第21話

文字数 6,420文字

 
      その二十一

〈まるなか〉に一泊したぼくたちは、翌朝クルミニンニクの首飾りを掛けてK市に颯爽と帰っていく森中市長にいちおう寝ぼけまなこで紙テープを投げたのだけれど、旅館の送迎車で史歩邸にもどったのちに拭き掃除をしたりテーブルの下で音をたてずにそうめんを食べる技を香菜ちゃんに仕込んだりしていると、約束どおり午後の一時すぎに、
「いやぁ、暑いですねぇ」
 と楠木ヒデタがたずねてきた。
 ヒデタが○○村まで遠出してきた最大の目的はやはりぼくにアカマムシマンの曲のことでなんとかしてもらうためだったようだが、長年市井さんのところの後家さんに花や果物を贈ってもらっていたヒデタには、
「倉間さんは○○村に行ってるって知って『ん? ○○村って、きいたことあるな、あっ、そうだ!』って思いだして、で、いい機会だから、さおりちゃんにお礼をいいに行こうと思ったんです」
 という計画も同時にあったみたいで、ちなみに、
「置き時計、掛け時計、懐中時計、あっ、うしろに砂時計もありますね」
 と香菜ちゃんが着目していたきょう着ているあらゆる時計が描かれたシャツもその後家さんにいただいたものみたいだったけれど、ヒデタは、さおりちゃんさおりちゃんと呼んでいても、
「じっさいに、さおりちゃんに会ったことは、一度もないんですけどね」
 とのことだったので、一枚だけ送られてきた完全に地球防衛軍の女隊員になりきっている写真があっても、
「この写真一枚だけで、はたして本人だと確認できるかな……」
 と芸者さんと麦焼酎で戦友飲みをやりだしたころには泣き言をいっていたのである。
 それでもその泣き言をずっと聞かされていた信さんの計らいで、ヒデタはめでたく信さんのスーパーマーケットではたらいている伝正夫(デンマサオ)くんという若い青年に、これから市井さん宅まで送ってもらうことになっていたのだが、
「倉間さんもいっしょに行きませんか?」
 というヒデタの誘いにぼくがしぶしぶを装いつつものったのは、おそらく先の写真でさおりちゃんが着ていた地球防衛軍スーツのなにかがぼくを捉えたからで、伝正夫くんが迎えにきて、みんなで車に乗り込んだあとも、だからぼくはいろいろ理屈をつけては、その写真をヒデタに「ちょっと、もう一回」と拝借していたのだけれど、信さんにでも事前に連絡を受けていたのだろうか、到着したときには、すでにさおりちゃんは入念なおめかしをしていて、さおりちゃんは写真で着ていたタイトフィットの防衛軍スーツでこそなかったが、ある意味ではそれ以上にぼくの心にのちのち浸透してきそうなB級SF然とした喪服(?)という格好で、われわれを待っていた。
「おひさしゅうございます。さあ、どうぞ」
「あっ、はい。お、おじゃまします」
 われわれが通された和室には仏壇があって、ぼくがおうかがいすると、
「主人は、わたしが二十歳のときに、亡くなりました――ですから、もう二十三年前になります」
 とさおりさんはいっていたが、ほかの祖先の方々といっしょに掛けられていた旦那さんの写真はよく見ると、地球のために“宇宙戦艦ヤマト”で、とてつもなくゴツいものに特攻していった古代進氏ということになっていたから……、だいたいイトコに昔きいた話ではこの古代進という人はこれほどの超大爆発のなかにあってもじつは殉教していないし、古代氏の先の英雄行為が上映されたのは、たしかぼくが生まれる前後だから他界された年もずいぶんずれているけれど、この局面ではそんな指摘をしたところできちんと喪服まで着ているさおりさんをより暴走させるだけだとみんな思っていたので、とにかくわれわれはお線香をあげたり古代の思い出を二言三言述べるだけにとどめて以後はこの話題にもそれからさおりさんのヤマトに出ていた主役級の女隊員のように長い付けまつ毛にもなるべく触れないようにしていたのである。
