第46話

文字数 2,536文字

      その四十六

 翌朝まだ半分夢見心地で、
「そういえば、山城さんもデータ化されたもののバックアップをもってたんだ……」
 と寝床で思いだしたぼくは、夢見心地のまま山城さんに「沼口探検隊がゆく」の動画を探してもらう方法をかんがえつつまたむにゃむにゃ寝てしまっていたのだけれど、お昼ちかくになって、
「いけない。寝坊してしまった……」
 とようやく起き上がると、和貴子さんが、
「コンビニでさっきトランクス買ってきたんですけど、それでもよくて」
 と寝室のふすまを開けてきて――どうやらぼくは昨晩もあさ美お姉さん相手に飲み過ぎてしまって、こちらの別邸にまたぞろ泊まらせてもらっていたみたいだ。
「すいません。毎度まいど、お世話になっちゃって」
「かまわなくてよ」
 和貴子さんにことわって浴室をお借りしたぼくは、全身を泡だらけにしながら夢にたまに出てくるじっさいには存在しない古書店のことを、
「夢見てるときはなんで気づかないのかな……」
 とかんがえたり、水にしたシャワーをあたまからかぶったのちにすぐ怖気づいてお湯にもどしたりしていたのだが、やがて風呂からあがり、ペットボトルのスポーツドリンク(こちらも和貴子さんがコンビニで買ってきてくれていた)をがぶ飲みして、
「うん、だんだん調子良くなってきたぞ」
 と和貴子さんがつくってくれたおかか雑炊を食べだすと、
「うまかった」
「もっとあがる?」
 と雑炊をよそっていた和貴子さんが、
「あっ、そうだ。ねえねえたまきさん知ってて。山城さん、りん子さんのこと好きなんですって」
 と唐突にいってきて、それで茶碗を受け取ったぼくが、
「そうなんですか……でもりん子さん、ぼちぼち歳はいっちゃってるはずだけどな」
 と山城さんの嗜好をかんがみつつ首をひねったり、ふーふーを怠って、
「アチッ」
 とおかわりした雑炊を食べたりしていると、和貴子さんは、
「わたしも最初はそう思っててよ。でももしかしたら、山城さんはツインテールにしている女の子がそもそも好きで『歳がいっちゃってる』といつも評してるのは『ツインテールじゃない』という意味なのかもしれないって気がしてきてよ」
 という一種の新説を出してきたのだけれど、りん子さんはたしかに〝絶りん子〟として活動するさいは髪をいつもツインテールにしていて……そういえば、数年前はウルトラの母の人形をぼくに提示して、
「これを飾っておくと、元気が出てくるんですよぉ」
 とたまにいっていたが、たぶんソフトビニール製のそのウルトラの母も、確かに髪をツインテールに結っていて、
「あの当時『まいっちんぐマチコ先生』の容姿も絶賛してたけど、でも人形みたいなものは、もってなかったもんな……」
 かんがえればかんがえるほど、和貴子さんのこの説が正しいような気がしてくるのであった。
「和貴子さん、これは大発見かもしれないね」
「わたしも、そう思っててよ」
 雑炊を食べ終えたころくらいに、ダルトンから、
「当初の日程に国事が入ってしまったんだ。スケジュールの変更希望。急でわるいけど〈お食事処小野〉に行くの、一日早めてもらって明日っていうのはどうかな?」
 というメールが送信されてきたので、
「いいよ。明日旅館で落ち合おう」
 とメールを返信して、ぼくは別邸を、
「つぎのコミュニティーバス、間に合うな」
 と急いで出たのだが(玄関先まで見送ってくれた和貴子さんの割烹着のポケットに小さく折った一万円を大旦那然とした物腰で突っ込んでおいた)、船倉荘にもどってしばしぼぉーっとしたのちに、おもむろに立ち上がって今度は公園のベンチで、
「五キロほどスローペースで走る予定が、エロい初見の人妻が犬の散歩をしていたものだから、ついつい十六キロも走ってしまった……」
 とまたぼぉーっとしていると、ふたたびダルトンから、
「できれば、川上さんをまた連れてきてほしいな……」
 というメールが送られてきて、だからぼくはダルトンに返事を送るまえに、とりあえず川上さんの都合を確認してみることにした。
「もしもし」
「あら、船倉さん」
 川上さんは今朝方お祖父様に用事をたのまれたらしく、
「ホームセンターの奥の駐車場の端っこにあるんだけど」
「知ってる知ってる。あそこにあるよね」
「やったことある?」
「何回もあるよ。義姉にたのまれてね」
 とぼくもたまにつかっている〝コイン精米所〟で三十キロほどの玄米を精米したようなのだが、普段ほとんどもたない重いものをクルマの後部座席から精米するその小屋まで運んだり、ホームセンターまで来たついでにペットボトルのお茶だとか缶ビールのケースだとかを買い物カートに、
「よいしょ」
 と乗せたからか、あるいはお祖父様をおぶりでもしたのか、ちょっと腰だか背中だかを痛めてしまったみたいで、だから川上さんは、
「お祖父さんの家で精米したてのご飯でお昼いただいたから、よかったんですが……」
 といつもより沈んでいる感じだったのだけれど、船倉さんはきょうお昼なに食べたの、という問いに、
「おかか雑炊だよ」
 と和貴子さんお手製のことはいわずにこたえると、川上さんは体勢を変えたのか、
「イタタタタ」
 とたぶん腰をさすったのちに、
「えっ、そんなにわたしの〝おかんこ〟を頂戴したいんですか?」
 と急に元気な声でいってきて、ちなみにこの〝おかんこ〟なるお言葉はわたくし船倉たまきも若いころに森鴎外経由で学んでいて、おもに友だちと話すさいの隠語として乱用していたことがある。
「おかんこじゃないよ。おかか雑炊だよ、川上さん」
 川上さん推薦図書のなかには森鴎外の作品も一作あって、ちなみにぼくは鴎外よりも漱石よりも徳田秋声がどういうわけか好きなのだが、川上さんは常日頃、自分は変態なんだと公言していても服装はいつも地味だし、あと鴎外だとか漱石だとか、そういう古い文学作品もよく読んでいて――だからきっと先のお言葉もそれらの作品に精通している関係で知っているのだろう。
「じゃあ、おかか雑炊とわたしのおかんこ、どちらが最終的には食べたいですか? ちゃんとこたえてください」
「うーむ……ちょっと、かんがえさせてください」
「どうぞ」
「いいます」
「はい」
「ええ、おかんこのほうを、頂戴したく存じます」
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