第15話

文字数 4,182文字

 
      その十五

 新キャン連の山下さんは現在お通夜に参列している最中だったので、
「〈笠々寺〉って、どのへんだっけ?」
「わたし、知ってますよ」
 という香菜ちゃんに道を案内してもらいながら、ぼくはさっき電話で「来てもいいですよ」といってくれた山下さんに会いにいくことにしたのだけれど、黒のネクタイを借りるために道すがらにあった香菜ちゃんの実家に立ち寄ると、
「ちょっと待っててください、コーチ」
 と香菜ちゃんも喪服に着がえることになっていたので、
「涙拭くとき、このチェックのハンカチでも、平気だよね」
「ええ。『それくらいのチェックだったらだれも気づきませんよ』って、さっき母にもいわれてたじゃないですか、コーチ」
 などとおしゃべりしながら、ぼくたちは通夜ぶるまいの料理がならんだ長テーブルの座についたのである。
 メールを送信していた関係で、みんみん氏はもう山下さんとこの座で話し込んでいたので、ぼくたちはとくに手間取ることもなく、すぐ山下さんを見つけることができたのだけれど、柿ピー等を、
「あっ、じゃあ、お清めですので」
 とカリカリしつつお話をうかがってみると、なんでも亡くなられた方も例の新キャン連のメンバーだったのだそうで、
「あいつだって、ずっと再結成を待ち望んでいたんだろうけど、去年、けっきょく何の動きもなかったから、気力も萎えちゃったんだなぁ……」
 などと山下さんたちはお悔やみの言葉を、それぞれ口にしているのだった。
 みんみん氏は山下さんをはじめとする新キャン連の方々に、すでにぼくのキャンディー狂ぶりを伝えていたようで、
「あのう、倉間さん。『さよならキャンディーズ』を三冊も、もってるんでしたら、この服部に一冊ゆずってやってくれませんか? こいつバカだから、出張先でカバンごとあの写真集なくしちゃったんですよ」
 とだから山下さんもさっそく服部さんにスーちゃん式のひじ鉄をお見舞いしていたが、失踪している例の旦那のことについては、
「大島も結婚するまえは、われわれの集まりにもたまに来てたんですけど……『スーちゃんはなんであんなのと結婚したのかな……』って、そのときはこぼしてましたね。あいつは長いこと、ランちゃん党で通ってますけど、じつは昭和五十一年の十一月まではスーちゃんが好きだったんですよ」
 ということくらいしか出てこなくて、山下さんは、
「あいつはねぇ倉間さん、そもそもおれたちに悩んでいることだとかを、しゃべるタイプじゃないんですよ。太田裕美ちゃんのことも一時期好きだったんで、おれたちにきっと負い目があるんですね――あっ、でも、南さんとは、けっこうしゃべってたかぁ! なあ服部?」
 とほかのメンバーにも大島さんの消息をいちおうきいてくれていたのだった。
 いまあがった南さんという人に話をきけば、すこしは情報をつかめるかもしれないと思ったぼくは、新キャン連の一同に、
「南さんはどの方ですか。南さーん、南さーん」
 と一瞬通夜の席であることもわすれて大声で呼びかけたのだけれど、南さんはキャンディーズが後楽園球場で解散コンサートをおこなった翌日、つまり一九七八年四月五日に、
「キャンディーズの解散には反対です。僕は人生をかけて抗議します」
 という声明文をのこして全国行脚に出てしまったらしく、ミキちゃん狂を名乗る人物がいうには、なんでもどこかの山村に居ついて、なかば自給自足の生活を送っているといううわさも一時あったみたいなのだが、けっきょく新キャン連の方たちもその山村がどのあたりなのかもはっきりとはわからなかったし、故人の遺言状にも、
「キャンディーズグッズは今度生まれる初孫に渡すようにって、なってましたけど……南さんのことは、なにも書かれてなかったわねぇ、ん? ええ、娘孫なんですけど、予定日は十月なんです」
 ということで、とくに記述はなかったのだった。
 どこかの婦人にねだられて、
「ありがとう。これからも美咲愛子を応援してください」
 と握手をしたりしていたみんみん氏はこの席ではもはや良い情報は得られないと感じたのか、お悔やみの言葉でカムフラージュしつつも力量のある方たちとのキャンディートークに歓びを隠しきれなくなっていたぼくに、
「倉間さん、そろそろ帰りましょうよ」
 とそのうち耳打ちしてきたのだけれど、笠々寺を出ると、
「いやぁ、やっぱり、ああいうところは肩がこりますね」
 とネクタイをゆるめていた氏がいうには、森中市長や小林秘書などのオーナー関係者(?)は今夜〈三途の川〉にあつまることになっているのだそうで、
「じゃあ大島さん捜しの作戦会議でも、やるんですかね」
 というぼくに、
「あるいは小林さんがらみのことかもしれません――オーナーは小林さんのことも目をかけてますからね」
 とこたえると、氏は非キャンディー狂同士として、なにげに親交を深めていたらしい香菜ちゃんにも、
「よかったら、おいでよ」
 と声をかけていたのだった。
「〈三途の川〉って、どういうところなんですか?」
 といっていた香菜ちゃんは、われわれの説明をきくと、自転車をキキキキィーッと停めて、しばし放心状態になっていたが、
