手助け
文字数 3,009文字
「……明日探すんじゃ、ダメ?」
ゆうきは、カッパが楽しそうな悲鳴を上げながら去って行ったのを思い出しながら言う。
「私は構わぬが、あやつが持っていた荷物は明日でも間に合うのか?」
あくびを噛み殺しながらタマモが返事する。のぞみはその背を撫でながら言葉を発することなくゆうきを見た。
「あ……」
タマモの言葉にゆうきが肩を落とした。カッパが持っているのは調理器具。宿に電子レンジぐらいはあるだろうが、調理器具があるのとないのとでは調理の快適さが違う。疲れている状態でさらに料理行程で頭を使うのは嫌だった。
「仕方ない。探すか」
気乗りのしないまま、ゆうきは辺りを見渡した。探すといってもどちらの方角にカッパが消えたのか、見当もつかない。
「誰、探す?」
聞こえてきた言葉にゆうきは、「カッパ」と答え、右に行くべきか左に行くべきかをタマモに問う。匂いか何かで探れはしないのかと言ったゆうきに、タマモは鼻を鳴らした。
「カッパ、いない寂しかったか?」
頭一つ分低い位置から聞こえた、タマモでも、のぞみでもない声の問い掛けにゆうきは素直に答えた。
「いや、別に。そんなこと考える暇なかったし」
途端。ゆうきの足に電流のような痛みが走った。どうやら、声の主に蹴られたらしい、とゆうきは声のしていた方をキッと睨む。
「何するんだよ」
「俺いない、寂しくない、どゆこと!!」
大きめの靴を履いた右足をだんだんと踏み鳴らしながらカッパが怒っている。その手にはバニラのソフトクリームが半分程食べられた状態で握られていた。
「お前、そのアイスどうしたんだ」
ゆうきの問いに少し離れたところから女性の声が答えた。
「食べたことないって言うから、買っといたよ」
ゆうきが声のした方を見ると、さおりが領収書を差し出しているのが見えた。代金を払えということらしい。そこに書かれた観光地価格の値段にゆうきはため息をつきながら支払う。
「金払いのいい人好きよ」
さおりは代金を受けとるとその場で嬉しそうに飛び跳ねた。夕日に照らされた金髪が光を反射してとても綺麗だとゆうきはそれを見ていた。
「だけど、小豆の弁償する必要はなかったんじゃない?あの責任を負うべきはアズキアライでしょ?」
ひとしきり喜び終えたさおりが、黒い瞳をクリッとさせて、ゆうきの顔を覗き込む。
「せっかく、あたしが。走るのが一番遅いカッパを連れて逃げてあげたのに。無駄にするなんて鈍臭いのね」
「僕があの場にいなければ、被らなかった被害だから」
顔を逸らしたゆうきの目を追いかけるようにして、さおりが言った。
「へぇ?ただの自己中かと思えばそうでもなさそう。うん。やっぱり一緒に仕事がしたいなぁ。ビジネスの話ついでに、夕食と宿を提供するけどどう?」
ゆうきの返事より早く、のぞみの腹が返事した。
「お嬢ちゃんのお腹は素直でよろしい」
さおりは、鼻歌交じりで歩きはじめた。その後をゆうき達一行が追いかけていく。気を許したわけではないが、相手は女一人だ。いざとなれば人数の多いこちらが勝つ。ゆうきはコッソリとタマモに耳打ちした。
「私は、のぞみを守るだけだ」
タマモは鼻を鳴らして答え、さおりの手を握ってカッパが嬉しそうに隣を歩いているのを鼻先で指し示した。カポカポと大きめの靴が歩くリズムに合わせて音楽を奏でている。ソフトクリームですっかり懐柔されたらしい。
「二対三、か」
ゆうきはげんなりした。
歩いてものの十分ほどで住宅街を抜け、そこからさらに五分ほど進むとさおりが立ち止まった。
「さ、着いたよ。どうぞ」
さおりは一行を振り返ると側にある、小振りなログハウスを指差す。扉の右上には小さなランタンが吊され、中の炎が青く光っていた。
