第53話

文字数 2,488文字

      その五十三

 すみれクンのお母さまよりお預け入れされていたパンティーの供養を無事終えたあとの数日は、三原監督が撮った試食おじさん密着映画第二弾の未編集映像を視聴したり、
「USBメモリは後で返してくださいね。いつでもいいですから」
 と山城さんが何作かみつけてきてくれた「沼口探検隊がゆく」の過去の動画を観たりしていたのだけれど、雪子さんがかつて占拠していた〈たうえ温泉旅館〉の部屋を正式に年間契約で借りたらしいダルトンが、
「親父からきいたんだけどさ――」
 とひさしぶりに電話をかけてきて、
「ホントかよ」
「うん……」
「菊池さんは全盛期の上村香子よりかわいいって、いってたじゃん」
「さすがに落ち込んでるよ……」
 どうやらガトーショコラ帝国のほうにも、わたくしピーチパイドンと正室が離婚を前提に現在別居している――ということは伝わっているようだ。
「親父はパイドンの戦意が喪失していれば、ピーチタルトはいよいよおしまいだ、みたいにいってるぜ」
「親父様はどうして知ってるんだろ?」
「モンブランの皇帝からきいたらしいよ」
「やっぱりな」
 先の経緯を范礼一さんに報告すると、
「そうですか――いよいよ決戦になるかもしれませんね」
「そうですね」
「こちらに来れますか?」
「すぐ行けますよ」
 と宮廷で作戦会議を開くことになったのだが、中西さんに留守をたのんだのちに料亭〈高まつ〉の別邸にまず立ち寄って、
「さて、行きますか」
 と〈うなぎ食堂〉経由でピーチタルトにおもむくと、宮廷にはジャクソン皇帝、皇帝夫人、ミニスター、そしてやり手の藤吉郎さんがもうぼくを待っていて、〈ハンバートハンバーガー〉宮廷店のバニラシェイクを二つ買ってその一つをチューチューやりつつ会議室に入っていくと、皇帝夫人が、
「ねえパイドンくん、わたし明日とうとうモンブランに旅行に行くの。お土産なにがいい?」
 といきなりきいてきたりなどもしたのだけれど、お土産はともかく肝心のいわゆる〝大作戦〟のほうをミニスターに確認してみると、
「もちろん流してありますよ」
「西さんから直にモンブランの皇帝に情報は伝わってるみたいですね」
「ええ。マリリン様の情報も、もうモンブランサイドに伝達されているでしょう」
 とのことで――つまりこの旅行の件は范礼一さんを通して西施子さんの耳にもすでに入っているのである。
「でもマリリン様、ちょっと危険じゃないですかね」
「だいじょうぶだよ船倉くん。マリリンはしっかりしてるから」
「パイドンくん、わたし平気よ。逆にたのしみで、わくわくしてるくらいなの」
 皇帝夫人の旅行にはお世話係として藤吉郎さんの家臣の方たちも何人か同行するらしく、だからたとえなにかしらの手違いがあっても官兵衛さんあたりがどうにか夫人を守ってくれるとは思うが、ダルトンからの情報だと、ガトーショコラの皇帝はスパイダーマンのスープカップ通称〝ヒラグモ〟をこちらが譲ってあげれば、かつてのように牛肉も豚肉も輸出してくれると息子にはいっているみたいで、
「だったら、売っちまったらどうですか? 皇帝」
 と藤吉郎さんが〈ハンバートハンバーガー〉のフライド・ポテトをむしゃむしゃやりつつきくと、皇帝は、
「それがさ、じつはあれ、いまはモンブランがもってるんだ……」
 と小さくからだをかがめているのだった。
 ジャクソン皇帝は最近モンブランの皇帝と賭け事をやって〝ヒラグモ〟を取られてしまったらしく、ちなみに皇帝は例の「おニャン子カードゲーム」で負けてしまったようなのだが、
「でも、最初のほうは勝ってたんだぜ……」
 というその経緯をジャクソン様よりくわしくお聞きしてみると、どうやらジャクソン様は最後に会員ナンバー32番のフォーカードを相手に出されて負けてしまったみたいで、しかし、
「おれのほうは会員ナンバー19番のワンペアだったからさ……」
 ということであれば、
「19番だったら、ワンペアでも、こっちのほうが強いですよ!」
「え、そうなの船倉くん?」
「もちろんですよ! 19番ですよね?」
「うん」
「19番はおニャン子で最強ですもん。これはぜったいおれは譲れませんね」
「ホントかい!」
「あちらに非がありますよ。モンブランところのオヤジに返してもらいましょう」
「大義があるのなら、動けますね……」
「完璧にありますよ、ミニスター。19番ですよ! どれだけ小柄だったか!」
 とわたくし軍師は完全にやる気になっていて、そんなわけで通称〝ヒラグモ〟はほんらいこちらのものなので、とうぜん返してもらうあるいは強引にでも取り返す、という方向で、われわれは動くことと決定したのである。
 西施子さんはふ菓子国での例の鉢合わせ事件を目撃して以降ぼくにひんぱんに電話をくれることになっていて、昨晩も、
「ちゃんと食事してますか?」
「ええ……」
「またいい子みつければいいじゃないですか?」
「いますかね……」
「いるわよ。なんでもモンブランのほうには、小柄系女子が大勢いるそうよ」
 と元気づけてくれたし、この会議中にも一度、
「みんな静かにしてください。西施子さんからです」
 とぼくのケータイがビービー振動していたのだけれど、
「まだ落ち込んでいるんですか?」
「ええ――ピーチタルトで軍師やってる意味も、もうないですよ……菊池さんが気に入ってたから住んでただけですもの」
 という会話のあとにさりげなく、
「もっと景気のいいところで雇ってくれないかなぁ――ティラミスでもモンブランでも、どこでもいいけど」
 といってみると、西施子さんもなにげなく、
「ハローワークで見たんですけど、モンブラン帝国は有能な軍師を欲しがってるみたいですね」
 という情報をしたたかに提供してきて、電話を切ったぼくはこの会話をきいていたミニスターや藤吉郎さんに軽く微笑んでケータイをまたポケットにしまったのだが、范礼一さんはモンブランでしか買えない「お甘粉」というから揚げ粉をいつも切らさず西施子さんが常備していることをすでに確認しているので、たしょう辛そうではあったが、それでもこの事実をしっかり受け入れているのだった。
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