第43話
文字数 2,579文字
その四十三
西施子さんは菊池さんの予想どおりKの森青空市には、
「知らない人のところにぬいぐるみが行ってしまうのはやっぱり嫌だわ」
という理由により参加しないことになって、ヒポクラテス人形ひとつしか処分するものがない菊池さんもだからけっきょくバザーには不参加ということになっていたのだけれど、
「しばらくこっちには戻らないけど、よろしくね」
「うん。いってらっしゃい」
と菊池さんを抱きしめたのちに馬車で〈うなぎ食堂〉におもむいて、
「ええとね、うな重ひとつ」
「すいません。ウチ、うな重はやってないんです」
「じゃあ、たぬきそばひとつ」
といつものように注文してK市にもどってまっすぐ旧メロコトン屋敷に向かうと、屋敷にはすみれクンのお母さまもどうやらきょうは遊びに来ていて、お母さまは玄関先で、
「センセ、すみれがすごいことを発見したんですよ」
とぼくを出迎えてくれると、こちらの手を取って二階にあがるよう、さっそくうながしてきた。
二階では小津安二郎の映画に出てくるような古いラジオのいわゆる〝つまみ〟をすみれクンが真剣な面持ちで調整していて、すると、
「あっ、また、ちゃんと入った」
とやがてラジオからはクリアな音でなにかしらの番組が流れてきたのだが、
「センセ、この番組わかります?」
とすみれクンのお母さまにいわれて耳をよくそばだててみると、
「ああ、あの司会者だ」
この古いラジオからは、すみれクンのお母さまが昨年の暮れに電話で出演した悩み相談の番組が――ラジオだからとうぜん音声だけだが――流れていて、なんでもすみれクンはこの裏技(?)をメロコトン博士の論文より発見したのだという。
「でもこの論文も、元々は大野モモさんからの手紙をヒントに書かれているんですよね」
「でしょでしょ」
すみれクンのお母さまはパラボラアンテナもないのにこんな古いラジオでCS放送が入るのはすごいといっていて、ちなみに娘のすみれクンはそれについてはなにもいわなかったので、ぼくもてきとうに、
「ふむふむ」
と調子を合わせていたのだけれど、しかし悩み相談の番組は臨時ニュースが入った関係で途中で唐突にぶつ切れになってしまっていて、どうやらこの臨時ニュースはシュークリーム帝国とシューアイス帝国との例の〝いくさ〟の速報を映しているようだった。
「なにか『エイ、エイ、オー』とか『一番隊突っ込めー!』っていう掛け声がきこえませんか、センセ」
「運動会ですかね」
「ああ、疲れちゃった。お母さん、お昼つくって」
「焼きうどんならすぐできるけど」
「コーチ、お昼、焼きうどんでもいいですか?」
「もちろん。お母さまの焼きうどんは絶品だもんね」
「センセ、きょうはお上手なんですね。あとでキャミワンピ着ちゃおうかしら」
焼きうどんができあがって、三人で、
「いただきまーす」
とやがて食べだすと、すみれクンはおもむろに立ち上がったのちに棚からふりかけらしきものを出してきて、
「うん、すごい合う。この食べ方もぜんぜんありかも」
とそれを焼きうどんにふりかけて味わっていたが、
「コーチ、ちょっと食べてみてください。めちゃくちゃおいしいですよ」
と差し出してきたふりかけはガトーショコラ帝国でしか手に入らないあの高級ふりかけ「きんぺいばい」で、ぼくが腰を抜かすほど驚いて、それでもすみれクンに、
「このふりかけ、どどど、どこでどこで買ったんだい?」
と平静を装いながらきいてみると、すみれクンは、
「こないだ出先で買ったんですよ、コーチ」
といったのちにそのコーチのぼくに軽く目配せをしてきた。
すみれクンのお母さまはちょっとすねている感じだったので、すこしだけ「きんぺいばい」をかけて焼きうどんを味見したのちに、
「うん、わるくはないけれど、やっぱりお母さまがつくったオリジナルの味付けのほうがぼくは好きだな」
といっておいたのだが(とたんにお母さまの表情は明るくなった)、焼きうどんを食べ終えてすみれクンのお母さまに洗い物をしてもらっている最中に二階に素早くあがってふりかけを購入するに至った経緯をざっときいてみると、すみれクンは、
