町の人

文字数 2,080文字

 町へ踏み込んだ一行を出迎えたのは小豆を砂糖で煮る甘い匂いだった。

「小僧」
 タマモが、小声でゆうきに催促した。カッパのつぶらな黒い瞳が期待するように輝き、のぞみはすでに甘い匂いをさせているキッチンカーへ吸い寄せられるようにふらりと足を踏み出している。
「犬は、普通喋らないんだぞ」
 人差し指を唇に当て、ゆうきが慌てて注意した。同時に、のぞみの右手を掴み、一人で先に行ってしまわないように制止する。タマモは不服そうに鼻を鳴らし、喋れない分、鼻先を甘い匂いの元へ向けた。のぞみの視線は尚も、蒸し器を積んだキッチンカーに注がれている。

「……あんまん2つ」
 ゆうきはキッチンカーに近づくと、中にいる女性に向かって、右手で作ったピースを掲げてみせた。女性は元気良く返事をしてゆうきを見る。

「おや、ここらでは見かけない顔だね、旅行してるのかい?」
 白くて大きなまんじゅうをトングで紙袋に入れながら、女性がふくよかな頬を緩ませた。
「えぇ、まぁ」
 ゆうきは頷いて、湯気の立つ温かな紙袋を受けとる。すぐ近くで腹の鳴る音がしたが、誰の腹が鳴ったのかは分からなかった。
「いいわねぇ。おばちゃんは決まった町にしか行けないからさ。もっと自由に色んなところに行けると思って移動での料理を売る商売を始めたのにねぇ……。料理が売れるには人が住んでる土地でないといけないからねぇ。……にしても、ぼっちゃん。若そうなのにカッパつきで旅行に出してもらえるなんて羨ましいわぁ。やっぱやりたいことは、子供のうちにやるに限るわね。大人になるとしがらみが多くて嫌になっちゃう」
 ゆうきは、カッパという単語がその耳にはいるや否や勢いよく振り向いた。その後に女性の言葉が続いていたのは耳に入らなかった。

「……こんの、ドジ!」
 ゆうきは大きなため息とともに頭を抱えた。何が起きたのかわからない様子でカッパが、キョトンとしている。水掻きの着いた足元に、ゆうきが貸してやった帽子が転がっていた。あんまんが楽しみのあまり、キッチンカーでやり取りしているのを見上げた拍子に帽子が脱げ落ちたらしい。

「あははは。ちゃんと親御さんからカッパの価値を習ってるんだね。大丈夫。おばちゃんは盗ったりしないからさ。安心おしよ。……着物と帽子の案はよかったけど、専用の靴も用意した方がよかったかもねぇ。……そうだ、何なら旦那の古い靴があるからあげようか?ちょっとブカブカするだろうけど紐でくくるタイプの運動靴だから、それをウンっと引き締めたらきっと使えるよ」
 キッチンカーの女性はそう一気に言い切ると、ゆうきに黒い靴を差し出してきた。新品に見えるその靴をゆうきは遠慮するように両手を前にだして振り、「大丈夫です」と首を振った。

「なーに、子供が遠慮しないの。それに、この町はまだそんな治安が悪いこともないけど、この先坊ちゃん達が行く場所が平和な場所ばかりとも限らないからね」

 グイッと靴を押し付けられたゆうきは、お礼を言ってその靴を受け取り、料金を尋ねた。
「あんまん代だけで十分だよ。実を言うとその靴、旦那がダイエットの為にウォーキングを初めようとして買ったやつなんだけどね。すぐに挫折したんだよ。三日も履いてないはずさ。せっかくいいものを買ったのに勿体ないだろ?だから誰かに使ってほしかったんだよ」
 キッチンカーの女性はぺらぺらと事情を話してくれた。ゆうきは曖昧に笑うと、もう一度女性にお礼を重ねてから、カッパにその靴を渡す。

「はー……器用なもんだねぇ」
 カッパが紐靴の紐を一度全部解いてしまってから順繰りにくくっていく様子を見て、キッチンカーの女性が感心したような声を上げた。
「川魚採るカゴ編む、簡単」
 カッパが胸を張って自慢げに履けた靴を見せびらかす。キッチンカーの女性はカッパの言葉を微笑んで受け止めると、ゆうきを手招いた。ゆうきは、女性のその動きに従って耳を向ける。
「さっき、ここらへんは治安いいって言ったけど訂正。さおりって、金髪の女の子には気をつけるんだよ。本人は、妖怪仲介業なんて触れて回っているんだけどね。その実さらった妖怪で荒稼ぎしてるって噂だから。ぼっちゃんのカッパ、賢そうには見えないけれど、さらわれてしまったら困るだろう?」
 キッチンカーの女性はヒソヒソとゆうきに耳打ちした。ゆうきは小さく頷くに留める。ひと目でオツムの中身を推し測られてしまうカッパに、少しだけ同情する。

「ゆうき……」
 のぞみがゆうきの着物袖を引いて上目遣いに見た。その視線はすぐにゆうきの手元ーーあんまんの入った紙袋へと注がれる。
「あぁ、食べようか。お姉さん、ありがとうございました」
 ゆうきの言葉に、のぞみとカッパ、タマモまでが会釈をした。キッチンカーの女性は「おねぇさんだなんて照れるねぇ」と嬉しそうに笑いながら、手をパタパタと仰ぐようにして、ゆうき達一行を見送った。

 ゆうきは、あんまんを食べるのに丁度いい場所を探して当たりを見渡す。少し歩いた先に公園があった。
「あそこで食べよう」
 ゆうきはペンキの禿げたベンチを指差して三人を先導した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み