[最終話] 旅は終わらない

文字数 2,528文字

「あいつらと一緒に行かなくて良かったのか」

 カルマに聞かれて、アニスは答えた。

「良いんだもん。アニスはもっとナイスな彼氏をゲットするの!」
「ふーん」

 そこはコンアーラ帝国の南にある山脈で、アニスはカルマの後を付いて峠を登っていた。
 あの戦いの後、二人はリヒト達と別れて旅をすることにしたのだ。
 アニスは旅の途中で買った服を着ている。ばっさり短く切った髪と同じ紅茶色の外套の下は、動きやすいシャツとズボンだ。一見、少年のようにも見える。
 先を行くカルマは、白い髪を隠すために頭にターバンを巻いていた。
 肩に背負ったリュックと、腕には同じ大きさの鞄。意外と親切な彼はアニスの荷物まで持ってくれている。

「私はリヒトに頼り過ぎてたんだって、気付いたの。本当に恋をした訳じゃなかったかもしれない。リヒトしかいなかったから、好きだと思い込んでいたのかも」

 峠からは山脈が連なる雄大な風景が見渡せた。
 風景を眺めるアニスには、以前には無かった落ち着きがある。

「一方的に頼ると相手を殺してしまうんだね。リヒトにはソラリアがお似合いだと思う。あの二人はお互いに自立してるから。私も頑張って、一緒に歩いていける彼氏を見つけるんだ」
「……彼氏ね。良い奴が見つかるといいな」

 他人事のようにカルマは飄々とコメントした。
 彼は背後のアニスの捕食者の目線に気付いていない。
 噛みつかれたりしたが最後、彼女の(とりこ)になってしまうというのに、危機感ゼロだ。
 反省して大人になったような、そうでないような。
 アニスの旅は始まったばかりである。




 リヒトとソラリアは、竜のフェイと一時敵だったレイル、忘れてはいけないメリーさんを連れて、水上都市ジラフに向かって旅していた。

「旅の続きをどうするか、私が決めていいと言いましたね?」
「言った。けどそれは観光旅行を続けるかどうかであって、勇者の冒険に付き合うという意味じゃなかったんだけど!」

 竜の背で二人は言い争っている。
 四枚翼の竜は地面に近い位置を滑空していた。後を追うように、頭が三つある狼が唸り声を上げて走っている。
 
「村をオソッテル魔物、おびき寄せたのはイイケド……」
「メエー(誰が倒すのかしらん)」

 困惑気味のフェイの感想に、メリーさんがのんびり同意した。
 今日も良い天気である。

「お、おい。リヒト、ソラリアさん。喧嘩してる場合じゃ」

 おろおろしてレイルが二人の間に割って入った。
 結論から言えば、それは間違いだった。

「あ、そうだレイル。囮になってよ」
「それは良い考えですね」

 リヒトがちょうど良いとばかりに提案し、ソラリアが笑顔で承認した。直前まで口喧嘩していたのが嘘のような息のあったやり取りだ。

「さあ、行って来なさい!」
「ぎゃっ」

 あろうことかソラリアは、少年の背中を蹴って竜から落とした。暴力反対。哀れ、地面に落下するレイルは盛大な悲鳴を上げた。

「お前ら、本当に、最悪だあああっ!」

 リヒトは友人の悲鳴を聞かなかった事にした。

「フェイ、5分したら引き返して。レイルの残骸を拾いに行こう」
「ザンガイになる前に助けにイコウよ……」

 あまりに残酷な台詞に、竜はつっこみを入れる。しかし、すぐに引き返して魔物に引っ掻かれるのが嫌なのか、リヒトの言う通り5分待つようだ。

「リヒト」
「うわっ」

 突然、ソラリアが体重を掛けてきて、リヒトはバランスを崩して竜の背中に仰向けに転がった。
 身体の上に馬乗りになったソラリアが見下ろしてくる。

「言う事を聞かない悪い子はお仕置きですよ」

 どうやらリヒトが大人しく言う事を聞かないものだから痺れを切らしたらしい。どうしてやろうと悪巧みする表情のソラリアを見上げて、リヒトは密かに体勢を整えた。
 腹筋だけで、えいやっと起き上がる。
 押さえつける彼女の手を上手くかわして自由になると、起こした上半身を吃驚した顔のソラリアに寄せる。
 そのまま彼女の頬に軽くキスをした。

