第14話◇システム
文字数 2,243文字
「システムが、なんかおかしいんじゃないの?」
「過去の人類がつくったシステムに、おかしくないものなど、無いだろう」
休憩室でコーヒーを飲みながら、自作のポテトチップを食べながら、ウキネに聞く。
「今は、なんでこんなことになってるのよ」
「今のシステムを作った過去の人間の思惑と、使ってる今の人間の思いに、ズレがあるからだろう」
ウキネは片手でタブレットを操作している。
「民主主義も、資本主義も、社会主義も、共産主義も、システムとして創られた初期には上手くいっていた。そのシステムを作りあげることで、人の生活をより良くしようという理想や理念が生きている内は。しかし、人は流される生き物だからな。1度システムが出来上がると、そのシステムを利用して楽をしようとする。システムの穴をついて儲けようとしたりする。初期の理想と理念を忘れて、老朽化したシステムは後の人々にとって害にしかならん」
「私は、民主主義が良いものだって、学校で習っていたけど」
「その民主主義と民族主義の対立の結果が、外の風景なんだが」
荒廃した大地、よくみれば灰色の葉のシダ植物が、ポツリポツリとある。その葉の蔭に小さな昆虫もいるらしい。かつての生物が住めなくなった世界。人類の化学のなれの果て。明るい灰色と暗い灰色のコントラスト。
「平成日本での、わかりやすい事例は、と。この辺りか、医療保険というシステムは理解できるか?」
「保険に入ってる人達がお金を出しあって、病気やケガをしたとき、治療費が安くなる、だよね」
「その医療保険も初期には人々の役にたってはいたが、長期的に見ると人にとって害のあるシステムになってしまった」
「困ったときに病院で安く治療できるのに、害のあるシステム?」
「医療技術が進歩して、病人がいなくなってしまった世界には、医師も医療に関わる企業も失業してしまうからな。医療保険で安定して金が集まる業界は人気が出て、医師も薬師も薬を作る企業も増えた。それら医療関係者が収入を得るためには、治療費を払う病人も増えなければならない。だから病人が増えた」
「それって、医者がお金を稼ぐために病人を増やしたってこと?」
「そういうことだ。治療する必要の無い腫瘍を手術したり、治療したり。医師の目的は病気の治療だが、病院にとって都合がいい患者とは、いつまでも治らない病気に治療費を払い続ける病人だ。結果、平均寿命は伸びたが、健康な人間はいなくなった」
「それが医療保険のせいなの?」
「システムの初期の目的を忘れて、そのシステムを利用して楽して稼ごうとする人が増えれば、そうなる。医療保険以外でも、似たようなものか」
「じゃあ、民主主義は?」
「国民のすべてが賢く、知恵があり、政治と経済に詳しく、なおかつ道徳観、倫理観がまともであることを要求する高度なシステムで、只の理想だ。実現不可能な。それでも世界中で人気があって、長く続いていたか」
コーヒーを一口飲んで、ウキネの話を聞く。300年生きて、暇なときには過去の情報を見ているウキネの話。人がいなくなった外の灰色の景色を見続けてきたウキネ。
「ひとりの賢い意見を、100人の愚か者が数の暴力で叩き潰すのが、民主主義のひとつの側面だ。選挙で投票し、選ばれた者が政治家になるが、ウキネは高校で政治をどれくらい学んだ? シミュレーター内でも当時の議員の名前、全員、答えられるか?」
「それは、無理。そんなのテストにも出ないよ」
「学業を専門とする学生もそんなものだろう。他にも歴史、国語、数学、物理、学ばなければならないものがある。政治だけを専門にしてるわけでは無いからな。それを、日々の生活のために働いている人達に、子供がいれば、家族の面倒をみなければならない人達に、全員に政治に詳しくなれと勉強を強制したところでそんな時間は無い。そんな人達に政治家を選んで投票しろという。その結果、民主主義の国の人達にひとつの特徴ができた」
「どんな?」
「国民全員が、知識のあること、賢さのあることを前提として成り立つ民主主義の国民に『知ったかぶり』が増えた。知らないことを知っているといい、解らないことを解る、という風潮だ。そして政治家のことを知らないままに選挙に投票する。その政治家がどの派閥なのか、政治目標がなにか、過去のマニフェストの達成率、どのような団体と繋がりがあるか。そういったことを知らないまま投票し、その政治家が政治的に失策して辞職するとその政治家に投票した人々は声を揃えてこう言う『騙された!』と」
そういうのは、ニュースで見たことがある。平成日本で暮らしていたころは、そういうものかと思っていた。でも、
「それはその政治家の責任なんじゃないの。投票した人が悪いわけじゃ無いでしょう」
「民主主義は国民ひとりひとりに、政治に参加する権利と義務がある。どんな人物か調べもしないで投票した国民全員の失策だ。まぁ、愚者に賢者のふりを強要するシステムに、もともと無理があるんだが。その結果、賢い振りをした民主主義とその犠牲となった民族主義が対立して、世界が滅んだわけだ」
「民主主義が、世界が滅んだ原因なの?」
「民主主義という道具を使いこなせるほどに、賢くはなかった人々の選択の結果だ。知恵と知識の無い者に、扱いの難しい道具を持たせてはいけない。子供が包丁を持って遊んだら、指を切ってケガをするのと同じことだ」
