02 ソラリア v.s. アルウェン

文字数 2,531文字

 羊毛をふっくらさせたメリーさんは、緩やかに空を飛んで、瓦礫の上に着地した。
 邪魅の耳飾りの効果がまだ残っているのか、魔物達は呆然としている。だがいずれ効果は解けてしまうだろう。彼らを真に解放するには、魔王信者が持っているという「覇者の杖」を奪取もしくは破壊する必要があった。

「魔王信者の皆さん、墜落と一緒に全滅してたら楽なんだけどな」

 リヒトは希望的観測を呟く。
 墜落地点は砂ぼこりが酷く、視界は靄にかかったように見通しが立たない。羊から降りたリヒトは、心開眼(ディスクローズアイ)を使って人の気配を確認しようとした。
 その時、砂塵を裂いて何かが飛来する。
 リヒト達は気配を察知して、その場を飛び退いた。

「待っていたぞ……」

 砂塵のカーテンをくぐって、全身黒い鎧を着た人影が現れる。
 ガシャガシャと鎧から音がする。
 人影は兜を被っており、声はくぐもっている。
 フル装備で肌を隠した様子からは、内部にどんな人間が入っているか分からない。鎧を着た人間というよりは、動く鎧といったところか。
 黒い鎧を着た人物は片手に鎖鎌を持っていた。
 先ほど飛んできたのは、鎖の先に付いた弧を描く鎌の部分らしい。

「アルウェン」

 リヒトは鎧の中身を知っている。
 コンアーラ帝国で出会った女性の名前を呟くと、鎧の動きが止まった。
 ソラリアが抜き身の剣を携えてリヒトの前に出る。

「行きなさい」
「一人で戦うの?」
「すぐに倒して追い付きます」

 言外に、リヒトに覇者の杖を見つけることを優先するように言うと、ソラリアは剣を正眼に構えた。

「すぐに迎えに来るよ!」

 リヒトはそう言って、アルウェンを避けて遠回りしながら駆け出した。羊が後に続く。
 黒い鎧は動かない。

「……やはり君達か。止めにくるとすれば、君達かもしれないと思っていた」

 アルウェンは静かに言う。
 記憶の無いソラリアは、その台詞から敵と顔見知りのようだと推測した。油断なく剣を掲げて一歩ずつ前に進みながら問いかける。

「こんなことをして何になるのですか? ジラフを潰したところで、天魔が人間を支配するような世界が来るとは到底思えません」

 魔王信者の目的、古代のように天魔が人間を支配する世界を目指していることは、教会本部の勇者であれば誰でも知っていることだった。
 ずっと昔から魔王信者はあちこちで事件を起こしていて、教会から派遣された勇者はその後始末をさせられてきたからだ。

「ふっ、無理だとは分かっているさ。俺はオーディンのように思い上がってはいない。人間を滅ぼすことは不可能で、少数派の天魔が人間を支配することは夢物語だ」
「それなら何故」
「だが復讐は達成された。私の両親を殺したコンアーラ帝国は滅びた。後は教会を潰せば、不当に扱われる天魔の能力者の大部分は解放されるだろう」

 ガシャリと音を立てて、アルウェンは踏み出す。
 その足元から黒い霧が立ち上ぼり、鎧の背中に集まった。
 黒く凝縮した霧は人の腕の形になる。
 右手が二本、左手が二本。
 追加された腕を加えて合計六本の腕がそれぞれ鎖鎌を持つ。腕は黒い鎧に包まれており、手に持った鎖鎌も腕と同時に錬成されたものらしかった。

