第32話

文字数 2,900文字

      その三十二

 キャンディー隊の写真集をぼくは一冊もっていて、それは行き付けの古書店で十万円もした緑川達也全集を買ったときに店主がおまけでつけてくれたので所有しているのだけれど、それでもその後のぼくはなんだかんだいってお三方に魅了されていたのだろう、図書館でキャンディー隊のベスト版を借りたりネットでDVDを買ったりしたのちに教え子のすみれクンに振り付けを仕込んだりなどしていて――だから今朝もこうやって写真集をまえにしてずっと腕組みをしているのである。
 昨晩「さよならキャンディー隊」というこの写真集のことをスーマリ氏に話すと、
「ボクも二冊もってますよ」
 と氏はいっていたので、写真集の価値はそれほど高くもないのだろうが、
「おはようございまーす」
 とアパートをたずねてきた藤吉郎さんは、写真集を見るなり、
「わぁー! ジャクソン様が欲しがってたやつだ」
 とひとみちゃんと会ったときのようにかじりついていて、藤吉郎さんは処分するかどうか悩んでいるのなら、わたしに売ってくれませんかと訴えてきた。
「じゃあ、あげますよ」
「かたじけない。藤吉郎、この御恩はわすれませんぞ」
 藤吉郎さんは明日Kの森総合公園で開催される「Kの森大蚤の市」で買い付けをするためにこちらに出張してきたらしく、今晩泊まるホテルはどこがいいかなうんぬんとぶつぶついっていたので、ぼくは、
「実家からお客用の布団借りてきますよ」
 といって藤吉郎さんにいわゆる宿を提供してあげたのだけれど、
「ここが空けば、もっと余裕なんですけどね」
 とダンボールが部屋をほぼ占領している六畳間のふすまを開けると、
「なに入ってるんですか?」
 と藤吉郎さんはダンボールを指で数えていて、ぼくが入っているものをざっと説明すると、
「だったらピーチタルトにもっていって店出せばいいじゃないですか」
 と助言してくれた。
「こんなのほんの一部で、まだいっぱいあるんですよ、VHSテープ」
 藤吉郎さんは写真集およびアパートに宿泊していただくお礼としてダンボールを全部ピーチタルトに運んであげますよといってくれて、だから山城さんに電話して山城さんの実家のはなれにずっと置きっ放しにしてある大量のビデオテープを、
「いい業者みつけたんで、処分しちゃいますよ」
 と告げて実家サイドにも連絡を取ってもらったのだが、藤吉郎さんの家臣が六畳間のダンボールをすべて運び出すのを見届けてからぼくと藤吉郎さんの二人で山城さんの実家に菓子箱をもっておもむくと、山城さんちのお母さんが、
「ああ清々する。全部もってってくれるのよね、船倉くん」
 と出迎えてくれて、まあたしかに〝はなれ〟とはいえ、家がまるまるひとつ、それも数年にかけてダンボールでいっぱいになっていたのだから、この鬱陶しさといったらたいへんなものだったであろう。
「すいません、長いこと」
「船倉くんが悪いんじゃなくて、そのなんとか大将軍っていう人がいけないんでしょうけど」
「もう他界されましたけどね」
「だったら保管しておくことないじゃない。捨てちゃうんでしょ」
「ええ、まあ」
 マコンドーレの何人かの幕臣の家にもダンボールをお預け入れしてあるのだけれど、こちらのほうはせいぜい一人二三個程度だからたいした量ではないし、ひとりの幕臣などは嫁が勝手に処分してしまったみたいなことを以前いっていたので、ぼくは、
「残りはいいや」
 と放っておくことにした。
 それで藤吉郎さんがあとは家臣たちにやらせますのでうんぬんといっていたので、ぼくは家臣の方たちによろしくお願いしますと声をかけてまわったのだが、家臣団のなかにはぼくも顔見知りの方も、
「パイドン先生、ごぶさたしてます」
「ああ、しばらくです、官兵衛さん」
 ときょうは参戦していて、だからぼくはこの官兵衛さんに、
「妻に届けてもらえませんか」
 と昨夜スーマリさんにプリントアウトしてもらった裏技マニュアルを渡して、それからメールでそのことを菊池さんに報告しておいたのである。
「すいませんね、助かります」
「ちょうどウチの畑で採れた野菜を軍師邸へもっていこうと思っていたところなんです。このあいだ奥さんに鶏のから揚げつくってもらったお返しに」
「西施子さんに教わってつくったから揚げね――西施子さんのから揚げとは若干味付けがちがうけど、あれはおれが妻に頼んだんですよ。西施子さんのやつはちょっと甘口だから。あれはあれでいいけどね」
 ダンボール関連等がこのように一段落したのちのぼくは、とりあえず川上さんに連絡を入れてみたのだが、川上さんは例によって元美の伝道師さんのマンションで伝道師さんが〝断捨りん子〟として生まれ変わるための断捨離のサポート業務をこなされていて、
「わたし、あしたの午前中、お祖父ちゃんを病院まで送っていかなくちゃならないんです。でもサポート業務を代わってくれる人がいなくて……」
 と困っているようだった川上さんにたいし、
「じゃあ明日の午前中は、おれがサポート業務の代役を務めてあげるよ」
 とついついいってしまった。
「まずいな――女子にはすぐ〝いいかっこ〟しちゃうんだよな……」
 藤吉郎さんはピーチタルトに残っている家臣をつかって、ぼくが副業としてやる予定のビデオ屋の物件をもうみつくろってくれたみたいで、
「やっぱり最強の〝やり手〟ですね」
 とぼくが半ばあきれていうと、藤吉郎さんもわっはっはっはぁと笑って、
「わたしは側室に用があるんで、いったんピーチタルトにもどります。物件、時間あったら見ておきますよ」
 とあいかわらず元気いっぱいだったが、それでも夜の十一時ちかくになってやっとアパートに来た藤吉郎さんは風呂に入ると、
「メシはさっき〈うなぎ食堂〉で食べました」
 といったのちにすぐイビキをかいて眠っていて、翌朝も五時ごろぼくが目を覚ますと、台所で豆電球だけを点けてコーヒーを飲んでいて、
「勝手にいただいております、軍師」
 と空いているほうの手で敬礼みたいなポーズを取った藤吉郎さんはぼくが洗面所からもどってくると、
「視察にいってきます」
 と小声でいって音をなるべく立てないようにそっとドアを開けて「大蚤の市」がおこなわれるKの森総合公園に向けて早々に出陣していった。
 ぼくは藤吉郎さんが出ていったあとまた布団にもぐり込んでいて、ふたたび目を覚ましたときには七時をちょっと過ぎていたのだけれど、断捨りん子さんの部屋を思うと食欲もわかなくて朝食も取らずにアパートを出て断捨りん子さんの駅近マンションそばのセブンでもローソンでもファミマでもない謎の変なコンビニでたまごサラダロールとコーヒー牛乳を買っていわゆるイートインの席でいまレジをやってもらった女子を想いながら、
「食欲なくてもエネルギーを補給しておかないと、あの部屋の圧力に負けちゃうからな」
 と無理やり食べていると、川上さんから、
「代わっていただいて、すみません」
 というようなメールが送られてきて、だからぼくは、
「防災頭巾を持参してくるべきだった」
 という冗談を返信したのちに、
「さて、行くか……」
 と重い腰をどうにか上げた。
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