04 だんだん謎が解けてくる

文字数 2,139文字

 リヒトが部屋に足を踏み入れると、老人は開き直って叫んだ。

「わしは何にも悪くない! 効果を確かめずに薬を買う方が悪いのだ!」
「うん。確かにその通りだね」

 リヒトはにっこり笑って頷いた。後ろで床にお座りした羊が毛繕いを始める。緊迫感のない平和な光景である。
 老人は安心したようだ。

「そ、そうじゃ。小僧は物わかりが良いではないか」
「お爺さんは何も悪くないよ。薬の効果が分かっていないコンアーラ帝国の人達が魔物になって、沢山の人達が犠牲になっても、そりゃ僕にもお爺さんにも関係ないもの」
「う……なぜだかチクチク心に刺さる……!」
「……リヒト、先ほどから言っている薬とは?」

 事情を知らない(忘れている)ソラリアが、問いかけてくる。
 リヒトは答えて説明した。

「コンアーラ帝国の人達は騙されて、薬を飲んで魔物になってしまったんだ。その魔物たちが操られて、教会本部のジラフを襲撃していたみたい」
「なるほど。ジラフから派遣された勇者の私は、魔物の国と化したコンアーラ帝国を滅ぼすように命じられています」
「そうなんだ。じゃあお爺さんの薬で、国ひとつが滅んでしまうんだね! でも騙された帝国の人達の自業自得だから、放っておいても良いよね!」
「そうですね」

 ソラリアとリヒトは、楽しそうに笑いあった。
 話を聞いていた老人は脂汗を流して絶句する。

「な、なんじゃと。それは本当か。わしの作った薬が……」

 急に震えだした老人に向かってリヒトは歩みを進める。
 片手に持った魔王の剣を、鞘からゆっくり抜く。
 蒼い鉱石の刃が明かりを反射してキラリと光った。

「お爺さんは何も悪くないよ……でも、災いの元はここで絶っておくべきだよね」
「ま、待ってくれ!」
「どうして? これはお爺さんの自業自得でしょう。お爺さんは自分の薬がどんな影響を及ぼすか確かめずに、魔王信者に渡したんだから」
「!」

 最初に聞いた「効果を確かめずに薬を買う方が悪い」という言葉を混ぜ返すと、老人は目を見開いて蒼白になった。
 その眼前に剣の切っ先を突きつける。

「そう……自業自得と他人を突き放したら、今度は自分が助けてもらえなくなる。世の中って、そういうものだよね。自分の行動の結果、苦しむ誰かを想像できないなら……それは自業自得なんだ」

 静かな船室の中に、リヒトの言葉は冷たく響いた。
 老人は腰を抜かして床にへたりこむ。

「……わ、わしが悪かった。頼む、命だけは助けてくれ……! 何でもする」
「じゃあ、魔物から人間に戻す薬を作って下さい。もしくは、魔物を人間に戻す方法を教えて下さい」

 額を床にこすりつける勢いで謝り出した老人を見て、リヒトは剣を鞘に収めた。本気で老人を切るつもりは無かったのだ。
 本心から反省したかは定かではないが、老人の態度は殊勝になった。

「分かった、が、ひとつだけ訂正させてくれ。わしが作ったのは人間を魔物に変える薬ではなく、人間に潜む天魔の力を増幅する薬じゃ」

 老人はよろめきながら立ち上がって言う。
 リヒトとソラリアは疑問に思った。

「天魔の力を増幅する薬? それが何故、人を魔物に変えるのです」
「それを説明するには天魔について語らねばならん」

 ソラリアの問いかけに、老人は仔細を語り出した。

「よく知られている伝説では、最後の魔王を倒した聖女シエルウィータが天魔を封印し、人間が地上の支配権を握ったことになっておる……しかし、おそらく実際は違う」
「違う?」

 この世界の誰もが知るおとぎ話。
 魔王と勇者の戦い。
 そして最終的に人ならざる天魔は世界の裏側に封印されたのだと。
 そう、リヒトも聞いていたのだが。

「わしは文献を紐解き、密かにジラフの神官に話を聞いて、天魔の正体を推察した。天魔とは、人間と獣の両方の姿を持つもの。この絵を見てみい、下におる人間や竜が天魔じゃ」

 老人は壁に掛かった絵を指差した。
 黄ばんだ紙には暗い色使いでいくつかの絵が描かれている。それは複数の人間と、翼の生えた動物、竜などが並んで武器を上に向かって掲げている様子だった。
 人々の上には雲が描かれ、雲には魚のような、よく分からない生き物がのたうっている。

「では、これは何じゃ。古い壁画に必ず登場する、謎の魚。これらは絵の中で必ず天魔と戦っておる。そう、天魔は人間と戦っておったのではなく、この魚と戦っておったのじゃ。天魔が滅びた理由は人間に倒されたのではなく、魚と相討ちとなったからかもしれぬ。そう考えると、封印された対象は、天魔ではなく魚だと考えるのが自然であろう」

 老人の解説に熱が入る。
 リヒトやソラリアも、いつの間にか熱弁に聞き入っていた。

「人間は天魔を封印したのではない! 異形の魚を封印するため、人間と天魔は共に戦ったのじゃ! わしらは人間と天魔との間に生まれた子孫なのじゃよ!」

 だから、人間の間に天魔の能力者が生まれるのだ。今に生き残る全ての人間は、天魔の子供でもある。
 故に天魔の欠片は人を人でない魔物に変える。
 天魔とは、人と獣の両方の姿を持つ者だからだ。


 
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登場人物紹介

リヒト


主人公。灰茶色の髪に紺色の瞳で、大人しい雰囲気の細身の少年。

一般人を自称するが、そのマイペースぶりは一般人の枠を超えている。

空気を読んでいるようで読まずに周囲の思惑とずれた発言をするが、

薄情なようで人情に厚く、人当たりが良い癖に飄々とした性質は不思議と人に好かれる。

羊を愛し、自分の天職は羊飼いであると思っている。

ソラリア


腰まで伸びた淡い金髪と水色の瞳に冴えた美貌の、涼しげな印象の少女。

ランクの高い天魔の能力を持ち、鳥達を操ることから聖女と崇められている。

実は鳥の魔物(ハーピー)達に育てられた過去を持つ。

友達はカラスだけ、人間は信じられず、生きるために教会を利用していたが、

リヒトとの出会いによって少し考えが変わってきたようである。

メリーさん


リヒトの飼っている羊。

人の言葉を理解しており、リヒト達の会話に突っ込みを入れているが、

読者以外は誰も彼女の言葉の意味に気付いていない。

普通の羊より小柄な体格で真っ白で綺麗好き。いつでもふわふわ。

巨大化したり分裂したりする。羊だが手紙も食べる。

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