05 二人の試練
文字数 2,221文字
タコ焼き合戦が開催されている方の浜辺は柔らかい砂で覆われていたが、仮面の男が向かった方は黒い大きな岩がゴロゴロしている。
砂に足を取られないのは良いが、大小様々な岩の上によじ登ったり跳んだりしながら走るのは、これはこれで大変なのだ。
リヒトは天魔の力を使って脚力を補強しながら、何とか先を行く男に追い付いた。
「レイル、当たったらごめん!」
適当な石を拾いあげると、リヒトは男に向かって投げ付ける。
男が岩を跳び移る無防備なタイミングを狙ったのだが、気配に気付いたのか仮面の男は寸前で足を止める。投げた石はポチャンと海に落ちた。
「む……君は確かサザンカの言っていた」
仮面の男は振り返ってリヒトを見る。
肩に荷物のように背負われたレイルが、リヒトを見て芋虫のようにジタバタした。
「僕の友人を返してください」
「むぐーっ、むぐーっ」
「ここで会うとは都合がいい。ちょうど良い、君にも試練を与えよう!」
「人の話、聞いてませんね……」
試練云々については、リヒトは知らないことだ。
噛み合わない会話にうんざりしていると、男は高笑いを上げた。
「我が試練を乗り越えられるか、少年! 我が天魔は百獣王 、全ての獣は我が配下!」
名乗りを上げる男の周囲の水面が泡立ち、飛び魚やヒトデが海面から飛び出す。
「うわっ?!」
「試練を乗り越えて俺を追って来い! はーっはっはっは!」
飛んでくる魚やヒトデを、リヒトはしゃがみこんで避ける。
「獣って、魚は獣に入るのか……?」
男の天魔に疑問を覚えるリヒトだが、突っ込んでいる余裕はない。
高笑いしながら去っていく男を追おうにも、ビュンビュン飛んでくる海産物が邪魔だ。
念のため心開眼 で確認したが、男と魚やヒトデの間に絆の糸は張られていなかった。どうやら男の天魔は、仲良くない動物にでも命令できる能力があるらしい。
「困ったなあ」
リヒトは飛んでくる海産物を避けながら岩の間に隠れて、対策を練る。考え込みながら何となく上空を見上げると、そこにはカアカアと鳴きながら飛び回る海鳥の姿が。
「そうだ!」
思い付いて、リヒトは空を飛ぶ海鳥達に向かって手を伸ばす。
「君達は、歌鳥の勇者ソラリアと仲が良かったね。力を貸してくれないか」
空を見上げたリヒトの瞳が妖しい蒼に輝く。
強奪縁帯 。
一時的にソラリアと鳥達の絆を利用して、鳥達を操る。
「ここに餌がたくさんあるよ」
要求を伝えると後は簡単だった。
海鳥達は海面からジャンプする魚やヒトデに喜んで飛びかかっていく。絆を結んでいない他の海鳥達も集まってきて、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。
リヒトは海鳥達に後を任せ、心開眼 でレイルとの絆の糸を辿る。
光る細い糸は海際の洞窟の中へと伸びていた。
仮面の男は、洞窟の奥まで来ると、冷たい石の床にレイルを降ろした。
布や紐で手足を結ばれて、口を塞がれているレイルは床の冷たさに恐怖する。
「少年、ここは満潮になると海中に沈むのだ」
「?!」
「じきに海水が上がってくる。助かるには、天魔の能力を覚醒させるしかない。そうでなければ、君はここで死ぬ」
「むぐーっ」
レイルは仮面の男の言葉に身をよじって抗議する。
無茶ぶりにもほどがある。
「ではな、少年。俺はもう一人の少年の様子を見に行くとするか」
仮面の男は床で呻くレイルには目もくれずに去っていく。
後に残されたレイルは途方にくれた。
本当に何の力も持っておらず、しかも山育ちのレイルは海に慣れていない。満潮がどういう現象でどのような対処をすればいいか、皆目見当も付かない。
そのうちに海水がひたひたと地面を上がってくる。
鼻先を流れる水に、レイルは命の危険を感じて焦った。
身体を岩にこすりつけて、拘束が解けないか試してみる。
リヒト……!
