第34話

文字数 2,506文字

      その三十四

 食品コーナーで「育ちざかりに栄養ごくごく」を大量に買ったぼくは、それを頑丈で担ぎやすいエコバッグに詰め込んで、いよいよ〈うなぎ食堂〉におもむいたのだけれど、コシミハルの「シュガー・ミー」をちゃぶ台になぜか置いてあった木彫りのアマビエに向かってうたったのちにピーチパイをひとつ食べて店を出ると、農道の先には馬車に乗った御者がぼくをもう待ってくれていて、
「自宅までお願いします」
 とその馬車に乗り込んだぼくは、菊池さんを抱きしめること等を想像しながらゆっくり流れる景色をながめたのだった。
 ピーチタルトの自宅に到着したのちに玄関先で、
「買ってきたよ」
 とエコバッグを肩から下ろすと、菊池さんは、
「ありがとう」
 とそれを両手でもって台所のほうに重そうに歩いていったが、ぼくもそのうしろに付いていって抱擁のタイミングを及び腰で見計らっていると、
「とりあえず、ここに置いておこ」
 と棚のまえにエコバッグを下ろした菊池さんはそれを察したのか、全力でかじりつくようにぼくに抱きついてきて、だからぼくもとうぜん菊池さんの温もりを確かめる感じで深く抱きしめてだいぶ長いこと温もりを確かめてから翻訳作業のことをきいたのだが、もよりの図書館にはパピパピ語の辞典ものりピー語辞典もどうやらそろっているみたいで、菊池さんはその辞書を引きながら今回は裏技マニュアルを翻訳してくれたようだ。
「お昼なに食べたい?」
 ときかれたのでリクエストしたオムライス(オムライスは菊池さんの得意料理の一つ)を食べたあとのぼくたちは、翻訳されたマニュアルに従ってまずはスーパーマリオをプレイすることにしたのだが、マニュアルにはスーパーマリオの「3-1」で無限UPなる技を決めなければならないと記していて、
「うーん、どうするんだっけ……」
 とぼくがそもそもゲームはあまり得意ではないので悩んでいると、菊池さんは、
「こんなの簡単だもん」
 といって、あっという間に「3-1」まですすんで最後の石段の二段目くらいのところでノコノコとかいう変なカメみたいなやつをいったん気絶させて石段に蹴っ飛ばして跳ね返ってくるノコノコをまた蹴っ飛ばすという作業を延々くり返す状態にマリオをしてくれて、マニュアルにはこの状態のときにカセットをガシャッと取り出してファミスタ87と差し替えてカーズとガイアンツを選択してカーズの先発ピッチャーを「きたへふ」にしてガイアンツの二番打者の「こうの」に内角をえぐるシュートでデッドボールを当てると書いてあったので、ぼくたちは指示通りにその作業をおこなって、
「ふむふむ――それで『くろまて』のときにカウントをワンワンにしてカセットをガシャッと抜くんだな」
 とマニュアルをみながら、スーパーマリオにカセットをまた差し替えたのだけれど、つぎの指示通り「2プレイヤーゲーム」を選択してマリオのほうをわざとクリボーにすぐやられるようにしてⅡコントローラーのルイージを呼び出してみると、まだ小さい状態で走り出したルイージはいつもの緑色の格好ではなく、ピンク色の和服みたいなやつを確かに着ていて、しかし、
「でも、これ普通のスーパーマリオと内容は一緒かもしれない」
 と菊池さんが「7-2」あたりまでクリアしたかぎりでは、いわゆる「ピーピーねえねの冒険島」に相当するゲームは、ただルイージがピンクっぽくなっているだけの違いしかないようなのであった。
 マニュアルには電源を切ってもかまわないが、カセットを抜くと通常のスーパーマリオにもどってしまうと記されていたので、ぼくは互換機にスーマリのカセットを差したままにしておくことにしたのだけれど、
「わたしが〝おとり〟になって、大奥総合病院のスカウトの人からまた手順書もらってきてもいいよ」
 という菊池さんの提案は、
「のど渇いたの? じゃぼくが『育ちざかりに栄養ごくごく』つくってあげるね」
 と菊池さんを溺愛しているわたくし桃パイドンはもちろん受けるわけにはいかないので、この互換機は予定通り、すみれクンのお母さまにもたせて〈たうえ温泉旅館〉のテレビに取り付けたのちに銭形平次の投げつけ用一文銭をテレビの横っちょに投入して実験してもらう方向でかんがえている。
「菊池さんが大奥総合病院に連れていかれちゃったら、たいへんだろ?」
「やっつけるもん」
「今晩も背中をやさしく洗ってあげるからさ」
「それはただ船倉さんがわたしを泡泡にするのが好きなだけだもん」
「パジャマも着せてあげるからさ」
「すぐ脱がせてきて、そのあとは着せてくれないもん」
 藤吉郎さんがみつくろってくれた今度ぼくが経営するビデオ屋の建物はなんでも元は医療センターだか研究センターだかだったところらしく、
「宮廷に近すぎて奥方さまが嫌がってるからそのセンターは移転したんだって」
 ということはとくに老朽化のためだとか、そういうことでもないのだろうが、
「ピーチタルトはどんどん既婚者が増えているんです。ですからレンタルより個室ビデオ屋のほうがきっと儲かりますよ、わっはっはっはっはぁ」
 と藤吉郎さんがいっているのであれば、たぶん個室ビデオ専門の店にしてしまったほうが経営は安定するはずで――まあこの件にかんしては、またあらためて藤吉郎さんにアドバイスしていただいてから決めてもぜんぜん遅くはないだろう。
 菊池さんが藤吉郎さんに売った例のはまぐりっち関連のものはおおむね菊池さんの元にお返ししていただいていて、それは、ぼくがカードゲームをしている最中に、
「皇帝、あれ、じつは妻が集めてたものなんですよ」
 とジャクソン様にいってみたら、
「え! 知らなかった。ごめんな」
 と宮廷に飾ってあったはまぐりっち関連のものをすぐ無償で返してくれたからなのだけれど、そんなわけなので、ピーチタルトのほうの住まいにはいわゆるはまぐりっち部屋なるものが二部屋も完備されていて、そのひとつには菊池さんがナース時代に大借金をしてまで購入した一千五百万円の等身大の着ぐるみ(身長152センチ以下の人が対象)が、まるで自身のお部屋にいるかのようにお休みになっているのである。
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