02 自爆は勘弁してほしい
文字数 2,714文字
村人たちは全員、避難したようだ。
揺らめく炎を凝視してリヒトは何かおかしいと思った。派手に炎が上がっている割には、火中の家屋や森の木々がそのまま立っている。
一方のソラリアは炎の先を見据えて警戒していた。
「油断しないでください……来ます」
その予言に、レイルが「勘弁してくれ」と嘆いてリヒトの後ろに回り込んだ。どうして勇者の後ろではなくリヒトの後ろなのだろう。
戦う術がないリヒトは背中に友人を庇ってゆっくり後ずさる。
間もなく、炎の中から明らかに普通ではない二人組が姿を表した。
「ここは、外れか。天魔の反応があったのだが」
ドクロの面を付け、手に長槍を持って全身を鎧で見に包んだ男が、くぐもった声で言った。
「貴方の探知スキルは聖剣も含めて反応してしまいますものね。その誤差を何とかしたいところですが……おや?」
銀の髪を高い位置で結い、袖が異様に長い踊り子のような衣装に身を包んだ女が、リヒト達を見て声を上げた。
「誰かと思えば、勇者様ではありませんか」
先頭で聖剣を構えるソラリアに向かって、女は優雅に人を食ったお辞儀をしてみせた。
後ろで見ていたリヒトは息を呑む。
「なんて怪しい格好なんだ。旅芸人でも始めるつもりなのか、あの人達。それに今時、正体を隠すためにお面を被るなんて流行らないぞ」
「リヒトさん、突っ込んではいけません。お面の人が傷付くでしょう」
ソラリアが真面目な顔をして言った。
「彼らもきっと好きでやっている訳ではないのです。陽動のため、わざと目立つ格好をしているのでしょう」
好き勝手に言う勇者とリヒトに、敵の男女二人組の顔がひきつる。
「ええい、私のセンスが分からないなんて、田舎者はこれだから!」
「俺は顔の傷を隠すために面をしているのだが……面のチョイスを誤ったのか?」
彼らは仮装のつもりではなかったらしい。
しかし生真面目なソラリアと感想を口走ったリヒトのせいで、せっかくの登場シーンがなんだか残念なことになっている。
銀髪の女が途中で我に返った。
「勇者様、私たちの結束を乱そうとしても意味はありませんよ!」
「誰もそこまで考えていません」
「……サザンカ、落ち着け」
「私はこれ以上ないほど落ち着いていますとも!」
男に呼び掛けられて、銀髪の女は腰に手をあてた。
彼女の名前はサザンカというらしい。
「私達を旅芸人と侮ったことを後悔させてあげましょう、歌鳥の勇者様」
女は両腕を広げて、長い袖を振った。
袖口から発生した炎がこちらに飛んでくる。
「そうはさせないんだから!薔薇守護塀 !」
アニスの瞳が紅く染まり、足元から魔力の薔薇が芽生える。
薔薇は太陽を求めるように高く上空へ伸びて、リヒト達の前に防壁を築いた。炎は薔薇の防壁にぶつかる。
「熱くない……?」
防壁の内側でリヒトは炎に向かって手を伸ばす。
触れれば火傷すると普通は思うだろう。しかしリヒトには大丈夫だという不思議な確信があった。
「前に出ないで、リヒト!」
アニスが聖剣を手にリヒトの行動をさえぎる。
壁を越えてきた火の粉は、リヒトの指をかすめて空中に消えた。
「そのまま防ぎなさい、アニス。今の内に手っ取り早く済ませましょう。この地に眠る災厄の獣よ、覚醒せよ」
詠唱を始めたソラリアに、リヒトはぎょっとした。
敵はすぐ目の前なのに広範囲に影響が及ぶ天魔のスキルを、ここで使おうというのか。しかも村の地下には確か……。
「ちょっと待てソラリア!」
「……災厄起動 !」
止める間もなくスキルが発動する。
大地を揺らす鳴動と共に、足元の地面がへこみ始める。
「勇者様、自分もろとも敵を倒そうなんて、見上げた心意気ですわ! ですが私達、残念ながら此処 にはいないんですの」
「なっ」
揺れる大地に動揺する様子もなく、サザンカは嘲笑した。
その姿が炎に熔けるように消える。
「まさか、幻?!」
やっぱりか、とリヒトは思った。
たとえスキルを発動していなくても、特殊な天魔の能力を持つリヒトは周囲の変化に敏感だ。心開眼 を発動していれば、絆の流れで敵が幻影だとすぐに看破できたかもしれない。
だが、もう気付いてもどうしようもない。
ソラリアが今さらのように呟いた。
「しまった。この技は範囲指定が難しいのでした」
「使ってから言わないで下さい!」
「大丈夫です、天魔を持つ者なら、この程度の試練は乗り越えられるでしょう」
