正しさ
文字数 2,321文字
ゆうきは、自分の気持ちを落ち着けようと切り株に腰掛けた。大きく息を吐いて両手に顔をうずめる。カッパは、「手が、手が……」と呟きながらゆうきの前をウロウロしていた。
「一体何があったの?」
さおりの声にゆうきが顔を上げる。さおりは、出発前との空気差に面食らっている様子だった。
「あ、さおりさん!!見てください!!」
カマイタチが嬉しそうな声を上げ、ひらひらと手を振る。
「なにを?って……えぇ!?」
カマイタチの右前足にあるべき鎌がないことに気づいたさおりが驚愕し、説明を求めるように、周囲を見た。
「あげたの」
さおりの声に、目を覚ましたのぞみが答える。目を擦る手の反対側が白くぼんやりと光っていた。
のぞみの言葉を補うようにタマモが、
「のぞみは、本人の意思で体を分け与えることが出来る」と説明した。さおりはタマモの言葉に、「何かありそうだとは思っていたけど、そんな力だったなんて」と驚き、発光しているのぞみの手をまじまじと見る。
「こんな風に君を傷つけるために、連れだしたんじゃない」
ゆうきは、怒りのにじんだ声で、のぞみの光っているほうの手を取った。その瞬間、ゆうきの指先に鋭い痛みが走って、思わず手を引っ込める。見ると指の腹が鋭利な刃物を当てたときのように切れていた。
「ほう」
興味深そうにタマモがゆうきの手を覗き込む。
「ごめんなさい」
のぞみは眉間にしわを寄せて申し訳なさそうに、薄黄色の瞳を潤ませた。
「私の鎌がそっちに行ったんですね?傷薬要りますか?」
カマイタチが細い尻尾を犬のようにせわしなく動かしながら言った。
「気絶手前の痛さなんだろ」
ゆうきはカッパからもらった傷薬を指の先につけながら遠慮する。
「はー……何ともまぁ。状況に頭が追いついてないのは、あたしだけ?」
さおりが金色のポニーテールを揺らしてその場にいる全員の顔を順番に見ていく。
「カッパ、あげたやつ!!」
カッパはゆうきが手にしている小瓶を指差して得意満面にさおりを見ていた。
「えっと、のぞみちゃんは、自分の体を相手に渡せて、相手の不要なモノを引き受ける能力……で、いいのかな?」
さおりは、カッパの頭を雑に撫でながら確認するように言った。
「あぁ。私もまさか、相手の力を受け取れるとは思わなかったが」
タマモが頷いた。
「僕に説明したとき、全部分かってそうな口ぶりだったじゃないか」
ゆうきは、タマモのどこか他人事みたいな言葉に苛立って尖った言葉を紡ぐ。
「のぞみが能力を使ったのは、小僧と見たのが初めてだ」
タマモが口の端を持ち上げて言った。
「じゃあ、なんで僕に説明したときあんなに自信満々だったんだよ」
カッパにもらった薬のおかげで閉じていく傷口を見つめながらゆうきは聞いた。
「自信の無さなど、わざわざ表現するか?そこから相手に主導権握られるだろう」
鼻を鳴らしたタマモは、物覚えの悪い子供を見るような目でゆうきを見た。そのまま静かに目を閉じ、のぞみの頬にタマモの頬を擦り寄せる。のぞみもそれに応えるように残っている手でタマモの首元を掻いてやっていた。
「この手があれば、もう大丈夫です」
うっとりと右前足を見つめてカマイタチが言った。
「……自分で花を届けに行くの?」
引き攣った笑顔でさおりが問い掛ける。
「えぇ。この手さえあれば、あの子の頭を撫でてあげられる」
カマイタチは喜びが押さえきれないといった様子で笑い声をあげた。
「あまり、オススメはしないけどな」
さおりの言葉に、カマイタチが応えた。
「さおりさんの、稼ぎがなくなるからですか?」
「いや、距離感が……うーん」
歯切れの悪いさおりの言葉を無視するようにカマイタチが言葉を被せた。
