待って

文字数 2,659文字

「へぇ、口では格好良いこと言うのに。こんなちっちゃなサングラスがないと、人をまともに見ることもできないんだ?」
 落胆したような女の声が頭上から響いて、ゆうきの目の前にサングラスが差し出された。サングラスをかけ直したゆうきが声の主を見る。
 大輪の椿が描かれた、袖の長い甚平がまず目に付いた。ゆうきがそのまま視線を上げると、金色の髪の毛をポニーテールに結んだ、いたずらっぽい笑顔と目が合う。その髪色にゆうきは、あんまん売りの女性が言っていた、”さおり”だろうかと推察した。

「ねぇ、もう一回言ってよ。誰かの為に不幸を背負う必要は無いって、さ」
 金髪のポニーテールを揺らして女がそうねだり、その場でくるりと回った。振袖と見間違うほど長い袖がふわりと舞い、花の香がする。

「さおりさん、生憎ですが、僕の妖怪を拐うつもりなら他を当たってください」
 目の前の女に主導権を握られているのが嫌で、ゆうきは一か八か、女の名前を呼んでみた。ゆうきの台詞に、さおりは驚くことなく猫なで声をだして返事した。

「あらん。あんまんの女主人、あたしの名前まで話してたんだね。まぁ自己紹介の手間が省けたからいいか。ところで、素敵な瞳のあなた、お名前は?」
 人差し指を唇にあてて、さおりは体を柔らかくゆうきにもたせかけた。腕に当たった柔らかさにゆうきは驚いて身を引く。その姿を見たさおりは名残惜しそうな視線をゆうきに向けた。ゆうきは警戒するように両腕を組む。

「ふふ、初なのねぇ」
 ゆうきの態度を愉快そうに笑ったさおりは、キスを迫るかのように顔を近づける。のけ反った、ゆうきの頭を撫でた。花の香が濃くゆうきの鼻を支配する。
「おぉ!?」
 カッパの声で期待するような響きの言葉が上がる。花の香にクラクラしていたゆうきはカッパの声でハッとした。
「やめてください」
 ゆうきは、さおり手を払うと一礼して立ち去ろうとした。

「あら?私の名前だけ知って、問われても名乗らないの?子供だから礼儀知らずなのね」
 さおりの言葉にゆうきは立ち止まると、言い返した。
「初対面でサングラスを強奪するような人が礼儀を知ってるんですか?」
 ゆうきの不機嫌そうな声を聞いてたさおりはニコニコと笑う。

「礼儀知らずには礼儀を尽くさない?それって礼儀知らずと同じ土俵に立つってことじゃないかしら?」
 さおりの言葉に、ゆうきは渋々名乗った。さおりのペースにどんどんと持って行かれているのは感じたが、無視をすれば、ゆうきの小ささを指摘される気がしてできなかった。代わりに目に力を入れてジッとさおりを見据える。

「やっぱり。素直ないい子ね。あと、誤解があるようだから訂正しとくけど。妖怪を攫うって、あんまんの女主人が言ったの?心配しなくて良いよ。正直、カッパの知り合いは足りてるから。足りないのは人手。あんまんを買ってる様子から気になってたんだよね。旅行者にしては、周囲の景色を楽しんだり、写真撮ったりしてないから。それで、後をつけてたんだけど。そこにさっきの騒ぎでしょ?ゆうきくん、何かから逃げて来たってところでしょ。お金を稼ぎたくはない?」
 さおりは、ゆうきの行動をにんまりと笑って受け入れると目を細め、一気にそう言った。

「今知り合ったばかりの僕たちに仕事?話が上手過ぎます。何より、初対面で人の持ち物を奪うような人を信用するとでも?」
 ゆうきは、話の主導権をどうにか握り変えそうと、サングラス越しに目を細めながら言葉を返した。
「その目、良いわねぇ。ますます気に入ったわ」
 さおりは嬉しそうに目の前で両手を叩いて喜んだ。綺麗に塗られた紅の隙間から白い歯がちらりと覗く。
「ゆうきくん達にとっても損はしないと思うわ」
 そう言い終えるや否や、さおりはカッパを両手で抱えて走り出した。

「景色、ビューン。アハハハハハ」
 緊張感のないカッパの声がだんだんと遠ざかっていく。突然の出来事にゆうきは、タマモとのぞみを見た。タマモとのぞみも、遠ざかっていくカッパを見ている。ポカンと口を開けたまま二人の視線がゆうきの顔へと移った。残された三人の誰も言葉を発せない。

「あんた達、これは一体どういうこと?」
 公園の入口から聞こえた声にゆうき達三人が一斉にそちらを見る。あんまんを売ってくれた女性が腰に手を当て仁王立ちしていた。目尻は釣り上がり、明らかに怒っている。
「うちの小豆盗んでおもちゃにしたの!?」
 あんまん売りの女性はドスドスと音を立てそうな足取りでゆうき達に近づきながら、ゆうきの足元に散らばる小豆を指差した。

「いえ、その、これは……」
 なんと説明したらいいものか。ゆうきは必死に頭を動かして説明を考える。考えついたのは、あんこの原材料が小豆であること。アズキアライが放った小豆はおそらく、周囲からかき集められたものであること。つまり、あんまんの女性の怒りはおそらく正当性が高いという事までだった。

「ご、ごめんなさい!!」
 ゆうきは、のぞみの手を取って、カッパの消えた方へと駆け出した。公園を抜け、住宅街をまっすぐ走る。タマモはその後を小走りでついて来た。

「待てぇい。ちゃんと説明しろぉー」
 あんまんの女性が放つ声が、追いかけて来る。

「……べ、弁償しますからぁー」
 思わずゆうきはそう叫び、許しを乞うた。T字路にぶつかり道を曲がった途端、ゆうきは腕を掴まれる。
「へぇ?安くはないよ?」
 ゼーゼーと肩で息をしながらあんまんの女性が言った。額に大粒の汗が浮かび、髪がふり乱れて、目が血走っている。その目にぎらりと睨まれたゆうきは「は、はい」思わず、上擦った声でそう頷いていた。

「仕方ないね。それなら、許さないほど私も鬼じゃない」
 ニッコリと笑ったあんまんの女性が両手を差し出し、金額を口にした。ゆうきは大急ぎでその金額を差し出す。
「もう、いたずらするんじゃないよ?」
 パッと音がしそうなほど瞬間的に、般若のようだったあんまん売りの表情が日だまりのような笑顔に変わった。
「はい」
 ゆうきが何度も頷く。
「じゃ、私は店があるからね、また買いにおいでね?」
 スキップを踏むような軽やかな調子で、遠ざかっていく女性の背中が夕焼けで赤く染まっていた。

「……こ、怖かった。疲れた。今日はもう、宿取って休もう……」
 女性の足取りよりもずっと軽くなった財布を握りしめ、大きく息を吐いたゆうき。その裾を、のぞみが引いた。息一つ上がっていないその姿にゆうきはうらやましくなる。

「カッパ……探さないと」
 のぞみが言った言葉にゆうきは頭を抱えた。
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