「歌鳥の勇者よ。己が正しいと思うのなら、この俺を倒して先に進むといい。我が天魔は、戦に飢えし六臂鬼(アシュラ)なり!」

 六本の腕が鎖を手繰り、次々と鎌を投擲する。
 ソラリアは剣で鎖を叩いて攻撃の軌道を逸らしながら、アルウェンに向かって踏み込んだ。

「正義か悪かはどうでも良いことです。私は私の仕事を果たすまで! 我が天魔は天翔ける災厄の翼、災禍鳥魔女(モリガン)! 貴方を倒して私は先に進む!」

 移動せずに鎖鎌を投げ続けるアルウェンに、ソラリアは肉薄する。
 距離を詰め、鋼鉄のフェイスガードに剣を叩きつける。
 火花と共に剣が跳ね返った。
 兜に一筋の傷が付く。
 懐に潜り込んだソラリアに、四方八方から鎖が囲いこむように迫る。ソラリアは地面を蹴って、唯一、鎖鎌の攻撃が飛んできていない頭上、空中へと飛び上がった。
 高く跳躍しながらソラリアは空中で一回転する。
 彼女の背中に光が集まり、白い二枚の翼が優雅に広がった。服の上に銀色の籠手や胸当てが現れる。ソラリアの全力解放(エクストリーム)

 追いすがる鎖鎌を翼で払いのけて、ソラリアは上昇し続ける。
 敵の攻撃が届かない上空まで飛翔すると、剣を掲げた。

「空の怒りよ、墜ちよ! 天災降下(ディザスタス)!」

 小規模な黒雲が発生し、鼓膜が破裂しそうな轟音と共に、雷光が閃いた。雷撃は真っ直ぐにアルウェン目掛けて落下する。人間には回避不可能な光の速さだ。
 衝撃が大地と大気の両方を震わせた。

「兵は拙速を尊ぶとも言いますし……恨まないで下さいね」

 雷撃を見届けて、勝利を確信したソラリアは地上へと降下を始める。
 見下ろすと、雷の落下地点は地面がクレーター状にえぐれており、その中心に黒い鎧が身動きせずに立っている。敵が倒れていないことに微かな不安を抱きながら、ソラリアは低空飛行した。
 相変わらず黒い鎧の中身は見えない。
 六本の腕は垂れ下がり、鎖鎌の残骸が地面に散らばっている。
 近付いても鎧はピクリとも動かなかった。
 気絶しているのだろうか。
 念のため、剣先で兜をはね飛ばして中身を確認しようとした、その時。

「……!」

 突然、六本の腕が動き、その手に六本の漆黒の長剣が現れた。
 六本の腕はバラバラに剣を振り、ソラリアを攻撃する。

「死んでいなかったのですか?!」

 慌ててソラリアは回避行動を取るが、鎧に近付いていたことが災いして、全ての攻撃を避けることは叶わなかった。
 白い翼に剣が貫通する。
 肩と脇腹に裂傷が走った。激痛と共に鮮血が宙を舞う。

「ああああっ!」

 苦痛をこらえて魔王の剣で攻撃を弾くと、急いで後退する。
 距離を取って地面に降りたソラリアの背中から翼が消えた。
 全力解放(エクストリーム)の時間切れだった。


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登場人物紹介

リヒト


主人公。灰茶色の髪に紺色の瞳で、大人しい雰囲気の細身の少年。

一般人を自称するが、そのマイペースぶりは一般人の枠を超えている。

空気を読んでいるようで読まずに周囲の思惑とずれた発言をするが、

薄情なようで人情に厚く、人当たりが良い癖に飄々とした性質は不思議と人に好かれる。

羊を愛し、自分の天職は羊飼いであると思っている。

ソラリア


腰まで伸びた淡い金髪と水色の瞳に冴えた美貌の、涼しげな印象の少女。

ランクの高い天魔の能力を持ち、鳥達を操ることから聖女と崇められている。

実は鳥の魔物(ハーピー)達に育てられた過去を持つ。

友達はカラスだけ、人間は信じられず、生きるために教会を利用していたが、

リヒトとの出会いによって少し考えが変わってきたようである。

メリーさん


リヒトの飼っている羊。

人の言葉を理解しており、リヒト達の会話に突っ込みを入れているが、

読者以外は誰も彼女の言葉の意味に気付いていない。

普通の羊より小柄な体格で真っ白で綺麗好き。いつでもふわふわ。

巨大化したり分裂したりする。羊だが手紙も食べる。

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