橋渡し

文字数 2,909文字

 さおりの言葉をまとめるとこういう話だった。
 妖怪の多くは知識が古いままで固定されているか、新たな知識を受け入れるまでに時間がかかる。そのせいで乗り越えられない苦難や苦境に何百年も身を置いている妖怪も多い。そこに、さおりが人類の知識や作業の代行を提案。そうすると、妖怪は苦悩から解放され、さおりは礼として金を受け取れる。妖怪の悩みによっては、人類との仲介をすることもある。ただ、多くの場合、必要な注意事項を人間が守り切れない。状況が悪化し手間が増えるので、さおり自身はやりたくない。それでも、人間との橋渡しを望む妖怪は後を絶たず、人間の方も貴重な労働力として妖怪を望む。いわば、人類の減少によって深刻な畏れ不足に陥った妖怪と、人手不足に陥った人類。その両方の光となりうる商売なのだ。しかし、最近、依頼内容が偏ってきていて儲けも減少している。このままではダメだと思ったさおりは、なにか新しいことを始めたいと思っていた。
 気晴らしに町を散歩していると、この日差しの柔らかな冬にサングラスをしているゆうきを見かけた。あんまんの紙袋から立ち上る湯気でサングラスが曇っても外そうとしないゆうきに興味を惹かれた。新たな商売の種になるかとしばらく後をつけていた。人類であるゆうきの妖怪への接し方に驚いた。労働力としてみているというより、友人や家族にするのと変わらない接し方をしているようだったから。今時、妖怪をそんな視点で見る人間は希少だ。できれば、仕事のパートナーとしてお誘いしたい。

「ほう?だが娘よ、もっと楽に稼ぐ方法があるのではないか?妖怪の中には人を食うものも居るだろう」
 一連の話を聞いていたタマモがそう疑問を投げかけた。ようやく人肌程度に冷めた料理をペロリと嘗める。
「毒は入ってない」
 のぞみに耳打ちするのがゆうきに聞こえてきた。のぞみが小さく頷いて差し出された料理に口をつける。ゆうきもその姿に倣った。カッパはすでに空になった器をさおりに差し出しておかわりを要求している。

「毒なんて入れやしないよ。なかなか手を付けないと思ってたらそういうことだったんだね」
 タマモの言葉はさおりにも届いたらしい。さおりは口元を手で抑えおかしそうに笑った。カッパから受けとった器にたっぷりと料理を盛りつけると手渡した。カッパのつぶらな瞳に囲炉裏の炎が映りキラキラと輝いていた。

「……人を食う妖怪かぁ。あまり痛い思いをしないように喰ってくれるなら、願ったり叶ったりだね。……残念ながら出会ったことはないのだけれど」
 さおりはカッパが器に顔を埋めるようにして食事するのを愛おしそうに見つめながら言った。

「自殺願望でもあるの?」
 さおりの言葉にゆうきが疑問を口にする。差し出された料理はしっかりと味付けがなされており、母親の味を彷彿とさせた。さおりが手慣れた様子で作った料理は、食えれば良いという代物ではなく、食事を楽しむことを意識している。手にした器も肌触りがよくこだわって選ばれたものだろうと推測できる物だった。とても、生きるのを諦めた人間がすることだとは思えない。

「ふっ。問いかければ答えてもらえると疑わないその目、好きよ。サングラスをかけたままじゃ手元が見えにくいでしょ。外すと良いわ」
 さおりはからかうように笑ってゆうきからサングラスを取った。反射的に顔を隠したゆうき。さおりはサングラスをゆうきの胸元に差し込みながら言った。

「やっぱ、人でありながら、見た目が違うと苦労するよね」
 さおりはゆうきの頭を優しく撫でて言う。ゆうきはその言葉に目が熱くなりなにか、水っぽいものが込み上げてきた。同時にそんなに簡単に理解されてたまるものかという反骨心も沸き起こるのを感じる。

「ところで。あたし、何歳に見える?」
 顔を隠したままのゆうきから手を離すと、さおりは囲炉裏を囲う顔ぶれを順番にゆっくりと見渡した。

「知らん」
 とタマモ。その横でのぞみも一緒に首を傾げている。
「おねぇさん!!」
 カッパは言い、褒められるのを期待するようにその頭をさおりに差し出した。あんまん売りとのやり取りをカッパなりに解釈したのだろう。

「僕よりは年上ですよね?」
 ゆうきは慎重に言った。年上の女性の年齢を当てるのは苦手だった。ピッタリ言い当ててしまえば不満げな態度が返ってくるだろうから。まして、うっかりオーバーした答えを言ってしまおうものなら、逆鱗と呼ぶに相応しい怒りが返ってくる。その証拠にさおりはカッパの頭を水の入っている皿の部分を器用によけながら撫でている。

「きっとそうね。あなた十八歳以上には見えないもの」
 悩むゆうきなど目に入っていないかのように、さおりは、あっさりと答えを明かす。

「人間の十八というのは、十五の小僧と同じく親元で生きているのが普通だと思ったが?小娘も何か事情があるのか?」
 タマモがズバリと聞いた。

「事情……そうねぇ」
 さおりは自分の頬に指をとんとんと叩き付けながら、何かを思い出すように右上を見た。
「んー……どういえばいいかな。あたしの両親放任主義なんだよね。あたしが物心つくかつかないかの頃から賭博にハマっててさ。あんまりひどいから親子の縁、切って来ちゃった」
 両手の人差し指で口角を押し上げて、さおりはおちゃらけるように言った。
「ほら、今の時代。空き家だけは溢れてるでしょ?ちょっと不便な土地を選べば、家も格安で手に入るじゃない?一人で生きるのに不便ないんだよね」
 さおりはそこまで言って終わると、一度目を伏せた。
「ただ、年老いて自分で自分の事ができなくなったら、野垂れ死ぬしかないでしょう?そうなった時、誰かに助けてもらうと思ったら、お金が必要なんだよね。今の稼ぎ方が私に出来る最大限効率の良い稼ぎ方だから」
 さおりはタマモの瞳をじっと見つめて言い、小声で、「両親を狂わせたお金に結局、あたしまで支配されてるってのもなんだか因果なものだけどね」と呟いた。

 沈黙が屋根から柔らかな布のように降りてきた。誰も言葉を紡がない時間に、各々が料理を食べる音だけが静かに響く。
 ゆうきは、さおりにも抱えている痛みがあることを知って、恥ずかしくなっていた。分かってないくせに、分かった振りをされたと憤った自分がひどく幼く、情けない存在に感じられた。

 静寂をさおりの両手の平が破る。ぱぁんと乾いた破裂音が、空気を少し和らげた。
「あはは。ごめん、ごめん。空気を重くするつもりはなかったんだよ。普段はこんな話、適当にごまかすもんだから、話すトーンを間違えちゃったね。……ゆうきくんの秘密を知っちゃったから。こちらも聞かれたことを答えないのは不誠実かなってね。ビジネスパートナーに隠し事はしたくないし。そういう気持ちで話しただけ。話し慣れてないせいか、空気を必要以上に重くしちゃったけどさ、実際大したことじゃないんだよ」
 さおりはそう宣言すると空になった器をそれぞれからかき集め、流し台に立った。

「まぁ、明日、実際に仕事を見てから協力するかどうか決めてくれたら良いから。今日のところは皆、寝ましょうか。」
 さおりはそう言って半ば強引に話を終わらせた。
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