第18話
文字数 2,441文字
その十八
小春おばちゃんに〈カロリー軒〉までの行き方をおしえてもらったぼくは、
「ホントにあるんだな――」
と翌日そのラーメン店に行ってみることにしたのだけれど、朝から長距離の運転手さんたちでごったがえしていた(広い敷地にはトラックがたくさん停まっていた)こちらの中華屋さんの店主にすみれクンのお母さまにならっていきなりうかがってみると、案の定、
「菅野啓子? うちの〈じゃぶじゃぶ館〉にそんな娘は住んでないよ」
「山道とか、すごく詳しい娘なんですけど」
「わからないなぁ」
とのことらしくて、ぼくは蔵間鉄山 という小説家の作品に登場する菅野啓子という娘が作品上ではこの〈カロリー軒〉に隣接する〈じゃぶじゃぶ館〉という仮眠室もあるコインランドリーに独断で住み込んでいるので、
「せっかく○○村まで来たんだしな」
といちおう確かめてみるためにこうやっておとずれたのだが、蔵間鉄山氏はプロフィールなどもけっこうてきとうに書いているみたいなので、まあこれはある程度予想していたことではあった。
「客が置き忘れていった作業着とかも着てるから背もけっこう大きいのかもしれないしな菅野啓子ちゃんは。実在していたとしても……」
それでまた〈たうえ温泉旅館〉にひきかえして、すみれクンのお母さまに小春おばちゃんからの連絡があったか、まずたずねてみると、
「いいえ、まだです」
とのことで、とりあえず今朝も雪子ちゃんはこちらに遠征から帰還してはいないようだったが、お昼をお母さまと食べたのちに(昨晩小春おばちゃんを通じて朝食をお弁当にしてもらっていたので、その弁当を昼食とした)男湯のほうの「薬湯」にやはりこれも小春おばちゃんに効能をおききしていたので入って、それからまたぞろ部屋でうつらうつらしていると、きっとうつらうつらしていたので起こさなかったのだろう、いつごろからか、すみれクンのお母さまはこちらの部屋に来ていたみたいで、
「あっ」
とおどろいて、てきとうに「あはははは」とわらったりしながらちびっちゃい瓶の変なコーラを湯呑みでグビリとやったりしていると、お母さまは、
「すごい効能ですね」
とさっきまで入っていた薬湯の即効性にすっかり感心しているのだった。
「いやっ、でもね、これは薬湯の効果ということでもないですよ。ぼくはいつだって、これくらいにはなりますから。とくにこういう寝起きのときはね」
コップに注いだコーラを、
「どうぞ」
「すみません」
「なんかこれ、変わってますよね」
「地コーラなんですって。わたしさっき従業員さんにききました」
と一口飲んだすみれクンのお母さまはそれでもまだ薬湯の効能に着目していて、まあこれはコーラを差し出しながらすみれクンのお母さまの眼前に効能を見せつけるように仁王立ちしていたからかもしれなかったけれど、残りのコーラを湯呑みで飲んだのちにバシャバシャッと冷たい水で顔を洗って、
「小春おばちゃん、なにかいってきましたか?」
とタオルで顔を拭きながらまた確認してみると、
「さっき、わたしの部屋に来てくれました」
とぼくの着崩れした浴衣を整えてくれながらお母さまはいってきて、
「えっ! ななななんていってましたか?」
といよいよ吉報が届いたかともちろんぼくは踊りだしそうになったのだが、しかしすみれクンのお母さまが小春おばちゃんより受けた報告はつぎのようなものだったのである。
小春おばちゃんは遅番の翌日はだいたいお休みで、だから今朝も九時過ぎまでゆっくり寝ていたらしいが、なにか胸騒ぎをおぼえたおばちゃんは――まあ小春おばちゃんはこの旅館の別館に住み込んでいるからかもしれないけれど――休日を返上してとりあえず雪子さんが占拠している例の一室に直行してみることにして、すると雪子ちゃんはいつものパジャマ姿で引き出しみたいなところをがさごそやっていた。
