02 勇者は帰りたくない

文字数 2,723文字

 以前に宿屋に泊まった時は、アニスやカルマを加えた4人プラス一匹だった。男女がちょうど二人ずつだったので、二部屋借りて別々に泊まったのだ。
 しかし今回、アニスはおらず、カルマは働くついでに別に部屋を借りているらしい。ソラリアとリヒトの二人だけである。

「分ける必要はないでしょう」
「ええ? 着替え見られても良いの、ソラリア。君は女の子じゃないか」
「リヒトは子供だから問題ありません」
「……」

 確かに同年代の子供より背も低くて、幼い印象があると自覚しているリヒトだが、子供扱いされるとがっかりする。それにそろそろ成長期だ。ソラリアが良くても、リヒトの方はそれなりに意識してしまって困る。頭を抱えたが、ソラリアはさっさと部屋を借りてしまった。
 仕方ない。旅費も馬鹿にならないし、二人で別々の部屋を借りるのは豪勢というものだろう。

「メエー(羊は着替えないから問題ないね)」

 メリーさんは我関せずといった様子で、ベッドに上がりこんで隅っこで丸くなった。
 リヒトはベッドに座り込んで羊を撫でる。
 背後でソラリアが着替えている気配がしたので、振り返らずに羊の横で荷物の整理をすることにした。

「ねえ、リヒト」
「うわっ」

 突然、背後からソラリアが抱きついてきたのでリヒトは吃驚する。
 リヒトの前に回された腕は白い素肌があらわで、首筋にさらさらと絹のような淡い金髪が掛かる感触がした。肩の後ろには、柔らかい弾力性にとんだ二つの膨らみが当たっている。それが何なのか、リヒトは極力、考えないようにした。

「私、ジラフに帰りたくないです。ずっと、あなたと旅をしていたい」

 すねたように口を尖らせて、彼女は呟いた。
 意味深なシチュエーションに、リヒトは話題を変えたくなって考えを巡らせる。そして、記憶をたぐってソラリアの過去を思い出した。

「……ソラリアは鳥に育てられたんだっけ」
「はい、ハーピーという鳥の魔物です。私は、教会に保護という名目でハーピー達と引き離されたのです。優しいハーピー達は、私が同じ人間と暮らす方が良いと言って送りだしました」
「ソラリアはなんで、教会に従ったの?」
「私の行動次第で、ハーピー達が住む土地をどうするか決める、と言われました」
「それって脅迫じゃないか!」

 思わず見上げると、ソラリアの水色の瞳はうるんで、泣き出しそうに揺れていた。

「教会に保護された私は勇者だと崇められました。けれど、天魔を持つ者と普通の人間の間には見えない線がある。誰も私を、私の大切な家族であるハーピー達を助けてはくれなかった。だから私は自分で自分を助けるために、強くなろうと決めたんです」
「ソラリア……」
「力を得るために沢山の魔物を殺して、有名な勇者になりました。でも、今もハーピー達を助ける方法は思い付きません。ジラフに帰れば教会の命令に従うしかないんでしょうか……」

 肩に触れた腕に力がこもった。
 リヒトは試しに言ってみる。

「逃げちゃいなよ」
「それは……」
「苦しいことを全部背負いこむ必要はないと思う」
「ありがとう、リヒト」

 彼女はゆるゆると首を振った。

「全部を捨てて郵便配達人になれたら、どんなに良いだろうと思います。けれど、アニスのことも気になりますし、ジラフに帰るしかないでしょうね」
「僕も行くよ」

 ジラフはずっと避けてきた、教会の本部がある場所だ。
 本当は行きたくないが、アニスが元気か気になるし、泣きそうな顔のソラリアをここで放り出すほど、リヒトは薄情でないつもりだ。