「きつね火か?」
タマモが呟いた言葉に、さおりが「オニビだよ」と答えた。
「利害の一致でここに住んでもらってる」
そう説明し、さおりは帰宅の挨拶をオニビに向かって呟いた。迎え入れるようにオニビが数度、瞬いた。
「怖くはないのか?」
ログハウスの中に入ったタマモがさおりに聞く。
「そりゃ、機嫌を損ねたら家を全焼されるからねぇ」
「怖いに決まっている」と言ってにんまりと笑う、さおり。手際よく、囲炉裏に火を入れ、中に鍋をセットした。
「怖がることが、オニビに渡す賃金みたいなものだし。そして、それこそがゆうき達に手伝ってもらいたいことだったりする」
鍋の中身を掻き混ぜながらさおりはそう言葉を続けた。たくさんの野菜が鍋の中でぐるぐると踊っているのが見える。
「……タマモが話すの、驚かないんだ?」
ゆうきはあまりに自然なさおりの行動に気を許しそうになっているのを自覚しながら問い掛けた。
「驚く必要ある?キツネの妖怪なんて珍しくもないもん。あぁ、でも。そっちのお嬢さんはなんだろう?座敷童?にしては妖力が少なすぎる。でも人間にしては、過分な能力があるよね?」
さおりはゆうきを見て、タマモを見て、それから、目を細めてのぞみを見た。まるで集中して見れば答えがわかるとでも言うように、鍋の中身が沸々と沸き始めるまで、ずっと見つめていた。何故能力があると知っているのかと問い返そうとしたゆうき。しかし、その言葉が、さおりにとって新たな情報になることに思い至り、口を閉ざした。もどかしい時間が過ぎていく。
「……焦げるぞ」
タマモが鍋の中身を心配して、声をかける。
「……っと。焦がしたら勿体ないね。お嬢ちゃん、名前は?」
さおりはパッと笑顔を作ると鍋を火から下ろしながら聞いた。そこに味噌を適量入れていく。
「のぞみ」
「へぇ。なんとも欲深そうな名前ね」
さおりはその名前を何度か口の中で転がすように呟いた。
「ダメだ。分からない。のぞみって、人間なの?妖怪なの?」
さおりは、ギブアップと言うように両手をあげ、のぞみに教えを乞うような視線を向けた。
「トト様もカカ様も妖怪」
のぞみの答えにさおりが頷いた。
「そうなのか、まぁ。あたしそれなりに詳しいはずなんだけどなぁ。でも、そうかまだまだ知らないことがあって当然だよね。……まぁ、食べよう」
人数分豚汁を分けたさおりがそのまま囲炉裏の淵に人数分の器をぐるりと囲うように置いた。ゆうき達は答えていいものかと立ち尽くしていた。
「どうぞ?」
さおりの二度目の言葉にカッパが答えた。喜び勇んで器に盛られた汁を吹き冷ましている。ゆうき達がカッパに倣って座ったのを確認したさおりは嬉しそうに微笑んだ。
「ごめんね。この家に客を招く日が来るとは思ってなかったからさ。全部一人分しかないのよ」
さおりの説明にゆうき達は手元の皿を見た。汁椀から茶碗、カレー皿、丼と多様な器がその手にある。
「まま、とりあえずお食べ。話はそれからにしよう」繰り返された促しにゆうきは隣に座るさおりの顔を見る。食事には手を付けずに話を優先させた。
「仕事だとか、ビジネスだとか人手って、さおりさんは一体普段何をしているんですか?」
「お?嬉しいねぇ。その質問してもらえるのを待ってたんだよ」
さおりは吹き冷ました料理を一口食べ、ゆっくりと飲み込んだ後に言った。
「よろず屋をやってるのさ」
「何でも屋さん?」
のぞみが首を傾げた。
「そう、妖怪が相手の何でも屋さん。……なんでもって言っても女の細腕じゃ出来ることは限られてるんだけどね」
口に入れた野菜が思ったより熱かったのか、ハフハフと口を動かしながらさおりが頷いた。