「っつ!」

 ソラリアは頬を押さえて真っ赤になる。
 素早く身を離して、安全な距離まで下がったリヒトはにっこり微笑んだ。

「無茶ぶり禁止だから」
「それは……ズルいですよ、リヒト!」
「さあ、レイルが骨になっちゃわない内に助けに行こう」

 いつかした約束を蒸し返すとソラリアは悔しそうにした。
 前を向いて方針を伝えると、フェイは待ってましたとばかり旋回して引き返した。
 リヒトの背中を睨み付けてソラリアが叫ぶ。

「覚えてなさい! その内、羊より私の方が好きだと言わせてみせますから!」

 彼女は今のキスが冗談だと思ったようだ。
 リヒトは、絶対に告白するもんかと心に誓った。
 調子に乗ってあれこれ無茶を言われるのが目に見えている。
 恨みがましい台詞は聞かなかったことにして、話題を変えた。

「で、今度こそジラフを潰すんだっけ?」
「リベンジです!」

 前回は司教に記憶を奪われたせいで果たせなかったのだ。
 拳を握りしめて意気揚々と宣言するソラリアだが、肝心の司教の正体が実は虚空魚(ピスキス)の尖兵で、羊のメリーさんに吹っ飛ばされて既に退場していることを知らない。
 ジラフに着いた早々に大歓迎を受けて、逆に教会の建て直しを頼まれたりするのだが、それはまた別の話だ。

「ジラフの次は、ハーピー達の住む歌の島リザリアに行きましょう。その次はリヒト、貴方の両親の出身地だという、コンアーラ帝国の西の草原を越えた更に先の終点の地テンぺリオンへ!」
「行くところがいっぱいあるね」
「楽しみです! 一緒に色々なところへ行きましょう」
「メエエー(羊も楽しみ)」

 ソラリアと羊に左右から引っ付かれて、リヒトは脱出を諦めた。

「そうだね。羊さん王国目指して、頑張ろう」

 羊が一匹、羊が二匹……おっと眠くなる。
 途中で人助けをしつつ、たまに見捨てつつ、そして出会いと別れを繰り返して。
 リヒトの羊さんパーティーの愉快な旅は、これからも続く。

 
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登場人物紹介

リヒト


主人公。灰茶色の髪に紺色の瞳で、大人しい雰囲気の細身の少年。

一般人を自称するが、そのマイペースぶりは一般人の枠を超えている。

空気を読んでいるようで読まずに周囲の思惑とずれた発言をするが、

薄情なようで人情に厚く、人当たりが良い癖に飄々とした性質は不思議と人に好かれる。

羊を愛し、自分の天職は羊飼いであると思っている。

ソラリア


腰まで伸びた淡い金髪と水色の瞳に冴えた美貌の、涼しげな印象の少女。

ランクの高い天魔の能力を持ち、鳥達を操ることから聖女と崇められている。

実は鳥の魔物(ハーピー)達に育てられた過去を持つ。

友達はカラスだけ、人間は信じられず、生きるために教会を利用していたが、

リヒトとの出会いによって少し考えが変わってきたようである。

メリーさん


リヒトの飼っている羊。

人の言葉を理解しており、リヒト達の会話に突っ込みを入れているが、

読者以外は誰も彼女の言葉の意味に気付いていない。

普通の羊より小柄な体格で真っ白で綺麗好き。いつでもふわふわ。

巨大化したり分裂したりする。羊だが手紙も食べる。

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