 ところで二十三年前で二十歳ということは、それが正しければ、さおりさんはヒデタとおそらく同い年の四十三歳くらいということになるわけだけれど、これはさおりさんがビューティフル姉もきっと危機感をおぼえるほど細身だったからかもしれないが、どう見てもぼくにはもっと若くみえた。
 それで、しんみりとしていたこの場の雰囲気を変える目的もあって、そんなことをさおりさんにいってみると、
「そうですか? クルミニンニクをつかって、肌のお手入れをしてるからかしら」
 とさおりさんはここではじめて笑顔をみせたのだが、このあと説明してくれた亡くなったご主人のこと以上にわけがわからなかったヒデタに贈り物をするようになったいきさつよりもぼくはクルミニンニクをつかった肌のお手入れのほうにずっと関心があったので、新婚旅行で行った(らしい)イスカンダル星の思い出話に大げさにうなずきつつも具体的なお手入れの方法などをさおりさんからすこしずつ聞き出し、さらにはヒデタが招待したコンサートを観るためにK市までお越しいただいたさいにはある意味ではたいへんなリスクだが、
「そのときは、どうぞウチに泊まってください」
 というふうに宿を提供することもさおりさんに確約して――つまり今後のためのいわば布石をぼくはしっかり打っておいたのである。
 お肌が白くてつるつるの協子さんは洗顔にはほんとうに赤まむし石けんをつかっているのだけれど、そのほかに協子さんはドクターリリィという美容液もじつはご愛用しまくっていると後日発覚していたので、最初は、
「いよいよ赤まむし石けんが大躍進する時代がやってきましたね。エイエイ、オー!」
 ともりあがっていたわれわれも、近ごろは、
「やっぱりそのドクターリリィっていうのが、すごいんじゃないですかねぇ……」
 とかなり弱気になっていた。
 しかし、そんななかにあっても、オーナーはなにげに、
「滋養モノもいいけど、さらなる挑戦として、美容関係も開拓したくなってきたな」
 と赤まむしの美容界進出をまだもくろんでいて、先日のサウナ室でも、
「まむしプラスなにかが必要なんだな……」
 とバスタオルで熱い風を良識ある市民には到底かんがえられないほど送ってもらいつつ考え込んでいたのだが、もしクルミニンニクがそのプラスなにかに当てはまる要素があれば一気に美容の世界への道も開けてくるわけで、だから史歩邸に帰るとすぐさまオーナーにこのことを伝えて、クルミニンニクも渡辺さんか渡部さんに取りにきてもらうことにしたのだけれど、ぼくが先のようにやっかいごとを背負ってまでして布石を打っておいたのは、ゆうべ信さんが、
「市井のおやっさんは、堅い人だから、うち以外には、なかなかクルミニンニクを売らないんだよ」
 と泡盛を飲みながらいっていたのをおぼえていたからで、信さん自体はクルミニンニクとは絶縁したいとまでおそらく思っているのだから、クルミニンニクを我がグループがいざ使うとなった場合は市井さんとの関係がもっとも重要になってくると、ぼくは瞬時にかんがえたのだ、かんがえたのだ。
 市井さん宅に仕事でよく出入りしているらしい伝くんは、帰りの車内で、
「あの後家さんは、めったに姿をあらわさないんですけど、でも僕は何回か、あの……由美かおるの忍者ってわかりますか? ああいう格好をしているのも見たことがあるんですよ」
 というようなことをやや誇らしげにいっていたけれど、信さんのスーパーマーケットにはさおりさんの幼なじみという人が何人か勤めていて、さおりさんの生年月日は正確に信さんサイドはつかんでいるみたいだったので、さおりさんが未亡人といいはっているのはともかくとしても、すくなくとも実年齢のほうはさっきは二歳しかさばを読んでいなかったことになる。
 このことには香菜ちゃんもやはり感心していて、
