選択肢
文字数 2,093文字
のぞみのお腹が光り、さおりのお腹へと移った。傷口の塞がったさおりのお腹へ、毛布をかけたゆうきは、さおりの様子をジッと見つめた。呼吸の穏やかになったさおりを見て、ゆうきは安堵の息を吐く。
そのまま、のぞみの様子を伺う。お腹からの出血がないことを確認したゆうきは最悪の事態にはならなかったことを知ってその場にへたり込んだ。
「愚かな。カカ様はあなたをそんな子に育てた覚えはないですよ」
フタクチが失望したと、あたりに響く声で吐き捨てる。
「やっぱり、先の利益より瞬間の利益を取るべきでしたわ」
頭痛がする、とでもいいたげにフタクチが額に手をやった。
「たとえ食うところが僅かでも。赤子の肉は柔らかでしたのに」
「カカ様?」
のぞみが確認するように問い掛けた。
「あー、もう。大丈夫。親子ごっこはおしまい。今限りで親子の縁はおしまい。あなたの母親であっても私に何の利益もないどころか、不利益被る。あー、どんなお咎めが待ってるんだろ。憂鬱だわ」
コバエを追い払うような仕種でフタクチはのぞみを追い払った。
「まったく、毒を食わせてもしぶとく生きるし。権力者へのパイプになるかと思えば盗まれるし。私ってつくづく運がない」
フタクチの口から出てくる言葉をそれ以上聞かせたくなくて、ゆうきはのぞみの両耳をふさいだ。その手を振り払って、のぞみはフタクチに近づく。
「ウチ、トト様とカカ様の子供じゃないん?」
「はっ。私らの子供がアンタみたいな出来損ないになるわけがないでしょ。あんたは拾ったの。赤ん坊の頃にね。最初はどう見てもただの人間にしか見えなかったのに。私が望んだまま変な力をつけて行くからさ。だから、のぞみって名付けただけ」
「じゃぁ、ウチって一体何者なの?」
「拾ったときは人間、私の手元で生きてれば便利な道具。私の手を離れたあんたは、さて。人間といえるのかしらね?」
嘲笑うようにフタクチはのぞみを頭のてっぺんから足の先まで見た。
「私は発光してる人間なんて見たことないけど。それよりさ、アンタが助けたその人間を連れて帰らせてよ。人間の女でしょ?それを連れて帰れば私お咎め無しじゃん。村の花嫁の役割さえこなしてくれるなら別にのぞみじゃなくたって良いのよ」
良い案を思いついたとでも言うように、フタクチがさおりへと手を伸ばす。
「ふざけんな」
フタクチの頬から乾いた音が鳴った。ゆうきの手がジンジンと痛む。
「は?」
ゆうきに叩かれた頬をさすりながらフタクチが睨み返す。
「自分勝手なことばかり言って。のぞみのこと大事じゃなかったのかよ」
ゆうきは頭の芯がのぼせるような熱に任せて言葉を紡いだ。
「利用価値のない他人をなんで大切にする必要があるの?」
フタクチが聞き返す。
「でもまぁ、正直、暴れるのを静かにさせるのも面倒だから別にその女も必要ないけどね」
フタクチはそう吐き捨てると白い煙だけを残して姿を消した。
「とりあえず、進みましょうか」
それまでただ成り行きを見守るだけだったザシキワラシがポツリと呟いた。誰も返事をしないまま、出発の準備を進める。
今にも倒れそうなのぞみをタマモの背に載せ、目を覚まさないままのさおりをリアカーに積み込む。
幸せに暮らせるという、東のどこかを目指して、重い足を一歩踏み出した。
ゆうき達の足跡がテンテンと雪肌に着いた。春が来ればこの足跡は消える。それでなくても、すこし雪が降ればそれでおしまいだ。
ゆうきは歩を進める意味を見いだせないまま、「最初に目指したから」という惰性に任せて進んだ。立ち止まってしまうのも、やがて目を覚ました、のぞみがゆうきにむけて何と声をかけるのか想像するのも怖かった。
実家を出た日からゆうきの足は進んでいるのではなくただ逃げて居るだけだったのだと思い至ったゆうきは、叫ぶ変わりに、足を踏み出し続ける。
「町、ですね」
ザシキワラシの声にゆうきが顔を上げると、町の入口に看板が立っていた。
「よ・う・こ・そ。東・の・は・し・っ・こ……」
カッパがたどたどしく読み上げた看板には、数歩先のその入口が、目指していたゴールだと書いてあった。
「とーちゃく」
いつも以上に軽い響きで嘴を動かすカッパは何を思っているのだろうか。歩く理由を探して、ゆうきは口を開いた。
「宿を探そう」
「見つけましたよ」
間髪入れず、ザシキワラシが指差す。入口の左手に大きな宿泊施設が看板を掲げていた。
「……休もう」
ゆうきの言葉に、ザシキワラシが首を振る。
「私は、ここでお別れです」
「なんで?」
カッパが目をくりくりとさせてザシキワラシの手を両手で握った。
「私を追いかけてきた紙人形が、誰かを傷つけるのを、見たくない」
「そんないまさら……」
ゆうきは無意識のうちに紙人形が作った頬の傷に触れていた。
「えぇ、今更……です」
ザシキワラシがゆうきから目をそらして、言葉を継ぐ。「それでも、命を心配するような怪我はまだでしょう」
「この足のおかげで、人間は私をもう閉じ込めることができません。だから、きちんとけりを付けてきます」
