第5話
文字数 3,581文字
その五
実家の応接間で、智美に無理やり、
「たまき叔父さん、ありがとうございます。このことは、夏休みの日記に、かならず書きます」
と三度いわせたぼくは、義姉に軽自動車の鍵を返すと、
「いやっ、夕飯はいいですよ。これからまだ大事な仕事があるんで」
と長居は遠慮して、実家のとなりにある〈船倉荘〉まで歩いて帰ることにしたのだけれど、いつのまにか庭に出てゴルフクラブを振りまわしていた親父に気づかれないよう靴をもって裏口へまわろうとしていると、うしろから智美が、
「じゃあな、ぼんくら」
とここぞとばかりにお尻を蹴ってきて、
「おい、買ってきたゲーム返しちゃうぞ」
と恐い顔をつくりながらおどしても、もう本気にしなくなった姪っ子は、
「たまきの大バカ野郎」
とさらに小さめの声でいうと、タタタターッと親父の書斎に逃げ込んでしまった。
つぐみさんにいった大事な仕事うんぬんというのは、ちょっとオーバーないい方だったかもしれないが、要は沼口隊長に先ほどおしえてもらったところへ電話をかけてみることで、チョコパフェを食べつつおしながきをチェックしていた隊長にさりげなく当時のことをきいてみると、
「うーん」
としばしお口をすぼませた隊長は、
「宇宙もののときは、けっこうスタジオのセットも併用していたからね」
と『Kの森こども電話相談室』のあさ美お姉さんとも面識があったことをかなり信憑性のあるエピソードも交えてほのめかしていたのだけれど、
「ええっ! 着替えてるところも見たことがあるんですかぁ! えっ、ピピピ、ピンクの、パパパパ、パンティー! あっ、姪っ子がいるから……」
とあからさまに昂奮してしまったぼくが、エピソードの合間合間におしながきを音読していた隊長に、
「なにか食べますか?」
と事実上の司法取引(?)をもちかけると、
「それじゃそれじゃね、かかか、かつ丼かつどーん!」
と即答した隊長はすぐ手帳を出してあさ美お姉さんの電話番号をおしえてくれて――もちろん隊長は、
「あの当時にきいた電話番号だから、変わっちゃってるかもしれないですよ……なんか責任、感じちゃうなぁ」
とお目目をうるうるさせていたこちらの心情を気づかってか沼口探険隊においてただひとりの女性隊員だった田上雪子ちゃんの電話番号もおまけ(?)で提供してきたくらいだからぼくもそれほど期待はしていないのだが、若干ふるえながらかけたその番号は案の定いつまでたってもただコール音が鳴り響いているだけで、ちなみに、
「とりあえず『レコードもってます』くらいは、いっちゃおうかな」
とかけた田上雪子ちゃんのほうも、この番号は現在使われておりません、という録音の例のあれがきこえてくるだけなのであった。
中古レコードを収集している山城さんに、
「いま仕事中ですか?」
と電話をかけると、
「いやっ、きょうは休みです」
と寝起きのような声でこたえた山城さんは、おそらくのびでもしたのだろう、
「うわわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
とそのあと怪獣のようにうなっていたのだけれど、じっさいテレビを観ているうちにうとうとしてしまったらしい山城さんは、ぼくにいま何時ですかときくと、
「なんだ、もうそんな時間かぁ」
といいながらまたうわうわうなっていて、だからぼくは起こしてしまったのを詫びたのちに、
「あらためて、かけ直しますね」
といったん電話を切ることにした。
「いやっ、だけどコーラ飲んだら、ちょっとシャキッとしてきました。いまでもいいですよ」
「あのう、田上雪子のレコードって、持ってますか?」
「田上雪子? ジャズ系ですか?」
「女性隊員だったらしいんです。ぼくもぜんぜん記憶にないけど。なんか、いちおうレコードも出してるみたいなんですよ」
「女性隊員? まあどちらにしても、田上雪子っていうのは、たぶん持ってないなぁ……」
「探してくれませんか? それで、できればCDとか、そういうのに焼いてほしいんです。ぼく、レコードプレーヤー持ってないんですよ」
「レコードがあれば、そんなのかんたんですけど……」
とつぜん先のようなことをたのまれてきっとあんぐりしていた山城さんに〈うなぎ食堂〉での出来事をざっと説明すると、
「沼口隊長、元気なんだぁ!」
とやはりおどろいていた山城さんは、さらにコーラをグビグビやりつつ、
