05 心残り
文字数 2,556文字
「これも報いだ」
死人達の逆襲を受け入れたカルマは、変わり果てたセバスチャンの攻撃を棒立ちのまま待っている。
リヒトは苛立ちを隠さずに吐き捨てた。
「全く、勘違いもはなはだしいよ!」
立ち尽くすカルマの首根っこを掴むと、リヒトは全力で横に飛んで骸骨の攻撃を避けた。
非常事態につき天魔の力を開放している。
いつもは紺色の瞳が妖しく輝く蒼に染まっていた。
「ソラリア、アニス、一旦、退却しよう!」
「仕方ありませんね」
「良く分からないけど、了解よ!」
「メエー(羊を忘れないでね)」
二人の少女は頷いてリヒトの指示に従う。
羊もトコトコと後を追って移動する。
カルマ青年を掴んだまま、リヒトは狭い通路に駆け込んだ。追ってきたセバスチャンは、巨大化したせいで廊下に入れないでつっかえる。
がむしゃらに両腕を振り回す彼を玄関ホールに残して、リヒト達は廊下を走り狭い台所に駆け込んだ。昼食の準備をしていたらしく、鍋やフライパンなどの調理器具が散乱している。
遠くで建物が壊れる音が響いた。
セバスチャンが館を壊して追って来ようとしている。
事態は切迫しているが、ひとまずリヒト達は逃げ込んだ台所で休憩することにした。
息を整えると、そこにあった水差しから水分を補給する。
流し台に置いてある包丁を見てアニスは目を輝かせた。
「武器、はっけーん!」
「包丁を振り回すと危ない人に見えるよ」
「メエメエ(羊を解体しないでね)」
聖剣は部屋に置いてきてしまったらしいアニスは、武器を見つけて嬉しそうにしている。包丁を手に笑う幼馴染にリヒトは遠慮がちに指摘するが、相手は聞いていない。
あくまでもポジティブな幼馴染みとは対照的に、隅に体育座りになったカルマは大層落ち込んでいる様子だった。
「すべて……すべて俺のせいだ。俺が天魔で余計なことをしたから、こんなことになったんだ」
ブツブツ呟くカルマ。
うっとうしいことこの上ない。
「お前ら、俺を殺せ。そうすれば、この館は解放される……」
「ばっかじゃないの!!」
アニスが腰に手をあてて仁王立ちになる。
「あんたを殺してセバスチャンさんが大人しくなるって保証がどこにあるのよ?! 偉そうにしてた癖に、自分で自分のしたことの責任をとりなさいよ!」
「アニスの言う通り、天魔のスキルは使用者が死んでも継続する場合があります。あなたは自分のスキルの効果を解除できないのですか?」
冷静に指摘するソラリアに、カルマは頭を振った。
どうやら事態を引き起こした当の本人にも解決方法は分からないらしい。
沈黙が降りた。
遠くの破壊音や地鳴りが、段々近づいてくる気配がある。
「……セバスチャンさんは、カルマのことを恨んでいる訳じゃない」
「え?」
口を開いたのはリヒトだった。
面と向かって恨めしいと言われたばかりのカルマは意味が分からず、呆気にとられる。
「でも、天に還りたかったと先ほど言っていた」
「それも真実だ。けど、それが全てじゃない。カルマ、君のスキルはたぶん、人に死を与えるだけのものだ。死人がよみがえって動き始めるのは別問題なんだよ。だって、そうじゃなきゃ、さっき殺した魔王信者の女は死んだ後も動き始めてたはず」
「あ……」
実際はサザンカは九重生命 のスキルで死なないのだが、それはリヒトも知らないことだった。だが、推論自体は当たっている。
カルマの天魔は人に死を与える。
だが死んだ後にスケルトンや鬼火になるかどうかは、別問題だ。
もし「生きた人間を殺してスケルトンにする」スキルだと分かっていれば、カルマは数年前の流行り病の時に人々に死を与えなかっただろう。
「じゃ、じゃあ、なぜ彼らはスケルトンになってしまったんだ?! 俺はそんなことを望んでいなかったのに」
「それは」
リヒトが答えようとする前に、外を見張っていたソラリアが声を上げる。