ザシキワラシは、リアカーを飛び降りると、深々と頭を下げ、姿を消した。
そのまま、のぞみの様子を伺う。お腹からの出血がないことを確認したゆうきは最悪の事態にはならなかったことを知ってその場にへたり込んだ。
「愚かな。カカ様はあなたをそんな子に育てた覚えはないですよ」
フタクチが失望したと、あたりに響く声で吐き捨てる。
「やっぱり、先の利益より瞬間の利益を取るべきでしたわ」
頭痛がする、とでもいいたげにフタクチが額に手をやった。
「たとえ食うところが僅かでも。赤子の肉は柔らかでしたのに」
「カカ様?」
のぞみが確認するように問い掛けた。
「あー、もう。大丈夫。親子ごっこはおしまい。今限りで親子の縁はおしまい。あなたの母親であっても私に何の利益もないどころか、不利益被る。あー、どんなお咎めが待ってるんだろ。憂鬱だわ」
コバエを追い払うような仕種でフタクチはのぞみを追い払った。
「まったく、毒を食わせてもしぶとく生きるし。権力者へのパイプになるかと思えば盗まれるし。私ってつくづく運がない」
フタクチの口から出てくる言葉をそれ以上聞かせたくなくて、ゆうきはのぞみの両耳をふさいだ。その手を振り払って、のぞみはフタクチに近づく。
「ウチ、トト様とカカ様の子供じゃないん?」
「はっ。私らの子供がアンタみたいな出来損ないになるわけがないでしょ。あんたは拾ったの。赤ん坊の頃にね。最初はどう見てもただの人間にしか見えなかったのに。私が望んだまま変な力をつけて行くからさ。だから、のぞみって名付けただけ」
「じゃぁ、ウチって一体何者なの?」
「拾ったときは人間、私の手元で生きてれば便利な道具。私の手を離れたあんたは、さて。人間といえるのかしらね?」
嘲笑うようにフタクチはのぞみを頭のてっぺんから足の先まで見た。
「私は発光してる人間なんて見たことないけど。それよりさ、アンタが助けたその人間を連れて帰らせてよ。人間の女でしょ?それを連れて帰れば私お咎め無しじゃん。村の花嫁の役割さえこなしてくれるなら別にのぞみじゃなくたって良いのよ」
良い案を思いついたとでも言うように、フタクチがさおりへと手を伸ばす。
「ふざけんな」
フタクチの頬から乾いた音が鳴った。ゆうきの手がジンジンと痛む。
「は?」
ゆうきに叩かれた頬をさすりながらフタクチが睨み返す。
「自分勝手なことばかり言って。のぞみのこと大事じゃなかったのかよ」
ゆうきは頭の芯がのぼせるような熱に任せて言葉を紡いだ。
「利用価値のない他人をなんで大切にする必要があるの?」
フタクチが聞き返す。
「でもまぁ、正直、暴れるのを静かにさせるのも面倒だから別にその女も必要ないけどね」
フタクチはそう吐き捨てると白い煙だけを残して姿を消した。
「とりあえず、進みましょうか」
それまでただ成り行きを見守るだけだったザシキワラシがポツリと呟いた。誰も返事をしないまま、出発の準備を進める。
今にも倒れそうなのぞみをタマモの背に載せ、目を覚まさないままのさおりをリアカーに積み込む。
幸せに暮らせるという、東のどこかを目指して、重い足を一歩踏み出した。
ゆうき達の足跡がテンテンと雪肌に着いた。春が来ればこの足跡は消える。それでなくても、すこし雪が降ればそれでおしまいだ。
ゆうきは歩を進める意味を見いだせないまま、「最初に目指したから」という惰性に任せて進んだ。立ち止まってしまうのも、やがて目を覚ました、のぞみがゆうきにむけて何と声をかけるのか想像するのも怖かった。
実家を出た日からゆうきの足は進んでいるのではなくただ逃げて居るだけだったのだと思い至ったゆうきは、叫ぶ変わりに、足を踏み出し続ける。
「町、ですね」
ザシキワラシの声にゆうきが顔を上げると、町の入口に看板が立っていた。
「よ・う・こ・そ。東・の・は・し・っ・こ……」
カッパがたどたどしく読み上げた看板には、数歩先のその入口が、目指していたゴールだと書いてあった。
「とーちゃく」
いつも以上に軽い響きで嘴を動かすカッパは何を思っているのだろうか。歩く理由を探して、ゆうきは口を開いた。
「宿を探そう」
「見つけましたよ」
間髪入れず、ザシキワラシが指差す。入口の左手に大きな宿泊施設が看板を掲げていた。
「……休もう」
ゆうきの言葉に、ザシキワラシが首を振る。
「私は、ここでお別れです」
「なんで?」
カッパが目をくりくりとさせてザシキワラシの手を両手で握った。
「私を追いかけてきた紙人形が、誰かを傷つけるのを、見たくない」
「そんないまさら……」
ゆうきは無意識のうちに紙人形が作った頬の傷に触れていた。
「えぇ、今更……です」
ザシキワラシがゆうきから目をそらして、言葉を継ぐ。「それでも、命を心配するような怪我はまだでしょう」
「この足のおかげで、人間は私をもう閉じ込めることができません。だから、きちんとけりを付けてきます」
ザシキワラシは、リアカーを飛び降りると、深々と頭を下げ、姿を消した。