夢と現

文字数 2,468文字

 ゆうきの両親が、ゆうきを手招いた。先程までログハウスに居たはずが、実家の風景に取って代わっているのを確認したゆうきは、自分が今見ているのが、夢だと確信する。

「ゆうき、本当に行くの?」
 母親が心配そうな目でゆうきを見る。その膝には末の妹がちょこんと座り、その背には真ん中の弟がおんぶしてもらいたいと甘えるように母親の首へ手を回していた。
「僕のせいで、家族まで白い目で見られるのは、嫌だから」
 答えたのは、十三歳のゆうき。家族の元を離れ、単身で生活すると別れを告げている記憶が再生されているらしい。少し違うのはその視点。本来ならば、ゆうきから、十三歳のゆうきの表情は見えないはずなのに、今にも泣きそうなその顔を確認することができた。あの時、こんな情けない顔をしていただろうかと首を傾げるゆうき。まるでテレビに映し出される映像のように、思い出を振り返る。

「そんなことは……」
 父親が言いよどむ。その膝の上では、固く握られた拳が小さく震えていた。家族の誰もが口にすることを避けていたが、ゆうきの桜色の瞳を村中の人が気味悪がっていた。恐ろしいものを追いだそうと村人はゆうきに辛く当たっていた。
「僕のことは、事故で死んだってことにしておいて。それでもう、僕のせいで災いは起きないだろうって」
 村の人々から散々言われつづけてきた言葉を皮肉って、十三歳のゆうきは薄く笑った。村人曰く、ありとあらゆる災厄はゆうきの責任らしい。天災が起きれば、ゆうきの責任。作物の不作も、ゆうきの責任。ついには近隣の家に泥棒が入った事までもを、ゆうきの責任だと言い出していた。盗人が捕まり裁かれる朝にさえ、罪人よりもゆうきの方を村人は責めた。気味悪いピンクの瞳が人の心を惑わしたのだと。ゆうきが赤ん坊のころはヒソヒソと陰口を叩いてただけだったのが、ゆうきの成長とともに激化していった。一人で歩けるようになったゆうきに、村人は石を投げつけはじめた。次はどんな災いをもたらすつもりかと、挨拶がわりに石を投げつける村人。仕方なく、ゆうきが家に引きこもると今度は、家族が「不幸の化身を匿うとは、姿形を人に擬態したバケモノなのだろう」と石を投げられた。

 科学技術が発展し、多くの自然現象が数式で表現されるようになった現代。土砂崩れや、天気の不安定、地の揺れがゆうきの仕業でないことぐらい、村の人間も分かっているはずだった。分かっていて、でも、天災で被った被害の痛みを誰かにぶつけることでしか、癒せない人ばかりだった。力のある妖怪の仕業にすると報復が怖い。人の身であり報復する力がないとわかっているゆうきはならば、報復されないことを分かっていた。村人にとって、腹いせに殴りつけるサンドバックにうってつけだ。ありもしない能力を畏れ、排除しようと石を投げつける村人にはもう、「ゆうきは死んだ」という以外目を覚まさせる方法はないように思われた。

「兄ちゃん、お出かけするの?」
 母親の膝の上で末の妹が親指を口にいれ吸いながら言った。その小さな手を母親が優しく制止して、ギュッとにぎりしめた。
 ゆうきは、細かなところまで覚えている自分に驚きながら、末の妹が、自分の指を吸うために小さく抵抗するのを微笑ましく見た。
「あぁ、悪い鬼を、退治してくるよ」
 十三歳のゆうきも、口元をほころばせながら、妹の頭を撫でた。妹はおとなしく撫でられた後、小さな声でバイバイと手を振る。
「……もう帰ってこないの?」
 弟が寂しそうな声を出す。母親の背から真ん中の弟が悲しげな目を投げかけていた。
「……あぁ」
 短く答えた十三歳のゆうきの目には覚悟が宿っていた。
 そのまま準備していた荷物を手にすると家族に背を向ける。振り向けば覚悟が揺らぐ気がして、振り向かないまま歩を進めた。それでもやっぱり、我慢しきれなくてゆうきは離れたところで振り向いた。
 家族は別れを惜しむように手を大きく振っている。

 ゆうきは夢の中とはいえ、久し振りに会えた家族の顔を順番にじっくりと見た。家族の誰もが、ゆうきの事を案じるような顔で見つめている。泣くのを堪えるように口元をキュッと結び……。
 そこで、ゆうきは家族の誰もが口を閉じていない事に気づいた。むしろ口角が上がっているのを誤魔化そうとするかのように口元を手で隠したり、涙を拭くふりをしてひっそり笑っているような動きさえ見える。まるで、邪魔者がようやく立ち去ってくれるのを喜ぶように。

「そんなの嘘だ」

 ゆうきは自分の声で目を醒ました。囲炉裏では炭火が仄かに赤く燃えていて、ゆうきが体を起こしたのをタマモが寝ぼけ眼で首をもたげて見る。タマモの腹の柔らかな部分では、のぞみが寝ているはずだった。が、大きな尻尾に遮られ、ゆうきの側からはのぞみの頭がほんの少し見えるだけだった。
 反対側ではさおりがすぅすぅと寝息を立てている。カッパは、寝相が悪くて皿の水がすべてこぼれてしまうだとかで、近くの川でねると言い、単身、川に向かっていた。明日の朝には合流する予定だ。

「親は、子供を愛おしく思うことがあっても、煩わしくなんて思わないはずだ」
 ゆうきは、今し方見た夢が現実の自分を捕らえようとしているのを感じて、それを振り払うように呟いた。それでも、深くこびりついた映像がいつまでもゆうきの頭の中をぐるぐると執拗に再生される。
「あれはただの夢だ。現実じゃない。現実の家族はちゃんと、僕との別れを悲しんでいた」
 ゆうきは、悪夢が自分の記憶を塗り変えようとしていると、思い込もうとした。疲れていたから、良くない夢を見たのだと。
「夢だ。ただの、夢」
 だけどゆうきが、悪夢を追い払おうと言葉を口にする度、どうしても悪夢の方が現実であったという思いが膨らんで行く。

「ゆうき?どうしたの?大丈夫?」
 ゆうきの言葉に起こされたのだろう、さおりが目を擦りながら身を起こした。
「ごめん、大丈夫」
 ゆうきはさおりに向かって謝ると体を横たえた。窓から入ってくる月明かりがあまりに明るくて、寝付けそうにないまぶたをギュッと閉じる。
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