01 メリーさん、小さくなる

文字数 2,261文字

 海に浮かんだ羊は、他の昆布やワカメと一緒に海流に乗ってワイルダー大陸の浜辺に漂着した。浜辺に打ち寄せられた羊は「ぷしゅー」と風船から空気の抜けるような音と共に小さくなる。小さくなって、どんどん小さくなって……

「メリーさん?!」

 なんと手のひら大まで小さくなった。
 リヒトは砂浜から羊のメリーさんを拾い上げる。

「なんでこんなに小さく……そうだ、タコを拾い食いしてお腹を壊した?!」
「お腹を壊したら小型化するものなのでしょうか」

 今のメリーさんは人間の頭よりちょっと小さいくらいだ。
 リヒトはメリーさんを抱えて首をひねったが、そこは最初から謎の羊メリーさん、巨大化したり空に浮いたり疑問は尽きないので、小型化についても深く考えるのは無駄というものだろう。リヒトの手の中でメリーさんは元気そうにメエメエ鳴いている。どうやら小型化は健康に影響していないらしい。

「さて、ここがワイルダー大陸だと仮定して、コンアーラ帝国でなければ良いのですが」
「コンアーラ帝国……」

 小型化したメリーさんについて考えるのは諦めて、リヒトは羊を抱えて砂浜をペタペタ歩いた。
 昨夜のダイビングで服は海水で濡れて、装備は海の藻屑になっている。濡れた服は自然乾燥して、今は概ね乾いた状態だった。荷物が無いのは痛いが、靴を履いていないのはもっと痛い。素足で地面を歩いたら、足が傷だらけになる。
 ソラリアも素足なので同様に考えているらしく、二人は何となく海岸に沿って砂浜を歩いた。

「コンアーラ帝国は、天魔の能力者にとって厳しい国です。聖骸教会が唯一影響力を持たない国であり、天魔を嫌っているので、聖骸教会と関係のある国と国交がありません。私達が元いたカーム大陸に戻りたいと思っても、帝国は船を出していないのです。帰るには、南下してプラティパスを経由しなければ」

 彼女の説明を聞きながら、リヒトは両親に教わった地理や世界情勢を思い起こす。
 海峡によって隔てられたワイルダー大陸とカーム大陸、二つの大陸は聖骸教の影響下にあるかないかで、文化的にも大きな隔たりがある。教会は天魔の能力者を勇者として採用する。聖骸教会の影響下にある地方は、天魔の能力者にとって比較的住みやすい文化になっているのだ。
 コンアーラ帝国は、天魔の能力者を排斥して弾劾してきた国として有名である。

「ここが何処なのか、人がいる場所に行って聞いてみないといけませんね……あ、私の鳥達が靴を拾ってきてくれたようです。ご苦労様」

 ソラリアの伸ばした腕に、空から舞い降りた首の長い白い鳥がとまった。
 鳥は長い嘴にくわえていた二足の靴をぽいと地面に落とすと、再び空に舞い上がる。
 リヒトとソラリアは鳥が持ってきてくれた靴を履いた。サイズが大きくて少し歩きにくいが、仕方ない。

「人里は、あっちみたいだよ」

 リヒトは内陸の方向を指した。
 絆を感じ取る天魔のスキルのおかげで、人がいる場所は何となく分かる。
 靴を履いたソラリアは、その場でぴょんぴょん跳ねて動きを試しているようだ。リヒトの示した方向を確認すると、ニヤリと笑みを浮かべた。

「リヒト、どっちが先に人の住む場所に着くか、競争しましょうか?」
「ええ?! 競争?」
「よーいドンで、走るのです! ほら、よーい、ドン……」
「何言ってるんだよ、もう」

 本気で走り出したソラリアに、リヒトは困りながら羊を小脇に抱えて追いかけた。
 瞳の色は変わっていないが天魔の力を使っているのだろう。尋常でない速度で走る彼女に追いつくために、リヒトは仕方なく自分も天魔の力を使う。
 淡い金髪を風になびかせて軽快に走りながら、ソラリアは楽しそうに笑った。

「ふふっ、前から気になっていたのですが、リヒトあなた、天魔の能力を使いこなしていますね!」
「使いこなすっていうの、これ。僕は他の能力者を知らないから、分からないけど」
「天魔の能力者は少ないですが、自分の能力をコントロールできる者はもっと少ないです。リヒトなら教会の最高レベルの勇者とも、渡り合えるかもしれませんね!」
「そんな保証は要りません」

 雑談しながら走ること一時間と少し。
 人里らしい街の姿が遠く見えてきた。
 遠目に建物の形がリヒトの知るものと異なっている。黒光りする瓦が乗った三角形の屋根に、土で出来た壁、木製の扉が特徴的な建物の造りだ。
 街は不穏な気配に包まれていて、ところどころから煙が立ち上っている。

「火事? それとも、何か焚火でもしているのかな」

 街に入る直前でリヒトは足を止める。
 隣のソラリアも立ち止まって街の様子を観察している。
 何か事件でも起こっているのか、慌てた様子で逃げていく人とすれ違った。

「中に入りましょう」
「うう、トラブルに巻き込まれる予感」

 ソラリアはひとつ頷くと、堂々と街の大通りに向かって歩き始める。
 平穏な日常が恋しいとリヒトは嘆いたが、大人しくソラリアの後を追った。財布も装備も無くして、ここがどこかも分からない状態で、彼女と別行動を取るのは不安だった。
 通りを進むと武装した兵士の集団が見えた。
 広場の中央の高台に立つ、大将らしき黒い鎧を着た男が演説している。

「今日、革命は成功した! 貴様らの皇帝は既に降伏した! このコンアーラ帝国は我々、天魔を持つ者の国となる!」

 やっぱり厄介事が起きてるじゃないか。
 リヒトは頭を抱えた。

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登場人物紹介

リヒト


主人公。灰茶色の髪に紺色の瞳で、大人しい雰囲気の細身の少年。

一般人を自称するが、そのマイペースぶりは一般人の枠を超えている。

空気を読んでいるようで読まずに周囲の思惑とずれた発言をするが、

薄情なようで人情に厚く、人当たりが良い癖に飄々とした性質は不思議と人に好かれる。

羊を愛し、自分の天職は羊飼いであると思っている。

ソラリア


腰まで伸びた淡い金髪と水色の瞳に冴えた美貌の、涼しげな印象の少女。

ランクの高い天魔の能力を持ち、鳥達を操ることから聖女と崇められている。

実は鳥の魔物(ハーピー)達に育てられた過去を持つ。

友達はカラスだけ、人間は信じられず、生きるために教会を利用していたが、

リヒトとの出会いによって少し考えが変わってきたようである。

メリーさん


リヒトの飼っている羊。

人の言葉を理解しており、リヒト達の会話に突っ込みを入れているが、

読者以外は誰も彼女の言葉の意味に気付いていない。

普通の羊より小柄な体格で真っ白で綺麗好き。いつでもふわふわ。

巨大化したり分裂したりする。羊だが手紙も食べる。

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