第34話

文字数 3,418文字

 
      その三十四

 ビューティフル玲子は史歩さんを捜しているうちにたぶんはぐれていたので、ぼくは史歩邸管理事務局になっている大島家へともかく連絡を入れたのだけれど、八兵衛抜擢のことでまずお礼をいってきた大島夫人に事情を説明すると、
「じゃあ、YORIKOさんを出陣させますね」
 とおはぎちゃんママはいちばん管理人に不適格な人物をよこそうとしていたので、
「その後どうですか? ふむふむ、いまだ御無沙汰ではあるけれど、まったく御無沙汰というわけでもない……というのは? ああ、なるほど」
 とうかがいつつやんわりとYORIKOをことわったぼくは、
「みんみんさんは、かおるさんとどこかに行っちゃってるしな……」
 といろいろ検討したのちに、けっきょくひとりで○○村へ向かうことにした。
 和貴子さんに旅支度をととのえてもらっている時点から、
「ぜったいシューマイのほうにするぞ。チャーハン系とかがあっても迷わないぞ」
 と拳を握りしめていたので、今回は駅弁の選択に時間を費やしすぎて電車に乗り遅れることもなかったのだけれど、○○村の駅まで迎えに来てくれた信さんに、
「家に寄ってってくださいよ。なぁに、史歩さんはそのうち帰って来ますから、心配ないですって」
 とお招きを頂いた関係で、
「樹里さん、お邪魔します、あれ? どうしたんですか、家のなかなのにトレンチコートなんか着ちゃって」
「これ、こういうふうに閉じておいて、目と目が合ったら、こんなふうに、バーッって、開いて、すぐまた閉じるの」
「ええー! ももも、もう一回」
「バーッ!」
「ええ! もももも、もう一回」
「バーッ! あっ、主人がデレンデレンになってる」
「倉間さん、どうですか、うはうは、うはははは、うはははは、うははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
 となにげにぼくは信さん宅に長居してしまっていたので、史歩農地の番頭さんと、
「どこに失踪しちゃったんですかね」
「いつもだいたい大船方面なんですけどね――でも今回はちゃんと身支度してないようですので、近くかもわかりません……」
 と話し合ったのはだから村に着いた日の深夜ということになる。
 史歩邸の庭にはすでに松明が焚かれてあって、甲冑に身をかためた英光御老公は、
「よし、いったん、兵を集合させよう」
 とほら貝をもった若者の肩をたたいていたけれど、
「あれ? 水戸黄門はやめちゃったんですか?」
 とおききすると御老公は、やめたわけではないけれども、モリシゲが家康の関ヶ原も好きだからどうのこうのともじもじしていたので、おそらくまたべつの時代劇に感化されてのことなのだとぼくは悟った。
 焚き出しをしていたあたりでは原田くんが、
「酒でも飲まねぇと、ホントはやってられねぇんだけどなぁ」
 などといいながら、村の若者と焼魚を食べたり、お口のなかにご飯をキープしておいて豚汁をググッとやったりしていたが、
「ああ、局長! さあさあ、こっちきて、これ、おあがんなさいよ」
 と用意してくれた豚汁を、
「ふーふー、アチッ」
 といただいたのちにほかの役者たちのことをたずねると、なんでもユタカ叔父さんはさおりさんの生家でUFOにメッセージを送っていて、南さんと大島さんはキャンディー問題で激論を闘わせているとのことで、
「ところで局長、K市でも豊作祭りをやったんだってね。墨汁でズタズタにしたっていうじゃないか! ああ、なんだか地元に帰りたくなってきたぜ……」
 とも原田くんはいっていたので、すぐにでも樹里さんに「バーッ」をやってもらって原田くんを元気づけようとぼくはかんがえたのだけれど、迷子(?)になっていたビューティフル玲子が仙人じみた杖をつきつきひょっこり帰ってきて陣営はまたにわかに騒がしくなっていたので、この計画はうやむやになっていて――とはいえ、ダイエット指導の玲子が無事だったことにはもちろん原田くんも、
「ガリガリのあねさま! 心配したぜぇ」
 とよろこんではいたのだった。
 玲子は史歩さんを捜しているうちにやはり山道に迷い込んでしまったようで、
「赤いはっぴを着たおじさまに人けのあるところまで道案内してもらわなかったら、わたし遭難してました」
