03 人間に戻りたい

文字数 2,149文字

 自分は人間だという魔物は、つっかえながら事情を話し出した。たどたどしい言葉を聞いている内に、リヒト達は真剣な顔になった。

「君は元はコンアーラの民だって?」
「ソウだよ」
「魔王信者が配布している薬を飲んだら、そんな姿になってしまったって……」

 リヒトは剣を鞘に収めた。もう武器は必要ない。
 普通なら作り話だと一笑に付すかもしれないが、リヒトはコンアーラ帝国を訪れた際に、かの国が魔王信者に制圧され、薬がばらまかれる様子を目撃している。
 彼の話はたぶん真実だ。

「君は何で怪しい薬を飲んだんだ? おかしいと思わなかったのか」
「オモッタさ。けど、お金がモラエルときいたから。うちはマズシイから、母ちゃんとイモウトにおいしいモノ食べさせてあげたくて」

 薬を飲んで魔王信者の兵になった者には、多額の報奨金が支払われるという話だったらしい。
 事情を聞き終えたリヒトは、すっかり大人しく聞き分けが良くなった魔物に提案する。

「君、名前は何というの?」
「フェイ」
「フェイ、僕達をコンアーラに連れて行ってよ。そしたらお礼に、僕達は君が元の姿に戻る方法を探すから」
「ホントウ?!」

 フェイという名前の竜に似た魔物は、四枚の翼をバタバタさせて喜んだ。

「ところで、さっき倒れる直前に、羊が食べたいって言ってなかった?」
「オレ、ヒツジ大好物ナンだ!」
「うんうん羊は美味しいよねー……ああ、メリーさん食べられたりしてないかな……」

 羊のメリーさんが心配で仕方ないリヒトは、頭を抱えて苦悩した。
 後ろに立ったスサノオは、話を遮らず黙ったまま眉間のシワを深くしていたのだが、顎をさすりながら呟く。

「人間を魔物にして、聖骸教会の本部に襲撃を掛けてるだと……それをジラフの司教様が知れば、ただじゃすまない。教会の全勢力を持ってコンアーラを潰しに掛かるだろう……」

 教会の旗の元、一騎当千の勇者が集まって戦えば、一国を滅ぼすことも可能だ。しかし、どんなに勇者が強い天魔の力を持っていても、犠牲が出ることは避けられない。
 天魔の能力者同士の戦いに巻き込まれ、関係ない市民が大勢犠牲になるとすれば。
 それは、ただでさえ隔たりのある、一般人と天魔の能力者との間に、大きな亀裂を生むだろう。
 憂いを帯びた眼差しでスサノオは空を見上げる。
 いつの間にか空は曇って、ポツポツと雨が降り始めていた。



 ソラリアは窓ガラスに付いた水滴を眺めた。
 室内では重要な会議の真っ最中だが、彼女は先日出会った少年との会話が気になってぼんやりしている。
 窓際のソラリアの様子に気付いていない、聖骸教会の幹部達は会議を進めていた。円卓に並ぶのは、高位神官と勇者が数人、そして上座には仮面を被った白いローブの男性が座っている。
 誰も正体を知らない、この仮面の男こそが、聖骸教会を統べる司教であった。彼は無言のまま会議の行く末を見守っている。

「……魔物の死骸を調べた結果、研究班は、これが自然発生したものでは無いという結論に至りました。襲撃してきた魔物達の共通点として、体に成長途中で付いたような傷やシワがなく、生まれたばかりのような表皮を持っていることが挙げられます。また、何故ジラフを襲撃してきたのか、目的が定かでは無い事が逆に不審です。突然沸いて出た魔物による、集中的な攻撃……明らかに作為的なものを感じます」

 資料を読み上げた神官が、抑えた声で主張する。
 
「魔物の飛んできた方向を辿ると、コンアーラ帝国がありました。あの国は最近、政変があったという噂ですが、詳細は明らかになっていません。コンアーラには聖骸教会がありませんので」
「他の、バブーンやウィーズルからの侵略の可能性は?」
「ありえません。この大陸に、教会に喧嘩を売る理由を持つ国は無いと思います」

 教会は、困っている国を救うために勇者を派遣する事業を営んでいる。各国と教会の間には約束や取り決めがあり、ジラフは教会の直轄地として認められている。
 各国とジラフの関係は良好であり、ジラフを攻撃することに利益は無い。

「……では、コンアーラ帝国に勇者パーティーを遠征させよ」

 司教は厳粛な声で宣言した。
 円卓の視線が司教に集中する。

「ジラフの防衛は最低限とし、最大戦力でもってコンアーラの闇を晴らすのだ。歌鳥の勇者ソラリア、頼めるかな?」
「……はい」

 窓から視線を外さずにソラリアは返事をする。
 頼むと言いつつ、実際は命令に近い。

「コンアーラの状況によっては、歌鳥の天魔を使うことを許そう」

 ソラリアの天魔には、指定した地域に地震を起こすスキルがあるが、本気になれば国を飲み込む程の大地震を起こすことも可能だった。
 抵抗するなら、そこに住む人々ごと国を滅ぼせ、と司教は命じたのだ。

「……分かりました」

 人間がどれだけ死のうと、魔物がどれだけ死のうと、彼女には関係が無かった。冷えきった心には何の躊躇いもない。
 いや、本当にそうだろうか。


 ――逃げちゃいなよ。苦しいことを全部背負いこむ必要はない。


 不意に耳に心地よい、少年の声が聞こえた気がした。 
 
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登場人物紹介

リヒト


主人公。灰茶色の髪に紺色の瞳で、大人しい雰囲気の細身の少年。

一般人を自称するが、そのマイペースぶりは一般人の枠を超えている。

空気を読んでいるようで読まずに周囲の思惑とずれた発言をするが、

薄情なようで人情に厚く、人当たりが良い癖に飄々とした性質は不思議と人に好かれる。

羊を愛し、自分の天職は羊飼いであると思っている。

ソラリア


腰まで伸びた淡い金髪と水色の瞳に冴えた美貌の、涼しげな印象の少女。

ランクの高い天魔の能力を持ち、鳥達を操ることから聖女と崇められている。

実は鳥の魔物(ハーピー)達に育てられた過去を持つ。

友達はカラスだけ、人間は信じられず、生きるために教会を利用していたが、

リヒトとの出会いによって少し考えが変わってきたようである。

メリーさん


リヒトの飼っている羊。

人の言葉を理解しており、リヒト達の会話に突っ込みを入れているが、

読者以外は誰も彼女の言葉の意味に気付いていない。

普通の羊より小柄な体格で真っ白で綺麗好き。いつでもふわふわ。

巨大化したり分裂したりする。羊だが手紙も食べる。

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