「もっとくわしく話をききたいなぁ! ねえ船倉さん、これからウチに来ませんか? わたしいま、寿司づくりに凝ってるんですよぉ」
とまたぞろ誘ってくれたわけだが、しかし先ほどの電話の着信通知を受けたあさ美お姉さんがこのあと折り返しの電話をかけてきてくれて、
「ああ〈高まつ〉知ってますか! じゃあ、そこで待ち合わせませんか?」
と料亭で急遽お会いできることになったために山城さんの創作寿司品評会は約束したのはこちらのほうが先であるが、また後日ということになってしまって、
「あの、あさ美お姉さんですよ。山城さんもぜひ同席してください」
とぼくが再度電話をかけると、山城さんは、
「でも、あさ美お姉さんだったら、完全に歳はいっちゃってるでしょう」
と案の定こちらには、ほとんど興味をしめさなかったのだった。
あさ美お姉さんと約束した時間よりもすこし早めに〈高まつ〉へ行くと、この日も佐分利さんと笠さんとあと中村さんの三人が槇の間で飲んでいて、つい最近〈高まつ〉に書類を置きわすれたばかりの中村さんは、
「あっ、その節はありがとう。おかげで助かりました」
と第一発見者だったぼくにいうと、またぞろ若い後妻をもらった北さんが心臓発作で今朝亡くなったとかという得意の冗談をいって、女将さんを騙そうとしていたけれど、
「あんまりにも若い細君をもらったから、無理が祟ったんだよ。女将さんもほどほどにしておいたほうがいいよ」
とニヤけていたいつも多忙なふりをしている中村さんは、じっさいあの〈押入タンス銀行〉の重役なのだが、書類を届けてあげたときも別室でまたちがう同級生とのんびり同窓会の打ち合わせをしていて、そういえば、何度か仕出し弁当をとくべつに届けてあげたことがある和貴子さんも、
「仕事をしているよう装うために、きっとお弁当たのんできたのね。だってね、北さんと将棋さしてらしたのよ」
と以前いっていた気がする。
一杯機嫌の笠さんが得意の詩歌を朗吟しだしたころに、
「こんばんは」
と鯨の間にあがってきたあさ美お姉さんに長年あたためてきた質問をこちらも一杯機嫌でぶつけてみると、
「うん。いい質問ね。あのCMはね、カネボウ、フォー、ビューテホー、ヒューマンライフって、いってるのよ」
とやさしくこたえてくれたあさ美お姉さんは間髪をいれずぶつけたさらなる質問にも、
「もちろんきょうもピンクよ。お姉さんのラッキーカラーなの」
と笑顔で対処してくれたのだが、かつてアグネス・チャン関連の質問をしたときに、
「あらっ、じゃあ、たまきくんとお姉さんは、おなじ干支なのねぇ」
とつい実年齢を公表してしまった一回り上のあさ美お姉さんは、なんでも現在はテレビでの経験を生かして結婚相談師のようなことをなされているのだそうで、あらためて沼口隊長との取り引きをかいつまんで説明してみると、
「あらっ、そうだったの。お姉さん、うっかり、そちらのご相談かと思っちゃったわ」
とあさ美お姉さんは手のひらに収まるサイズの女性の写真群のほうは、おもむろにバッグにしまっていたのだった。
「うーん、たまきくんのお話をきいていると〝G=M〟というのは、ガンガン舞い込んでくるやっかいごとを、まるく収めていくっていう意味のような気がしてきたわ、お姉さん」
などといいつつなにげにぼく以上のペースでお酒を飲んでいたあさ美お姉さんは、要所要所で、
「好きなタイプは?」
ともこちらにきいて自身の裏の仕事(?)を成就させようとちっちゃい写真をまめにチェックされていたが、それでもいちばん重要なことをいよいよ相談すると、
「森中市長が○○村でお詫び行脚するさいは、誰かがほかの何かを撮影しているときに偶然市長の行脚が映っちゃったって感じにしたほうがいいと思うな、お姉さんは。お詫びしているところをアピールしすぎると、思惑がバレちゃうでしょ」
というような目から鱗のアドバイスもあさ美お姉さんは贈ってくれて、このあたりは、さすがにかつて『Kの森こども電話相談室』のパーソナリティーを務めていただけのことはあるなぁと後半合流した槇の間の旦那連中も感心していた。
「しかし船倉さんも若いのに、感心だね」
「どうしてですか? 佐分利さん」
「だって、スーちゃんがタイプなんだろ。小津安二郎監督がもっと生きていたら、スーちゃんを毎回つかってただろうって、いわれてるんだよ。あの人の世界はほら、自分の好きなものだけで、できてるから」
