第26話
文字数 3,169文字
第四部 秋
その二十六
信さんと樹里さんの結婚式のとき、ぼくはみんみん氏とおなじテーブルだったので、
「あっ、倉間さん、もうすこしチーズつけたほうがいいですよ」
「これくらいですか?」
「ええ」
という感じでおおむね過ごしていたのだけれど、妻帯という身においては細かい観察が重要だとオーナーより助言をうけていたぼくは、ワインを注いでくれた和貴子さんに信さん夫妻の初夜関連を強制的に想像させながらも、斜向かいにすわっていたビューティフル玲子にしっかり目を光らせていた。
二次会でビューティフル玲子をわれわれに正式に紹介したみんみん氏は「こんなガリガリに市政は任せられない!」を案の定連呼していた森中市長にも、
「市長、玲子さんはPTAのなんとかっていうのにそそのかされて、市長選に出てしまったらしいのです。かわいそうに彼女は伝左川の土手で、ひとりでお弁当を食べていたのですよ」
と玲子はもはや危険人物ではないと力説していたが、本質的にはお人好しの森中市長は、
「そうですか。わたしもねぇ、新人のころは、ビールケースの上に立つと、緊張してしまって、なにも言葉が出てこなかった。水筒に入れておいたウイスキーをグイッとやって、やっとひと言『わたしはねぇ』と発しただけだった」
と三次会に移行するころには玲子ともかなり打ち解けていて、市長は田宮二郎の大ファンだと告白していた玲子にもまたぞろ、
「わたしはねぇ、佐久間良子が一番! 二番は上村香子!」
といつもの話法で長々と佐久間良子の魅力を説明していたのである。
日に日に深刻な問題になっていた史歩さんのリバウンド問題を話し合ったとき、
「専門家を付けないと、間に合わないかもしれませんね」
とみんみん氏は玲子登用案を出してきたのだが、ぼくは、
「でも、レネー・ゼルウィガーなんかは、ぽっちゃりしてるほうが断然いいですよ。いまのままでも、なんとかなるんじゃないですかね」
だとか、痩せて魅力が落ちてしまった浅丘ルリ子等の例を出したりして、そのみんみん氏の案にはめずらしく賛同せずにいた。
それでも玲子はけっきょく専属トレーナーとして史歩邸に住み込むことになって、どうやら九月はひと月で五キロだか四キロだか体重を落とすのに成功したらしいのだけれど、秋になって、いよいよ番組も放送されることになったアカマムシマン役の小林さんも、
「毎日撮影が忙しくて、四、五キロ痩せちゃいましたよぉ」
と先日いっていて、ちなみにわれわれは、
「痩せたし、アカマムシマンも大人気だし、ぜったい若い子にも、もてますよ」
と香菜ちゃんを口説くよう、このとき小林さんに焚きつけてみたのであるが、
「香菜ちゃんはいくつなんですか?」
「二十三です」
「うーん、歳がいっちゃってるなぁ……」
とだがしかし小林さんは香菜ちゃんには案の定、関心を示さなかったのである。
クルミニンニクは市井さんがサツマイモをのどにつまらせて他界してしまったために、あやふやになっているのだが、
「美容関係はドクターリリィにまかせるよ」
とオーナーも一時期の熱はさめているので、協子さんがドクターリリィの広告に出ていることもまったく局中法度にはあたらない。
協子さんは現在、あのビューティフル品子を圧倒するほど評判がよくて、
「やっぱり肌が白くてつるつるなのが、美の究極よね。ベタベタ塗りたくれば、それでいいってもんじゃないわよね」
とポスターに見とれながら界隈のご婦人方も日々話しているのだが、品子の急落により、ぼくがうちだした水泳がらみの作戦の必要性もなくなったわけだから、
「散財をかけないで済んだのですから、協子さんもある意味ファミリーに貢献してると思うんです。ですから浮いた予算で旅行みたいなのを、ちょっとこう――」
といずれぼくはオーナーの大あぐらに乗っかる所存だ。
