積雪夜
文字数 2,756文字
全員のお腹が満足する頃。空から白いものがはらりと落ちてきた。一粒、ゆうきの頬に当る。
「冷たい」
ゆうきが頬をさすってあげた声にカッパの声が重なった。
「雪!!」
嬉しそうに黒い空を見上げるカッパ。夕食を食べ終えてからっぽになった器を高く掲げて降り始めた雪を集めようと、動き回る。
「……火を消して寝るのは、無理ね。火の番を交互にしましょうか」
さおりがため息混じりに提案した。
「なら、私はのぞみと一緒に番をする」
タマモが真っ先に言う。
「じゃぁ、私はカッパさんとが良いかな。くるくる変わる言動がすごく楽しい」
ザシキワラシはカッパを指差した。
「余り物同士仲良くしましょ?」
さおりがゆうきに手を差し出して微笑む。
「ウチ、まだ眠くないから最初の当番する」
のぞみが小さく手を挙げた。
「次はカッパ!」
後に続いたのはカッパだった。
「最後に僕たちね」
ゆうきが流れを確認するように全員の顔を見る。誰もが納得している顔であるのを確認できた。
あっさりと役割分担が決まり、ゆうきは当番に備えてテントに入る。広げていた寝袋に入って目を閉じると、全身が地面に染み込むような感覚を覚えた。そのまま意識を手放す。
「交代だよ」
ゆうきが次に知覚したのはザシキワラシの声だった。
「ありがとう」
テントの入口から顔を出したゆうきが見たのはすっかり白くなった景色。
「……うわぁ。積もったな」
ゆうきは寒さで強張った肩を緩く動かしながら言った。たき火の周囲が炎に照らされてオレンジ色に光っている。たき火の周囲には大きな靴と小さめの草履の足音がぐるりと囲うようについていた。
「犬と子供は、雪、好きだよなぁ」
ゆうきの呟きを、ザシキワラシが裏手で突っ込む。
「言っときますけど、百年程度しか生きられない人間よりよっぽど私のほうが年上ですからね」
淡々とした声に反して、ザシキワラシの頬はほんのりとピンクに染まっていた。
「そういえばカッパは?」
ゆうきは上着の前をギュッと重ね合わせながらザシキワラシに問い掛ける。はしゃいだ足跡だけが残っているのは何だか物足りないような気がした。
「眠気が限界らしくて、先に川へ向かいました」
ゆうきと入れ違いでザシキワラシがテントの中へと潜り込む。ゆうきの寝ていた寝袋にイソイソとその身を包み、「暖かいなぁ」とほっとしたような顔をした。
「えっ。こんな寒いのに。川だって凍るんじゃないの?」
ゆうきは服のそでの中へ手を引っ込めながら驚いた。
「ゆうき。人間と妖怪の生態は違います。あなたは川魚が冬の間陸地で過ごさないことに驚きますか?あと、流れがある川は凍りにくいですよ」
飽きれとあくびの混じった声でザシキワラシは言い、目を閉じた。すぐに規則正しい寝息が聞こえて来る。
「……それもそうか」
ゆうきは口の中で言い、たき火に向き直る。そのまま歩を進めるとたき火の明かりが届きにくい位置にさおりが座っているのが見えた。
「疲れは取れた?」
さおりがマグカップを片手にゆうきへ問い掛ける。
「えぇ、でも雪が積もるんじゃ明日はどこか屋根のあるところで過ごしたいですね」
ゆうきはさおりの隣に腰掛けて相づちを打つ。
「そうねぇ」
さおりが頷いてぼんやりと炎に目を向けた。静寂が二人の間に下りてきた。服越しに伝わって来る冷たさが増したような気がして、ゆうきは体を震わせる。寒いのは苦手だった。何か話題はないかと頭の中を探したゆうきは、先ほどの言葉が無神経だったことに気づいた。ゆうき達と出会わなければ、さおりは自分の隣で寒さに堪える必要はないのだ。
「……すみません。僕たちのせいで」
ゆうきが謝ると、さおりの目がゆうきに向けられた。直後、さおりの手の平がゆうきのおでこを弾く。
「なぁに?しおらしいわね」
歯を見せてさおりが笑う。
「さおりさんはザシキワラシに関わらないほうが良いって言ってたのに。関わってなければ今ここにいることも無かったのにな、って」
さおりの笑顔がどこか居心地悪くてゆうきは小さく音を立てているたき火へと視線を移した。
「どこまで他人の意思決定に責任取るつもりなんだか」
フゥーと長く息を吐いてさおりが言った。さおりの吐いた生きが白くモヤになって空気中に溶ける。
「周囲が自分の都合で動いていると思ってるのね。そういう所、本当に危うくてほっとけない」
さおりから伸びた手がゆうきの頭を捕らえた。その手は、髪を梳くように撫ではじめる。