「どうやら、時間切れのようです」
強い振動と共に、木々の破片が飛んでくる。
アニスは包丁を手に立ち上がった。
すでに彼女の瞳は天魔を発動中であることを示す赤い色に染まっている。聖剣を鞘から抜き放つソラリア。非常事態にも動じる様子のない二人の少女と、平静を保っているリヒトに、ようやくカルマは偶然泊めた客が普通でないことに気付いたらしい。「お前達はいったい」と呟く彼を、リヒト達は無視した。説明している時間はない。
台所から通路に出ると、壁を破壊しながらセバスチャンが近づいてくるところだった。
「禁忌のバラよ、咲き誇れ!禁忌薔薇庭園 !」
紅い魔力のバラがアニスの足元から芽生えて、骸骨に巻き付いていく。セバスチャンの動きは鈍った。その隙にアニスは包丁を持って突っ込む。
しかし相手の懐に飛び込んだ直後に拘束は引きちぎられた。
セバスチャンが大きく腕を振る。
「きゃあっ!!」
小柄な少女の身体が吹き飛ばされる。
「この空間は死人に有利な領域なのでしょうか。私達の天魔の力が弱まっているようです!」
聖剣で骸骨の腕を打ち返しながらソラリアが叫んだ。
背後でカルマは蒼白な顔をしている。
「死人が現世に現れるのは心残りがある時! 彼らの無念を解消すれば!」
「心残り……俺に対する恨みか?!」
「違う」
リヒトが落ち着いた声で否定する。
次の瞬間、ソラリアは破壊された床と共に吹っ飛ばされた。
奇怪な巨大スケルトンに変貌したセバスチャンの影がカルマの上に落ちる。
「ア、アアア……カルマ様……ニゲテ、クダサイ」
骸骨はしゃがれた声で言った。
ぎこちない動きで腕を振り回す。
目を見張るカルマに体当たりして、リヒトは骸骨の腕を回避する。
「しっかりしろ! 彼らの願いを無駄にするつもりか?!」
「願い、だと」
「彼らは君に死んでほしいなんて、思ってない。むしろ逆だ! 君が、彼らの心残りなんだよっ!!」
リヒトの言葉は雷雨にかき消されずに半壊した館にこだまする。
青年の頬に残る涙を、壊れた天井から降り注ぐ雨が洗い流した。
死人達の逆襲を受け入れたカルマは、変わり果てたセバスチャンの攻撃を棒立ちのまま待っている。
リヒトは苛立ちを隠さずに吐き捨てた。
「全く、勘違いもはなはだしいよ!」
立ち尽くすカルマの首根っこを掴むと、リヒトは全力で横に飛んで骸骨の攻撃を避けた。
非常事態につき天魔の力を開放している。
いつもは紺色の瞳が妖しく輝く蒼に染まっていた。
「ソラリア、アニス、一旦、退却しよう!」
「仕方ありませんね」
「良く分からないけど、了解よ!」
「メエー(羊を忘れないでね)」
二人の少女は頷いてリヒトの指示に従う。
羊もトコトコと後を追って移動する。
カルマ青年を掴んだまま、リヒトは狭い通路に駆け込んだ。追ってきたセバスチャンは、巨大化したせいで廊下に入れないでつっかえる。
がむしゃらに両腕を振り回す彼を玄関ホールに残して、リヒト達は廊下を走り狭い台所に駆け込んだ。昼食の準備をしていたらしく、鍋やフライパンなどの調理器具が散乱している。
遠くで建物が壊れる音が響いた。
セバスチャンが館を壊して追って来ようとしている。
事態は切迫しているが、ひとまずリヒト達は逃げ込んだ台所で休憩することにした。
息を整えると、そこにあった水差しから水分を補給する。
流し台に置いてある包丁を見てアニスは目を輝かせた。
「武器、はっけーん!」
「包丁を振り回すと危ない人に見えるよ」
「メエメエ(羊を解体しないでね)」
聖剣は部屋に置いてきてしまったらしいアニスは、武器を見つけて嬉しそうにしている。包丁を手に笑う幼馴染にリヒトは遠慮がちに指摘するが、相手は聞いていない。
あくまでもポジティブな幼馴染みとは対照的に、隅に体育座りになったカルマは大層落ち込んでいる様子だった。
「すべて……すべて俺のせいだ。俺が天魔で余計なことをしたから、こんなことになったんだ」