実家の応接間で、智美に無理やり、
「たまき叔父さん、ありがとうございます。このことは、夏休みの日記に、かならず書きます」
と三度いわせたぼくは、義姉に軽自動車の鍵を返すと、
「いやっ、夕飯はいいですよ。これからまだ大事な仕事があるんで」
と長居は遠慮して、実家のとなりにある〈船倉荘〉まで歩いて帰ることにしたのだけれど、いつのまにか庭に出てゴルフクラブを振りまわしていた親父に気づかれないよう靴をもって裏口へまわろうとしていると、うしろから智美が、
「じゃあな、ぼんくら」
とここぞとばかりにお尻を蹴ってきて、
「おい、買ってきたゲーム返しちゃうぞ」
と恐い顔をつくりながらおどしても、もう本気にしなくなった姪っ子は、
「たまきの大バカ野郎」
とさらに小さめの声でいうと、タタタターッと親父の書斎に逃げ込んでしまった。
つぐみさんにいった大事な仕事うんぬんというのは、ちょっとオーバーないい方だったかもしれないが、要は沼口隊長に先ほどおしえてもらったところへ電話をかけてみることで、チョコパフェを食べつつおしながきをチェックしていた隊長にさりげなく当時のことをきいてみると、
「うーん」
としばしお口をすぼませた隊長は、
「宇宙もののときは、けっこうスタジオのセットも併用していたからね」
と『Kの森こども電話相談室』のあさ美お姉さんとも面識があったことをかなり信憑性のあるエピソードも交えてほのめかしていたのだけれど、
「ええっ! 着替えてるところも見たことがあるんですかぁ! えっ、ピピピ、ピンクの、パパパパ、パンティー! あっ、姪っ子がいるから……」
とあからさまに昂奮してしまったぼくが、エピソードの合間合間におしながきを音読していた隊長に、
「なにか食べますか?」
と事実上の司法取引(?)をもちかけると、
「それじゃそれじゃね、かかか、かつ丼かつどーん!」
と即答した隊長はすぐ手帳を出してあさ美お姉さんの電話番号をおしえてくれて――もちろん隊長は、
「あの当時にきいた電話番号だから、変わっちゃってるかもしれないですよ……なんか責任、感じちゃうなぁ」
とお目目をうるうるさせていたこちらの心情を気づかってか沼口探険隊においてただひとりの女性隊員だった田上雪子ちゃんの電話番号もおまけ(?)で提供してきたくらいだからぼくもそれほど期待はしていないのだが、若干ふるえながらかけたその番号は案の定いつまでたってもただコール音が鳴り響いているだけで、ちなみに、
「とりあえず『レコードもってます』くらいは、いっちゃおうかな」
とかけた田上雪子ちゃんのほうも、この番号は現在使われておりません、という録音の例のあれがきこえてくるだけなのであった。
中古レコードを収集している山城さんに、
「いま仕事中ですか?」
と電話をかけると、
「いやっ、きょうは休みです」
と寝起きのような声でこたえた山城さんは、おそらくのびでもしたのだろう、
「うわわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
とそのあと怪獣のようにうなっていたのだけれど、じっさいテレビを観ているうちにうとうとしてしまったらしい山城さんは、ぼくにいま何時ですかときくと、
「なんだ、もうそんな時間かぁ」
といいながらまたうわうわうなっていて、だからぼくは起こしてしまったのを詫びたのちに、
「あらためて、かけ直しますね」
といったん電話を切ることにした。
「いやっ、だけどコーラ飲んだら、ちょっとシャキッとしてきました。いまでもいいですよ」
「あのう、田上雪子のレコードって、持ってますか?」
「田上雪子? ジャズ系ですか?」
「女性隊員だったらしいんです。ぼくもぜんぜん記憶にないけど。なんか、いちおうレコードも出してるみたいなんですよ」
「女性隊員? まあどちらにしても、田上雪子っていうのは、たぶん持ってないなぁ……」
「探してくれませんか? それで、できればCDとか、そういうのに焼いてほしいんです。ぼく、レコードプレーヤー持ってないんですよ」
「レコードがあれば、そんなのかんたんですけど……」
とつぜん先のようなことをたのまれてきっとあんぐりしていた山城さんに〈うなぎ食堂〉での出来事をざっと説明すると、
「沼口隊長、元気なんだぁ!」
とやはりおどろいていた山城さんは、さらにコーラをグビグビやりつつ、