「周囲が僕の都合で動かないことぐらい知ってます」
何も知らない子供に取るような態度を向けられて、ゆうきはムッとした。ゆうきの都合で周囲が動くのなら、村で石を投げつけられることは無かったし、当然ゆうきがここにいるようなことも無かったはずだ。
「分かってたら、謝る必要ないことも分かるんじゃない?」
さおりは、ゆうきの頭をゆったりと撫でつづけながら言葉を継ぎ足した。
「あたしは、あたしの意志でここにいるんだから」
さおりの発した、意志という言葉がゆうきの頭にのぞみの姿を思い出させる。
「さおりさんは、のぞみの行動をどう思ってますか?」
「ん?不気味だね」
さおりは左眉毛だけを器用にあげて答え、水の入った鍋を火にかけた。
「”相手のために”って自己犠牲パフォーマンスをする人は何人も見たけれど、だいたいが、最終的に自己利益のため。一瞬損しても、トータルで見たときに利益になるように動くのが人間じゃない?でも、のぞみちゃんのあれは違うよね。のぞみちゃん自身が語っている言葉以上の思惑が見えない」
さおりは喋りながら、ゆうきにコップを差し出す。ゆうきは受け取り、火にかけられた鍋を覗き込む。まだお湯にはなっていない。
「どうすれば止められるんでしょう。のぞみは自分の体を使い道のない靴と同じ価値だと思ってるんです」
「それは、理解しがたい感覚だねぇ」
さおりは肩をすくめた。
「僕、のぞみが幸せになって欲しくて連れ出したけれど、奪ってばかりだ」
ゆうきは頭を抱えた。情けなさで目頭が熱くなる。
「妖怪村で、”村の花嫁として一生過ごす”事をゆうきは不幸だと決めてるんだね」
さおりが確認するように言った。
「当たり前でしょう」
噛み付くように返事したゆうきをさおりがまっすぐに見据える。
「ゆうきの中では当たり前。でも、のぞみにとってはどうなの?のぞみは何と言って村を出たの?」
「……どうして、僕が”村の花嫁になるのが間違っている”というのか、その理由が知りたいって」
ゆうきはさおりに答えながら、のぞみの願いを自分の中ですり替えていたことに気づいた。
「だけど、間違ってるでしょう?子供の幸せを願わない親なんて」
「ゆうき、君は随分と正しいか、正しくないかを気にするんだね」
そう言ったさおりの瞳にたき火の炎が映っていた。
「冷たい」
ゆうきが頬をさすってあげた声にカッパの声が重なった。
「雪!!」
嬉しそうに黒い空を見上げるカッパ。夕食を食べ終えてからっぽになった器を高く掲げて降り始めた雪を集めようと、動き回る。
「……火を消して寝るのは、無理ね。火の番を交互にしましょうか」
さおりがため息混じりに提案した。
「なら、私はのぞみと一緒に番をする」
タマモが真っ先に言う。
「じゃぁ、私はカッパさんとが良いかな。くるくる変わる言動がすごく楽しい」
ザシキワラシはカッパを指差した。
「余り物同士仲良くしましょ?」
さおりがゆうきに手を差し出して微笑む。
「ウチ、まだ眠くないから最初の当番する」
のぞみが小さく手を挙げた。
「次はカッパ!」
後に続いたのはカッパだった。
「最後に僕たちね」
ゆうきが流れを確認するように全員の顔を見る。誰もが納得している顔であるのを確認できた。
あっさりと役割分担が決まり、ゆうきは当番に備えてテントに入る。広げていた寝袋に入って目を閉じると、全身が地面に染み込むような感覚を覚えた。そのまま意識を手放す。
「交代だよ」
ゆうきが次に知覚したのはザシキワラシの声だった。
「ありがとう」
テントの入口から顔を出したゆうきが見たのはすっかり白くなった景色。
「……うわぁ。積もったな」
ゆうきは寒さで強張った肩を緩く動かしながら言った。たき火の周囲が炎に照らされてオレンジ色に光っている。たき火の周囲には大きな靴と小さめの草履の足音がぐるりと囲うようについていた。
「犬と子供は、雪、好きだよなぁ」
ゆうきの呟きを、ザシキワラシが裏手で突っ込む。
「言っときますけど、百年程度しか生きられない人間よりよっぽど私のほうが年上ですからね」
淡々とした声に反して、ザシキワラシの頬はほんのりとピンクに染まっていた。
「そういえばカッパは?」
ゆうきは上着の前をギュッと重ね合わせながらザシキワラシに問い掛ける。はしゃいだ足跡だけが残っているのは何だか物足りないような気がした。
「眠気が限界らしくて、先に川へ向かいました」