ブツブツ呟くカルマ。
うっとうしいことこの上ない。
「お前ら、俺を殺せ。そうすれば、この館は解放される……」
「ばっかじゃないの!!」
アニスが腰に手をあてて仁王立ちになる。
「あんたを殺してセバスチャンさんが大人しくなるって保証がどこにあるのよ?! 偉そうにしてた癖に、自分で自分のしたことの責任をとりなさいよ!」
「アニスの言う通り、天魔のスキルは使用者が死んでも継続する場合があります。あなたは自分のスキルの効果を解除できないのですか?」
冷静に指摘するソラリアに、カルマは頭を振った。
どうやら事態を引き起こした当の本人にも解決方法は分からないらしい。
沈黙が降りた。
遠くの破壊音や地鳴りが、段々近づいてくる気配がある。
「……セバスチャンさんは、カルマのことを恨んでいる訳じゃない」
「え?」
口を開いたのはリヒトだった。
面と向かって恨めしいと言われたばかりのカルマは意味が分からず、呆気にとられる。
「でも、天に還りたかったと先ほど言っていた」
「それも真実だ。けど、それが全てじゃない。カルマ、君のスキルはたぶん、人に死を与えるだけのものだ。死人がよみがえって動き始めるのは別問題なんだよ。だって、そうじゃなきゃ、さっき殺した魔王信者の女は死んだ後も動き始めてたはず」
「あ……」
実際はサザンカは
カルマの天魔は人に死を与える。
だが死んだ後にスケルトンや鬼火になるかどうかは、別問題だ。
もし「生きた人間を殺してスケルトンにする」スキルだと分かっていれば、カルマは数年前の流行り病の時に人々に死を与えなかっただろう。
「じゃ、じゃあ、なぜ彼らはスケルトンになってしまったんだ?! 俺はそんなことを望んでいなかったのに」
「それは」
リヒトが答えようとする前に、外を見張っていたソラリアが声を上げる。
「どうやら、時間切れのようです」
強い振動と共に、木々の破片が飛んでくる。
アニスは包丁を手に立ち上がった。
すでに彼女の瞳は天魔を発動中であることを示す赤い色に染まっている。聖剣を鞘から抜き放つソラリア。非常事態にも動じる様子のない二人の少女と、平静を保っているリヒトに、ようやくカルマは偶然泊めた客が普通でないことに気付いたらしい。「お前達はいったい」と呟く彼を、リヒト達は無視した。説明している時間はない。
台所から通路に出ると、壁を破壊しながらセバスチャンが近づいてくるところだった。
「禁忌のバラよ、咲き誇れ!
紅い魔力のバラがアニスの足元から芽生えて、骸骨に巻き付いていく。セバスチャンの動きは鈍った。その隙にアニスは包丁を持って突っ込む。
しかし相手の懐に飛び込んだ直後に拘束は引きちぎられた。
セバスチャンが大きく腕を振る。
「きゃあっ!!」
小柄な少女の身体が吹き飛ばされる。
「この空間は死人に有利な領域なのでしょうか。私達の天魔の力が弱まっているようです!」
聖剣で骸骨の腕を打ち返しながらソラリアが叫んだ。
背後でカルマは蒼白な顔をしている。
「死人が現世に現れるのは心残りがある時! 彼らの無念を解消すれば!」
「心残り……俺に対する恨みか?!」
「違う」
リヒトが落ち着いた声で否定する。
次の瞬間、ソラリアは破壊された床と共に吹っ飛ばされた。
奇怪な巨大スケルトンに変貌したセバスチャンの影がカルマの上に落ちる。
「ア、アアア……カルマ様……ニゲテ、クダサイ」
骸骨はしゃがれた声で言った。
ぎこちない動きで腕を振り回す。
目を見張るカルマに体当たりして、リヒトは骸骨の腕を回避する。
「しっかりしろ! 彼らの願いを無駄にするつもりか?!」
「願い、だと」
「彼らは君に死んでほしいなんて、思ってない。むしろ逆だ! 君が、彼らの心残りなんだよっ!!」
リヒトの言葉は雷雨にかき消されずに半壊した館にこだまする。
青年の頬に残る涙を、壊れた天井から降り注ぐ雨が洗い流した。