第6話

文字数 3,279文字

      その六

 あさ美お姉さんに、
「いい人、みつけてあげるわよ」
 といわれて、
「そうですかぁ! ではあのう、色が白くて、ぽちゃぽちゃっとした方をひとつ」
 と後半お姉さんとほぼおなじペースで飲んでしまったぼくは、ふと気がつくと〈高まつ〉のいわゆる別邸で夏掛けにくるまっていることになっていたのだけれど、この別邸にこれまで三度か四度お世話になっているぼくは浴室などの場所もよく知っていたから、きっとまだ寝ている和貴子さんに断わりもせずシャワー等を拝借していて、すると和貴子さんは、
「ねえ、たまきさん、ブリーフでよかったかしら」
 と脱衣室の戸をガラガラッと開けてきた。
「ええ、なんでもかまわないですよ。すみません」
「今朝、モダン商店街で買ってきたんですけど、でも『カズマサ・コウノ』って、書いてあるから、きっとモノはわるくなくてよ」
「それだったら、まちがいないですよ。カズマサ・コウノは高級下着だから」
 和貴子さんは洗濯されてあるランパンとティーシャツも用意してくれていて、これは前回お世話になったとき以来、置きっ放しにしていた私物だから、
「ロング丈のランパン、ここにあったんだぁ」
 とまたぞろランパン刑事が殉教してしまったことなどを感傷的に想い出していたのだけれど、そんな様子を眺めつつ、きょうはお店の定休日だから午後はお墓参りに行くのよ、といってきた和貴子さんは、
「お昼にあの番組観てから出るんです。きょうは生放送だから、山城さんもあまり無茶はできないわね。お昼いっしょに食べましょう。なにあがる?」
 ときかれたのでとっさにこたえたそうめんを茹でにまた本邸にもどっていて、だからぼくは、
「たぶん、あのブリーフもここに置きっ放しだったよな」
 と思い出した幸運を呼ぶ緑色のブリーフについては、とりあえず聞かないでおくことにした。
 幸運を呼ぶ緑色のブリーフは、たしか義姉が買った福袋に入っていたもので、綿の猿股しかはかない偏屈な旦那に「いらない」といわれた奥様は、
「たまきくんは、なんでもかまわないんでしょ。これはくと、幸運が舞い込んでくるんだって」
 と今度は義弟にそれをおっつけてきたわけなのだけれど、ぼくは基本的にどこそこの方角に黄色いものを掛けておくと金運がよくなるというような事柄には、
「あそこのボウリング場やってる土地成金の息子なんかも黄色いのいろいろ飾っていやがるんだってな。まったく自分のことばかりでちっちぇー野郎だぜ。嫁さんもさぞガターな気分だろうよ。風が吹けば桶屋が儲かるんだよ。金は天下の回り物なんだよ」
 という感じで寛大にかまえてしまうたちなので、このブリーフもとくに幸運を呼ぶためではなく、ただてきとうに下着のローテーションに入れていただけで、とはいえ、ゆうべあさ美お姉さんはピンクがラッキーカラーといっていたし、すみれクンも、
「きょうは、アクロバティックな振付を強要されるとあらかじめ聞いていたので、勝負下着を身につけてきました、コーチ!」
 と先日いっていたので、もしかしたらあの緑色のブリーフにも幸運を呼ぶなにかがほんとうにあったのかもしれない。
 ぼくが緑色のブリーフにたいしてこう考えを改めたのは、そうめんを食べているときに先のような話にかこつけて和貴子さんの好みを遠回しにおうかがいしたからで、
「いつもは白ですけど、あることをするときは、いつも緑色のをはいててよ、和貴子」
 とつぶやいた和貴子さんは、このあとぼくの要望に応えて、そのあることをじっさいに緑色の下着を身につけておこなってくれたのだけれど、よく鑑賞してみると、確かに置きっ放しの幸運を呼ぶブリーフをはいていた和貴子さんは、実物が間近にいるので一人で二役をこなすこともないと思ったのだろう、そのうち実物のわたくし船倉たまきに、和貴子にこれこれこういうことをするように命じてくださる、と哀願してきて、もちろん実演のほうもよろこんでお受けする用意ができていたぼくは、
「和貴子の耳もとで、和貴子の宇宙的な部分にたいする想いを執拗に述べながら、いっぱい激しく動いてくださる」