「あっ、小春おばちゃん、爪切りどこ?」
「そこの引き出しに入ってるわよ」
「わたしがいつも使ってるのじゃなくて、もっと大きくてお兄ちゃんが行ってた床屋さんの店名が入ってるやつ」
小春おばちゃんがどうにかしてその大ぶりの爪切りを探し出すと、雪子ちゃんは、
「ねえ、小春おばちゃん、チューチューアイス買ってきて。何味でもいいから、けっこう多めに」
と今度は買い出しを頼んできて、なんだか雪子ちゃんはとても急いでいるみたいだったので、小春おばちゃんもあわててもよりの食料品店に向かったらしいが、
「凍ってないやつしかなかったけど、いいよね」
と息を切らしながらもどったおばちゃんがレジ袋に入った大量のチューチューアイスを手渡すと、雪子ちゃんは、
「あっちのチューチューアイスはめっちゃチューチューしにくくてさ、あれきっと訳あり品よね」
などというようなことをぶつぶついったのちに、
「じゃあわたし、また遠征するから。早く出てって小春おばちゃん」
とおばちゃんを手で追い払うようなしぐさをしてきて、それで、こういうふうに追い払われることはこれまで何度もあったので、おばちゃんもすみやかに退散しようとしたのだけれど、ふと昨夜の会食を思い出したおばちゃんは、これこれこういう方たちがみえて、これこれこういうことをユキちゃんに頼んできているうんぬんと去り際に早口で訴えてくれて、
「ナイスおばちゃん! それで?」
「雪子さんはそれをきくと『出演の交渉とかをするのはべつにかまわないけど、わたししばらくこっちに戻れそうにないから、あっちの世界に来てくれないかな』などといって、さらに手で追い払うしぐさをしてきたんですって。だから小春おばちゃんはとりあえず部屋を出たらしいんですけど、自室にもどってテレビを観ているときに出演料のことを雪子さんにいいわすれていたことに気づいて、あわててまた雪子さんの部屋にもどって――」
「うんうん、それで?」
「でも、もうそのときには雪子さんの姿はどこにもなかったんですって……きっとまた遠征に出てしまったんですね、雪子さん」
小春おばちゃんに〈カロリー軒〉までの行き方をおしえてもらったぼくは、
「ホントにあるんだな――」
と翌日そのラーメン店に行ってみることにしたのだけれど、朝から長距離の運転手さんたちでごったがえしていた(広い敷地にはトラックがたくさん停まっていた)こちらの中華屋さんの店主にすみれクンのお母さまにならっていきなりうかがってみると、案の定、
「菅野啓子? うちの〈じゃぶじゃぶ館〉にそんな娘は住んでないよ」
「山道とか、すごく詳しい娘なんですけど」
「わからないなぁ」
とのことらしくて、ぼくは
「せっかく○○村まで来たんだしな」
といちおう確かめてみるためにこうやっておとずれたのだが、蔵間鉄山氏はプロフィールなどもけっこうてきとうに書いているみたいなので、まあこれはある程度予想していたことではあった。
「客が置き忘れていった作業着とかも着てるから背もけっこう大きいのかもしれないしな菅野啓子ちゃんは。実在していたとしても……」
それでまた〈たうえ温泉旅館〉にひきかえして、すみれクンのお母さまに小春おばちゃんからの連絡があったか、まずたずねてみると、
「いいえ、まだです」
とのことで、とりあえず今朝も雪子ちゃんはこちらに遠征から帰還してはいないようだったが、お昼をお母さまと食べたのちに(昨晩小春おばちゃんを通じて朝食をお弁当にしてもらっていたので、その弁当を昼食とした)男湯のほうの「薬湯」にやはりこれも小春おばちゃんに効能をおききしていたので入って、それからまたぞろ部屋でうつらうつらしていると、きっとうつらうつらしていたので起こさなかったのだろう、いつごろからか、すみれクンのお母さまはこちらの部屋に来ていたみたいで、
「あっ」