「また、仲間内で困ってる者がいたなら紹介するから、許してくださいな」
そのまま、花の茂みにカマイタチは飛び込んだ。花の揺れるのがだんだんと森の奥に流れていき、やがて見えなくなった。
「……帰ろうか」
さおりの提案に、カッパだけが跳ねるような返事をする。帰路へと踏み出した足と一緒にゆうきが声を出した。
「簡単に体をあげないで欲しい」
「簡単に?でも、カマイタチさんは困っていたでしょう?困っている者にできる限りの手助けをするのは正しいことじゃないの?」
のぞみが首を傾げると白髪のおかっぱがサラリと流れる。太陽光を反射して黄色がかって見えるその髪色がタマモの体毛によく馴染んでいる。
「手が無くなると、のぞみが困るだろう?」
ゆうきは、どこかすれ違っているような感覚にもどかしくなりながら言う。
「こっちの手があるから」
のぞみは左手をゆうきの目の前に差し出して、「困らない」と続けた。
「いや、でも不便になるだろう」
ゆうきはどうにか自分の感覚をわかってもらいたくて食い下がるように言葉を続ける。
「初めて会った妖怪に手をあげるなんて、普通はしないよ」
「あんまんのお姉さんは、初めて会ったカッパに靴をくれた」
のぞみが、ゆうきの言葉を理解しがたいといった顔で反論する。
「手と、靴じゃ価値が違うだろう」
同じ言語を使っているはずなのに、通じ合えないことにゆうきは苛立つ。
「カッパ、嬉しかった?」
のぞみは、ゆうきから視線を外して、カッパを見た。
「いい音!」
カッパは嘴を楕円形に開くとその場で足踏みして、カポカポと音を鳴らして見せる。満足げに細められた瞳がのぞみへの答えになっていた。
「カマイタチさんも、嬉しそうだった。これは、間違ってるの?」
のぞみは、ゆうきに向き合うと幼子のような純粋な瞳でそう問い掛けてきた。
「もっと、自分自身を大事にしてよ」
こんな言葉ではのぞみに伝わらないと分かっていても、ゆうきの中から出せる言葉は、それ以外なかった。
「一体何があったの?」
さおりの声にゆうきが顔を上げる。さおりは、出発前との空気差に面食らっている様子だった。
「あ、さおりさん!!見てください!!」
カマイタチが嬉しそうな声を上げ、ひらひらと手を振る。
「なにを?って……えぇ!?」
カマイタチの右前足にあるべき鎌がないことに気づいたさおりが驚愕し、説明を求めるように、周囲を見た。
「あげたの」
さおりの声に、目を覚ましたのぞみが答える。目を擦る手の反対側が白くぼんやりと光っていた。
のぞみの言葉を補うようにタマモが、
「のぞみは、本人の意思で体を分け与えることが出来る」と説明した。さおりはタマモの言葉に、「何かありそうだとは思っていたけど、そんな力だったなんて」と驚き、発光しているのぞみの手をまじまじと見る。
「こんな風に君を傷つけるために、連れだしたんじゃない」
ゆうきは、怒りのにじんだ声で、のぞみの光っているほうの手を取った。その瞬間、ゆうきの指先に鋭い痛みが走って、思わず手を引っ込める。見ると指の腹が鋭利な刃物を当てたときのように切れていた。
「ほう」
興味深そうにタマモがゆうきの手を覗き込む。
「ごめんなさい」
のぞみは眉間にしわを寄せて申し訳なさそうに、薄黄色の瞳を潤ませた。
「私の鎌がそっちに行ったんですね?傷薬要りますか?」
カマイタチが細い尻尾を犬のようにせわしなく動かしながら言った。
「気絶手前の痛さなんだろ」
ゆうきはカッパからもらった傷薬を指の先につけながら遠慮する。
「はー……何ともまぁ。状況に頭が追いついてないのは、あたしだけ?」
さおりが金色のポニーテールを揺らしてその場にいる全員の顔を順番に見ていく。
「カッパ、あげたやつ!!」