ゆうきと入れ違いでザシキワラシがテントの中へと潜り込む。ゆうきの寝ていた寝袋にイソイソとその身を包み、「暖かいなぁ」とほっとしたような顔をした。
「えっ。こんな寒いのに。川だって凍るんじゃないの?」
ゆうきは服のそでの中へ手を引っ込めながら驚いた。
「ゆうき。人間と妖怪の生態は違います。あなたは川魚が冬の間陸地で過ごさないことに驚きますか?あと、流れがある川は凍りにくいですよ」
飽きれとあくびの混じった声でザシキワラシは言い、目を閉じた。すぐに規則正しい寝息が聞こえて来る。
「……それもそうか」
ゆうきは口の中で言い、たき火に向き直る。そのまま歩を進めるとたき火の明かりが届きにくい位置にさおりが座っているのが見えた。
「疲れは取れた?」
さおりがマグカップを片手にゆうきへ問い掛ける。
「えぇ、でも雪が積もるんじゃ明日はどこか屋根のあるところで過ごしたいですね」
ゆうきはさおりの隣に腰掛けて相づちを打つ。
「そうねぇ」
さおりが頷いてぼんやりと炎に目を向けた。静寂が二人の間に下りてきた。服越しに伝わって来る冷たさが増したような気がして、ゆうきは体を震わせる。寒いのは苦手だった。何か話題はないかと頭の中を探したゆうきは、先ほどの言葉が無神経だったことに気づいた。ゆうき達と出会わなければ、さおりは自分の隣で寒さに堪える必要はないのだ。
「……すみません。僕たちのせいで」
ゆうきが謝ると、さおりの目がゆうきに向けられた。直後、さおりの手の平がゆうきのおでこを弾く。
「なぁに?しおらしいわね」
歯を見せてさおりが笑う。
「さおりさんはザシキワラシに関わらないほうが良いって言ってたのに。関わってなければ今ここにいることも無かったのにな、って」
さおりの笑顔がどこか居心地悪くてゆうきは小さく音を立てているたき火へと視線を移した。
「どこまで他人の意思決定に責任取るつもりなんだか」
フゥーと長く息を吐いてさおりが言った。さおりの吐いた生きが白くモヤになって空気中に溶ける。
「周囲が自分の都合で動いていると思ってるのね。そういう所、本当に危うくてほっとけない」
さおりから伸びた手がゆうきの頭を捕らえた。その手は、髪を梳くように撫ではじめる。
「周囲が僕の都合で動かないことぐらい知ってます」
何も知らない子供に取るような態度を向けられて、ゆうきはムッとした。ゆうきの都合で周囲が動くのなら、村で石を投げつけられることは無かったし、当然ゆうきがここにいるようなことも無かったはずだ。
「分かってたら、謝る必要ないことも分かるんじゃない?」
さおりは、ゆうきの頭をゆったりと撫でつづけながら言葉を継ぎ足した。
「あたしは、あたしの意志でここにいるんだから」
さおりの発した、意志という言葉がゆうきの頭にのぞみの姿を思い出させる。
「さおりさんは、のぞみの行動をどう思ってますか?」
「ん?不気味だね」
さおりは左眉毛だけを器用にあげて答え、水の入った鍋を火にかけた。
「”相手のために”って自己犠牲パフォーマンスをする人は何人も見たけれど、だいたいが、最終的に自己利益のため。一瞬損しても、トータルで見たときに利益になるように動くのが人間じゃない?でも、のぞみちゃんのあれは違うよね。のぞみちゃん自身が語っている言葉以上の思惑が見えない」
さおりは喋りながら、ゆうきにコップを差し出す。ゆうきは受け取り、火にかけられた鍋を覗き込む。まだお湯にはなっていない。
「どうすれば止められるんでしょう。のぞみは自分の体を使い道のない靴と同じ価値だと思ってるんです」
「それは、理解しがたい感覚だねぇ」
さおりは肩をすくめた。
「僕、のぞみが幸せになって欲しくて連れ出したけれど、奪ってばかりだ」
ゆうきは頭を抱えた。情けなさで目頭が熱くなる。
「妖怪村で、”村の花嫁として一生過ごす”事をゆうきは不幸だと決めてるんだね」
さおりが確認するように言った。
「当たり前でしょう」
噛み付くように返事したゆうきをさおりがまっすぐに見据える。
「ゆうきの中では当たり前。でも、のぞみにとってはどうなの?のぞみは何と言って村を出たの?」
「……どうして、僕が”村の花嫁になるのが間違っている”というのか、その理由が知りたいって」
ゆうきはさおりに答えながら、のぞみの願いを自分の中ですり替えていたことに気づいた。
「だけど、間違ってるでしょう?子供の幸せを願わない親なんて」
「ゆうき、君は随分と正しいか、正しくないかを気にするんだね」
そう言ったさおりの瞳にたき火の炎が映っていた。