05 戦う理由
文字数 2,644文字
村の地下には元から天然の洞窟があった。
地盤を破壊したソラリアの一撃は、どうやら別の、村人が知らなかった洞窟へ通路をつなげてしまったらしい。地下に落ちて暗闇をさまようリヒト達は、間違って未知の洞窟に踏み込んでしまったのだ。
発光する古代の壁画を眺めながら歩いていたリヒトは、何か小石を蹴飛ばした。単なる石かと思ったのだが、視線を地面に向けると金属の細工物が見えた。
「イヤリング……?」
拾い上げて目の前に持ってくると、それは凝った細工の耳飾りだった。
金の三日月が抱え込むように小さな青い宝玉が飾られている。
青い宝玉は、中心に獣の瞳孔のような縦に伸びた光の筋が入っていた。
「あら綺麗」
「あげるよ」
「良いんですか?」
「拾い物は拾った人のものだ。僕は男だから飾りは付けないし」
リヒトは拾った耳飾りをソラリアに渡した。本来2個で一対のはずの耳飾りは、片方は紛失したのか、地面を見回してももう1個は見当たらない。
ソラリアは嬉しそうに耳元をいじりだした。早速付けてみるつもりらしい。立ち止まっていると、彼女の肩のカラスが警告するように「カアカア」と鳴いた。
「……念のため、勇者様を追ってきてみれば、目的のアイテムも見つかるとは運が良いですわ」
振り向くと空中を飛ぶ数個の鬼火と共に、袖の長い衣装を着た女が姿を現す。村を襲っていた敵の1人、サザンカだ。
「わざわざ追ってきたのですか。暇なんですね」
「言うじゃないですか、勇者様。私は、あなたのような女は好きではないのですが一応聞きますわ。私達と一緒に来るつもりはなくて?」
お互いの姿が目に入る距離で足を止めると、サザンカとソラリアは向かい合う。二人の間に緊張感が漂った。
「魔王信者に私が協力する訳がありません。寝言は寝て言って下さい」
「いえいえ勇者様、協力する理由はありましてよ。だって私達は同じ天魔の能力者。人の世界から拒絶された者同士」
今の世界は生きづらくないですか?
彼女はそう言って、小首を傾げてみせる。
高く結い上げた銀の髪にささった簪 がしゃらりと揺れた。
「歌鳥の勇者様。あなたはハーピーという魔物に育てられたと聞きました。天魔の能力を持つがゆえに、人間に育ててもらえなかったのでしょう。あなたは捨てられた。なのに何故、人間に味方するのです?」
「黙りなさい」
「いいえ、黙りませんとも。私達が目指すのは、天魔が自由に生きられる世界です。勇者ソラリア、あなたはこの理想を否定できるというの?」
ソラリアは苦しい顔をする。
敵の言う事とはいえ、サザンカの言葉には一定の説得力があった。確かに天魔の能力者は人間の味方なら勇者と祭り上げられ、人間の敵なら悪魔と迫害され、周囲の思惑に振り回される。
リヒトの両親もそれが嫌だから山奥に逃げてきたのだ。リヒト自身も天魔の能力を隠してきたのは、面倒を嫌ってのこと。
ふうっ、とリヒトは息を吐いた。
膠着した二人の会話に割って入る。
「お姉さん、魔王信者だか何か知らないけど、滅茶苦茶になった僕の村の弁償はしてくれるんだろうね。特に羊小屋は高くつくよ」
「君は、スキルを持っていない一般人ね。私達の間に割り込むなんて、勇気があるわね」
サザンカは割り込んだリヒトを確認するように見ると、こちらを軽んじる態度を見せる。
鑑識のスキルは持っている人が多いと聞いたことがある。サザンカもその能力を持っているのか、リヒトを見て一般人だと判断したようだ。
「リヒト」
ソラリアが「下がってください」と言うのを、リヒトは聞かなかったことにした。
「羊さんと平和な村の生活をおびやかすような悪党に、正義を愛する勇者様が協力するはずがない! そうだよね、ソラリア?」
「え?! ええ、そうですね」
途中で同意を求められて、ソラリアは勢いに飲まれたように頷く。「羊…?」と呟く彼女をリヒトは無視する。
「どんな大義名分を掲げようが、やってることは盗人と変わらないじゃないか。天魔の能力を持つってことは、そんなに特別なことなのか?」