先ほど、追いかけてきた幼馴染みの姿を見た。
今となっては彼だけが最後の希望だ。
きっと助けに来てくれる。そして……。
『……ふーん。また、あいつに頼るのか?』
頭の中で誰かの声がする。
『いっつもそうだよな、肝心なことはあいつ頼み。けどお前が一生懸命になるほど、あいつ、リヒトはお前のことを何とも思っちゃいない。友達だと思っているのは、お前だけだ』
不思議な声はレイルの焦燥を煽るように言葉を重ねる。
「違う、リヒトだってきっと俺のことを……」
そこまで追って来てくれたのだから。
きっとあの幼馴染みも、自分に友情を感じてくれているはずだ。
『勘違いすんな。あいつは律儀で正義感も強いから、義務だよ。リヒトがお前を友達だと思うはずがない。お前は、大事なことを忘れている』
動揺するレイルを、声はせせら笑った。
止めてくれ。
思い出させないでくれ。
『リヒトがお前を許すわけがない。なぜなら……山火事で逃げ遅れたお前を助けるために、リヒトの両親は死んだ。お前が殺したからだ!』
冷たい水が頬を濡らす。海水では冷めない灼熱が身体の中で暴れて、レイルは苦痛の悲鳴を上げた。
少年の虚ろな瞳孔に紅の光が灯る。
波紋が海面に広がる。暗い洞窟は、覚醒したばかりの天魔の力を受けて鳴動した。
砂に足を取られないのは良いが、大小様々な岩の上によじ登ったり跳んだりしながら走るのは、これはこれで大変なのだ。
リヒトは天魔の力を使って脚力を補強しながら、何とか先を行く男に追い付いた。
「レイル、当たったらごめん!」
適当な石を拾いあげると、リヒトは男に向かって投げ付ける。
男が岩を跳び移る無防備なタイミングを狙ったのだが、気配に気付いたのか仮面の男は寸前で足を止める。投げた石はポチャンと海に落ちた。
「む……君は確かサザンカの言っていた」
仮面の男は振り返ってリヒトを見る。
肩に荷物のように背負われたレイルが、リヒトを見て芋虫のようにジタバタした。
「僕の友人を返してください」
「むぐーっ、むぐーっ」
「ここで会うとは都合がいい。ちょうど良い、君にも試練を与えよう!」
「人の話、聞いてませんね……」
試練云々については、リヒトは知らないことだ。
噛み合わない会話にうんざりしていると、男は高笑いを上げた。
「我が試練を乗り越えられるか、少年! 我が天魔は
名乗りを上げる男の周囲の水面が泡立ち、飛び魚やヒトデが海面から飛び出す。
「うわっ?!」
「試練を乗り越えて俺を追って来い! はーっはっはっは!」
飛んでくる魚やヒトデを、リヒトはしゃがみこんで避ける。
「獣って、魚は獣に入るのか……?」
男の天魔に疑問を覚えるリヒトだが、突っ込んでいる余裕はない。
高笑いしながら去っていく男を追おうにも、ビュンビュン飛んでくる海産物が邪魔だ。
念のため
「困ったなあ」
リヒトは飛んでくる海産物を避けながら岩の間に隠れて、対策を練る。考え込みながら何となく上空を見上げると、そこにはカアカアと鳴きながら飛び回る海鳥の姿が。
「そうだ!」
思い付いて、リヒトは空を飛ぶ海鳥達に向かって手を伸ばす。
「君達は、歌鳥の勇者ソラリアと仲が良かったね。力を貸してくれないか」
空を見上げたリヒトの瞳が妖しい蒼に輝く。
一時的にソラリアと鳥達の絆を利用して、鳥達を操る。
「ここに餌がたくさんあるよ」
要求を伝えると後は簡単だった。
海鳥達は海面からジャンプする魚やヒトデに喜んで飛びかかっていく。絆を結んでいない他の海鳥達も集まってきて、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。
リヒトは海鳥達に後を任せ、
光る細い糸は海際の洞窟の中へと伸びていた。
仮面の男は、洞窟の奥まで来ると、冷たい石の床にレイルを降ろした。
布や紐で手足を結ばれて、口を塞がれているレイルは床の冷たさに恐怖する。
「少年、ここは満潮になると海中に沈むのだ」
「?!」
「じきに海水が上がってくる。助かるには、天魔の能力を覚醒させるしかない。そうでなければ、君はここで死ぬ」
「むぐーっ」
レイルは仮面の男の言葉に身をよじって抗議する。
無茶ぶりにもほどがある。
「ではな、少年。俺はもう一人の少年の様子を見に行くとするか」
仮面の男は床で呻くレイルには目もくれずに去っていく。
後に残されたレイルは途方にくれた。
本当に何の力も持っておらず、しかも山育ちのレイルは海に慣れていない。満潮がどういう現象でどのような対処をすればいいか、皆目見当も付かない。
そのうちに海水がひたひたと地面を上がってくる。
鼻先を流れる水に、レイルは命の危険を感じて焦った。
身体を岩にこすりつけて、拘束が解けないか試してみる。
リヒト……!
先ほど、追いかけてきた幼馴染みの姿を見た。
今となっては彼だけが最後の希望だ。
きっと助けに来てくれる。そして……。
『……ふーん。また、あいつに頼るのか?』
頭の中で誰かの声がする。
『いっつもそうだよな、肝心なことはあいつ頼み。けどお前が一生懸命になるほど、あいつ、リヒトはお前のことを何とも思っちゃいない。友達だと思っているのは、お前だけだ』
不思議な声はレイルの焦燥を煽るように言葉を重ねる。
「違う、リヒトだってきっと俺のことを……」
そこまで追って来てくれたのだから。
きっとあの幼馴染みも、自分に友情を感じてくれているはずだ。
『勘違いすんな。あいつは律儀で正義感も強いから、義務だよ。リヒトがお前を友達だと思うはずがない。お前は、大事なことを忘れている』
動揺するレイルを、声はせせら笑った。
止めてくれ。
思い出させないでくれ。
『リヒトがお前を許すわけがない。なぜなら……山火事で逃げ遅れたお前を助けるために、リヒトの両親は死んだ。お前が殺したからだ!』
冷たい水が頬を濡らす。海水では冷めない灼熱が身体の中で暴れて、レイルは苦痛の悲鳴を上げた。
少年の虚ろな瞳孔に紅の光が灯る。
波紋が海面に広がる。暗い洞窟は、覚醒したばかりの天魔の力を受けて鳴動した。