04 天魔の正体
文字数 2,053文字
水上都市ジラフの中心にある大聖堂。
大聖堂はいくつもの建物が連結して一つの建物となっているが、それゆえに内部は複雑怪奇な迷路のようになっている。中には出入りしている神官達も知らない場所があった。
ここも一部の関係者しか知らない場所だ。
屋根裏部屋のような、その場所の中心には複雑な構造の巨大な筒が設置されている。円筒形の物体は、台座のからくりで傾きを変えられるようになっていた。
古くからあるこの装置は、人が星を観測するために造り出した、望遠鏡というものらしい。しかし、今は存在を忘れ去られ、表面に幾多の埃が降り積もっている。
望遠鏡の側面に片手を置き、仮面の男は天窓を見上げて呟いた。
天窓からは淡い月の光が射し込んでいる。
「……天魔の剣が持ち去られた」
彼は聖骸教会のトップに立ち、司教と呼ばれている。
部屋には彼以外に誰もいない。
一人言かと思われた呟きに、しかし虚空から答えが返る。
『使い手が現れたのか。それは、あの天魔か』
「違いないだろう。我らをこの世界から切り離した、かの天魔の王にしか、天魔の剣は扱えん」
司教は見えない相手の疑問に答えた。
「また、西に不穏な動きがある。天魔どもが国を支配して、戦争を仕掛けてきたようだ」
『おお……ようやく境界が薄くなり、干渉できるようになったというのに。忌々しい天魔どもめ』
虚空から響く声は苛立ちを含んでいる。
声を宥めるように、司教は淡々と言った。
「問題ない。西の天魔どもの国は聖女に滅ぼさせよう。天魔の剣については……既に手を打ってある」
聖女シエルウィータが残した組織を利用して、彼は準備を整えてきた。長い年月を掛けて少しずつ天魔達を弱体化させ、管理できる仕組みを整えてきたのだ。
魔王信者達が悪足掻きをしようが、天魔の剣の使い手が復活しようが、未来は変わらない。
司教の口ぶりからそれが確信できたのか、声は「そうか」と満足そうに相槌を打って消える。やがて、天窓の光は陰って部屋は暗闇に閉ざされた。
四枚の翼を持つ竜に似た魔物、フェイに乗って、リヒト達はコンアーラ帝国を目指すことにした。途中でバブーンの海際の街に寄ることになっている。そこでスサノオと別れる予定だ。
スサノオは故郷が魔物に襲われていないか、気が気でないらしい。
「悪いな、リヒト。最後まで付き合ってやれなくて」
謝ってくるスサノオに、リヒトは「気にしないで」と手を振った。彼は真面目な顔でリヒトを見る。
「そういえば、礼を言ってなかったな。クラーケンとの戦いでは、世話になった」
「僕はソラリアを手伝っただけだよ。礼はソラリアに言って」
「いや、お前にも感謝してるんだ。モモと話してくれただろ?」
スサノオを助けて戦おうと言い出したのはソラリアだった。リヒトはただ協力しただけだ。しかし、スサノオはリヒトに礼をしたいのだと言う。
少し考えてリヒトは、宿屋の娘と最後に交わした会話を思い出した。
「戦いが終わったら二人で話せ、って言ってくれたんだって? おかげで俺はモモと話して誤解を解くことができた」
「良かったね」
「ああ。それだけじゃない、モモが天魔が危険なモノじゃないと街の人を説得してくれたんだ。そのおかげで多少、居心地が良くなった」
スサノオがクラーケンから街を救うために戦ったことを、人々は理解してくれたのだという。頭の固い一部の人を除いて、概ね好意的になったそうな。
「教会の連中は、天魔の能力者と一般人との間に境界線を引きたがるが、俺は共存ができると思う。きっかけさえあれば、俺達は一緒に生きていける」
「……うん」
リヒトは微笑んで頷いた。
時間が掛かるかもしれないし、そこに至るまでは平坦な道のりでは無いかもしれない。けれどリヒトは可能性を信じたかった。
途中まで真剣な様子で話していたスサノオだが、この話はここで終わりと言わんばかりに声のトーンを楽天的に変える。
「ところで話は変わるが、リヒト、お前の天魔はいったい何なんだ?」
「え? 何って?」
唐突に話題が変わって、リヒトはきょとんとした。
アニスが「私も聞きたいー!」と言って背後から抱きついてくるのを、リヒトは振り払わずに好きにさせる。彼女はリヒトにとって妹のようなものだ。特別、異性だと意識していない。
「ほら、天魔の正体だよ。だいたい強力なスキルを持ってる奴は、天魔に名前がある」
例えば薔薇吸血姫 、例えば災禍鳥魔女 など。天魔の欠片は、宿主に力の使い方と自分の種族名や二つ名を教えてくれる。
リヒトの場合は……。
「恥ずかしがって、名前、教えてくれなかったんだ」
「は?」
スサノオは眉間にシワを寄せた。
「どういう意味だ」
リヒトは曖昧に笑ってごまかした。
