第27話

文字数 3,615文字

      その二十七

 宮廷から住まいまでの道すがらには図書館とレンタルビデオ屋が二店あって〈ポテロング〉というレンタル店のほうには「びっくりピーチタルト新記録」のVHSが置いてある。
 ぼくは12巻まで鑑賞していて、13巻は店員さんにおききすると残念なことにテープが破損してしまったということなのだけれど、
「ま、いいか。続き物じゃないんだし」
 と一つ飛ばして観ようと思ってもタイミングが悪いのか、14巻から25巻まではいつもすべて借りられてしまっていて、この日の帰り道でもちょっと店に寄って確認してみたのだが、やはりまだ「びっくりピーチタルト新記録」の14巻から25巻は貸出中のままなのであった。
「14から25のあいだにもテープが切れちゃってるのがあるのかな……」
〈ポテロング〉をチェックしたのちのぼくは図書館に今度は寄って、いつものように一時間ばかり資料を閲覧することにしたのだが、なぜ菊池さんの待つ住まいにまっすぐ帰らず図書館に毎日立ち寄っているかというと、それはこの図書館には田上雪子さんのファンクラブ会報誌が全巻そろっているからで、すみれクンのお母さまより届いたメールによると、三原監督は能瀬慶子の影武者だった(?)田上雪子さんにこれまでになく興味をもって早く取材がしたくてうずうずしているようなので、どうにか田上さんと接触して取材の交渉をおこないたいのである。
 田上雪子さんのファンクラブ会報誌は貸出はできず館内のみの閲覧で、まあこれはおウチでこんなファンクラブ会報誌を熟読しているのもちょっと異様なので、とくに問題はないのだけれど、いつもの丸テーブルの席で会報誌をパラパラやっていると、
「パイドンさん」
 とぼくを呼ぶ人がいて、
「はい」
 と反射的に顔をあげてみると、塚原藤吉郎(つかはらとうきちろう)さんが分厚い図鑑をもちながらお辞儀をしてきた。
「ああ、しばらくです。藤吉郎さん帰ってきたんですか」
「いまさっき戻ってきました。また明日すぐ出向しますけど」
 藤吉郎さんはジャクソン皇帝の例の骨董収集の買い付け役のようなことをされている方で、范礼一さんがいうには、
「わたしが知っているかぎり、藤吉郎殿はピーチタルト(いち)のやり手です」
 とのことだったけれど、たしかに〈吉牛家〉の下働きから骨董省の大臣にまで出世するなどというのはわれわれの国ではかんがえられないことで、しかし藤吉郎さんはいわゆる〝現場〟ではたらくのが性に合っているようで、現在は大臣職を自ら退いてフリーのバイヤーみたいな感じで皇帝に仕えているらしい。
 菊池さんが集めていた「はまぐりっち」を買い取ったのも要はこの藤吉郎さんで、宮廷での晩餐会で顔を合わせた二人は、
「あっ! 第三代骨董大臣さんだ」
「あっ! ちっちゃくてかわいい娘だ」
 となっていたのだけれど、しかしあの「はまぐりっち」はガトーショコラの皇帝も相当狙っていたらしく、結果的には両国の関係をさらに悪化させてしまったみたいで、
「はまぐりっち出せよ」
「嫌だね」
「はまぐりっちのポーチだけでもいいから出せよ」
「出さねぇよ」
 と物別れした結果、来月からは豚肉の輸出も止められることになっているのである。
「軍師、これ見たことないですかね? 図鑑にも載ってないんですよ」
 藤吉郎さんがみせてきた写真はコーラみたいなやつの小瓶で、
「うーん、どっかで、みたことあるなぁ……」
 と写真をまじまじと見続けていると、だんだんその小瓶が〈たうえ温泉旅館〉の有料式冷蔵庫にあった地コーラのような気がしてきたので、
「近々その温泉旅館に行くと思うんで、そのときもらってきますよ」
 と立ち上がったぼくは、
「いやぁ、助かります。いま天地真理の自転車を探すのに時間を取られてしまってましてね」
 とこちらの手を両手で握ってきた藤吉郎さんに〈うなぎ食堂〉経由でピーチタルト帝国と母国とを行き来する手順の省略化をだめ元でお願いしてみたのだけれど、時空管理局にコネがある藤吉郎さんは、
「わかりました。そんなの朝飯前ですよ」
 と思いのほかすぐこの陳情を引き受けてくれて、なんでも藤吉郎さんは時空管理局のとくに時空交換手の人たちにはかなりまめにいわゆる接待をしているらしいのだ。
「もう一時間もしたらその店開きますけど、軍師行きませんか?」
「どういう感じのお店なんですか?」
「もう、わかってるくせにィ。きれいな女子がいっぱいいる店ですよ」
「え!」
「パイドンさんも好きでしょ。なんだかんだいっても」
