第31話

文字数 2,419文字

      その三十一

 ギフト用のすき焼きセットには作り方の説明書みたいなものも入っていたので、ぼくはその手順に沿ってすき焼きをつくってあげたのだけれど、説明書に「2~3人前」と記されているのを見出したスーマリさんは、
「これ、ボクひとりじゃ食べきれないなぁ……大家さん、いっしょに食べませんか?」
 と誘ってきてくれて、だからぼくは、
「ああ、電気のあれもあるんですね」
 とガスコンロからテーブルに設置したIHクッキングヒーターに鍋を移したのちにいったん階下に降りてカキフライ弁当と日本酒をもってくることにした。
 先ほどまでエロ関連ものたちの出処進退について思い悩んでいたぼくは、コンピューター関係のお仕事をされているスーマリさんに、
「あのう、なんていうんですかねぇ、一種の機密文書をですね、いちばん確実に漏洩させない方法というのは――」
 という感じで教えを請うていたのだけれど、
「いやあ、コンピューター関係といってもボクの場合ファミリーコンピューター関係ですからね」
「ファミリーコンピューター?」
「ファミコンですよ。修理をやったり転売したり買い付けを頼まれたり、スーファミとかゲームウォッチなんかもあつかってますけどね。あと古くてめずらしい電化製品の修理もちょっとやってるかな――IT系とか、そういうのではぜんぜんないんです」
 と謙遜していたスーマリ邸の三部屋のうちのひと部屋はなるほどたしかにゲーム類の保管庫のような趣になっていて、ぼくはざっとその部屋をのぞかせてもらったのちに、
「スーマリさん、あのう『ピーピーねえねの冒険島』っていうカセット知りませんか?」
 とさりげなくうかがってみたのだけれど、スーマリ氏いわく、ピーピーねえねの冒険島というのは南北ヨーロッパのガガーニエンで発売されていたスーパーマリオの改造品みたいな感じのゲームソフトなのだそうで、
「もってませんか?」
 とさらにおききすると、ガガーニエンで発売されていたそのカセットは残念なことに、
「あれは、すぐ出ちゃうんで在庫ないんですよ」
 とのことなのであった。
 それでも裏技をもちいればスーパーマリオのカセットとファミスタ87でピーピーねえねの冒険島に相当するゲームをプレイすることはできるらしく、
 すき焼きを食べながらネットでその裏技のやり方を調べて、
「あったあった。これだ」
 とガガーニエンの外務省のホームページに載っていたそのPDFをすぐプリントアウトしてくれたスーマリ氏は、
「はい、どうぞ」
 とそれをぼくに手渡してくれたのだが、しかしこの裏技マニュアルは、またしてものりピー語だかパピパピ語だかによって暗号化されていて、そんなわけでぼくは、
「ガガーニエン語で書かれているんですかね」
 というスーマリさんに、
「そうかもしれないですねぇ」
 とてきとうに返答しながらも、いったんピーチタルト帝国にもどって菊池さんにこれを翻訳してもらうこともふくめた今後のスケジュールをあたまのなかで調整し直していたのである。
 それで藤吉郎さんに頼んでいたピーチタルトに入国するさいの手順の簡素化の件を思い出したぼくはメールで再度陳情しようと思って、
「すいません、ちょっと失礼します」
 とスーマリ氏にことわってケータイを取り出したのだが、
「あ」
 藤吉郎さんはぼくが和貴子さんと会っていたころくらいだろうか、すでにメールをよこしてくれていて、
「ふむふむ、この名曲なら知ってる――」
 おかげさまでこれからは〈うなぎ食堂〉でピーチパイを注文したのちにコシミハルの「シュガー・ミー」を一回うたえば、時空交換手の方があちらの国にお繋ぎしてくれることになったようだ。
 兄貴はゲーム好きなのでファミコンの本体や互換機をきっともっているだろうが、兄貴はゲームがからんだことにたいしてはやたら高飛車になるところがあるし、こちらもいちいちあたまをさげるのもちょっと癪だったので、スーマリさんからファミコンの互換機とスーパーマリオブラザーズとファミスタ87のカセットを売ってもらうことにした。
「えっ、そんなに安いんですか? なんかわるいなぁ」
「いいですよ。大家さんにはいつもお世話になってるし」
 ファミコン関連のお仕事は国内では食べていくほどの需要はないらしく、ということはスーマリ氏はおもに海外の人を相手に商売をされているのだろうが、
「どの国からの注文が多いんですか?」
 と世間話の流れできいても、スーマリさんは、
「うーん、ちょっと国っていっても、いろいろ……」
 となんだか口ごもっていて、だからぼくはいわゆる企業秘密みたいな感じであまり他人にはいいたくないのだろうなと思って、その話からはすみやかに撤退してキャンディー隊の話を振ってみることにした。
 スーマリさんの部屋にはキャンディー隊のポスターがけっこう貼られてあって、ちなみにスーマリさんはお三方のなかでもとくにランちゃんのファンなのだそうだが、学生時代はファンクラブにもどうやら入っていたらしいけれど、それでもぼくが四十前後の松尾嘉代を崇めながらもそれと同時に小野お通を演じたときの竹下景子にも惚れ込んでいるように同時代に活動していたほかの歌手にたいしてもかなり入れあげていたみたいで、
「この〝くノ一〟みたいな格好してる娘も歌手だったんですか?」
「ええ」
 スーマリ氏はそのマイナー歌手の生写真だかブロマイドだかも、もしかしたらキャンディー隊のやつ以上に部屋中に飾っているのだった。
「スーマリさん、ぼくもけっこうキャンディー隊は好きなんですよ」
「誰派ですか?」
「ぼくですか? ぼくは、そうだな――どちらかというと、スーちゃんかな……うーむ、でも、この生写真のミキちゃんも、いいなぁ……迷っちゃうなぁ――うん! やっぱりミキちゃんが一番好きです。あっ、でもよく見ると、こっちの、くノ一の娘がダントツでかわいいな……」
「大家さん、その子、天堂愛(てんどうあい)ちゃんですよ」
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