ゆうきは、カッパが楽しそうな悲鳴を上げながら去って行ったのを思い出しながら言う。
「私は構わぬが、あやつが持っていた荷物は明日でも間に合うのか?」
あくびを噛み殺しながらタマモが返事する。のぞみはその背を撫でながら言葉を発することなくゆうきを見た。
「あ……」
タマモの言葉にゆうきが肩を落とした。カッパが持っているのは調理器具。宿に電子レンジぐらいはあるだろうが、調理器具があるのとないのとでは調理の快適さが違う。疲れている状態でさらに料理行程で頭を使うのは嫌だった。
「仕方ない。探すか」
気乗りのしないまま、ゆうきは辺りを見渡した。探すといってもどちらの方角にカッパが消えたのか、見当もつかない。
「誰、探す?」
聞こえてきた言葉にゆうきは、「カッパ」と答え、右に行くべきか左に行くべきかをタマモに問う。匂いか何かで探れはしないのかと言ったゆうきに、タマモは鼻を鳴らした。
「カッパ、いない寂しかったか?」
頭一つ分低い位置から聞こえた、タマモでも、のぞみでもない声の問い掛けにゆうきは素直に答えた。
「いや、別に。そんなこと考える暇なかったし」
途端。ゆうきの足に電流のような痛みが走った。どうやら、声の主に蹴られたらしい、とゆうきは声のしていた方をキッと睨む。
「何するんだよ」
「俺いない、寂しくない、どゆこと!!」
大きめの靴を履いた右足をだんだんと踏み鳴らしながらカッパが怒っている。その手にはバニラのソフトクリームが半分程食べられた状態で握られていた。
「お前、そのアイスどうしたんだ」
ゆうきの問いに少し離れたところから女性の声が答えた。
「食べたことないって言うから、買っといたよ」
ゆうきが声のした方を見ると、さおりが領収書を差し出しているのが見えた。代金を払えということらしい。そこに書かれた観光地価格の値段にゆうきはため息をつきながら支払う。
「金払いのいい人好きよ」
さおりは代金を受けとるとその場で嬉しそうに飛び跳ねた。夕日に照らされた金髪が光を反射してとても綺麗だとゆうきはそれを見ていた。
「だけど、小豆の弁償する必要はなかったんじゃない?あの責任を負うべきはアズキアライでしょ?」
ひとしきり喜び終えたさおりが、黒い瞳をクリッとさせて、ゆうきの顔を覗き込む。
「せっかく、あたしが。走るのが一番遅いカッパを連れて逃げてあげたのに。無駄にするなんて鈍臭いのね」
「僕があの場にいなければ、被らなかった被害だから」
顔を逸らしたゆうきの目を追いかけるようにして、さおりが言った。
「へぇ?ただの自己中かと思えばそうでもなさそう。うん。やっぱり一緒に仕事がしたいなぁ。ビジネスの話ついでに、夕食と宿を提供するけどどう?」
ゆうきの返事より早く、のぞみの腹が返事した。
「お嬢ちゃんのお腹は素直でよろしい」
さおりは、鼻歌交じりで歩きはじめた。その後をゆうき達一行が追いかけていく。気を許したわけではないが、相手は女一人だ。いざとなれば人数の多いこちらが勝つ。ゆうきはコッソリとタマモに耳打ちした。
「私は、のぞみを守るだけだ」
タマモは鼻を鳴らして答え、さおりの手を握ってカッパが嬉しそうに隣を歩いているのを鼻先で指し示した。カポカポと大きめの靴が歩くリズムに合わせて音楽を奏でている。ソフトクリームですっかり懐柔されたらしい。
「二対三、か」
ゆうきはげんなりした。
歩いてものの十分ほどで住宅街を抜け、そこからさらに五分ほど進むとさおりが立ち止まった。
「さ、着いたよ。どうぞ」
さおりは一行を振り返ると側にある、小振りなログハウスを指差す。扉の右上には小さなランタンが吊され、中の炎が青く光っていた。
