第9話

文字数 3,114文字

      その九

 この収録を観たドンは、
「よくやった」
 とぼくの両頬をやさしくつねってくれて、市長のお詫び行脚の予算も、今月いっぱいでトビッキリとの契約が満了する川上さんの処遇も、
「ほんとうに、マコンドーレファミリーに入れてもらえるんですか!」
 とこちらの要望をすべて受け入れてくださったのだけれど、あさ美お姉さんにアドバイスされた「第三者に撮影させる」うんぬんという行脚の問題は、筋金入りの関係者ではあるのだが、やはり三原監督に任せようと思っていて、もちろんお詫び行脚を中心に撮影されると、この行為の真の意図がより明白になってしまう恐れがあるので、監督にはあくまでもドキュメンタリー作品を撮ってもらう、という方向でG=Mは調整しているのである。
 先にも述べたが、三原監督は現在ラブ・ウィンクスを祭り上げる計画をたてている新キャン連という組織に着目していて、だから○○村にこの新キャン連の幹部でも潜伏していれば話はいちばん簡単なわけだけれど、しかしそもそもこの新キャン連なるものは、試食おじさんがどこかで仕入れてきた架空の団体である可能性も大いにあるし、しかも監督自身は例のラブ・ウィンクス回の『突撃となりの食生活』を観て以来、この界隈にその団体の本部があると思いこんでいる節があって、
「うーん、どうしましょうかね……」
 とまたぞろ〈高まつ〉で長考していると、ふいにあさ美お姉さんが、
「ねえ、たまきくん。だったら、監督さんの視点を、ラブ・ウィンクスから田上雪子ちゃんのほうに移行させればいいんじゃないかしら。だって雪子ちゃんは○○村出身なんでしょ? 三原監督が雪子ちゃんに着目したら、とりあえず監督さんの撮影チームを○○村まで、もってけるわよ。仕向ける方法はいくらでもあると思うな、お姉さんは」
 といってきた。
 川上さんにFAXしていただいた資料を手にしていたあさ美お姉さんは、さらに雪子ちゃんがラブ・ウィンクスの新メンバー候補だったことを指摘して、
「新キャン連が、ラブ・ウィンクスにすらなれなかった雪子ちゃんをスーちゃん役に祭り上げて、キャンディー隊のお三方に刺激をあたえる作戦を企てているってことにしちゃえばいいと思うな、お姉さんは。その三原監督という人なら、きっと信じるわよ」
 と具体的に作戦もかんがえてくれて、ただし、
「雪子ちゃんサイドには、ヒット曲の『後から前から』や『もっと動いて』を祭り上げる映画を撮ってるから協力してくれって訴えれば乗ってくると思うな、お姉さんは。双方にガセネタを与えちゃうのよ」
 という作戦のほうは、資料提供者の手違いを受けてのものだったので、青少年への影響がどうのこうのと言い訳して、お茶を濁しておいたのだが、翌日、裏付けを取るために〈うなぎ食堂〉で守衛をされている沼口隊長をたずねると、隊長は、
「じつはですね、船倉さん――雪子の後任として畑中葉子さんが隊員になる可能性もあったんです。ん! 待てよ……○○村で噂になっている天地真理のそっくりさんが、故郷に帰ってる雪子なのかな……」
 などといくつかの仮説も出してきて、そんなわけで、予算に余裕のあるこのたびのわたくしG=Mは、沼口隊長に、まずは○○村まで田上雪子さんの安否を確認してきてもらうことにした。
「よーし! ひさしぶりの探険だ! がんばるぞ!」
「あの隊長、できれば、蔵間鉄山っていう小説家の安否も確認してきてほしいんです」
「いいですよ。そのかわりかつ丼かつどーん!」
 安否といえば専属コーチのぼくは、そろそろすみれクンの安否を確認しに行かなければならなくて、ちなみにきょうのすみれクンは、ぼくの同級生が経営している喫茶店でオーダーの拒否をしながらわたくし船倉コーチを待つ、というマイボトルキャンペーンのポスターとほぼおなじ設定の課題をこなしているはずなのだけれど、