「もっとくわしく話をききたいなぁ! ねえ船倉さん、これからウチに来ませんか? わたしいま、寿司づくりに凝ってるんですよぉ」
とまたぞろ誘ってくれたわけだが、しかし先ほどの電話の着信通知を受けたあさ美お姉さんがこのあと折り返しの電話をかけてきてくれて、
「ああ〈高まつ〉知ってますか! じゃあ、そこで待ち合わせませんか?」
と料亭で急遽お会いできることになったために山城さんの創作寿司品評会は約束したのはこちらのほうが先であるが、また後日ということになってしまって、
「あの、あさ美お姉さんですよ。山城さんもぜひ同席してください」
とぼくが再度電話をかけると、山城さんは、
「でも、あさ美お姉さんだったら、完全に歳はいっちゃってるでしょう」
と案の定こちらには、ほとんど興味をしめさなかったのだった。
あさ美お姉さんと約束した時間よりもすこし早めに〈高まつ〉へ行くと、この日も佐分利さんと笠さんとあと中村さんの三人が槇の間で飲んでいて、つい最近〈高まつ〉に書類を置きわすれたばかりの中村さんは、
「あっ、その節はありがとう。おかげで助かりました」
と第一発見者だったぼくにいうと、またぞろ若い後妻をもらった北さんが心臓発作で今朝亡くなったとかという得意の冗談をいって、女将さんを騙そうとしていたけれど、
「あんまりにも若い細君をもらったから、無理が祟ったんだよ。女将さんもほどほどにしておいたほうがいいよ」
とニヤけていたいつも多忙なふりをしている中村さんは、じっさいあの〈押入タンス銀行〉の重役なのだが、書類を届けてあげたときも別室でまたちがう同級生とのんびり同窓会の打ち合わせをしていて、そういえば、何度か仕出し弁当をとくべつに届けてあげたことがある和貴子さんも、
「仕事をしているよう装うために、きっとお弁当たのんできたのね。だってね、北さんと将棋さしてらしたのよ」
と以前いっていた気がする。
一杯機嫌の笠さんが得意の詩歌を朗吟しだしたころに、
「こんばんは」
と鯨の間にあがってきたあさ美お姉さんに長年あたためてきた質問をこちらも一杯機嫌でぶつけてみると、
「うん。いい質問ね。あのCMはね、カネボウ、フォー、ビューテホー、ヒューマンライフって、いってるのよ」
とやさしくこたえてくれたあさ美お姉さんは間髪をいれずぶつけたさらなる質問にも、
「もちろんきょうもピンクよ。お姉さんのラッキーカラーなの」
と笑顔で対処してくれたのだが、かつてアグネス・チャン関連の質問をしたときに、
「あらっ、じゃあ、たまきくんとお姉さんは、おなじ干支なのねぇ」
とつい実年齢を公表してしまった一回り上のあさ美お姉さんは、なんでも現在はテレビでの経験を生かして結婚相談師のようなことをなされているのだそうで、あらためて沼口隊長との取り引きをかいつまんで説明してみると、
「あらっ、そうだったの。お姉さん、うっかり、そちらのご相談かと思っちゃったわ」
とあさ美お姉さんは手のひらに収まるサイズの女性の写真群のほうは、おもむろにバッグにしまっていたのだった。
「うーん、たまきくんのお話をきいていると〝G=M〟というのは、ガンガン舞い込んでくるやっかいごとを、まるく収めていくっていう意味のような気がしてきたわ、お姉さん」
などといいつつなにげにぼく以上のペースでお酒を飲んでいたあさ美お姉さんは、要所要所で、
「好きなタイプは?」
ともこちらにきいて自身の裏の仕事(?)を成就させようとちっちゃい写真をまめにチェックされていたが、それでもいちばん重要なことをいよいよ相談すると、
「森中市長が○○村でお詫び行脚するさいは、誰かがほかの何かを撮影しているときに偶然市長の行脚が映っちゃったって感じにしたほうがいいと思うな、お姉さんは。お詫びしているところをアピールしすぎると、思惑がバレちゃうでしょ」
というような目から鱗のアドバイスもあさ美お姉さんは贈ってくれて、このあたりは、さすがにかつて『Kの森こども電話相談室』のパーソナリティーを務めていただけのことはあるなぁと後半合流した槇の間の旦那連中も感心していた。
「しかし船倉さんも若いのに、感心だね」
「どうしてですか? 佐分利さん」
「だって、スーちゃんがタイプなんだろ。小津安二郎監督がもっと生きていたら、スーちゃんを毎回つかってただろうって、いわれてるんだよ。あの人の世界はほら、自分の好きなものだけで、できてるから」