02 羊さんマスターを目指して

文字数 2,361文字

 どうやらリヒト達はコンアーラ帝国に漂着したらしい。
 しかし、今まさに虐げられていた天魔の能力者が反旗を翻し、革命を成功させ、コンアーラ帝国は天魔の国になったという。
 演説していた全身黒い鎧に身を包んだ男は、広場をぐるりと見渡してリヒト達に気付いた。

「む、お前達は」
「あなたはまさか魔王信……わっ」

 何か言いかけたソラリアの腕をリヒトは強く引っ張った。
 そのまま手を繋ぐと、ソラリアは目を丸くする。
 ガシャガシャと鎧を鳴らしながら大股で歩み寄って来る男に、リヒトは愛想笑いを浮かべた。

「なんだ? 見たところ街の者ではないようだが」

 コンアーラ帝国では裾の長い刺繍がされた衣服が一般的なようであるが、リヒト達の格好は明らかにその中で浮いていた。
 異国の者だと見ただけで分かるだろう。

「僕は姉さんと一緒に旅をしています」
「ほう。どこから来た? その格好は近辺では見かけないが」
「カーム大陸から海を渡って……姉さんが天魔を持っていたから、故郷にいられなくなったんです」

 嘘と本当をおり混ぜたリヒトの説明は、男に矛盾なく受け入れられたらしい。
 黒くてゴツい兜を被っているせいで表情が見えないが、男の視線が柔らかくなった。

「そうか、はるばる旅してきたのか、同胞よ。今、このコンアーラ帝国は天魔のものとなった!」
「本当ですか?! じゃあ姉さんはここでは苛められないんだね!」

 リヒトは調子を合わせる。
 勝手に姉にされたソラリアが困った顔をしているが、何も言わない。彼女も様子見しようと思っているようだ。

「そうだ。今日は記念すべき日となるだろう。俺と一緒に来い。住む場所や先立つものを用意してやろう」
「ありがとうございます!」

 小型化した羊を服の中に入れて隠しながら、リヒトは感謝を述べた。
 そっとソラリアの手を離そうとすると、逆に握り返される。男が離れた隙を見て彼女は「お姉さん……ふふ、素敵な響きです」と上機嫌で囁いた。




 黒い鎧の男はアルウェンと名乗った。
 アルウェンは、リヒトとソラリアを街の中で最も大きな建物に案内する。そこは革命を起こした者達が占領した春天楼という建物で、元の住人は逃げ出してしまったらしい。何でも好きに使えと彼は言った。
 夕食までの間、リヒトとソラリアは、建物内を散策して使えそうな服や金銭を探した。気分は火事場泥棒だ。

 日が落ちた頃に、リヒト達はアルウェンと合流した。
 食事の前にアルウェンはずっと被ったままだった兜を取る。
 兜の下から現れた顔にリヒトは驚いた。
 声も低いし体格が良いから、男だとばかり思っていた。しかし、兜の下から現れたのは気の強そうな女性の顔であった。彼女は豊かな黒髪を三つ編みにしていた。兜を脱ぐと同時に、尻尾のような髪が背中で跳ねる。

「俺の顔に何か付いているか?」
「いえ、何でもないです!」

 凝視してしまったリヒトは慌てて首を振る。
 一人称が「俺」か。きっと性別に突っ込んではいけないのだろう。

「それより、お腹がすきました。夕飯は何でしょう?」

 夕食は焼き肉だった。
 分厚い肉と少ない野菜を鉄鍋で炒めた料理が、テーブルの中央にどんと置かれる。肉一切れがブロックのような塊で、一口で頬張るのは難しそうだ。料理の上にはスパイスらしい草の種が振りかけられている。
 各自の前には麺の入ったスープも置かれた。焼き肉はおかず扱いのようだ。それにしても量が多い。
 湯気を立てている肉をつついて、リヒトはアルウェンに尋ねる。

「これは何の肉ですか?」
「羊の肉だ」

 リヒトの服の下で、羊のメリーさんが悲鳴を上げた気配がした。

「コンアーラでは羊肉を良く食べるのだ。肉の臭みを抑えるために、林檎を使用したタレに浸けこんで、炭火でじっくり焼く。野菜は肉汁を付けて食べるんだ。美味いぞ!」

 服の下でメリーさんがガタガタ震える。
 小型化していて良かったかもしれない。

「この二本の棒は食器ですか?」

 ソラリアが質問したので、リヒトは箸を持ち上げかけて途中で止めた。アントイータもそうだが、リヒト達の住む地方ではスプーンやフォークが一般的だ。
 実は両親がコンアーラの西にある国の生まれなので、リヒトは箸の使い方を知っていた。
 しかし、今はソラリアの弟でカーム大陸出身という設定だ。箸を使えるのはおかしい。

「これで麺をつまむ? 罰ゲームか何かですか? それとも私への挑戦……」
「お、落ち着いて姉さん!」
「カーム大陸では箸を使わないか。レンゲなら使えるか?」

 アルウェンは、今にも爆発しそうなソラリアに、白い陶器でできたスプーンを渡した。
 ソラリアは見慣れない形のスプーンを真剣な顔で睨んでいる。
 悩んでいる彼女をおいて、アルウェンとリヒトは会話を弾ませた。

「これから俺達はコンアーラ帝国を変えていく。貧しい者も天魔を持つ者も、誰でも等しく羊肉を腹一杯食べられる豊かな国にするのだ」
「羊肉は美味しいですからね。僕、いつか羊さんを沢山飼いたいと思ってるんです」
「素敵な夢だ。羊が好きな君なら、西の遊牧民と気が合うかもしれないな」

 コンアーラの西の草原に、羊を遊牧しながら移動を続ける民族が住んでいるらしい。リヒトは目を輝かせた。

「僕、その遊牧民に会ってみたいです!」
「君にその気があるなら親善大使を任せようか。新生コンアーラ帝国について遊牧民に伝えて、今までより羊肉を多く売ってくれと交渉する役目だ」
「わお!」

 西の方には両親が生まれた国もある。
 リヒトは本気で親善大使になって遊牧民に会いに行きたいと、アルウェンに頼み込んだ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

リヒト


主人公。灰茶色の髪に紺色の瞳で、大人しい雰囲気の細身の少年。

一般人を自称するが、そのマイペースぶりは一般人の枠を超えている。

空気を読んでいるようで読まずに周囲の思惑とずれた発言をするが、

薄情なようで人情に厚く、人当たりが良い癖に飄々とした性質は不思議と人に好かれる。

羊を愛し、自分の天職は羊飼いであると思っている。

ソラリア


腰まで伸びた淡い金髪と水色の瞳に冴えた美貌の、涼しげな印象の少女。

ランクの高い天魔の能力を持ち、鳥達を操ることから聖女と崇められている。

実は鳥の魔物(ハーピー)達に育てられた過去を持つ。

友達はカラスだけ、人間は信じられず、生きるために教会を利用していたが、

リヒトとの出会いによって少し考えが変わってきたようである。

メリーさん


リヒトの飼っている羊。

人の言葉を理解しており、リヒト達の会話に突っ込みを入れているが、

読者以外は誰も彼女の言葉の意味に気付いていない。

普通の羊より小柄な体格で真っ白で綺麗好き。いつでもふわふわ。

巨大化したり分裂したりする。羊だが手紙も食べる。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み