第3話

文字数 2,904文字

 
      その三

 白髪の紳士がさしだした手をにぎって、
「はじめまして、キャ……じゃなかった、倉間鉄山(クラマテツザン)です」
 と自己紹介すると、紳士は、
「わたしは、今回の市長選でもかならず再選を果たす! 対立候補のビューティフル玲子なんかに、市政はぜったい任せられない!」
 というようなことをいきなりまくしたてていたのだけれど、オーナーがいうには、この白髪の紳士は、なんでもわれわれが暮らすK市の市長さんらしいのだが、いよいよ来月告示の市長選は現職の森中市長にとって、どうやら最大のピンチだと世論調査などでもはっきりしてしまっているがために先のようにやや冷静さをうしなっているところも最近はあるのだそうで、そういえばいつだったか、つぐみさんも、
「今度の市長選、もしほんとうにビューティフル玲子が出るんだったら、森中市長、負けちゃうんじゃないかしら。だってあの人のダイエット本、けっこうみんな読んでるわよ、主婦とか」
 というようなことを縫い物をしながらいっていたけれど、たしかにビューティフル玲子という文化人はビューティフル本人が考案したビューティフル体操の流行もあって、多くの市民から絶大な支持を現在得ていて、玲子はK市民ならたぶんだれでも観ている〈Kの森テレビ〉にも、このあいだまで番組を一本もっていたし、秋口だかに工場でビューティフルストラップを検品したときも、よりアバウトに検品しなければ間に合わないほど商品が大量にまわってきていた。
 オーナーは応援バスツアーをともに過ごしたことによって、ぼくの好みを把握してくれたのだろうか、注文をとりにきたウエイターさんに、
「おお、米焼酎! お湯は熱めだけど、熱湯は駄目だぞ! 倉間くん、つまみはあんパンでもOKなんだよな?」
 とぼくの飲むものと食べるものを率先してたのんでくれていたけれど、その後、
「おお、そろそろステージがはじまるぞ!」
 とまたしても肩を抱かれながら観た舞台劇に出演していた脇役の女の子に、
「おお、すみれ。こちらの旦那さんが、今度劇団を演出する例の先生だよ、あはは、あはは!」
 とオーナーが勝手に紹介してしまったときでも、
「そうなんですよ、よろしくね、すみれクン」
 とぼくは何の躊躇もなく、こたえることになっていたので、そのすみれクンをしっかりぼくのとなりにすわらせていたオーナーには、そういう方面での好みも完全に把握されていた、ということができるのであった。
 すみれクンはトランプ遊びをするために劇終了後もここに残っている、ということに名目上はなっているらしく、だからカードを切りはじめていたオーナーに、
「オーナーさんは、ホントにあの遊びが好きですね」
 とまだ若いゆえにこわいもの知らずでいってもいたけれど、
「ルールわかってるだろ、倉間くん」
 とさしだしてきたそのカードは、きのうオーナーがじきじきに知ってるかときいてきた久積史歩が横じまのTシャツを着てほほえんでいるいわゆる“史歩ちゃんトランプ”だったわけだから、
「オーナーはあんがい本気でわたくし倉間鉄山のなにかに、史歩ちゃんがらみで期待しているのかもしれないなァ」
 とぼくはあごに人指し指をあてて、つぶやいたのである。
 森中市長は若い女の子がそばにいるからか、
「来年の夏も、わたしはかならず、Kの森総合公園で、例のカーニバル、つまり『なまけものカーニバル二〇〇九』を開催する!」
 という感じで選挙に勝つことを前提とした強気な発言をやけにしていたけれど、三人の雑談を注意してきいてみると、どうも今年のなまけものカーニバルには、いまさっきまでステージで演じていたKの森少女歌劇団も出演していたらしく、
「あのときも、K少、パッとしませんでしたね……」
 とだからすみれクンはオーバーアクトでしょんぼりもしていたのだが、オーナーはそんなすみれクンのあたまを全打席三球三振の少年にたいしてのように撫でまわすと、
「それくらいでクヨクヨするな。これからはいい先生に指導してもらえるんだから、どんどん良くなっていくよ。なあ、倉間くん、あはは、あはは!」
 というようなこともいっていたので、
「もしかしたらオーナーは、この劇団にも支援をしているのかもしれないなァ」
 とぼくは再度、お口をすぼめることになったのである。
 オーナーにくしゃくしゃにされた量が多い髪を手ぐしでなおしていたすみれクンは「チェックしてください」という感じで角度なども変えて無言で髪をみせてきたので、ぼくはともかく、
「うん、とってもいいよ」
 とすみれクンにいっておいたのだけれど、きいてみると、
「二十一です」
 ということだったすみれクンはぜんたい的にかなりむちむちしていたし、それから、
「二十一です」
 といったときも、そのまえに市長に「かならず開催する!」といわれて、
「来年も再来年もずっとですよ」
 とこたえたときも、この子はちゃんと、首をかわいくかしげていることになっていたので、ぼくはつきつめていえば、そのあたりのこともすべてふくめて、
「うん、とってもいいよ」
 とこたえたのかもしれなくて、ちなみに、オーナーが店のなかにだれかをみつけて市長といっしょにそちらにいったん席がえしていったときに、いちおうそのことは、すみれクンにぼくは遠回しに告げておいてはいたのだけれど、市長にないしょでビューティフル玲子のダイエット本を買ったらしいすみれクンは、
「わたしって、太ってないんですか?」
「ぜんぜん太ってないよ」
「わたしのこのむちむちしてる感じって、倉間さんにはたまらないんですか?」
「まあ、そうだね」
「わたしって、やっぱりかわいいですか?」
「かわいいよ」
 という会話だけでは納得できなかったのか、翌日、タッチパネルでさがせるハローワークみたいなところからもどってくると、母屋のほうで、つぐみさんとお茶を飲みながらぼくの帰りを待っていて(たずねてみると、すみれクンは「渡辺さんに、おしえてもらったんです」とこたえた)、すみれクンはぼくを見るなり、
「わたしって、すごくかわいいですか?」
 というようなことを案の定質問してきたけれど、ゆうべからいいつづけていることを証明するために、ともかくすみれクンを例の四畳半に案内して、スーちゃんのブロマイドやしみずとみこさんのポスターを解説もまじえながら観せてあげると、すみれクンは、
「ああ、ほんとうだぁ、みんなかわいい、あっ、こっちの写真のスーちゃん、むちむちしててかわいい」
 とやっと納得してくれて、
「ね! だから、ダイエットなんかする必要はないよ」
 とぼくがひと安心して、そのほかの資料も自慢しようとすると、ポタージュ味のうまい棒はおろか、ココナッツサブレや、練っておいしいねるねるねーるねをも自身の見た目の若さや飼っている犬の話に直結させてしまう一回目のバスツアーのときに遭遇したあの高齢者さんとある意味おなじ状態になっていたすみれクンは、
「ねえ、倉間さん、わたしのむちむちしたからだをみて、むらむらしたりしますか?」
 とこちらが提示するものはもうほとんど観ないで、さらに先のような質問を連祷してくるのだった。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み