カッパはゆうきが手にしている小瓶を指差して得意満面にさおりを見ていた。
「えっと、のぞみちゃんは、自分の体を相手に渡せて、相手の不要なモノを引き受ける能力……で、いいのかな?」
さおりは、カッパの頭を雑に撫でながら確認するように言った。
「あぁ。私もまさか、相手の力を受け取れるとは思わなかったが」
タマモが頷いた。
「僕に説明したとき、全部分かってそうな口ぶりだったじゃないか」
ゆうきは、タマモのどこか他人事みたいな言葉に苛立って尖った言葉を紡ぐ。
「のぞみが能力を使ったのは、小僧と見たのが初めてだ」
タマモが口の端を持ち上げて言った。
「じゃあ、なんで僕に説明したときあんなに自信満々だったんだよ」
カッパにもらった薬のおかげで閉じていく傷口を見つめながらゆうきは聞いた。
「自信の無さなど、わざわざ表現するか?そこから相手に主導権握られるだろう」
鼻を鳴らしたタマモは、物覚えの悪い子供を見るような目でゆうきを見た。そのまま静かに目を閉じ、のぞみの頬にタマモの頬を擦り寄せる。のぞみもそれに応えるように残っている手でタマモの首元を掻いてやっていた。
「この手があれば、もう大丈夫です」
うっとりと右前足を見つめてカマイタチが言った。
「……自分で花を届けに行くの?」
引き攣った笑顔でさおりが問い掛ける。
「えぇ。この手さえあれば、あの子の頭を撫でてあげられる」
カマイタチは喜びが押さえきれないといった様子で笑い声をあげた。
「あまり、オススメはしないけどな」
さおりの言葉に、カマイタチが応えた。
「さおりさんの、稼ぎがなくなるからですか?」
「いや、距離感が……うーん」
歯切れの悪いさおりの言葉を無視するようにカマイタチが言葉を被せた。
「また、仲間内で困ってる者がいたなら紹介するから、許してくださいな」
そのまま、花の茂みにカマイタチは飛び込んだ。花の揺れるのがだんだんと森の奥に流れていき、やがて見えなくなった。
「……帰ろうか」
さおりの提案に、カッパだけが跳ねるような返事をする。帰路へと踏み出した足と一緒にゆうきが声を出した。
「簡単に体をあげないで欲しい」
「簡単に?でも、カマイタチさんは困っていたでしょう?困っている者にできる限りの手助けをするのは正しいことじゃないの?」
のぞみが首を傾げると白髪のおかっぱがサラリと流れる。太陽光を反射して黄色がかって見えるその髪色がタマモの体毛によく馴染んでいる。
「手が無くなると、のぞみが困るだろう?」
ゆうきは、どこかすれ違っているような感覚にもどかしくなりながら言う。
「こっちの手があるから」
のぞみは左手をゆうきの目の前に差し出して、「困らない」と続けた。
「いや、でも不便になるだろう」
ゆうきはどうにか自分の感覚をわかってもらいたくて食い下がるように言葉を続ける。
「初めて会った妖怪に手をあげるなんて、普通はしないよ」
「あんまんのお姉さんは、初めて会ったカッパに靴をくれた」
のぞみが、ゆうきの言葉を理解しがたいといった顔で反論する。
「手と、靴じゃ価値が違うだろう」
同じ言語を使っているはずなのに、通じ合えないことにゆうきは苛立つ。
「カッパ、嬉しかった?」
のぞみは、ゆうきから視線を外して、カッパを見た。
「いい音!」
カッパは嘴を楕円形に開くとその場で足踏みして、カポカポと音を鳴らして見せる。満足げに細められた瞳がのぞみへの答えになっていた。
「カマイタチさんも、嬉しそうだった。これは、間違ってるの?」
のぞみは、ゆうきに向き合うと幼子のような純粋な瞳でそう問い掛けてきた。
「もっと、自分自身を大事にしてよ」
こんな言葉ではのぞみに伝わらないと分かっていても、ゆうきの中から出せる言葉は、それ以外なかった。