自分が魔王信者達の追っている魔王だと告白するのは、さすがにハードルが高かった。
大聖堂はいくつもの建物が連結して一つの建物となっているが、それゆえに内部は複雑怪奇な迷路のようになっている。中には出入りしている神官達も知らない場所があった。
ここも一部の関係者しか知らない場所だ。
屋根裏部屋のような、その場所の中心には複雑な構造の巨大な筒が設置されている。円筒形の物体は、台座のからくりで傾きを変えられるようになっていた。
古くからあるこの装置は、人が星を観測するために造り出した、望遠鏡というものらしい。しかし、今は存在を忘れ去られ、表面に幾多の埃が降り積もっている。
望遠鏡の側面に片手を置き、仮面の男は天窓を見上げて呟いた。
天窓からは淡い月の光が射し込んでいる。
「……天魔の剣が持ち去られた」
彼は聖骸教会のトップに立ち、司教と呼ばれている。
部屋には彼以外に誰もいない。
一人言かと思われた呟きに、しかし虚空から答えが返る。
『使い手が現れたのか。それは、あの天魔か』
「違いないだろう。我らをこの世界から切り離した、かの天魔の王にしか、天魔の剣は扱えん」
司教は見えない相手の疑問に答えた。
「また、西に不穏な動きがある。天魔どもが国を支配して、戦争を仕掛けてきたようだ」
『おお……ようやく境界が薄くなり、干渉できるようになったというのに。忌々しい天魔どもめ』
虚空から響く声は苛立ちを含んでいる。
声を宥めるように、司教は淡々と言った。
「問題ない。西の天魔どもの国は聖女に滅ぼさせよう。天魔の剣については……既に手を打ってある」
聖女シエルウィータが残した組織を利用して、彼は準備を整えてきた。長い年月を掛けて少しずつ天魔達を弱体化させ、管理できる仕組みを整えてきたのだ。
魔王信者達が悪足掻きをしようが、天魔の剣の使い手が復活しようが、未来は変わらない。
司教の口ぶりからそれが確信できたのか、声は「そうか」と満足そうに相槌を打って消える。やがて、天窓の光は陰って部屋は暗闇に閉ざされた。
四枚の翼を持つ竜に似た魔物、フェイに乗って、リヒト達はコンアーラ帝国を目指すことにした。途中でバブーンの海際の街に寄ることになっている。そこでスサノオと別れる予定だ。
スサノオは故郷が魔物に襲われていないか、気が気でないらしい。
「悪いな、リヒト。最後まで付き合ってやれなくて」
謝ってくるスサノオに、リヒトは「気にしないで」と手を振った。彼は真面目な顔でリヒトを見る。
「そういえば、礼を言ってなかったな。クラーケンとの戦いでは、世話になった」
「僕はソラリアを手伝っただけだよ。礼はソラリアに言って」
「いや、お前にも感謝してるんだ。モモと話してくれただろ?」
スサノオを助けて戦おうと言い出したのはソラリアだった。リヒトはただ協力しただけだ。しかし、スサノオはリヒトに礼をしたいのだと言う。
少し考えてリヒトは、宿屋の娘と最後に交わした会話を思い出した。
「戦いが終わったら二人で話せ、って言ってくれたんだって? おかげで俺はモモと話して誤解を解くことができた」
「良かったね」
「ああ。それだけじゃない、モモが天魔が危険なモノじゃないと街の人を説得してくれたんだ。そのおかげで多少、居心地が良くなった」
スサノオがクラーケンから街を救うために戦ったことを、人々は理解してくれたのだという。頭の固い一部の人を除いて、概ね好意的になったそうな。
「教会の連中は、天魔の能力者と一般人との間に境界線を引きたがるが、俺は共存ができると思う。きっかけさえあれば、俺達は一緒に生きていける」
「……うん」
リヒトは微笑んで頷いた。
時間が掛かるかもしれないし、そこに至るまでは平坦な道のりでは無いかもしれない。けれどリヒトは可能性を信じたかった。
途中まで真剣な様子で話していたスサノオだが、この話はここで終わりと言わんばかりに声のトーンを楽天的に変える。
「ところで話は変わるが、リヒト、お前の天魔はいったい何なんだ?」
「え? 何って?」
唐突に話題が変わって、リヒトはきょとんとした。
アニスが「私も聞きたいー!」と言って背後から抱きついてくるのを、リヒトは振り払わずに好きにさせる。彼女はリヒトにとって妹のようなものだ。特別、異性だと意識していない。
「ほら、天魔の正体だよ。だいたい強力なスキルを持ってる奴は、天魔に名前がある」
例えば
リヒトの場合は……。
「恥ずかしがって、名前、教えてくれなかったんだ」
「は?」
スサノオは眉間にシワを寄せた。
「どういう意味だ」
リヒトは曖昧に笑ってごまかした。
自分が魔王信者達の追っている魔王だと告白するのは、さすがにハードルが高かった。