第22話

文字数 5,822文字

 
      その二十二

 つぐみ丼を食べることになっていた香菜ちゃんと実家前で下車すると、ぼくたちは伝正夫くんに、
「ありがとう」
 とお礼をいって、とりあえず旧出稼ぎ寮のほうにふたりの荷物を「香菜ちゃん、その風呂敷、もうすこし大船のほうにずらして」と置いたのだけれど、運転してくれた伝くんを最終的に引き止めなかったのは、K市内に入ったあたりから、
「夕飯くらい食べてってよ」
 とぽっちゃり期のレネー・ゼルウィガーにチュパチュパのセリフを決めたばかりのぼくが誘っても、
「でも、社長におこられちゃうんで」
 などといいつつ森中市長にもらった屋台関連のチラシを伝くんが信号待ちのたびに真剣に見ていたからで、Kの森総合公園の多目的広場で市民が出している屋台は六月に日焼け防止手っ甲の婦人が地味にやりだしたのが発端となって、こんにちではクレープの激戦区という様相になっているのだが、香菜ちゃんを、
「そろそろ着くよ」
 と起こしたあたりまで差し迫ってくると、伝くんは、
「本家キャラメルクレープにしようかな……」
 とあからさまに気持ちがそちらに向いていたのだった。
 荷物を置いたのちに母屋にあがってみると、みんみん氏とすみれクンが智美と遊んでいて、氏はぼくたちをみるなり、
「倉間さん、香菜ちゃん、おかえりなさい。きょう、ママさんコーラスの指導に行ったとき、つぐみさんに誘っていただいたものですから、このように待っていたのです。とにかく、お疲れ様でした」
 とまずはねぎらいの言葉をかけてくれたけれど、香菜ちゃんとすみれクンはなんとなく面識があると思い込んでいたのだが、どうやらこの日が初対面だったようで、事前にたのんでおいた義姉の得意料理を食べだしてからも、
「香菜ちゃんさんの斜めに髪を束ねてるお姿、すごいかわいすぎます~」
「すみれクンちゃんの、むちむちしてるからだ、すごいあこがれちゃいます~」
 という趣の過剰なほめ合いを、歳が一つ違いの二人はずっとつづけていた。
 つぐみさんとみんみん氏とぼくの三人で信さんの嫁さん問題について話しはじめると、もう遊んでくれないと智美は察したのだろうか、ぼそっと、
「おばあちゃんところ、行こう」
 とつぶやいてこの場を去っていったが、智美はなにげにクルミニンニク製だとおもわれるオカリナを応接間から退場しつつピーピー吹いていたので、もしかしたらつぐみフリークの渡部さんが、○○村で買い占めした帰りにでも土産と称してあのオカリナを、
「あっ、にんにく、えっ、オカリナ、あっ」
 とつぐみさんに手わたしたのかもしれない。
 史歩邸管理事務局への手続きを済ませたあとぼくは義姉にも連絡を入れておいたので、かおるさんのことをたずねると、
「うん。お姉ちゃんには、もう伝えてあるわよ」
 とつぐみさんは大げさにニコッとやる例の笑顔を出していたが、つぐみさんにかおるお姉ちゃんの縁結びの実績をきいたみんみん氏は、
「時任家と津島家をくっつけたなんて、たいへんなことですね。わたしはオーナーに『ダイアンをいいところへ嫁がせてやりたいんだが、三原家の親戚に、いいの、いないかい?』と最近いわれているのです。ですから、一度かおるさんに会って、相談させてもらいたくなってきました。よろしいですか、つぐみさん、倉間さん」
 ということになっていたので、あしたはみんみん氏もぼくたちといっしょに藤原家へおもむくこととなった。
 きょうはひさしぶりのお休みだったらしいすみれクンは、
「あしたは、いよいよ地元で公演するんです」
 とぼくがKの森少女歌劇団のスケジュールをきくと、こうこたえていたが、
「どうしたら、香菜ちゃんさんみたいに、超かわいくなれるんですか?」
「すみれクンちゃんさんみたいに、超かわいくなるには、どうすればいいんですか?」
 という過剰なキャッチボールがエスカレートしていった結果、香菜ちゃんは、
「わたし、すみれクンちゃんさん様みたいなかわいい女の子を、体内の水分が蒸発しちゃうくらい長時間観ているのが夢なんです」
 とその公演を観に行くことにまで自分を追い込んでしまっていたので、あしたの藤原家訪問はそんなわけで、香菜ちゃんは欠席することになってしまったのである。
 とはいえ、あした香菜ちゃんが同席するとなると、かおるさんはまずまちがいなく香菜ちゃんにいくつかの縁談を提供するだろうから、アシスタント不在というのもぼくにとっては、かならずしもマイナス要素ばかりではないのだが、
「どうされてますの?」
 という和貴子さんのメールに、
「結婚の準備をしているんだ」
 と返事を送ったり、
「天地真理さん、キャンディーズのスーちゃん、水戸光子ちゃん、クロスフィーバーズのトモコのなかでは、トモコが一番好き(ブルーのアイシャドーが大人っぽい)」