 と熱い甘酒を飲みながらいっていたけれど、玲子によれば、その赤いはっぴのおじさまは名前も住所もあかさずにふたたび山のなかに消えてしまったらしく、また地元の若者くんも、
「うちのばあちゃん、『赤いハンテン着た猿は干柿盗むだで気ィつけれ』って、よくいってるよ」
 とぼそぼそしゃべっていたので、ぼくは、
「ランちゃん派のキャンディー兵は、やっぱりいるんだ」
 とやわらかく、そしてこころもち誇らしげに、ひじ鉄を打ったのであった。
 この問題は以前にもすこし論じ合ったことがあって、そのとき南さんと大島さんは、どちらかといえば否定的な見解をしめしていたのだけれど、ぐっすり寝たのちに、
「まちがいなく、ひとりはいますよ、キャンディー兵」
 と報告しに翌日さおりさんの生家へ番頭さんに借りた軽トラックで行ってみると、八兵衛を連れた弥七は、なんでもキャンディーズのファッションバッグを探しに大船方面へ今朝旅立ったとのことだった。
 演出の鬼、倉間鉄山は、
「八兵衛をこらしめる必要がある!」
 とこのとき切に感じたので、すぐ大島さんの携帯に電話して、
「弥七兄貴がいるからって、こんな行動されちゃ困ります。はっきりいって更迭もかんがえてますよ」
 とガツンといってやったのだけれど、しかしファッションバッグをみつけたらしい大島さんは、
「まあまあ倉間さん、太田裕美ちゃんのビニールプールもみつけましたんで、おみやげにもって帰りますよ」
 とかなり上機嫌でいっていたので、
「太田裕美ちゃんのビニールプールって、だって裕美ちゃん、ほとんど水着とかになってないでしょ。どどど、どういうやつですかどういうやつですか?」
 とけっきょくぼくはうまく丸め込まれてしまったのだった。
 さおりさんの生家でのんびりさせてもらったのちに史歩邸にもどると、番頭さんが台所で野菜を切っていて、ぼくが包丁さばきに見とれつつ玲子のことをきくと、
「玲子さんは丸中さんのところの温泉で一晩静養するっていってました。倉間さん、急に冷えてきましたから、今晩は鍋で一杯やりましょう」
 と麦焼酎の瓶を指さしていたが、失踪するさいはかならず持参するというダッコちゃん人形が今回は持ち出されていないことに番頭さんはなんだかずいぶんこだわっていて、
「じゃあ、もしかしたら、このへんにいるんですかね?」
 とぼくがきくと、
「だといいんですがねぇ」
 と番頭さんは切った野菜を大鍋に放り込んでいた。
 マキちゃんママが以前いっていた「マキちゃんプチ失踪事件」のことをふと思いだしたぼくは、まず二階にあがっていって、史歩さんの寝室の押入れを開けてみたのだけれど、ざんねんながら当時のマキちゃんのように史歩さんはそこで眠り込んではいなくて、
「やっぱりいないか……」
 とつぎにぼくはクローゼットに向かった。
 クローゼット、カーテンの裏、ベランダと確認したぼくは、ふたたび一階におりて今度は居間のほうの押入れも開けてみたのだけれど、客用の座布団やお膳などでいっぱいだったそこに史歩さんが入れるはずもなくて、
「ふう……」
 と肩を落としたぼくは、ともかく例の特大掘ごたつで長考することにした。
「えーと、スイッチは……中かな?」
 堀ごたつにあたまから突っ込むと、案の定温度を調節するスイッチは床の端に設置されてあったけれど、五段階のボタンのわきには町会会館の外の蛇口のような取り外し式のレバーがそのままになっていて、それを軽くひねってみると、掘ごたつの床は、
「ワーオ!」
 なんとおもむろに動きだした。
 床が開くと、そこには地下に通じる階段があって、足からもぐり直したのちに、その階段を慎重におりていくと、史歩さんはいわゆる“史歩ちゃんシェルター”で、ぼんやりしていることになっていたのだけれど、これは骨董品なのだろうか、年季の入ったそのちゃぶ台の上には小さなアルバムが開いたままになっていて、ぼくが、
「新生児時代の史歩さんですか?」
 ととりあえずきいてみると、史歩さんは長い沈黙のあと、
「わたしの子どもです」
 とひとり言をつぶやくようにこたえた。
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