「カレーで達者!」をスローガンにしているカレーライスファミリーは非常に地味にではあるがK市にじわじわ侵出してきていて、これはオーナーも、
「西城秀樹かぶれのやつら、ちょっと不気味だな……」
とけっこう気にしているのだが、しかしわれわれは栗塚歳三くんたちが結成した〈蘭新組〉をファミリーの配下に置いて、今月からカレーッポたちの動静をきっちり見張ることにしているので、その点の抜かりはない。
例の施設で臨時講師をしていたとき、ぼくはおこりんぼうさん学部のこの栗塚くんとよく休み時間に句を詠みあって親交をあたためていたのだが、夏のおわりに、
「倉間さん。おれは武州サンタマの百姓のせがれだ。リーダーなんて、そんなものは性に合わねぇ」
とぼくに蘭新組の局長になるよう願い出てきた栗塚くんは、これから新婚旅行に出発するんだよ、というと、
「それじゃあ、原田くんを付けさせます」
とわざわざ用心棒を派遣してくれて、さらにトシさんは、あたらしい句もその場でつくって披露してくれたのだった。
原田くんともたしょう面識があったぼくは、
「まあまあ固いこといわずに、いっしょにやりましょう」
と旅行の初日から原田くんと酒を飲むことになったのだが、和貴子さんにお酌されるたびに恐縮していた原田くんは、トモコの民宿が満員で、その晩はトモコの旦那の実家で床をとらなくてはならないと知ると、
「おれが見張ってますから、倉間さんたちは、どうぞおもいっきりおやんなさい」
と一晩中障子の向こうに立っていてくれて、だからぼくたち夫婦は、ユキちゃんが前回以上にスタイリーをギッタンバッコンさせていたにもかかわらず、思う存分ナニをおこなえたのであった。
原田くんは現在、おこりんぼうさん学部の大先輩に帯同しているのだけれど、おなじ怒学の生徒でも英光御老公はおこりんぼうさん学部わがまま科の特待生だったので、最初この仕事を依頼したとき原田くんは、
「いやぁおれは、そういう人は知らねぇなぁ……」
と七輪で焼いたシシャモにかぶりついているだけだった。
英光御老公は百合子夫人のむかしからの知り合いらしく、なんでも美咲愛子さんがいうには、
「株なんかもいっぱいもってて、すごいお金持ちなのよ、あのおじいちゃん」
ということだったけれど、またぞろ「水戸黄門みたいに全国を旅したい」とわがままをいいだしたのも、だからきっと金にものをいわせた一種の道楽のはずで、
「高齢だし、安全をかんがえないとね……どうしたらいいと思う? あなた」
と総合演出(?)を依頼されたぼくは、とりあえずファミリーのなかでもっともお時間に余裕があるとおもわれるユタカ叔父さんと、それから全国行脚のいわばスペシャリストである南さんに、この仕事を任せることにしたのだった。
ユタカ叔父さんの妻役としてさおりさんも三話目(?)から同行することになっているので、いまはたぶん京都あたりをときに現ナマ等を行使しながら四人で旅しているとおもわれるが、
「あんな宇宙服みたいなのを着てる人でだいじょうぶかしら? 講義中でも時代劇、はしごして観てるのよ、あのおじいちゃんはあなた」
と役替え案を出してきた百合子夫人の意見を聞き入れなかったのは、のちのち英光御老公が由美かおるがどうのこうのとわがままをいってきたときにさおりさんに役を掛け持ってもらえるとしたたかに計算していたからで、ちなみにユタカ叔父さんの実の姉にあたるたくみ叔母さんは、
「ユタカちゃんに、あんまり変な女をくっつけないでよ」
とたしょう心配していたけれど、それでも香菜ちゃんを派遣してしまうと、スパルタ教育をほどこせなくて、こちらの仕事に支障をきたすし、といって吉野舞香さんでも、なにかにつけて保護者として現地に向かわなければならないだろうから……だから今後もよっぽどでないかぎり、ぼくは配役を替えないで演出するつもりだ。