「わたし、すごい寝不足で朦朧としながらあてずっぽうでやったんです。だからそのあと一回も行けてないんですけど、でもそのときはどういうわけなのか、ガトーショコラに行けちゃってたんですよね」
とその方法が組み込まれているらしい暗号めいたメロコトン博士の論文をおもむろにわたくし船倉大コーチにみせてくれた。
ガトーショコラ帝国でも徐々にぼくの存在は知られているらしく、だから范礼一さんからは、
「K市経由でもガトーショコラにいま出向くのは危険かもしれません」
「電気アンマの刑になっちゃうんですか?」
「軍師だとわかったら、電気アンマ二十五年くらい喰らう可能性があります」
と助言を受けているのだが、そんなわけなので、たとえすみれクンがガトーショコラ帝国に入国する方法を完全にみつけだしても慎重派のぼくはいまのところまったくあちらに出向く気はなくて、ちなみに、
「でも、どうしてコーチもガトーショコラ帝国のこと知ってるんですか?」
という慎重派にしてはたいへん迂闊だった凡ミスにたいする元教え子の鋭い問いにたいしては、
「あのね、なんかほら、温泉旅館行ったじゃん。○○村の、お母さまとおれ調査に行ったじゃん。じゃん。で、そのときさぁ、変なラーメン屋行ったらさぁ、なんかとなりに変な仮眠室みたいなのがあってさぁ、そこで休んでた変なばあさんに売りつけられたんだよ」
「『きんぺいばい』をですか?」
「そうそう。ガトーショコラの名物だからって。安くしてくれるっていうし、これも記念かなと思って一箱買ってあげたんだよ」
「ふむふむ」
「変なリヤカー引いて手売りしてるみたいだったしさぁ……なんかそのばあさんが、かわいそうになっちゃってさ――ね、かわいそうじゃん、じゃん!」
「そうだったんですねぇ」
という方法でわたくし電気アンマ対策万全軍師は、
「じゃん、じゃん」
どうにかお茶を濁していて――それにしてもメロコトン博士は昔の恋人の大野モモさんが本当はすごいのかもしれないけれど、いくつかの研究においてはいわゆる〝大発見〟の一歩手前までは行っていたようだ。
「おれにくれた形見だって結果的にはぼちぼち役に立ってるしな……」
西施子さんは菊池さんの予想どおりKの森青空市には、
「知らない人のところにぬいぐるみが行ってしまうのはやっぱり嫌だわ」
という理由により参加しないことになって、ヒポクラテス人形ひとつしか処分するものがない菊池さんもだからけっきょくバザーには不参加ということになっていたのだけれど、
「しばらくこっちには戻らないけど、よろしくね」
「うん。いってらっしゃい」
と菊池さんを抱きしめたのちに馬車で〈うなぎ食堂〉におもむいて、
「ええとね、うな重ひとつ」
「すいません。ウチ、うな重はやってないんです」
「じゃあ、たぬきそばひとつ」
といつものように注文してK市にもどってまっすぐ旧メロコトン屋敷に向かうと、屋敷にはすみれクンのお母さまもどうやらきょうは遊びに来ていて、お母さまは玄関先で、
「センセ、すみれがすごいことを発見したんですよ」
とぼくを出迎えてくれると、こちらの手を取って二階にあがるよう、さっそくうながしてきた。
二階では小津安二郎の映画に出てくるような古いラジオのいわゆる〝つまみ〟をすみれクンが真剣な面持ちで調整していて、すると、
「あっ、また、ちゃんと入った」
とやがてラジオからはクリアな音でなにかしらの番組が流れてきたのだが、
「センセ、この番組わかります?」
とすみれクンのお母さまにいわれて耳をよくそばだててみると、
「ああ、あの司会者だ」
この古いラジオからは、すみれクンのお母さまが昨年の暮れに電話で出演した悩み相談の番組が――ラジオだからとうぜん音声だけだが――流れていて、なんでもすみれクンはこの裏技(?)をメロコトン博士の論文より発見したのだという。
「でもこの論文も、元々は大野モモさんからの手紙をヒントに書かれているんですよね」
「でしょでしょ」
すみれクンのお母さまはパラボラアンテナもないのにこんな古いラジオでCS放送が入るのはすごいといっていて、ちなみに娘のすみれクンはそれについてはなにもいわなかったので、ぼくもてきとうに、
「ふむふむ」