「僕とレイルは一般人です!」
平然としている勇者ソラリアにリヒトは力いっぱい突っ込んだ。
ソラリアは軽く目を見開くと、すぐに慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
「それは、災難でしたね」
「災難で済むかーっ!!」
地面が割れて穴が開く。
逃げる場所もなく、リヒト達は崩落に巻き込まれた。
「落ーちーるー!!」
「メエエー」
その時、モコモコした生き物が上空を横切った。
浮遊生物の正体に気付いたアニスが目を見張る。
「リヒトの羊! 浮いてる?!」
行方不明だったメリーさんが巨大化して、何故か風船のように地面から数メートルの空中に浮いている。
いちはやくメリーさんを発見したアニスが真っ先に跳躍して、羊の上に飛び乗る。
「リヒト、ソラリアさん、早く!」
呼ばれたリヒトは瞳の色が変わらないように気を付けながら天魔を発動して筋力を補強し、背後にいたレイルを掴んでメリーさんへと放り投げる。
「えいっ」
「ほへああああっ?!」
情けない悲鳴を上げて飛んでいくレイル少年を、上空のメリーさんは小さな口で襟首をくわえて器用にキャッチした。すぐにアニスが腕を伸ばして、彼を羊の背中に引き上げる。
「リヒト!」
「アニス、レイルを頼む」
「メエメエ(重い)」
メリーさんは定員オーバーらしい。
羊がよたよた飛ぶのを見てリヒトは諦めた。どのみちジャンプしても、もう間に合わない。
「私は責任を取らないといけませんね」
暗い地面に吸い込まれる直前、飛び込んできたのは、淡い金髪を扇のように広げたソラリアだった。
彼女が何事か呟くと二人の周囲を光の殻がおおう。
激しい地震と岩なだれの音でかきけされたが、リヒトは彼女の唇から漏れる音の流れを聞いた。
「歌……?」
光の殻が岩に挟まれて泡のように弾けて消える。
衝撃と共に、リヒトの意識は闇に投げ飛ばされた。
揺らめく炎を凝視してリヒトは何かおかしいと思った。派手に炎が上がっている割には、火中の家屋や森の木々がそのまま立っている。
一方のソラリアは炎の先を見据えて警戒していた。
「油断しないでください……来ます」
その予言に、レイルが「勘弁してくれ」と嘆いてリヒトの後ろに回り込んだ。どうして勇者の後ろではなくリヒトの後ろなのだろう。
戦う術がないリヒトは背中に友人を庇ってゆっくり後ずさる。
間もなく、炎の中から明らかに普通ではない二人組が姿を表した。
「ここは、外れか。天魔の反応があったのだが」
ドクロの面を付け、手に長槍を持って全身を鎧で見に包んだ男が、くぐもった声で言った。
「貴方の探知スキルは聖剣も含めて反応してしまいますものね。その誤差を何とかしたいところですが……おや?」
銀の髪を高い位置で結い、袖が異様に長い踊り子のような衣装に身を包んだ女が、リヒト達を見て声を上げた。
「誰かと思えば、勇者様ではありませんか」
先頭で聖剣を構えるソラリアに向かって、女は優雅に人を食ったお辞儀をしてみせた。
後ろで見ていたリヒトは息を呑む。
「なんて怪しい格好なんだ。旅芸人でも始めるつもりなのか、あの人達。それに今時、正体を隠すためにお面を被るなんて流行らないぞ」
「リヒトさん、突っ込んではいけません。お面の人が傷付くでしょう」
ソラリアが真面目な顔をして言った。
「彼らもきっと好きでやっている訳ではないのです。陽動のため、わざと目立つ格好をしているのでしょう」
好き勝手に言う勇者とリヒトに、敵の男女二人組の顔がひきつる。
「ええい、私のセンスが分からないなんて、田舎者はこれだから!」
「俺は顔の傷を隠すために面をしているのだが……面のチョイスを誤ったのか?」
彼らは仮装のつもりではなかったらしい。
しかし生真面目なソラリアと感想を口走ったリヒトのせいで、せっかくの登場シーンがなんだか残念なことになっている。
銀髪の女が途中で我に返った。
「勇者様、私たちの結束を乱そうとしても意味はありませんよ!」
「誰もそこまで考えていません」
「……サザンカ、落ち着け」
「私はこれ以上ないほど落ち着いていますとも!」
男に呼び掛けられて、銀髪の女は腰に手をあてた。
彼女の名前はサザンカというらしい。
「私達を旅芸人と侮ったことを後悔させてあげましょう、歌鳥の勇者様」
女は両腕を広げて、長い袖を振った。
袖口から発生した炎がこちらに飛んでくる。
「そうはさせないんだから!
