02 丁寧にお願いしてみよう

文字数 2,524文字

 緑色の竜に似た魔物は、森の木々を薙ぎ倒しながら盛大な着地を披露する。リヒトが追い付いた時、魔物は、木の葉を散らしながら身を起こしたところだった。
 魔物は赤い目でリヒトを睨み、グルグルと唸る。
 間近で観察すると魔物の本体はそう大きくない。小舟のような胴体に、体長より大きなコウモリ型の翼が二対。合計四枚の大きな翼があるせいで、全体的には巨大に見える。
 四枚の翼を威嚇するように広げた魔物は、前屈みの前傾姿勢になると、牙を剥いてリヒトに突っ込んできた。

「おっと!」

 リヒトはひらりと空高く跳んで、近くの木の天辺の枝に着地する。

「うきゃああっ」

 一緒に来た幼馴染みの少女は、どんくさいことに魔物を見上げて硬直していた。咄嗟のことで判断が遅れているらしい。
 魔物はアニスに注意を引かれているようだ。少女に向かって突進を始める。その様子を見ながら、リヒトは木の枝を飛び移り、魔物の背中を目指した。

「アニス、囮役よろしくね!」
「ちょっと、リヒト! 覚えてなさいよー!」

 アニスは半泣きになりながら、襲いかかる魔物の頭を両手でがっちり受け止める。

「ぐぬぬ……!」

 魔物は唾を飛ばして噛み付こうとするが、少女の華奢な腕が猛攻を押し止める。
 魔物がアニスに躍起になっている隙に、リヒトは折れた木の枝を掴んでその背中に飛び降りた。

「ていっ」

 木の枝を魔物の首に叩き付ける。
 跳ね返るような感触と共に、木の枝の先端が微塵に砕けた。緑色の鱗に包まれた魔物の身体に、ダメージを与えた痕跡は無い。どうやら鱗は非常に硬いようだ。
 例の魔王の剣があれば切り裂けるだろうが、沢蟹を獲っている最中だったリヒトは、剣を野営地に置いてきていた。

「駄目か」
「グルル……」

 自分の上に乗った人間に気付いた魔物が、胴体をねじってリヒトを落とそうとする。振り落とされないようにバランスを取りながら、リヒトは心開眼(ディスクローズアイ)を使った。

 リヒトは困った時に心開眼(ディスクローズアイ)を使う癖がある。絆の糸が見える視界からは、色々な情報を読み取ることができる。その情報が窮地を救ってくれることがあるからだ。
 今回も無意識に天魔のスキルを発動させて、魔物を取り巻く絆の糸に目を凝らす。
 魔物からは複数本の絆の糸が伸びているが、それらは遠い空の向こうに繋がっている。おそらく糸の伸びる先には魔物の故郷があるのだろう。糸の先が近くに無いことから、魔物が遠方から来たことが窺える。
 糸の色は概ね、青白い。絆の種類によって色が変わったりするが、だいたいは爽やかな蛍光色だ。しかし一本だけ、禍々しい赤色の糸が混ざっている。

「うわ……あれ、切っちゃいたいな」

 リヒトは何だかムズムズした。
 髪の毛を整える時、不揃いな箇所があると気になるように、一本だけ違和感がある絆の糸を切り落としたくて仕方ない。

「……これはあらゆる(えにし)を断つ絶縁天魔の刃……チョキっとな」

 ちなみに天魔のスキルを使う時は皆、スキルの効果に合った詠唱をするが、詠唱は無しでもスキルは使うことができる。ただし、詠唱無しの場合は望む効果が出ない可能性が高い。スキルの効果の方向性を決めるのが詠唱の役割だからだ。
 自分に合った詠唱の文句は、魂に潜む天魔の欠片が教えてくれる。

 リヒトは適当な詠唱をしながら、二本の指をハサミに見立てて、赤く光る糸に手を伸ばす。
 刃物を使った方が確実に切れるのだが、手元に無いのだから仕方ない。糸が固くて切りにくかったが、アニスが動きを封じてくれている間に何とか切り離す。

