第55話

文字数 3,741文字

      その五十五

 モンブランの皇帝はこののち違法カードゲームでの悪行が明るみに出て失脚していたのだが、
「え? おニャン子カードゲームって、べつに違法じゃないですよね?」
「軍師、新聞よく見てください。これほら、小さい〝ャ〟が抜けていて、そして〝ニ〟のところが伏せ字になってるでしょ」
「ああ、ホントだ」
 つまりモンブランの皇帝は新聞の表記を引用すると「お○ン子カードゲーム」にからんだなにかで皇帝の座を追われたらしいのだ。
 モンブラン皇帝による離間の計にまんまとはまっていたガトーショコラとピーチタルトの両皇帝は、
「ガトッチ悪かったな。これ返すよ」
「でもこれ、ジャクソンが買ったヒラグモなんだから、おれ金払うよ」
「いいよ」
「え、いいの。じゃあ、これあげるよ」
「え! これ賀川雪絵ちゃんランドセルじゃん。いいの?」
「いいよ。あとさ、こっちもやっぱテレビ廃止するから」
「ダルトンくん、反対しないかい?」
「ガトーショコラのテレビなんか無くてもぜんぜん平気だって昨日もいってたよ――息子も成長したな」
 という感じでこのあとおかげさまで仲直りしていたのだが、
「やっぱり〈吉牛家〉の牛丼はおいしいなぁ」
 とガトーショコラより輸出を再開してもらった牛肉をみんなで味わうようになっても范礼一さんだけはどことなく淋しそうにしていて――まあこれは恋人だった西施子さんがモンブラン帝国のスパイだったのだから、無理もないだろう。
 西施子さんは元々モンブラン帝国の国民で、このスパイ活動は国にいる実兄の出世のために引き受けたみたいだったが、
「これだけ全部自供してくれたしな……」
「ガトーショコラのほうにも立証してくれましたしね」
 などと内々で協議したすえにモンブランと取引して「お甘粉」の製造許可をもらうのと交換で西施子さんを自国に返してあげたのちも西施子さんは菊池さんにだけはたまにメールをよこしてきていて、
「元気にしてるんだね」
「うん。最近お花屋さんでパートはじめたみたい」
 しかしじつをいうと、いちばん最初に、
「西施子さんはなんか怪しいなぁ」
 といいだしたのは、菊池さんなのである。
 菊池さんの話をきいて、
「ふむふむ――確かに怪しいなぁ」
 と思ったぼくはお甘粉の件で確信に至ったのちに菊池さんと相談して例のお焚き上げを使っての引っ掛け大作戦をかんがえたのだが、すみれクンのお母さまより寄贈されたパンティーや中西さんのことは事前に説明していても実家に帰ったふりをするために一時身を隠していた〈高まつ〉の別邸で和貴子さんからきいたらしい百万円のことはもちろん話していなかったので、
「いや、それはね、あそこはいつもツケで飲んでたから、菊池さんと結婚したのを機にきっちり払っておこうと思ったんだよ。ほら、これからはもうあんまりK市には行かないじゃん」
「でも和貴子さんがいってたことは、ちょっと違うけどな……」
「そんなことより菊池さん、なにか飲むかい? 育ちざかりに栄養ごくごくつくってあげようか? そのあとは背中も流してあげるし、パジャマも着せてあげるし」
 とぼくはこのところ、さらに菊池さんに気をつかうことになっているのだった。
 気をつかうといえば、○○村の小春おばちゃんは雪子さんの跡を継ぐようなかたちで旅館の一室でニート生活をしているダルトンに雪子ちゃんにたいして以上に気をつかっていて、ちなみにこちらは、
「ダルトンさんはいつもたくさんお小遣いをくれるものですから」
 という理由もあって、そうしているみたいなのだが、そのダルトンは先日も、
「パイドン、田宮二郎のほうの『白い巨塔』観たことあるかい?」
「あるよ」
「あれ超おもしれーな」
 となにかをパラパラめくりながら電話をかけてきて、ダルトンは自身がもっていた衛星電波のすげーいいやつのあれと雪子ちゃんの古いブラウン管テレビを組み合わせると、さらにいろいろな番組を視聴しまくれると発見したようなのだ。
「テレビ観るのに忙しくて、ガトーショコラの国事なんかやってる暇ないよ」
「あっ、そういえば、このあいだ親父様に『きんぺいばい』をたくさんいただいちゃったんだ。よろしくいっといてよ、ダルトン」
 やり手の藤吉郎さんは現在一週間もぶっつづけで家臣団やそのほかの関係者たちと宴会をしているのだが、
「全財産使い切るぞー!」
 とおそろしいほど散財しているのは要はピーチタルト帝国はもうしばらくすると滅亡してしまうからで、失脚したモンブランの前皇帝はその腹いせに「虎Jシン&フビライチャン連合」という宇宙のあらくれものの軍団を雇ったらしいのだが、そのあらくれものの軍団がもうひと月もすると、強奪先からもどってきて、いよいよピーチタルトに奇襲を仕掛けてくるのだ。