「さおりさん、四十五歳には、とてもみえないですよね。うちのお母さんも、お若いですねとか、お肌が白くてつるつるですねって、よくいわれるけど、でもドクターリリィに出会うまではコンシーラーを二度ぬりするほどだったから、わたしが子どもだったころは、いまみたいにきれいじゃなかったんですよ」
 と衝撃的な事実を小出しにしつついっていたけれど、香菜ちゃんは、
「でも、赤まむし石けんだって、協子さんのあの美肌に貢献してるんじゃないかな? 協子さん自身も、そういってたよ、いってたよ!」
 というぼくの反論にたいして、
「そうですね」
 とすぐそれを認めてくれていたので、娘さんによるこの証言は、かならずしも赤まむし石けんの美肌効果を否定するものではないと、ぼくは動揺している自分にくりかえしいいきかせたのである。
 この日の晩御飯はデビルジャンケンのすえに香菜ちゃんが用意することになって、香菜ちゃんは、ありあわせの材料で何品かのおかずを手際よくつくっていたけれど、
「これは麦焼酎に合うなぁ、うまい! だけどこっちのM村産のキノコは、食べすぎると昏睡しちゃうから気をつけてね」
「そうなんですか? 冷凍室に入ってたんだけど、歴代の管理人さんのうちのだれかが、もってきたのかなぁ……」
 などとおしゃべりしながらそれらを食していると、信さんのお父さんが、
「ごめんくださーい」
 と史歩邸にたずねてきて、また例の見合いがらみのことであたまをさげてきた。
 丸中さんはゆうべにひきつづいて芸者さんをこちらに派遣してくれて、しかも今回はゆうべは来なかった栄花(エイカ)という伝説の芸妓まで呼んでくれていたので、その栄花さんに四大好物のひとつであるシーチキン缶を食べさせてもらったぼくは嫁問題を心配しているご両親の気持ちが「おひとつどうぞ」とされるたびに伝わってきて、二十五回半ほどの「アーン」を堪能したあとには自動的に、
「やっぱりこういう話はどんどんすすめちゃったほうが、丸中さんもよろこぶだろう」
 と史歩邸管理事務局(?)になっている大島家に電話をかけていたのだけれど、三回の呼び出し音のあとに「はい」と出た、旦那がもどってきてもいまだにチャイの商売をつづけている奥さんは、ぼくが事情を説明すると、
「じゃあ、倉間さんの代役をだれかに頼みますよ」
 とすぐ奔走してくれて、で、奥さんからの折り返しの電話に出てみると、
「あしたの昼前までには第十二代史歩邸管理人の代理さんが、そちらにうかがうと思います。引き継ぎ式だけはお手数ですが、よろしくおねがいしますね」
 ということだったので、ぼくはさりげなく御無沙汰関連を確かめたのちに、
「そうですか、まだですか。じゃ、おやすみなさい。あっ、おはぎちゃんによろしく、あん」
 と受話器を置いて、自主的に各ポーズの練習をしていた香菜ちゃんにも予定が変わったことを、
「ほら、もっと、こんな感じで」
 とからだを密着して指導しつつ告げたのだった。
 香菜ちゃんは前回の引き継ぎ式には参加していなかったので、翌日は史歩邸の庭に敷かれたレッドカーペットや六回ほどなんだかんだ理由をつけておこなわれるくす玉割りなどに、
「ワーオ」
 とダイアンからヒントを得て生み出したそれ用のポーズをとっていたが、ぼくは今朝方、渡部さんがスーパーマーケットにあるクルミニンニクを買い占めていったということで、
「なんか、さっき、ぜんぶ買ってもらっちゃって、ありがとうございます」
 と急遽こちらに駆けつけてきてくれた信さんと式の序盤から葡萄酒をタンブラーでグイグイやりつつ好みの女性について詰めた協議をテント下でしていたので、村長の渾身の信長踊り(アツモリ?)のさいにも、南さんも参戦していた碗子そば競争のさいにも、グーにした両手でお口をかわいくおさえるという見本を、香菜ちゃんに示すことができなかったのである。
 ぼくのあとを引き継ぐ第十二代史歩邸管理人代理は第十一代史歩邸管理人でもあった吉野舞香さんということになにげになっていたので、タスキをわたすさいには、たしょう場内はどよめいたりもしていたけれど、碗子そば競争で準優勝した実直そうな紳士は、どうもこの吉野さんに気があるらしく、
