第37話
文字数 2,259文字
その三十七
すみれクンのお母さまは翌朝いちばんの電車で○○村に向けて出発するとのことだったので、ぼくが義理で誘った〈高まつ〉での会食も、
「明日は早いし……花柄のはき込んだパンティーで我慢してね、センセ」
と辞退していたのだけれど、翌朝シャワーを浴びて新しい下着に着替えたぼくは、紅茶をマグカップで二杯ほど飲むと、もより駅に向けてすぐ出発していて、といってもこれはすみれクンのお母さまを見送るとかそういうことではなく、なぜか夢に出てきた断捨りん子さんの駅近マンションそばのコンビニで早朝パートをしているうなじが華奢で撫で肩で細身で小柄な三十前後の女子をどうしても見たくなったからで、華奢な女子は夢のなかでわたくし船倉たまきに母乳が出にくいからといって応急処置をもとめてきたのだが、
「あれ……」
だがしかし今朝はシフトに入っていないのか、店内をうろうろしても、どこにも姿はみえなくて、だからぼくは仕方がないので、もちもちチョコブレッドと缶コーヒーをとりあえず買って例のイートインの席でしばし待機することにした。
イートインの席ではテーブルに突っ伏してイビキをかいている人がいて、イビキの人はうなじが華奢で撫で肩で細身で小柄な三十前後の女子に、
「すみません、お客様――」
と声をかけられてもまったく起きる気配がなかったのだけれど、ぼくが華奢な女子に〝いいカッコ〟をするためにご自由にお取りしてよい求人情報の冊子でメガホンをつくって、
「ワオワオ!」
と耳もとでさけんでみると、反射的にイビキの人も、
「ワオワオ♪」
と立ち上がってくれて、ちなみに断捨りん子さんはぼくに気がつくと、
「おおG=Mじゃん、もう一軒行こうぜ!」
といってまたテーブルに突っ伏してしまったのだが、うなじが華奢で撫で肩で細身で小柄な三十前後の女子に、
「お知り合いですか?」
ときかれて、
「ええ、まあ」
とおもわずこたえてしまったぼくは、りん子さんをこのままうっちゃっておくわけにもいかなくなっていたので、しぶしぶながらもりん子さんをおぶってあの凄まじいマンションの部屋までつれていくことにした。
「りん子さん着きましたよ。部屋の鍵、開けてください」
「おまえがやれー」
バッグをわたされたぼくは五六個ジャラジャラひっかけてあった鍵の束を何回か合わせてどうにか部屋を開け、そして衣類の山や食べ散らかしたコンビニ弁当の残骸などをどうにかかいくぐって定位置のコタツのまえにりん子さんをすわらせたのだが、
「コタツの電気つけろー」
といってまたイビキをかきだしたりん子さんのその命令だけはいちおうやっておこうと思ってスイッチをさがしてみても、
「あれ……」
コタツ周辺にはそれらしきものがみつからなくて、それでもコタツ布団をめくってみると、
「あっ、あった」
「入」と「切」だけのシンプルなやつがもぐりこんでいて、コタツのなかにはその他にもバナナの皮だとか割り箸だとか口紅だとか水銀のやつの体温計だとか耳ッピのやつの体温計だとかバスタオルだとか靴下だとか使い捨てカイロだとか紙パックの日本酒だとかチキンラーメンどんぶりだとか未開封のカロリーメイトだとかが収納されてあった。
コタツのなかに水銀のやつの体温計があるとちょっとあぶないかもしれないと思ったぼくは、
「りん子さん、足もうちょっと端によせて」
とたのんだのちに体温計をお取りしたのだが、りん子さんのふくらはぎのあたりにはファミコンだかスーファミだかのカセットらしきものもいくつか転がっていて、それもいちおう取り出してみると、そのカセットの一つは、
「キャオ♪」
なにげに「ピーピーねえねの冒険島」ということになっていた。
りん子さんをゆすり起こして、
「ファミコンやってもいいですか?」
ときくと、りん子さんは、
「勝手にやれー」
といってくれたのだが、しかし、
「いっしょにやりましょうよ」
とこちらが誘ってもりん子さんは「うん」というだけでむにゃむにゃしつつお腹なんかをボリボリ掻いていて、だからぼくはしかたなく一人でテレビのまえに家長然とした物腰でどっかとすわったわけなのだけれど(衣類の山がちょうどローソファのようになっていた)、差しっ放しになっていたゼビウスを引っこ抜いて「ピーピーねえねの冒険島」をいよいよ起動させると、
「けっこう単純だな……」
ピーピーねえねの冒険島はねえねと思われるキャラクターが横にひたすら進みつつ食料や斧などの道具類を補充していく趣になっていて、それでも大きい卵のようなものを蹴っ飛ばすと卵が割れてなかからマメカラのような機器が出てきた。
マメカラに体当たりすると、ねえねはクルクルクルッとまわったのちに雲の上にビョーンと飛び乗っていて、AボタンやBボタンをてきとうに連打すると画面の横っちょにはひらがなの表みたいなものがおもむろにあらわれたのだけれど、十字キーとAボタンで「あてんしょんぷりーず」ととりあえず打ち込んで、またAボタンとBボタンをてきとうに連打すると、
「あ」
やがて「アテンション・プリーズ」のイントロがものすごくちゃちい音質で流れてきて、だからぼくはあわててマイクを探したりマメカラを探したりしたのだが、とうぜんながらマイクもマメカラもテレビの周辺には見当たらなくて、それでもⅡコントローラーにマイクが付いていることを、
「そうだ!」
となんとか思いだして、イントロぎりぎりでそれをオンにして口をちかづけて「アテンション・プリーズ」を弱っちい声でどうにかうたった。