「あっ、男女別ですか――あたまの中が真っ白になっちゃった……」
 と街灯の下で胸の高鳴りをおさえていた香菜ちゃんは、混浴がないことを二度ほど確認すると、
「それだったら、帰りますよ」
 とまた自転車を走行させることになっていたので、うなぎ食堂まで送ってあげたわれわれは、
「あの子は恥ずかしがりやさんを改善しようと、いまがんばってるんですよ」
「なるほど、そうだったんですか」
 などとおしゃべりしながら、いよいよ〈三途の川〉に向かうこととなったのである。
 受付の女の子と合言葉を交わしあってから浴場に入っていくと、オーナーはちょうど小林さんに背中を洗ってもらっている最中だったのだが、われわれに気づいて、
「もう、待たせすぎですよぉ!」
 と声をかけてきた小林さんはきっとオーナーにも熱弁をふるっていたのだろう、
「おはぎちゃんがどれだけかわいらしい女の子か、倉間先生に確かめてくださいよ、オーナー」
 というようなことをいっていて、それで、
「おお、わかったよ」
 とこたえたオーナーが、ぼくに、
「ホントにそうなのかい、倉間くん?」
 と苦笑いできいてきたので、かわいらしいですよ、だけどオーナー、それはあくまでも素朴な中学生という意味合いでうんぬんと、小林さんの嗜好の特異性をいちおう遠回しに伝えておいたのだけれど、みんなが、
「ああ、陽炎が目の前でいっぱい揺れてる~」
 とつぎつぎに脱落していったこのあとのサウナ室で、ぼくとふたりきりになると、オーナーは、
「おれは長いこと小林くんと付き合っているが、あいつのやる気を奮い立たせることが、ずうっとできなかったんだ。あいつ、なんか呑気だろ?」
「ええ」
「だけど、こういうことだったとはなぁ……あいつ『議員になったら、純朴なおはぎちゃんはきっとおまえを尊敬するぞ』って、さっきおれがからかったら『ぼく、今度の市議選、出ます!』なんて興奮してやがった。はじめてだぜ、そういうことで野心をみせたのは」
「はあ」
「ファミリーにとって、小林くんがいずれ大事な存在になることはわかっていたんだが、あいつの根底にあるものが何なのか、おれはつかめていなかった――だけど倉間くんは、それをこんな短期間で見抜いてしまうんだからな……いや、ホントにありがとう」
「あっ、いえ」
「そういう意味じゃあ、おはぎちゃんのお父さんをここでぜったいに見つけ出しておく必要があるな。この仕事はわれわれにとって重要だよ。といっても、おれは大船に乗ったつもりでいるんだ。なんといっても、キャンディーズは倉間くんの専門だものな、あはは、あはは!」
 というようなことを、Kの森テレビの「となりの水戸光子ちゃん」を漠然と観つつ述べてきた(サウナ室のテレビは、つねにKの森テレビに合わせられている)。
 新キャン連の方たちから得た情報などを、とりあえず報告すると、オーナーは、
「おお、費用なら、もちろん出してやるよ。香菜ちゃんて子が気に入ってるんだったら、その子をつれてっても、かまわないぞ」
 とまたぞろ肩を抱いてきたので、おそらくこの仕事は和貴子さん用のアーモンドチョコレートをしっかり確保してからはじめられるのだろうが、ところで、当選後も精力的に市内のイベント等に顔を出している(らしい)森中市長は、先月だかに紳士服の閉店セールの場で自主的にサイン会を開いていた偽ジュリー氏の姿を目の当たりにして以来、
「わたしはねぇ、あの、ひたむきさには、感動した! ぜひ、見習いたいと思ってる!」
 という心情をもってしまったのだそうで、オーナーの計らいで今夜ワンマンショーをやることになっていたその偽ジュリー氏が宴会ホールの舞台に出てくると、一曲うたいおえるまでに帽子の投げ拾いを五回もおこなっていた偽氏に市長は、
「わたしは、先日の勉強会で知り合った代議士にたのんで、偽ジュリーくんのために、落下傘を用意してもいい。かれはその席で、ほかの議員に『俺はNASAにコネがあるんだぞ!』と啖呵を切っていた。『俺んちには地下があって、じつは官邸につながってるんだぞ!』ともいっていた。感動した!」
 と熱いエールを贈っていたのだった。
「バーベキュー大会は、Kの森総合公園でいけそうですか?」
 という通常ならまず食いついてくる問いにも市長は、
「いま、IBCの連中に、懸命に、はたらきかけている!」
 と短くこたえるくらいだったので、森中市長はそれほど偽ジュリー氏に感情移入していたということができるわけだが、最近増設されたカプセル状の仮眠室に、
「試しに寝てみてくれ」
 とオーナーにいわれたので、
「わかりました」
 とこの晩は泊まることにしてみると、一つだけ女王蜂の部屋みたいになっている中央の〈スイートカプセル〉内でオーナーは、Y市立わんぱくおてんば公園寄りだと世間ではいわれているインターナショナル・バーベキュー・コミッティーの会長となにやら極秘会談をしていたので、もしかしたらそんな裏事情もあって、市長は勉強会だか政治塾だかと称した事実上の宴会をしょっちゅう開催できるほどの余裕をもてているのかもしれない。
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