何も特別なことは無いと、そうリヒトは母親に教わった。
普通とは違うと自分を憐れんで、被害者になっても、加害者になってもいけない、と。
「一般人の癖に分かったような事を言うのはやめなさい!」
「ああ、そうだ、僕は一般人だ。誰が何と言っても」
ありきたりの平穏な日常を生きて欲しいと、亡き両親がそう願った。だからリヒトは自分は一般人でありたいと思う。
自分に宿る天魔の正体を知った今、その思いはますます高まるばかりだ。
魔王の復活だなんて、他ならぬ魔王自身は全然望んでいない。
サザンカは昔の部下の天魔なのかもしれないが、お節介も良いところだ。
「真っ先に死にたいようね!」
リヒトに挑発されたと受け取ったサザンカは、長い袖口から取り出した針のような武器を投げつけてくる。リヒトの目の前の空中で、それらはソラリアの聖剣によって弾き飛ばされた。
「彼に攻撃するのなら、あなたは私の敵です!」
ソラリアは覚悟を決めたようだ。
彼女は武器を構えてサザンカに斬りかかった。
「あはははっ! どこに向かって剣を振り回しているんですの?!」
剣が迫っても動かないサザンカが、聖剣に切り裂かれて陽炎のように消える。
すぐ近くで彼女は再び姿を現した。
ソラリアが斬りかかる。
姿が消える。
数度、それを繰り返した。
きりがない。
「くっ。洞窟の外であればカラス達に応援を頼むのですが」
息を弾ませてソラリアは剣を構えた。
空振りするとその分、体力を消耗する。
「他愛もないですわ! 噂の歌鳥の勇者様も大したことはないですわね!」
高笑いを上げるサザンカが、一際、大きく腕を振り上げて炎を放とうとする。炎を放つ直前、その姿が唐突に歪んで消えた。
今までいた場所から遠く離れた壁際の、何もない空間にサザンカが現れる。それは、これまでの計画的な回避と異なり予想外のようだった。
彼女はナイフが突き刺さった肩から血を流している。
「なぜ、私の場所が……?!」
「僕に幻は通用しない」
作業用のナイフを投てきしたリヒトを見つけて、サザンカは目を見開く。
静かな戦意をたたえたリヒトの瞳は、妖しく輝く蒼に染まっていた。
地盤を破壊したソラリアの一撃は、どうやら別の、村人が知らなかった洞窟へ通路をつなげてしまったらしい。地下に落ちて暗闇をさまようリヒト達は、間違って未知の洞窟に踏み込んでしまったのだ。
発光する古代の壁画を眺めながら歩いていたリヒトは、何か小石を蹴飛ばした。単なる石かと思ったのだが、視線を地面に向けると金属の細工物が見えた。
「イヤリング……?」
拾い上げて目の前に持ってくると、それは凝った細工の耳飾りだった。
金の三日月が抱え込むように小さな青い宝玉が飾られている。
青い宝玉は、中心に獣の瞳孔のような縦に伸びた光の筋が入っていた。
「あら綺麗」
「あげるよ」
「良いんですか?」
「拾い物は拾った人のものだ。僕は男だから飾りは付けないし」
リヒトは拾った耳飾りをソラリアに渡した。本来2個で一対のはずの耳飾りは、片方は紛失したのか、地面を見回してももう1個は見当たらない。
ソラリアは嬉しそうに耳元をいじりだした。早速付けてみるつもりらしい。立ち止まっていると、彼女の肩のカラスが警告するように「カアカア」と鳴いた。
「……念のため、勇者様を追ってきてみれば、目的のアイテムも見つかるとは運が良いですわ」
振り向くと空中を飛ぶ数個の鬼火と共に、袖の長い衣装を着た女が姿を現す。村を襲っていた敵の1人、サザンカだ。
「わざわざ追ってきたのですか。暇なんですね」
「言うじゃないですか、勇者様。私は、あなたのような女は好きではないのですが一応聞きますわ。私達と一緒に来るつもりはなくて?」
お互いの姿が目に入る距離で足を止めると、サザンカとソラリアは向かい合う。二人の間に緊張感が漂った。
「魔王信者に私が協力する訳がありません。寝言は寝て言って下さい」
「いえいえ勇者様、協力する理由はありましてよ。だって私達は同じ天魔の能力者。人の世界から拒絶された者同士」
今の世界は生きづらくないですか?