と調子を合わせていたのだけれど、しかし悩み相談の番組は臨時ニュースが入った関係で途中で唐突にぶつ切れになってしまっていて、どうやらこの臨時ニュースはシュークリーム帝国とシューアイス帝国との例の〝いくさ〟の速報を映しているようだった。
「なにか『エイ、エイ、オー』とか『一番隊突っ込めー!』っていう掛け声がきこえませんか、センセ」
「運動会ですかね」
「ああ、疲れちゃった。お母さん、お昼つくって」
「焼きうどんならすぐできるけど」
「コーチ、お昼、焼きうどんでもいいですか?」
「もちろん。お母さまの焼きうどんは絶品だもんね」
「センセ、きょうはお上手なんですね。あとでキャミワンピ着ちゃおうかしら」
焼きうどんができあがって、三人で、
「いただきまーす」
とやがて食べだすと、すみれクンはおもむろに立ち上がったのちに棚からふりかけらしきものを出してきて、
「うん、すごい合う。この食べ方もぜんぜんありかも」
とそれを焼きうどんにふりかけて味わっていたが、
「コーチ、ちょっと食べてみてください。めちゃくちゃおいしいですよ」
と差し出してきたふりかけはガトーショコラ帝国でしか手に入らないあの高級ふりかけ「きんぺいばい」で、ぼくが腰を抜かすほど驚いて、それでもすみれクンに、
「このふりかけ、どどど、どこでどこで買ったんだい?」
と平静を装いながらきいてみると、すみれクンは、
「こないだ出先で買ったんですよ、コーチ」
といったのちにそのコーチのぼくに軽く目配せをしてきた。
すみれクンのお母さまはちょっとすねている感じだったので、すこしだけ「きんぺいばい」をかけて焼きうどんを味見したのちに、
「うん、わるくはないけれど、やっぱりお母さまがつくったオリジナルの味付けのほうがぼくは好きだな」
といっておいたのだが(とたんにお母さまの表情は明るくなった)、焼きうどんを食べ終えてすみれクンのお母さまに洗い物をしてもらっている最中に二階に素早くあがってふりかけを購入するに至った経緯をざっときいてみると、すみれクンは、
「わたし、すごい寝不足で朦朧としながらあてずっぽうでやったんです。だからそのあと一回も行けてないんですけど、でもそのときはどういうわけなのか、ガトーショコラに行けちゃってたんですよね」
とその方法が組み込まれているらしい暗号めいたメロコトン博士の論文をおもむろにわたくし船倉大コーチにみせてくれた。
ガトーショコラ帝国でも徐々にぼくの存在は知られているらしく、だから范礼一さんからは、
「K市経由でもガトーショコラにいま出向くのは危険かもしれません」
「電気アンマの刑になっちゃうんですか?」
「軍師だとわかったら、電気アンマ二十五年くらい喰らう可能性があります」
と助言を受けているのだが、そんなわけなので、たとえすみれクンがガトーショコラ帝国に入国する方法を完全にみつけだしても慎重派のぼくはいまのところまったくあちらに出向く気はなくて、ちなみに、
「でも、どうしてコーチもガトーショコラ帝国のこと知ってるんですか?」
という慎重派にしてはたいへん迂闊だった凡ミスにたいする元教え子の鋭い問いにたいしては、
「あのね、なんかほら、温泉旅館行ったじゃん。○○村の、お母さまとおれ調査に行ったじゃん。じゃん。で、そのときさぁ、変なラーメン屋行ったらさぁ、なんかとなりに変な仮眠室みたいなのがあってさぁ、そこで休んでた変なばあさんに売りつけられたんだよ」
「『きんぺいばい』をですか?」
「そうそう。ガトーショコラの名物だからって。安くしてくれるっていうし、これも記念かなと思って一箱買ってあげたんだよ」
「ふむふむ」
「変なリヤカー引いて手売りしてるみたいだったしさぁ……なんかそのばあさんが、かわいそうになっちゃってさ――ね、かわいそうじゃん、じゃん!」
「そうだったんですねぇ」
という方法でわたくし電気アンマ対策万全軍師は、
「じゃん、じゃん」
どうにかお茶を濁していて――それにしてもメロコトン博士は昔の恋人の大野モモさんが本当はすごいのかもしれないけれど、いくつかの研究においてはいわゆる〝大発見〟の一歩手前までは行っていたようだ。
「おれにくれた形見だって結果的にはぼちぼち役に立ってるしな……」