「きつね火か?」
タマモが呟いた言葉に、さおりが「オニビだよ」と答えた。
「利害の一致でここに住んでもらってる」
そう説明し、さおりは帰宅の挨拶をオニビに向かって呟いた。迎え入れるようにオニビが数度、瞬いた。
「怖くはないのか?」
ログハウスの中に入ったタマモがさおりに聞く。
「そりゃ、機嫌を損ねたら家を全焼されるからねぇ」
「怖いに決まっている」と言ってにんまりと笑う、さおり。手際よく、囲炉裏に火を入れ、中に鍋をセットした。
「怖がることが、オニビに渡す賃金みたいなものだし。そして、それこそがゆうき達に手伝ってもらいたいことだったりする」
鍋の中身を掻き混ぜながらさおりはそう言葉を続けた。たくさんの野菜が鍋の中でぐるぐると踊っているのが見える。
「……タマモが話すの、驚かないんだ?」
ゆうきはあまりに自然なさおりの行動に気を許しそうになっているのを自覚しながら問い掛けた。
「驚く必要ある?キツネの妖怪なんて珍しくもないもん。あぁ、でも。そっちのお嬢さんはなんだろう?座敷童?にしては妖力が少なすぎる。でも人間にしては、過分な能力があるよね?」
さおりはゆうきを見て、タマモを見て、それから、目を細めてのぞみを見た。まるで集中して見れば答えがわかるとでも言うように、鍋の中身が沸々と沸き始めるまで、ずっと見つめていた。何故能力があると知っているのかと問い返そうとしたゆうき。しかし、その言葉が、さおりにとって新たな情報になることに思い至り、口を閉ざした。もどかしい時間が過ぎていく。
「……焦げるぞ」
タマモが鍋の中身を心配して、声をかける。
「……っと。焦がしたら勿体ないね。お嬢ちゃん、名前は?」
さおりはパッと笑顔を作ると鍋を火から下ろしながら聞いた。そこに味噌を適量入れていく。
「のぞみ」
「へぇ。なんとも欲深そうな名前ね」
さおりはその名前を何度か口の中で転がすように呟いた。
「ダメだ。分からない。のぞみって、人間なの?妖怪なの?」
さおりは、ギブアップと言うように両手をあげ、のぞみに教えを乞うような視線を向けた。
「トト様もカカ様も妖怪」
のぞみの答えにさおりが頷いた。
「そうなのか、まぁ。あたしそれなりに詳しいはずなんだけどなぁ。でも、そうかまだまだ知らないことがあって当然だよね。……まぁ、食べよう」
人数分豚汁を分けたさおりがそのまま囲炉裏の淵に人数分の器をぐるりと囲うように置いた。ゆうき達は答えていいものかと立ち尽くしていた。
「どうぞ?」
さおりの二度目の言葉にカッパが答えた。喜び勇んで器に盛られた汁を吹き冷ましている。ゆうき達がカッパに倣って座ったのを確認したさおりは嬉しそうに微笑んだ。
「ごめんね。この家に客を招く日が来るとは思ってなかったからさ。全部一人分しかないのよ」
さおりの説明にゆうき達は手元の皿を見た。汁椀から茶碗、カレー皿、丼と多様な器がその手にある。
「まま、とりあえずお食べ。話はそれからにしよう」繰り返された促しにゆうきは隣に座るさおりの顔を見る。食事には手を付けずに話を優先させた。
「仕事だとか、ビジネスだとか人手って、さおりさんは一体普段何をしているんですか?」
「お?嬉しいねぇ。その質問してもらえるのを待ってたんだよ」
さおりは吹き冷ました料理を一口食べ、ゆっくりと飲み込んだ後に言った。
「よろず屋をやってるのさ」
「何でも屋さん?」
のぞみが首を傾げた。
「そう、妖怪が相手の何でも屋さん。……なんでもって言っても女の細腕じゃ出来ることは限られてるんだけどね」
口に入れた野菜が思ったより熱かったのか、ハフハフと口を動かしながらさおりが頷いた。