彼女はそう言って、小首を傾げてみせる。
高く結い上げた銀の髪にささった
「歌鳥の勇者様。あなたはハーピーという魔物に育てられたと聞きました。天魔の能力を持つがゆえに、人間に育ててもらえなかったのでしょう。あなたは捨てられた。なのに何故、人間に味方するのです?」
「黙りなさい」
「いいえ、黙りませんとも。私達が目指すのは、天魔が自由に生きられる世界です。勇者ソラリア、あなたはこの理想を否定できるというの?」
ソラリアは苦しい顔をする。
敵の言う事とはいえ、サザンカの言葉には一定の説得力があった。確かに天魔の能力者は人間の味方なら勇者と祭り上げられ、人間の敵なら悪魔と迫害され、周囲の思惑に振り回される。
リヒトの両親もそれが嫌だから山奥に逃げてきたのだ。リヒト自身も天魔の能力を隠してきたのは、面倒を嫌ってのこと。
ふうっ、とリヒトは息を吐いた。
膠着した二人の会話に割って入る。
「お姉さん、魔王信者だか何か知らないけど、滅茶苦茶になった僕の村の弁償はしてくれるんだろうね。特に羊小屋は高くつくよ」
「君は、スキルを持っていない一般人ね。私達の間に割り込むなんて、勇気があるわね」
サザンカは割り込んだリヒトを確認するように見ると、こちらを軽んじる態度を見せる。
鑑識のスキルは持っている人が多いと聞いたことがある。サザンカもその能力を持っているのか、リヒトを見て一般人だと判断したようだ。
「リヒト」
ソラリアが「下がってください」と言うのを、リヒトは聞かなかったことにした。
「羊さんと平和な村の生活をおびやかすような悪党に、正義を愛する勇者様が協力するはずがない! そうだよね、ソラリア?」
「え?! ええ、そうですね」
途中で同意を求められて、ソラリアは勢いに飲まれたように頷く。「羊…?」と呟く彼女をリヒトは無視する。
「どんな大義名分を掲げようが、やってることは盗人と変わらないじゃないか。天魔の能力を持つってことは、そんなに特別なことなのか?」
何も特別なことは無いと、そうリヒトは母親に教わった。
普通とは違うと自分を憐れんで、被害者になっても、加害者になってもいけない、と。
「一般人の癖に分かったような事を言うのはやめなさい!」
「ああ、そうだ、僕は一般人だ。誰が何と言っても」
ありきたりの平穏な日常を生きて欲しいと、亡き両親がそう願った。だからリヒトは自分は一般人でありたいと思う。
自分に宿る天魔の正体を知った今、その思いはますます高まるばかりだ。
魔王の復活だなんて、他ならぬ魔王自身は全然望んでいない。
サザンカは昔の部下の天魔なのかもしれないが、お節介も良いところだ。
「真っ先に死にたいようね!」
リヒトに挑発されたと受け取ったサザンカは、長い袖口から取り出した針のような武器を投げつけてくる。リヒトの目の前の空中で、それらはソラリアの聖剣によって弾き飛ばされた。
「彼に攻撃するのなら、あなたは私の敵です!」
ソラリアは覚悟を決めたようだ。
彼女は武器を構えてサザンカに斬りかかった。
「あはははっ! どこに向かって剣を振り回しているんですの?!」
剣が迫っても動かないサザンカが、聖剣に切り裂かれて陽炎のように消える。
すぐ近くで彼女は再び姿を現した。
ソラリアが斬りかかる。
姿が消える。
数度、それを繰り返した。
きりがない。
「くっ。洞窟の外であればカラス達に応援を頼むのですが」
息を弾ませてソラリアは剣を構えた。
空振りするとその分、体力を消耗する。
「他愛もないですわ! 噂の歌鳥の勇者様も大したことはないですわね!」
高笑いを上げるサザンカが、一際、大きく腕を振り上げて炎を放とうとする。炎を放つ直前、その姿が唐突に歪んで消えた。
今までいた場所から遠く離れた壁際の、何もない空間にサザンカが現れる。それは、これまでの計画的な回避と異なり予想外のようだった。
彼女はナイフが突き刺さった肩から血を流している。
「なぜ、私の場所が……?!」
「僕に幻は通用しない」
作業用のナイフを投てきしたリヒトを見つけて、サザンカは目を見開く。
静かな戦意をたたえたリヒトの瞳は、妖しく輝く蒼に染まっていた。