 という信さんの好みのデータを香菜ちゃんから受け取ったりしていると、そのうちみんなは、
「つぐみ丼、とってもおいしかったです」
 と迎えにきたみんみん氏の弟子(?)の車で帰ることになっていたので、ぼくもあしたにそなえて、すみれクンのお母さんに先日またいただいたM村産のキノコイノシシ茶を湯飲みに二杯ほど飲んで、ともかく昏睡することにした。
 それで翌日の十一時くらいにぼくとつぐみさんとみんみん氏の三人で藤原家に行くと、かおるさんはすでに縁結び姫の雰囲気をかもしだして、われわれを待っていたが、
「つぐみにも聞いてたけど、三原さんて、ホント男前ねぇ」
 と初対面のみんみん氏をほめたかおるさんは応接間の座布団にすわると、まず、
「いまのところ、いちばん顔がいいのは、この子ね」
 と流山へ嫁に入ったテニスウェアの奈津美さんの写真をぼくにみせてきて、
「ああ! これ、奈津美さんじゃん!」
 とぼくがのっけから衝撃を受けていると、
「鉄山くん、奈津美ちゃんのこと、知ってたの? この子最近離婚して、こっちにもどってきたのよ」
 とかおるさんはみんみん氏にお茶を淹れながらいうのだった。
 かおるさんは面識のあった奈津美さんの両親にたのまれて、なかなか財産がある家の休日は一日中車をみがいているような次男坊を奈津美さんに紹介したらしいのだが、かおるさんは、
「なんだか向こうの両親と合わなかったみたい」
 といっているが、ぼくの推測ではおそらく副業でボウリング場なども経営しているその一族とテニスウェアのことで対立して奈津美さんは一年ももたずに別れることになってしまって、とはいえ、
「うん。子どもはなかったの」
 ともかおるさんはいっていたので、双方が気に入りさえすれば奈津美さんが丸中家に嫁ぐとなってもとくに支障はないのかもしれないけれど、しかしこれが一種のファン心理というものなのか、
「でもいくらなんでも、まだ離婚したばかりでしょ。丸中さんのご両親、あまりいい気持ちはしないんじゃないかなぁ……」
 という感じでぼくは自分でも意外なほどぶつぶつ難癖をつけていたので、ほかの候補もとうぜん用意しているだろうかおるさんも、奈津美さんのお写真をおもわず、
「このブロマイド……」
 と何度かいってしまっていたぼくに、どこかわらっているような横目を向けつつも、
「まあ、それはそうね」
 とその反対論を認めていたのだった。
「でも信さんていう人は、どういう女性が好みなのかしらね。つぐみからは、ブルーのアイシャドーをひいてる人が好きみたいって、きいてるんだけど」
 というかおるさんの質問に、
「おれ、くわしいデータのほうはビリビリにやぶいちゃったんだけど、とにかく、こう、なんていうのかなぁ、色っぽい人がいいみたいだったよ。清純な感じとか、デビュー当時の能瀬慶子みたいな感じとかは、あまり好きじゃないんだって」
 とこたえると、かおるさんは、
「じゃあ恵子ちゃんは駄目かな――こっちの、みゆきちゃんもいい子なんだけど……」
 といって、何枚かの写真を畳にはじいていたが、みんみん氏にだけ食べたいものをきいて(ほかの人は天ぷらそば)、そば処〈さわぐち〉にお昼の注文をした直後に、
「あっ! そうだ!」
 とさけんだかおるさんは奥の部屋にツツツツーッと小走りで向かうと、垂れ幕みたいになっている等身大くらいの大きな写真を出してきた。
「ねえ、この子なんかどうかしら? こんな格好してるけど、すごく人懐っこい子なのよ」
 等身大写真の長い髪の女性は、ハイレグの水着を着て、ビールジョッキを両手にもってほほえんでいたので、ぼくは、
「これって、居酒屋とかに貼ってあるやつですよね?」
 とかおるさんにたずねたのだけれど、かおるさんがいうには、この垂れ幕は水着を着ている本人が個人的に撮ってきた正規のお見合い用写真らしく、
「写真をあずかったのは二年くらい前だから、この子は今年二十九歳になるけど、でもだいじょうぶ。毎晩夜遊びしてて派手派手なのは健在よ」
 と肝心のふしだら方面にも太鼓判を押していたので、そうなると、みんみん氏もつぐみさんもぼくも、
「いいかもしれないですね!」
 といよいよこの女性を擁立する気持ちになってきたのだった。
 樹里さんとおっしゃるハイレグの女性にさっそく電話してみると、樹里さんもこの話にかなり乗り気になってくれたので、ぼくは渡辺さんにたのんで例の等身大写真をすぐ信さんのところへ届けてもらおうともかんがえたのだが、かおるさんは、
「わたしも信さんに直接会ってみないと」
 と○○村へこれから向かう気にすでになっていたので、けっきょく渡辺さんには、
「暑中お見舞い申し上げます。
 PS ○○村の野鳥、超かわいかった」
 とだけメールしておいたのである。
 さっきかおるさんに、