「最初に出されるお水も拒否しなくちゃいけないんですか? コーチ」
「まああれは、良しとしよう。OKなのは、そのお水とマイボトル――ボトルの中身は自由だな。駄目なのは、オムライスとかナポリタンとか、そういう喫茶店の定番メニューね。しゃぶしゃぶとかは、どうせ喫茶店にはないだろうから、逆に注文してもいいよ。あっ、それからサンドイッチとかのパン類もぜんぶ禁止だからね」
 とコーチにプレッシャーをかけられても、
「緊張しちゃうなー。でも、恥ずかしがりやさんという特性を改善するためですもんね。わたし、がんばります。コーチ」
 と積極的な姿勢をみせていたすみれクンは、やはりそれでもマイボトルのみで喫茶店に長居するのはむずかしかったか、ぼくがカランコローンと店内に入ったときには、すでにテーブルのインベーダーゲームだかマージャンゲームだかで小銭をつかうというかたちで店側に寄与してどうにか体裁をつくろっていて、同級生のシッくんに、
「わるかったね。そろそろ何か注文するから」
 とまず声をかけると、シッくんは、
「あの子にオーダー取りにいったら、その時点でほとんど泣いてたよ」
 と逆に責任を感じていたけれど、ゲームに熱中していたすみれクンは「ポン!」と叫ぶと、マージャンゲームで勝ったのだろう、
「やったー」
 と歓喜用の指定ポーズを決めていて、しかもその高速デビルポーズは、当時のキャンディー隊よりも、さらに猛烈に親指と小指だけ立てたお手手をこちらにアピールしていたので、いちばん責任の重い、わたくしコーチ自身は、
「うん、あれだけ動けてれば大事ないな」
 とあんがいでんと構えていたのであった。
 シッくんにコーチとおなじものをたのんだすみれクンは、
「ほれほれ、うしし、うしし」
 とひきつづき画面にむかってつぶやいていて、そう促されたダイアンちゃんは、いよいよすみれクンに身ぐるみ剥がされることになっていたのだけれど、そんなマージャンゲームのダイアンちゃんにすみれクンは、
「わたしもスースーしてるけど、がんばってるんだからね」
 というような慰めの言葉もなにげにかけていて、なるほどたしかにスカートのなかに現在なにもはいていないのであれば、すみれクンもさぞスースーしているにちがいない。
「ちゃんと指示されたとおりにしてますよ、コーチ」
「ししし指示って、オレ、そんな指示出したっけ?」
「ええ。パン類はすべて禁止だって、いったじゃないですか、コーチ」
「それで……ノーパン……」
「はい」
 すみれクンは現在のスースー感を実況することはできるけれどノーパンを証明するのは恥ずかしいです、と免責をもとめてきて、もともとそんなことを証明してもらおうなんてかんがえてもいなかった専属コーチのぼくは、
「うーん、まあこっちも責任があるからね。どうだろう、そういうわけにも、たぶん、いかないかもしれないなぁ……」
 とだがしかし改善を願っている親御さんをあくまでもおもんぱかって即答はさけていたわけなのだけれど、それを受けたすみれクンは、
「だったら、お母さんに相談してみますね、コーチ」
 とすぐ携帯でお母さまにお電話してしまっていて、
「おかおかおかおかお母さまに電話って、お母さまにおでおでおでおでお電話されるんでしたら、しょしょしょ証明しなくても証明しなくてもぉぉぉ」
「はい、どうぞ」
「あっ、もしもし、お電話替わりました。すみれさんの恥ずかしがりやさん改善の専属コーチをさせていただいております、船倉たまきと申すものでございました――はい、はい、こここ今晩七時ですか! あっ、わたくしのじじじ自宅に、ええ、ええ、わかりました。おまおまおまおまお待ちして、ございます」
 とまあ、そういうことに、あいなってしまったのである。
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