すみれクンのお母さまは翌朝いちばんの電車で○○村に向けて出発するとのことだったので、ぼくが義理で誘った〈高まつ〉での会食も、
「明日は早いし……花柄のはき込んだパンティーで我慢してね、センセ」
と辞退していたのだけれど、翌朝シャワーを浴びて新しい下着に着替えたぼくは、紅茶をマグカップで二杯ほど飲むと、もより駅に向けてすぐ出発していて、といってもこれはすみれクンのお母さまを見送るとかそういうことではなく、なぜか夢に出てきた断捨りん子さんの駅近マンションそばのコンビニで早朝パートをしているうなじが華奢で撫で肩で細身で小柄な三十前後の女子をどうしても見たくなったからで、華奢な女子は夢のなかでわたくし船倉たまきに母乳が出にくいからといって応急処置をもとめてきたのだが、
「あれ……」
だがしかし今朝はシフトに入っていないのか、店内をうろうろしても、どこにも姿はみえなくて、だからぼくは仕方がないので、もちもちチョコブレッドと缶コーヒーをとりあえず買って例のイートインの席でしばし待機することにした。
イートインの席ではテーブルに突っ伏してイビキをかいている人がいて、イビキの人はうなじが華奢で撫で肩で細身で小柄な三十前後の女子に、
「すみません、お客様――」
と声をかけられてもまったく起きる気配がなかったのだけれど、ぼくが華奢な女子に〝いいカッコ〟をするためにご自由にお取りしてよい求人情報の冊子でメガホンをつくって、
「ワオワオ!」
と耳もとでさけんでみると、反射的にイビキの人も、
「ワオワオ♪」
と立ち上がってくれて、ちなみに断捨りん子さんはぼくに気がつくと、
「おおG=Mじゃん、もう一軒行こうぜ!」
といってまたテーブルに突っ伏してしまったのだが、うなじが華奢で撫で肩で細身で小柄な三十前後の女子に、
「お知り合いですか?」
ときかれて、
「ええ、まあ」
とおもわずこたえてしまったぼくは、りん子さんをこのままうっちゃっておくわけにもいかなくなっていたので、しぶしぶながらもりん子さんをおぶってあの凄まじいマンションの部屋までつれていくことにした。
「りん子さん着きましたよ。部屋の鍵、開けてください」
「おまえがやれー」
バッグをわたされたぼくは五六個ジャラジャラひっかけてあった鍵の束を何回か合わせてどうにか部屋を開け、そして衣類の山や食べ散らかしたコンビニ弁当の残骸などをどうにかかいくぐって定位置のコタツのまえにりん子さんをすわらせたのだが、
「コタツの電気つけろー」
といってまたイビキをかきだしたりん子さんのその命令だけはいちおうやっておこうと思ってスイッチをさがしてみても、
「あれ……」
コタツ周辺にはそれらしきものがみつからなくて、それでもコタツ布団をめくってみると、
「あっ、あった」
「入」と「切」だけのシンプルなやつがもぐりこんでいて、コタツのなかにはその他にもバナナの皮だとか割り箸だとか口紅だとか水銀のやつの体温計だとか耳ッピのやつの体温計だとかバスタオルだとか靴下だとか使い捨てカイロだとか紙パックの日本酒だとかチキンラーメンどんぶりだとか未開封のカロリーメイトだとかが収納されてあった。
コタツのなかに水銀のやつの体温計があるとちょっとあぶないかもしれないと思ったぼくは、
「りん子さん、足もうちょっと端によせて」
とたのんだのちに体温計をお取りしたのだが、りん子さんのふくらはぎのあたりにはファミコンだかスーファミだかのカセットらしきものもいくつか転がっていて、それもいちおう取り出してみると、そのカセットの一つは、
「キャオ♪」
なにげに「ピーピーねえねの冒険島」ということになっていた。
りん子さんをゆすり起こして、
「ファミコンやってもいいですか?」
ときくと、りん子さんは、
「勝手にやれー」
といってくれたのだが、しかし、
「いっしょにやりましょうよ」
とこちらが誘ってもりん子さんは「うん」というだけでむにゃむにゃしつつお腹なんかをボリボリ掻いていて、だからぼくはしかたなく一人でテレビのまえに家長然とした物腰でどっかとすわったわけなのだけれど(衣類の山がちょうどローソファのようになっていた)、差しっ放しになっていたゼビウスを引っこ抜いて「ピーピーねえねの冒険島」をいよいよ起動させると、
「けっこう単純だな……」
ピーピーねえねの冒険島はねえねと思われるキャラクターが横にひたすら進みつつ食料や斧などの道具類を補充していく趣になっていて、それでも大きい卵のようなものを蹴っ飛ばすと卵が割れてなかからマメカラのような機器が出てきた。
マメカラに体当たりすると、ねえねはクルクルクルッとまわったのちに雲の上にビョーンと飛び乗っていて、AボタンやBボタンをてきとうに連打すると画面の横っちょにはひらがなの表みたいなものがおもむろにあらわれたのだけれど、十字キーとAボタンで「あてんしょんぷりーず」ととりあえず打ち込んで、またAボタンとBボタンをてきとうに連打すると、
「あ」
やがて「アテンション・プリーズ」のイントロがものすごくちゃちい音質で流れてきて、だからぼくはあわててマイクを探したりマメカラを探したりしたのだが、とうぜんながらマイクもマメカラもテレビの周辺には見当たらなくて、それでもⅡコントローラーにマイクが付いていることを、
「そうだ!」
となんとか思いだして、イントロぎりぎりでそれをオンにして口をちかづけて「アテンション・プリーズ」を弱っちい声でどうにかうたった。