「お好きなものどうぞ?」
 とおしながきを手わたされたみんみん氏は、迷うことなく、たぬきうどんを選んでいたのだが、氏は、
「わたしはたぬき派です」
 などとつるつるしつつ大のうどん党であることを告白すると、
「じゃあかおるさん、そろそろ〈まるなか〉に向かいましょう」
 と自分も○○村へ行くことを唐突に表明していた。
 それで残業(?)にそなえて二日酔いの薬も持参してきていたぼくなどは、ちょっと拍子抜けしたというか、ただ湯飲みや障子をしずかにみつめている、ということになったのだけれど、
「唐紙も欄間も茶箪笥もしばしみつめたんで、ちゃんとローアングルでみつめたんで、ぼくとつぐみさんはこれで帰りますけど、みんみんさん、もし電車で行くんでしたら、あの駅弁の売り子ちゃんに、よろしく伝えてください」
「そうですか……今回は車で行こうと思っていたのですが――うーむ、どうしますか、かおるさん?」
「わたし、こういうときは浦野を着たいんで、車がいいわ」
「売り子ちゃんは今度でいいじゃない。お姉ちゃんもこういってるんだし」
「うん。みんみんさん、じゃあ売り子ちゃんはいいですよ」
「でも、それだと申し訳ないですね」
「いやっ、ホントにいいですよ」
「しかし倉間さんにたいしてだけではなく、われわれが最後まで迷ったもうひとつの駅弁も、じつは気になっているのですよ」
「シューマイのほうですか?」
「ええ」
 という会話ののちに家にもどると、めずらしく親父が書斎で調べ物をしていて、だから急遽おこなうこととなった義姉との智美の学習デスクの配置換えも、また今度ということになったのだった。
 念のために姉さん被りにしていた手拭いをとったのちにKの森テレビをしばらくぶりにつけてみると、一度は我がグループもスポンサーになろうとした討論番組が生放送されていたが、熱く論じ合っていたパネラーたちのなかにはけっこうな不精髭をはやしているものもちらほらあったので、その伸び具合と客席のだらけ具合をつぶさに観たぼくは、すくなくとも三日間はぶっつづけでこの討論はおこなわれているだろうと推測した。
 二時すぎに、
「ヒマだから遊びに行っていい?」
 と電話をかけてきたダイアンもこの討論番組を知っていて、ダイアンは、
「あの司会者、朝もあの体勢で寝てたわ」
 とぼくにも一つくれた元祖チャーコちゃんクレープをおいしそうに食べ食べいっていたけれど、オーナーにおそらく新しい愛人さんができた関係で最近は部屋にいることが多い(らしい)ダイアンは、
「オーナーさん、最近わたしの将来を心配していろんな見合い話をもってきてくれるんだけど、わたし、なにかあると『ワーオ!』って、いっちゃうくらいだからまだ結婚したくないのよ。倉間さん、オーナーさんに、ダイアンは見合いに適してないって、いってくれない? ん? だって倉間さんのいうことなら、オーナーさんなんでも真摯に受け入れるもん」
 というようなこともいってきたので、ぼくはオーナーに、
「ダイアンミアイムリワケワーオ」
 というメールをダイアンに確認させたのちに送ったのである。
「最近はずっと退屈だな」
 といっていたダイアンはそれゆえにアカマムシマンの撮影現場にもひんぱんに通っているみたいだったが、ところで、先日のK市立図書館での撮影にもまたぞろ見学に行ってみると、休憩中も赤いネッカチーフを巻いていた小林さんは、たくさんの市民にかこまれて、サインや握手をねだられていたらしく、
「ホントにィ?」
 とぼくが天地真理さんみたいに、かわいく首をかしげてみると、
「うん! じゃあ、いまから、行ってみる?」
 とダイアンは両方の指を鳴らしたのちに、右腕と左足を同時にあげていた。
 きょうはどこで撮影しているかを確かめるために、われわれはまずダイアンの部屋に寄って、予定表をチェックしてみることにしたのだけれど、はじめてダイアンの部屋におじゃまして、
「これ魔よけ?」
 などと金髪付きの謎のヘルメット(?)に興味をもったりしていると、ダイアンのケータイに、
「いまから部屋に行く」
 というオーナーからの電話が入って、一分後には部屋のチャイムも、とくべつにあつらえたのだろうか、
「ミスアメリカ! ミスアメリカ!」と鳴り響いていた。
「あっ、おれ、どうしよう、ダイアン?」
「倉間さん、あそこの陰に隠れてれば、だいじょうぶよ。三原さんも、そうしてたことがあるんだから。あっ、そっちの洗濯物とか干してあるほうじゃなくて、えっ? ピンクばっかり? だって、戦隊ヒーローの女の子のカラーはピンクだもん、あっ、そのベージュのパンツはヒップのかたちをよくするための、やだ、そんな使い方して、ワーオ」
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