 砲撃が終わり灰色の土煙もおさまったときには、粘菌のいたところには小さなクレーターがいくつもできて、6台の車両はバラバラになっていた。

「動体反応なし、殲滅しました」

 ウキネが勝ったのは分かるけれど、何故、最初にウキネがひとりで突撃したのだろう?
 マネージャーに聞いてみた。

「それが調査ですので」
「戦うのなら危険なことしないで、離れたところから先に攻撃したらいいんじゃないの?」
「我が和国からは先制攻撃はしません」
「は?」
「和国の戦闘は自衛のためのものですから」
「はぁ」
「それが和国の憲法ですので」

 なんだかよく解らない。

 調査からの迎撃が終わり、ウキネが帰還するのでハンガーに行くことにする。マネージャーの説明で解らないところを、ウキネに聞こう。
 私の情報閲覧権限が丁三級なので、マネージャーも説明に困っているようなので。

『機体の洗浄、殺菌、消毒、完了しました。ハンガーに入ります』

 ハンガーにアナウンスが流れる。

「なんで機体の洗浄がいるの?」
「外気は汚染されていますので」

 ウキネの乗っている機体をあらためて見てみる。全身赤一色で染められた人型の機械。銃弾に削られたのか、所々に傷がついている。
 肩が大きいのは補助碗がついているから。訓練と同じなら、左肩から伸びる補助碗には盾、右肩の補助碗は背中と腰の武装ラックとの武器交換や弾倉交換、右肩装備武器の操作に使う。なので4本腕。
 補助碗は細くて肩の中に収納できるから、補助碗を除けば、シルエットは人間らしい。
 胸部は操縦席を守るために大きく、ウエストはやや細く、腰の両側には推進機とそれを守る装甲、脚部にも推進機があるので膝から下は太い。
 胸が膨らんで見えるので、女性っぽく見える。腰も前が開いたフレアスカートに見えなくも無い。

 赤い機体の胸が開いて操縦席が分離、操縦席が展開して中からウキネが出てくる。
 仰向けに操縦席にいるウキネは、裸で手足が無い。服を脱がせて裸にして手足をもいだ日本人形を黒い金属で飾りつけした、悪趣味な前衛芸術に見える。
 ウキネのマネージャーのシロが、ウキネに黒い義手義足をとりつけるのを見ながら、

「なんで裸なの?」
「操縦席そのものが服でもあります」

 隣りの青髪マネージャーが教えてくれる。聞きたいのは、そこと少し違う。私も操縦席に乗るときは全裸なのか。

「操縦席に糞尿を処理する機構がある。背中にある接続機も使うから、操縦席の搭乗は全裸だ」

 丈の長いTシャツを着たウキネが、答えてくれた。

「緊急出撃に対応するためには、すぐに脱げるようにしておくと楽だ」

 だからと言って、下着もつけないでTシャツ1枚に裸足で日常生活はちょっと……。

 さっきの調査と迎撃について、聞いてみた。戦闘になるなら何故、ひとりで敵の先頭に出たのか。それが調査なら、どんな調査なのか。

「あれは、相手を挑発して攻撃させただけだ。調査も警告も、名目だけのもので実際そんな面倒なことはしない」
「はあ?」

 ウキネは腕を組んで、少し考える。

「もう少し訓練を積んでから説明するつもりだったが、まぁいい。和国は憲法で戦争を放棄している。そのため武力は自衛のためにしか使えない。これは施設の電脳全てのプログラムに組み込まれている。和国の兵器にはそのプログラムに従った安全装置が組み込まれている。だから先制攻撃は不可能だ」
「でも、攻撃して勝ったんじゃないの?」
「和国の兵器に安全装置が無ければ、自走戦車、自動砲台だけで十分なんだが。自衛のため、という条件がクリアされなければ一発も弾を撃つことができない。そのために軍人が必要になる」
「それは、どういうこと?」
「軍人もまた『和国国民』だからだ。軍人の役目は、敵の攻撃に身を晒して『和国国民の生命が危機に瀕している』状況を作り、その状況で兵器の安全装置の条件付けを解除するのが役目になる」
「それってつまりは……」
「つまり、兵器を使えるようにするために、1度敵の攻撃を受けろ、ということだ。安全装置の解除されない兵器は使えない。兵器を使えるようにするために、一度人間が死にそうな目にあってくれ、ということだ」

 ……………………そんなことのために軍人が必要なの? 機械ってバカなの? あきれてなにも言えなくなる私に

「馬鹿馬鹿しい話だろう?」

 と、ウキネが言った。うん、本当に。
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登場人物紹介

シズネ。和国軍人として徴兵された少女。和国再生施設の防衛用人型兵器のパイロット。平成時代の日本人、高校二年生、楠静香。特技、お菓子作り。趣味、映画鑑賞。

ウキネ。和国軍人、乙一級。和国再生施設、軍司令。クローン再生を繰り返し三百年、軍人として務め続ける。シズネの上官。

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