アニスの瞳が紅く染まり、足元から魔力の薔薇が芽生える。
薔薇は太陽を求めるように高く上空へ伸びて、リヒト達の前に防壁を築いた。炎は薔薇の防壁にぶつかる。
「熱くない……?」
防壁の内側でリヒトは炎に向かって手を伸ばす。
触れれば火傷すると普通は思うだろう。しかしリヒトには大丈夫だという不思議な確信があった。
「前に出ないで、リヒト!」
アニスが聖剣を手にリヒトの行動をさえぎる。
壁を越えてきた火の粉は、リヒトの指をかすめて空中に消えた。
「そのまま防ぎなさい、アニス。今の内に手っ取り早く済ませましょう。この地に眠る災厄の獣よ、覚醒せよ」
詠唱を始めたソラリアに、リヒトはぎょっとした。
敵はすぐ目の前なのに広範囲に影響が及ぶ天魔のスキルを、ここで使おうというのか。しかも村の地下には確か……。
「ちょっと待てソラリア!」
「……
止める間もなくスキルが発動する。
大地を揺らす鳴動と共に、足元の地面がへこみ始める。
「勇者様、自分もろとも敵を倒そうなんて、見上げた心意気ですわ! ですが私達、残念ながら
「なっ」
揺れる大地に動揺する様子もなく、サザンカは嘲笑した。
その姿が炎に熔けるように消える。
「まさか、幻?!」
やっぱりか、とリヒトは思った。
たとえスキルを発動していなくても、特殊な天魔の能力を持つリヒトは周囲の変化に敏感だ。
だが、もう気付いてもどうしようもない。
ソラリアが今さらのように呟いた。
「しまった。この技は範囲指定が難しいのでした」
「使ってから言わないで下さい!」
「大丈夫です、天魔を持つ者なら、この程度の試練は乗り越えられるでしょう」
「僕とレイルは一般人です!」
平然としている勇者ソラリアにリヒトは力いっぱい突っ込んだ。
ソラリアは軽く目を見開くと、すぐに慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
「それは、災難でしたね」
「災難で済むかーっ!!」
地面が割れて穴が開く。
逃げる場所もなく、リヒト達は崩落に巻き込まれた。
「落ーちーるー!!」
「メエエー」
その時、モコモコした生き物が上空を横切った。
浮遊生物の正体に気付いたアニスが目を見張る。
「リヒトの羊! 浮いてる?!」
行方不明だったメリーさんが巨大化して、何故か風船のように地面から数メートルの空中に浮いている。
いちはやくメリーさんを発見したアニスが真っ先に跳躍して、羊の上に飛び乗る。
「リヒト、ソラリアさん、早く!」
呼ばれたリヒトは瞳の色が変わらないように気を付けながら天魔を発動して筋力を補強し、背後にいたレイルを掴んでメリーさんへと放り投げる。
「えいっ」
「ほへああああっ?!」
情けない悲鳴を上げて飛んでいくレイル少年を、上空のメリーさんは小さな口で襟首をくわえて器用にキャッチした。すぐにアニスが腕を伸ばして、彼を羊の背中に引き上げる。
「リヒト!」
「アニス、レイルを頼む」
「メエメエ(重い)」
メリーさんは定員オーバーらしい。
羊がよたよた飛ぶのを見てリヒトは諦めた。どのみちジャンプしても、もう間に合わない。
「私は責任を取らないといけませんね」
暗い地面に吸い込まれる直前、飛び込んできたのは、淡い金髪を扇のように広げたソラリアだった。
彼女が何事か呟くと二人の周囲を光の殻がおおう。
激しい地震と岩なだれの音でかきけされたが、リヒトは彼女の唇から漏れる音の流れを聞いた。
「歌……?」
光の殻が岩に挟まれて泡のように弾けて消える。
衝撃と共に、リヒトの意識は闇に投げ飛ばされた。