「でも……妻が待ってるから……」
「仕事だからっていえば大丈夫ですよ。わたしだって、いつもややちゃんにそういってるんですから」
「ややさんに怒られることないんですか?」
「ないない。何かあっても消火殿っていう側近がなんとかしてくれますから」
「ショウカ? ショウカって消化器とか、あれの火のやつとおなじ字ですか?」
「そうそう。もめごととか、そういうやっかいごとの火消し役をいつもこなしてくれるので、そういう名前をわたしが付けたんです」
「なるほど」
「だからパイドンさんになにかあっても消火殿がうまくやってくれますよ。まあ行きましょ行きましょ。わたしに任せて」
 藤吉郎さんに、
「そのスナックのママ、若いときのABBAのアグネッタによく似てるんですよ」
 といわれて一瞬こころがグラついたけれど、それでもぼくは愛する菊池さんが待っている自宅に帰ろうとこの時点では思っていた。しかし、
「ひとみちゃんにも無関心なんて、向こうのどら息子、どうなってるんですかね」
 と藤吉郎さんのお気に入りだというそのひとみちゃんの話をきいて、
「やっぱり行きます」
 と気が変わっていて――というのは、このひとみさんというホステスは、四五日ほどガトーショコラの大奥総合病院で研修(?)を受けて早々に皇帝の息子よりお引取りを願われた女性だったからである。
 おなじように推理されている方もいらっしゃるかもしれないけれど、ぼくもやはり田上雪子さんはこの大奥総合病院にスカウトされたのでは、と思っていて、だからじっさいにあちらの病院に滞在したことがある人にお話をうかがって、田上さん捜索の糸口を見出そうとかんがえたわけであるが、
「やーん、パパさん久しぶり~」
 と藤吉郎さんに抱きついていたひとみさんに大奥体験談をさっそくきいてみると、ひとみさんはノリが良いというのだろうか、とにかく性格も服装もかなり開放的な人で、
「わたしピーチパイドンさんの役に立てるの。やーん、うれピー」
 となにげにのりピー語も交えながら、四五日間の出来事をポッキーで水割りをくるくるやりつつ、つぎのように話してくれた。
 ガトーショコラに到着した初日はいきなり健康診断を受けさせられたらしく、それでもひとみさんは、
「わたし、からだにはマンモス自信あるの」
 とまわりの女性たちに自身のプロポーションをみせつけるようにノリノリでおこなったらしいが、すると翌日、皇帝の息子にその診断結果が伝わったのか、ひとみさんは息子より指名を受けてデートをすることとあいなって、
「いまの皇帝が死んじゃったらつぎはあの息子が皇帝になるんでしょ。じゃあ妻になったら皇帝夫人になっちゃうんだ、ラッチーって開き直って、マンモスがんばらんちすることにしたの」
 とひとみさんはホステス稼業で身につけた〝男を惹き付けるテクニック〟を駆使してデートに臨んだ。
「そうやって胸の谷間をちらちら見せて誘惑したんだろ、わっはっはっはっはぁ」
「もちろん♪ パパさんほど、おっぱい好きでもなさそうだったけど、でもちょっとは見てたわよ、あの息子も」
 胸の谷間のちら見せが功を奏したのかはわからないけれど、ひとみさんは翌日もデートの誘いを受けた。それでひとみさんは気の利くところも小出しにしておこうと思ってマクドナルドでハッピーセットなるものを買って息子にもっていったらしいのだが、
「ガトーショコラ帝国にマクドナルドあるんですね」
「うん。あとたしかドムドムバーガーもあったわ」
 どういうわけか皇帝の息子はひとみさんがマクドナルドの紙袋を手渡すと、それをどこかへ放り投げて自室にひきこもってしまったのだ。
 その後ひとみさんにはいっさい声がかからず帰国日の前日にガトーショコラの博物館を軽く見学させてもらったのちに母国のピーチタルトにもどってこられたらしいが、ひとみさんは向こうのパピコはマンモス切り離しにくいから帰ってこられてうれピーともぼそりとこぼしていて、田上雪子さんもあっちのチューチューアイスは訳あり品うんぬんといって小春おばちゃんにチューチューアイスの買い出しを頼んでいたわけだから、
「あっちのパピコって、そんなに先端、切り離しにくいんですか?」
「うん。マンモスナンジャラピーって感じ」
 いよいよ「田上雪子さんはガトーショコラ帝国にエンセイしている」説は、真実味を帯びてきたということができるのであった。
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