「じゃあ、お姉さんの私がリヒトを守ってあげます」

 ぎゅっと抱きついてくる彼女の腕を、リヒトはしょうがないなあと思いながら受け入れた。



 翌朝、待っていたカルマに、ジラフに向かうとリヒトは告げた。

「カルマはどうするの?」
「俺は一緒に行かない。ここで適当に金を稼いで、ワイルダー大陸に渡る」

 きっぱりと言うカルマの顔は、出会った時のような暗い顔ではなかった。精悍さを感じる一人前の男の顔である。どうやら港町の食堂で働く日々で、心境に変化があったようだ。
 名残惜しいが、また旅をしていれば会うこともあるだろうと、リヒトとソラリアは彼に別れの挨拶をした。

 こうして、カルマと別れたリヒトとソラリアは、バブーンを南下して教主国ジラフを目指すことになった。

「やっぱり帰りたくないですね。よし、回り道しましょう」

 ソラリアの肩にとまったカラスが、巻物をくわえて差し出す。
 巻物を受け取ったソラリアは、リヒトの前でそれを広げる。羊皮紙に描かれた大陸の地図が風にひるがえった。

「ジラフへ行くには、アラバスタ山脈を越えるのが近道です。ですが、私はそんなに早くジラフに帰りたくありません!」
「正直だね……」
「そこで、川に沿って妖精の森を進むルートはいかがでしょう? 羊に食べさせる良い草が見つかるかもしれませんよ」
「それはナイスアイデアだね!」

 リヒト達は山脈越えの横断ルートではなく、山脈を迂回して森を進むルートを選択した。この森は、妖精の森と呼ばれている。
 まずは海岸に沿って南下する。そして、海に注ぐ川の河口をさかのぼり、緑の深い樹海を目指す。

 白い石の転がる河原をリヒト達はゆっくり歩いた。
 川幅は上流に向かうほど狭くなっていき、河原に転がる丸い石が、上流ほど大きく角ばった石になる。
 途中で何泊か野宿しながら川沿いを進んでいくと、やがて樹の枝が空を覆い隠す暗い森にたどり着いた。
 大地には柔らかい枯葉が積もり、倒木や岩には緑の苔が生えている。
 一部の苔の上には、目にも鮮やかな赤いキノコが数本立っていた。

「妖精の森は、別名、キノコの森というそうです」

 ソラリアの説明を受けて辺りを見回すと、ちらほらキノコの姿が。森を進むほどに、キノコと遭遇する割合は増えていく。
 赤いキノコ、黄色いキノコ、青いキノコ……。
 傘が大きく開いたホットケーキのような美味しそうなキノコや、傘が閉じた卵のように丸いキノコもあった。実に様々な種類のキノコがリヒトの目を楽しませる。

「なんだかキノコが大きくなってきたような」

 森が深くなるにつれ、キノコのサイズは倍になっていく。
 ついには樹木と同程度の大きさのものも現れ始めた。

「メエー(キノコが生える森じゃなくて、キノコが森になってるね!)」

 メリーさんのコメント通り、そこはもはや普通の森ではなく、キノコが木の代わりに並ぶ、見たことのない不思議な光景が広がっていた。

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登場人物紹介

リヒト


主人公。灰茶色の髪に紺色の瞳で、大人しい雰囲気の細身の少年。

一般人を自称するが、そのマイペースぶりは一般人の枠を超えている。

空気を読んでいるようで読まずに周囲の思惑とずれた発言をするが、

薄情なようで人情に厚く、人当たりが良い癖に飄々とした性質は不思議と人に好かれる。

羊を愛し、自分の天職は羊飼いであると思っている。

ソラリア


腰まで伸びた淡い金髪と水色の瞳に冴えた美貌の、涼しげな印象の少女。

ランクの高い天魔の能力を持ち、鳥達を操ることから聖女と崇められている。

実は鳥の魔物(ハーピー)達に育てられた過去を持つ。

友達はカラスだけ、人間は信じられず、生きるために教会を利用していたが、

リヒトとの出会いによって少し考えが変わってきたようである。

メリーさん


リヒトの飼っている羊。

人の言葉を理解しており、リヒト達の会話に突っ込みを入れているが、

読者以外は誰も彼女の言葉の意味に気付いていない。

普通の羊より小柄な体格で真っ白で綺麗好き。いつでもふわふわ。

巨大化したり分裂したりする。羊だが手紙も食べる。

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