 という実演中の追加注文にも実直に応えていたのであった。
 三度目のさいには、
「ねえ和貴子さん、あの和服を着てくれないかな」
 とこちらのほうが手間のかかる注文をしていたので、けっきょく山城さんがゼツリンフィーバーマンとして活躍している『突撃となりの食生活』の生放送は、観のがしてしまったのだけれど、
「ねえ、まだ宇宙が揺らいでてよ」
 と鍵を掛けつつ報告していた和貴子さんと別邸を出たのちに、ただでさえふらふらだったのに健康センターのトレッドミルで七キロほど走って滝湯も堪能したものだから、さらにぐったりしてしまっていると、
「もしもーし!」
 と三原監督が携帯に電話をかけてきて、
「ああ、やっと繋がった」
 とまずもぐもぐいった監督は、
「船倉さん、きょうの『突撃となりの食生活』観ましたか?」
 と自室にようやく帰ってきたばかりのぼくにいきなりきいてきた。
「きょうは執拗にいっぱい激しく動いてて、観るのわすれちゃったんですよ。おもしろかったんですか?」
「山城さんが突撃していったお宅に『ラブ・ウィンクス』のポスターが貼ってあったのです」
「ラブ・ウィンクスというのは、何ですか?」
「ラブ・ウィンクスは来年キャンディー隊になるのです。キャンディー隊も解散してからずいぶん経ちますからね」
 三原監督はこのところ新日本キャンディー隊連合、通称「新キャン連」という闇の組織(?)を調べていて、なんでもこの組織はキャンディー隊の解散を悲しみながらも全面的に受け入れた本家本元の「全キャン連」とはちがって、あくまでもキャンディー隊の復活を強固に望む命知らずの集団らしいのだけれど、現在女優として活躍されているランちゃんやスーちゃんが、ぼちぼちいい年になるにもかかわらず一向に再結成への気配すらみせないことに危機感を感じたこの組織は、当時キャンディー隊の後釜になろうと企んでそれを達成できなかった「ラブ・ウィンクス」というグループを祭り上げてキャンディー隊のお三方にやきもちを焼かせる作戦を計画しているみたいで、
「やっぱり三人組なんですか?」
 ときいてみると、
「ええ。真ん中の娘は、名前はわからないのですけれども、ランちゃんによく似ているのです」
 と三原さんはいっていたので、ぼくもその計画には大いに期待したいけれど、しかし監督は独自のルートからそれらの怪情報を得ているのみで、いまだにその組織の誰とも接触したことがないのだそうで、
「どうしても突撃されたお宅にうかがいたいのですよ。おそらく、そこにお住まいの方は新キャン連のメンバーでしょうからね」
 とだからこそ三原さんは、こんなふうにラブ・ウィンクスのポスターに執着しているのだ。
 三原監督は数年前、この界隈では一種の都市伝説のように噂されつづけていた、通称〝試食おじさん〟に密着したドキュメンタリー映画が評価されてK市から特別な賞を受けていて、といってもこれは裏でドンがずいぶんはたらきかけていたみたいなので、名付け子の三原監督も、
「いちおうオヤジさんの前では、よろこんでいるようにしています。わたしによかれと思って、手をまわしてくれたのでしょうからね」
 という感じでとくに浮かれることもなかったのだけれど、しかしこれによってすっかり有名人になってしまった試食おじさんは、とうぜん浮かれまくってほうぼうで試食のお誘いを受けることになっていたから結果的にさまざまなローカルニュースもほうぼうで仕入れてきていて、
「ふむふむ、本部はK市にあるといわれてるんですかぁ。えっ、ランちゃんの代役はそのそっくりな子で、ミキちゃんの代役は木ノ内みどりで、スーちゃんの代役は、ははは、畑中葉子という案も!」
 とまあそんな関係で、試食おじさんのいわば恩人である三原監督は、恩返しのつもりで映画用の題材を提供してくる試食おじさんより先のようなガセネタ(?)をどうやらいただいてしまったらしいのである。
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