 この情報を最初によこしてきたのは沼口隊長で、隊長は船倉荘のおもてのベンチで〈出不精屋〉のキッチンカーを待っていたスーマリ氏にこの伝言を託すと、またぞろ仰向けにぶっ倒れてピクピクしていたようなのだが、いちおうミニスターにこれこれこういう情報があるんですけど、と連絡すると、
「わたしも調べてみます」
 と電話を切ったのちに今度はメールで、
「その情報は本当ですね」
 と送信してきて、ぼくは最初いくらあらくれものといってもそんな三十人程度の騎馬隊くらいで国がやっつけられるはずがない、と高をくくっていたのだけれど、ぼくの以前の要請を全面的に聞き入れていた范礼一さんは国防費のほぼすべてをマイケル・ジャクソンのスリラーダンスの稽古に費やしてしまっていて、
「ですからいま現在は完全に丸腰です。奴らが攻めてきたら完璧にやられます、ハイ完璧にやられます」
 といよいよ諦めた様子のミニスターはやけに清々しくしているのだった。
「はまぐりっちの着ぐるみも、一回稼働したら、そのあと半年充電しないと使えないですしね」
「あのモビルスーツは威力のほうはすごいけど、そういう弱点があるんですよね。152センチ以上の人は着られないし……」
「でもあとひと月は大丈夫でしょうから、おのおの好きなことをしてましょう。ね、軍師」
 このときぼくはたまたまK市にもどっていて、それは好きなことをするためではなく、マコンドーレの古株幕臣の葬儀に出るためだったのだが、その義理を済ませて船倉荘に帰った晩は、
「好きなことしておくか」
 と中西さんと好きなことをして、翌朝も、
「好きなこと、しとくか」
 と昨晩とおなじことをすると、さすがにくたくたへろへろになったぼくは風呂に入ったのちにお昼前についうとうと寝てしまっていて、それで夢のなかでは、夢の世界にだけ存在する例の古書店にまたぞろ立ち寄ることになっていたので、
「好きなことするか」
 とこのあいだのティナ・ウェイマスのヌード写真を物色することにしたのだけれど、
「あれ?」
 しかしその写真集は赤木さんがもう手に取って顔を本に限界まで近づけて夢中で鑑賞していて、それでも赤木さんはぼくに気がつくと、
「観る?」
 と写真集を手渡してくれた。
 場面は夢なのでいつのまにかKの森総合公園に変わっていて、赤木さんはぼくの走るスピードに合わせてくれながら、いつものように近況等をきいてきたりしていたのだけれど、それにてきとうにこたえたのちに、ふとひらめいたぼくが、
「今度の新作に出てきた『虎Jシン&フビライチャン連合』の弱点って何なんですか?」
 とかまをかけてみると、赤木さんは、
「弱点かぁ……それはまだかんがえてなかったなぁ」
 と後頭部をさすりつつわらっていて、それでぼくが自分の名前をつかわせてあげているのだから、たまにはぼくのアイデアを採用してくださいよとせがんでみると、赤木さんは走るのをやめて腰まわりのポケットからケータイを取り出したので、
「どうぞ」
 という赤木さんにたいし、
「虎Jシン氏はマイケル・ジャクソン恐怖症で、フビライチャンはピエロ恐怖症で、その軍団の騎馬隊長だか現場監督みたいな奴はマクドナルドのドナルドの恐怖症で、あと事務長みたいな野郎はドムドムバーガー恐怖症にしてくれませんか?」
 と頼んでみたのだけれど、スマホでメモを取っていた赤木さんは、
「あはははは。それ最高だね。使わせてもらうよ」
 とこの陳情を思いのほかすんなり聞き入れてくれて、やがて赤木さんは、
「じゃ、さっそく家に帰って執筆するね」
 と手を振りながら公園のコースを外れていった。
 ひと月後、奇襲を仕掛けてきた虎Jシン&フビライチャン連合はピーチタルトの国民総出の大迫力のスリラーダンスに完全にビビッちゃっていて、それは、
「退散だぁ!」
 といっても腰が抜けて誰も動けないほどのビビリまくり様だったのだけれど、そんな連中にピーチタルトのほうからお甘粉で揚げたから揚げやきんぺいばいの湯漬けなどを振る舞ってあげると、あらくれものの連中は、
「ありがとう。ピーチタルトの人たちって、やさしいな……」
 と逆に感動していて、改心した連中は、この後范礼一さんが出した取引をうるうるしたお目目のまま受け入れると、シュークリーム帝国とシューアイス帝国のいくさの仲裁をするために、
「いってきまーす」
 とから揚げをもぐもぐ食べつつ旅立って行った。


  (第四部 了)
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