「これ、このあいだ、となり町でみつけて、買っておいたんです。吉野さん、きっと似合いますよ」
 と“ベレー帽をかぶっているたぬきさん”がプリントされたタンクトップを、閉会のスピーチを終えた吉野さんに手わたしていた。
 紳士からそれを受け取った吉野さんは案の定ガチガチになって、お礼の言葉もぼくに信さんデータをビリビリに引きちぎらせるくらいなかなかいえなかったのだけれど、それでも感謝の気持ちはどうしても紳士に伝えたかったのだろう、吉野さんはそのタンクトップをすぐ着るために身につけていたブラウスのボタンをまたしてもふるえる指ではずしだしていて、だから相当あせっていた碗子紳士のために、ぼくは吉野さんを史歩邸までおぶっていって、どこかの部屋で着がえるよう、やさしく指導したのだけれど、この時点で、すでにぼくたちは信さんがきょうも手配してくれた伝正夫くんをずいぶん待たせてしまっていることになっていたので、予想以上にタンクトップが似合っていた吉野さんがその姿を碗子紳士にみせるさいに助言どおりきちんと首をかわいくかしげていたかどうかは、ふるえつづけていた吉野さんのためにタンクトップへのお着がえをも保護者として手伝ってあげたわたくし倉間鉄山でさえも見届けることができなかったのである。
 この日の伝正夫くんは前回とちがって、ボディーに“DEN”と毛筆体で描かれた自分の車で待っていたので、
「これ、伝くんの車かい? すごいなぁ!」
 とぼくはまず両手を大げさにひろげたのだけれど、伝くんはなんでもベースはトヨタのハイエースらしいその小型キャンピングカーで日々の生活も営んでいるらしく、K市に向けて走りだすと、
「森中市長からKの森総合公園のことをきいて、今度の休みにでも行ってみようかなって、ちょうど思ってたところなんです」
 ともかれはいっていたので、ぼくたちを送ったあとはKの森総合公園の駐車場でそのまま一泊するのかもしれなかった。
 Kの森総合公園には、そもそもは健全な青少年を育成するために設けられた「バーベキュー広場」という予約を取ればキャンプもできるスペースがあって、夏休みのいまの時期なんかだと、おそらく親子連れや人生に悩みまくっている方たちなどが連日バーベキューをしたり飯ごう炊さんをしたりしながらそこにテントを張っているはずだが、これに便乗するかたちで他市のキャンピングカー党の人たちも昨年の夏あたりから徐々にこの公園に進出してきていて、ちなみにおはぎちゃんのお母さんがいうには、
「でもキャンピングカー党の人たちは、けっこうお金をつかってくれるのよ。広場でテント張ってる人たちなんか、三人でチャイ一杯だとか、そういう感じだもん」
 とのことだったので、とうぜん市長もチョークで路面に自主申告すれば十二泊までは可、としているのだけれど、ぼくは車にもキャンプにもまったく興味がないので、あの水戸光子ちゃんが出演しているヒッチハイクものの連ドラすらまったく観ていなくて、だから、
「伝くん、すくないけど、これ」
「いえいえ。社長から、僕、もらってますから」
「でも、ほら、おれの気持ちだからさ」
「ありがとうございます。ですが社長に『倉間さんが出しても取っちゃだめだぞ』って、きつくいわれてるんですよ。ですからお気持ちだけ、いただいておきます」
「そうかい……」
 と〈たこやきエッちゃん〉の大タコ6Pパックの引換券をひっこめたあとは、キャンピングカー関連のお話で伝くんの気持ちを高揚させてあげることもできずに車の揺れに導かれるようにまどろみのなかへ、さおりさんが地球防衛軍然とした花嫁衣装を着て旧出稼ぎ寮に泊まりにきたりなどしていた夢の世界へと、お口をはげしくチュパチュパさせながら移行してしまったのである。
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