とおどろいて、てきとうに「あはははは」とわらったりしながらちびっちゃい瓶の変なコーラを湯呑みでグビリとやったりしていると、お母さまは、
「すごい効能ですね」
とさっきまで入っていた薬湯の即効性にすっかり感心しているのだった。
「いやっ、でもね、これは薬湯の効果ということでもないですよ。ぼくはいつだって、これくらいにはなりますから。とくにこういう寝起きのときはね」
コップに注いだコーラを、
「どうぞ」
「すみません」
「なんかこれ、変わってますよね」
「地コーラなんですって。わたしさっき従業員さんにききました」
と一口飲んだすみれクンのお母さまはそれでもまだ薬湯の効能に着目していて、まあこれはコーラを差し出しながらすみれクンのお母さまの眼前に効能を見せつけるように仁王立ちしていたからかもしれなかったけれど、残りのコーラを湯呑みで飲んだのちにバシャバシャッと冷たい水で顔を洗って、
「小春おばちゃん、なにかいってきましたか?」
とタオルで顔を拭きながらまた確認してみると、
「さっき、わたしの部屋に来てくれました」
とぼくの着崩れした浴衣を整えてくれながらお母さまはいってきて、
「えっ! ななななんていってましたか?」
といよいよ吉報が届いたかともちろんぼくは踊りだしそうになったのだが、しかしすみれクンのお母さまが小春おばちゃんより受けた報告はつぎのようなものだったのである。
小春おばちゃんは遅番の翌日はだいたいお休みで、だから今朝も九時過ぎまでゆっくり寝ていたらしいが、なにか胸騒ぎをおぼえたおばちゃんは――まあ小春おばちゃんはこの旅館の別館に住み込んでいるからかもしれないけれど――休日を返上してとりあえず雪子さんが占拠している例の一室に直行してみることにして、すると雪子ちゃんはいつものパジャマ姿で引き出しみたいなところをがさごそやっていた。
「あっ、小春おばちゃん、爪切りどこ?」
「そこの引き出しに入ってるわよ」
「わたしがいつも使ってるのじゃなくて、もっと大きくてお兄ちゃんが行ってた床屋さんの店名が入ってるやつ」
小春おばちゃんがどうにかしてその大ぶりの爪切りを探し出すと、雪子ちゃんは、
「ねえ、小春おばちゃん、チューチューアイス買ってきて。何味でもいいから、けっこう多めに」
と今度は買い出しを頼んできて、なんだか雪子ちゃんはとても急いでいるみたいだったので、小春おばちゃんもあわててもよりの食料品店に向かったらしいが、
「凍ってないやつしかなかったけど、いいよね」
と息を切らしながらもどったおばちゃんがレジ袋に入った大量のチューチューアイスを手渡すと、雪子ちゃんは、
「あっちのチューチューアイスはめっちゃチューチューしにくくてさ、あれきっと訳あり品よね」
などというようなことをぶつぶついったのちに、
「じゃあわたし、また遠征するから。早く出てって小春おばちゃん」
とおばちゃんを手で追い払うようなしぐさをしてきて、それで、こういうふうに追い払われることはこれまで何度もあったので、おばちゃんもすみやかに退散しようとしたのだけれど、ふと昨夜の会食を思い出したおばちゃんは、これこれこういう方たちがみえて、これこれこういうことをユキちゃんに頼んできているうんぬんと去り際に早口で訴えてくれて、
「ナイスおばちゃん! それで?」
「雪子さんはそれをきくと『出演の交渉とかをするのはべつにかまわないけど、わたししばらくこっちに戻れそうにないから、あっちの世界に来てくれないかな』などといって、さらに手で追い払うしぐさをしてきたんですって。だから小春おばちゃんはとりあえず部屋を出たらしいんですけど、自室にもどってテレビを観ているときに出演料のことを雪子さんにいいわすれていたことに気づいて、あわててまた雪子さんの部屋にもどって――」
「うんうん、それで?」
「でも、もうそのときには雪子さんの姿はどこにもなかったんですって……きっとまた遠征に出てしまったんですね、雪子さん」