「わっ?!」

 糸が切れた途端、魔物は急に力強く暴れた。
 衝撃でリヒトとアニスは撥ね飛ばされる。

「グオオオ!……ヒツジ、タベタイ……」

 魔物は謎の鳴き声を上げて一歩踏み出すと、ガクリと倒れ伏した。
 地面に投げ出されたリヒトはすぐに立ち上がり、倒れて動かない魔物に歩み寄る。

「気のせいかな。羊飼いとしては見過ごせない台詞が聞こえたけど」
「リヒト、羊の事となると途端に過激になるよね」

 アニスも服から土埃を払いながら魔物に近付いて覗き込んだ。
 コンアーラ帝国まで乗せて行けと、言うことを聞かせなければいけない。彼女の天魔のスキルで、魔物を支配できれば……。

「鱗が邪魔で吸血できないよ」
「何だって?!」

 せっかく空飛ぶ魔物を捕まえても、操ることができなければ目的は達成されない。

「おーい、お前ら、何してんだ!」

 その時、野営地で焚き火の番をしていたスサノオが、騒ぎに気付いたのかやって来た。彼は倒れた魔物とリヒト達を交互に見て、呆れた顔をする。
 スサノオは鞘に入った剣をリヒトに向かって投げた。トラブルで戻れないことも想定していたのだろう、荷物の一部を持って来てくれたらしい。

「せっかく剣を持ってきてやったのに、もう意味なさそうだな」
「いや……」

 リヒトは魔剣を受けとると、魔物を横目で見た。

「この魔物に、コンアーラ帝国へ連れて行って欲しいと丁寧にお願いしてみよう。頼み込んで無理だったら、解体して夕食に……」
「剣を抜きながら言うなよ! 頼みっていうか、脅しだろうそれは!」

 蒼い鉱石で出来た刃が、鞘から顔を覗かせる。
 剣をさげて魔物の傍に立つリヒト。
 地面に腹這いになっていた魔物が突然、震えだした。

「……オネガイー、コロさないでー、オレはニンゲンだよー」

 発音がおかしいが、台詞の後半は何とか聞き取れる。
 リヒト達は顔を見合わせた。

「気のせいか……? 魔物が人の言葉を喋ったような」
「アニスも聞いた!」
「言葉を話す魔物も世の中にはいるよ。けど、自分が人間だと言う魔物には、初めて会ったな」

 抜き身の剣を持ったままリヒトは屈んで、目を開けた魔物の頭の横に片膝を付いた。

「よし。自分が人間だという理由を、200文字以内で簡潔に説明してください」
「短けえよっ!」

 スサノオが思わず突っ込みを入れ、魔物は恐怖にガタガタ震えた。

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登場人物紹介

リヒト


主人公。灰茶色の髪に紺色の瞳で、大人しい雰囲気の細身の少年。

一般人を自称するが、そのマイペースぶりは一般人の枠を超えている。

空気を読んでいるようで読まずに周囲の思惑とずれた発言をするが、

薄情なようで人情に厚く、人当たりが良い癖に飄々とした性質は不思議と人に好かれる。

羊を愛し、自分の天職は羊飼いであると思っている。

ソラリア


腰まで伸びた淡い金髪と水色の瞳に冴えた美貌の、涼しげな印象の少女。

ランクの高い天魔の能力を持ち、鳥達を操ることから聖女と崇められている。

実は鳥の魔物(ハーピー)達に育てられた過去を持つ。

友達はカラスだけ、人間は信じられず、生きるために教会を利用していたが、

リヒトとの出会いによって少し考えが変わってきたようである。

メリーさん


リヒトの飼っている羊。

人の言葉を理解しており、リヒト達の会話に突っ込みを入れているが、

読者以外は誰も彼女の言葉の意味に気付いていない。

普通の羊より小柄な体格で真っ白で綺麗好き。いつでもふわふわ。

巨大化したり分裂したりする。羊だが手紙も食べる。

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