「過去の人類がつくったシステムに、おかしくないものなど、無いだろう」
休憩室でコーヒーを飲みながら、自作のポテトチップを食べながら、ウキネに聞く。
「今は、なんでこんなことになってるのよ」
「今のシステムを作った過去の人間の思惑と、使ってる今の人間の思いに、ズレがあるからだろう」
ウキネは片手でタブレットを操作している。
「民主主義も、資本主義も、社会主義も、共産主義も、システムとして創られた初期には上手くいっていた。そのシステムを作りあげることで、人の生活をより良くしようという理想や理念が生きている内は。しかし、人は流される生き物だからな。1度システムが出来上がると、そのシステムを利用して楽をしようとする。システムの穴をついて儲けようとしたりする。初期の理想と理念を忘れて、老朽化したシステムは後の人々にとって害にしかならん」
「私は、民主主義が良いものだって、学校で習っていたけど」
「その民主主義と民族主義の対立の結果が、外の風景なんだが」
荒廃した大地、よくみれば灰色の葉のシダ植物が、ポツリポツリとある。その葉の蔭に小さな昆虫もいるらしい。かつての生物が住めなくなった世界。人類の化学のなれの果て。明るい灰色と暗い灰色のコントラスト。
「平成日本での、わかりやすい事例は、と。この辺りか、医療保険というシステムは理解できるか?」
「保険に入ってる人達がお金を出しあって、病気やケガをしたとき、治療費が安くなる、だよね」
「その医療保険も初期には人々の役にたってはいたが、長期的に見ると人にとって害のあるシステムになってしまった」
「困ったときに病院で安く治療できるのに、害のあるシステム?」
「医療技術が進歩して、病人がいなくなってしまった世界には、医師も医療に関わる企業も失業してしまうからな。医療保険で安定して金が集まる業界は人気が出て、医師も薬師も薬を作る企業も増えた。それら医療関係者が収入を得るためには、治療費を払う病人も増えなければならない。だから病人が増えた」
「それって、医者がお金を稼ぐために病人を増やしたってこと?」
「そういうことだ。治療する必要の無い腫瘍を手術したり、治療したり。医師の目的は病気の治療だが、病院にとって都合がいい患者とは、いつまでも治らない病気に治療費を払い続ける病人だ。結果、平均寿命は伸びたが、健康な人間はいなくなった」
「それが医療保険のせいなの?」
「システムの初期の目的を忘れて、そのシステムを利用して楽して稼ごうとする人が増えれば、そうなる。医療保険以外でも、似たようなものか」
「じゃあ、民主主義は?」
「国民のすべてが賢く、知恵があり、政治と経済に詳しく、なおかつ道徳観、倫理観がまともであることを要求する高度なシステムで、只の理想だ。実現不可能な。それでも世界中で人気があって、長く続いていたか」
コーヒーを一口飲んで、ウキネの話を聞く。300年生きて、暇なときには過去の情報を見ているウキネの話。人がいなくなった外の灰色の景色を見続けてきたウキネ。
「ひとりの賢い意見を、100人の愚か者が数の暴力で叩き潰すのが、民主主義のひとつの側面だ。選挙で投票し、選ばれた者が政治家になるが、ウキネは高校で政治をどれくらい学んだ? シミュレーター内でも当時の議員の名前、全員、答えられるか?」
「それは、無理。そんなのテストにも出ないよ」
「学業を専門とする学生もそんなものだろう。他にも歴史、国語、数学、物理、学ばなければならないものがある。政治だけを専門にしてるわけでは無いからな。それを、日々の生活のために働いている人達に、子供がいれば、家族の面倒をみなければならない人達に、全員に政治に詳しくなれと勉強を強制したところでそんな時間は無い。そんな人達に政治家を選んで投票しろという。その結果、民主主義の国の人達にひとつの特徴ができた」
「どんな?」
「国民全員が、知識のあること、賢さのあることを前提として成り立つ民主主義の国民に『知ったかぶり』が増えた。知らないことを知っているといい、解らないことを解る、という風潮だ。そして政治家のことを知らないままに選挙に投票する。その政治家がどの派閥なのか、政治目標がなにか、過去のマニフェストの達成率、どのような団体と繋がりがあるか。そういったことを知らないまま投票し、その政治家が政治的に失策して辞職するとその政治家に投票した人々は声を揃えてこう言う『騙された!』と」
そういうのは、ニュースで見たことがある。平成日本で暮らしていたころは、そういうものかと思っていた。でも、
「それはその政治家の責任なんじゃないの。投票した人が悪いわけじゃ無いでしょう」
「民主主義は国民ひとりひとりに、政治に参加する権利と義務がある。どんな人物か調べもしないで投票した国民全員の失策だ。まぁ、愚者に賢者のふりを強要するシステムに、もともと無理があるんだが。その結果、賢い振りをした民主主義とその犠牲となった民族主義が対立して、世界が滅んだわけだ」
「民主主義が、世界が滅んだ原因なの?」
「民主主義という道具を使いこなせるほどに、賢くはなかった人々の選択の結果だ。知恵と知識の無い者に、扱いの難しい道具を持たせてはいけない。子供が包丁を持って遊んだら、指を切ってケガをするのと同じことだ」